一度捨てた故郷で見つけた僕の役割。偉大な自然と生産者の誇りに満ちた街「和歌山」

著:樫原正都

 

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「自分の役割は何か?」

この問いにスラスラと答えることのできる人が心底羨ましかった。
大きな嫉妬を覚えることだってあった。

僕は今までこの問いに自信をもって答えられたことがなかったが、サラリーマンを辞めて和歌山に帰ってきてもうすぐ2年。
平成最後の夏を迎えると同時に、その答えが見えた気がした。

 

 

「奇跡」と呼ばれた村

和歌山県のど真ん中。和歌山市から車で1時間ほど離れたところにある山と海に囲まれた小さな集落、湯浅町・田村。三方が山、もう一方が海という、ブランドみかん産地として「奇跡」と呼ばれた村で僕は育った。

 

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人口は約1000人。250世帯中およそ半分の120世帯がみかん農家という、みかんに特化した村である。そこで生産されている「田村みかん」は、全国的にも有名な「有田みかん」の中でも特にクオリティの高いみかんとして、トップクラスの評価を受けている。

 

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僕の地元だけでなく、和歌山全体が食の宝庫だ。みかんをはじめとするフルーツはもちろん、しらすや太刀魚、マグロなどの魚介類、ジビエや紀州うめどりなどの畜産物、地酒や醤油、梅干しも世界に誇れるレベルのものだ。和歌山ラーメンや、素材と味にこだわり抜いているカフェや居酒屋など、和歌山に住んでいても食に飽きることはまずない。

 

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和歌山の自然はいつも自分を原点に返してくれる。どんなに自分が大人になっても、ふと周りを見渡せばいつ見ても変わらない偉大過ぎる自然が僕を見つめている。

 

「常に謙虚でいなさい」という厳格な父のような。「いつでも帰って来なさい」という心優しい母のような。

 

和歌山に根ざしていた自然信仰も深く納得できる。

 

 

見たことのない世界へ

しかし10代のころの僕は、故郷を含め和歌山の魅力なんて全然知らなかった。みかんやしらすはいつでも食べられるもので、山や海はすぐそばにあるもの。
有り難みなんて一つも感じることができなかった。「ここにないもの」を見たくて外の世界に憧れっぱなしだった。

高校は和歌山市内へ、大学は神戸へ、2012年の春には就職のために東京へ。
外へ外へ、どんどん和歌山から離れていった。

 

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就職先は「ソフト・オン・デマンド株式会社」
男性なら一度は耳にしたことがあるであろうアダルトコンテンツの会社だ。「SOD」という略称でも親しまれている。

僕はそこで営業部に配属された。小さな村で生まれ育った田舎者が、見たことのない世界を見るために好奇心一つでアダルト業界に足を踏み入れたのだ。

しかし、そんな特殊な会社で和歌山に対する想いが爆発するような出来事があるとは、この時思いもしなかった。

 

 

人生を変えた1本の電話

SODでの社会人生活は本当に刺激的なものだった。ADとして現場を走り回ったり、全社員参加の大運動会を仕切ったり、大小さまざまな舞台でMCを務めたり、朝から晩まで路上でナンパばかりしていた時期もあった。これらの濃度の高い経験は、今でも形を変えて各方面に存分に活きている。

 

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SODは誰しもが平等にチャンスを得られる会社だ。
僕も例外ではなく、その機会は訪れた。

入社して3年目の9月。
営業職も板についてきたものの、まだまだヒラ社員だった僕に1本の電話が入る。当時の営業部長からだった。

 

「おまえ、明日から課長な。よろしく」

 

たった一言で電話が切れた。青天の霹靂(へきれき)とはまさにこのことで。若く消極的だった当時の僕にとっては重すぎるチャンスだった。

 

 

目に見えるものが全てではない

SODと外部を繋ぐ責任者となったからには「ここでクリエイティブの火を絶やすわけにはいかない」と覚悟を決めた。

 

SODブランドの在り方を伝え、守り抜くことに必死だった。僕の大好きなSODを、僕の大好きなSODのままで存続させることに全神経を注いだ。

 

この立場になってクリエイターとの距離がグッと近くなった。制作者の意図や本心。女優さんの覚悟、誇りなどを身をもって感じていた。それら目に見えないクリエイティブな面をくみ取り、最大のリスペクトをもって伝えながら販路を開拓していった。

 

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目に見えないクリエイティブを伝えることで、ただただ手元に収まっている作品が別の顔を見せる。女優さんの魅力が爆発し、光り輝いて見える。

買い手の意識や感覚が180度変わっていくのが手に取るように分かった。これが、SODブランドを守るということだった。

そんななか、新たな疑問が芽生え始めた。

「世の中には本質が伝わっていない産物がもっともっとあるんじゃないか」

 

 

みんな、何も知らない

僕はいつものように、仕事終わりの就寝前にニュース記事をチェックしていた。リンクを辿っているなかで飛び込んできたこれらの記事に、僕は一度殺されたのかもしれないと今でも思っている。

「みかんの消費量、コタツと共に減少」「みかん消費、20年間で半減」

 

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みかんのブランド産地でみかん農家の息子として育ってきた僕にとって、あまりにも現実離れした記事だった。信じられなかった。みかんは国民的フルーツのはずだ。だって誰でも知ってるじゃないか。
なんで、なんで食べられていないんだ。

それに、なんだこの記事は。

 

「コタツが無くなったからみかんの置き場所が無くなった」いい加減なことを言うな。あなたたちはお茶碗が無くなったらご飯を食べなくなるのか?

 

「気候条件が良く、今年のみかんは甘い。当たり年だと言われている」みかんの美味しさは甘さだけじゃない。しかも毎年天候によってギャンブルを強いられているような言い方じゃないか。みかんの味を決めるのは、長年培ってきた農家の技術だ。

 

だめだ。全然だめだ。

みんな、何も知らない。

 

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思い返すのは生まれ育った村のこと、両親のこと、みかんがすぐそばにあった幼少時代のこと。
それなのに。

 

「自分の役割は何か?」

 

呼吸は極度に浅かった。

 

 

何よりも恐ろしいもの

2016年10月、僕は約9年ぶりにこの和歌山に腰を据えていた。
あれだけ出たかった故郷に帰ったのだ。

 

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僕は焦っていた。
故郷の危機を何も知らなかった。知ろうともしていなかった。
こんなに恐ろしいことはあるだろうか?

もっと焦っていた。
知らなかったのはみかんの事だけなのだろうか?
もしかしたら、もしかしたら……。

 

SODで培われたクリエイティブへのリスペクトと愛情が、僕の故郷に対する「無関心」を許してくれなかった。

 

故郷を、知ろう。

 

偉大な自然とクリエイティブに溢れた街

和歌山ではさまざまな出合いが待っていた。偉大なる自然や、凄まじいクリエイティブと誇りをもった生産者。そしてその生産者が生み出す世界に誇れる産物。想像もつかなかったほどの魅力が僕を出迎えてくれた。「ここにないもの」を求めて飛び出した僕にとって「ここにしかないもの」との出合いは衝撃的だった。

 


今なら僕も、和歌山の魅力とその本質を伝えることができる。県外から友人が訪れたときに必ず案内する場所をご紹介したい。

 

■丸田屋


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写真提供:丸田屋

一度食べたら忘れられない和歌山ラーメン。その新進気鋭の店舗がこの「丸田屋」。
研究しつくされた麺に、ガツンとくるも飲みやすい「もうひと口」を繰り返してしまうスープ。和歌山を代表する老舗「井出商店」で修行された店主の一杯は確かなもの。
和歌山ラーメンは「早寿司(はやずし)」という一口サイズの鯖ずしと一緒に食べる文化がある。その早寿司との相性もバッチリだ。「七代目 木村利右衛門 山利」の新鮮な釜揚げしらすを使用した、アツアツの「しらすめし」もオススメ。

 

■FAVORITE COFFEE


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写真提供:FAVORITE COFFEE

毎日自家焙煎したコーヒーと、和歌山の特産品を使用したスイーツやそのほかのメニューのどれもが記憶に残る美味しさ。そして、時間感覚をすっかり忘れてしまいそうな空間。目に入る、手に取る、香る、味わう、それら全てがこだわり抜かれた最高のカフェだ。

 

■キミノーカ


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写真提供:キミノーカ

農家さんがオープンしたジェラートのお店。ミントミルク、干し柿白ワイン、山椒チョコレート、八朔ピールマスカルポーネなど、その季節により、農家さんならではの他ではなかなか味わえないメニューがズラッと並ぶ。新感覚なのにもれなく全部が美味しくて衝撃を受ける。

 

■白崎海洋公園


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写真提供:白崎海洋公園

真っ白な石灰岩と真っ青な海のコントラスト。まるで異国ようなこの場所は「日本のエーゲ海」と呼ばれている。日本でもここにしかない見事な景観は、万葉の歌にも詠まれ、さらには「日本の渚百選」や「日本の夕陽百選」、「瀬戸内夢五十景」にも選ばれている。
岬には道の駅「白崎海洋公園」もあり。園内には県内最大級のダイビング施設のほか、キャンプ場や物産センター、地元の海の幸を堪能できるレストランなど、リゾートを満喫する設備も充実している。

 

■熊野本宮大社・大斎原(おおゆのはら)

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御創建2050年を迎える熊野本宮大社。
全国の「熊野神社」の総本宮にあたる熊野三山のなかでもひときわ悠々たる雰囲気が立ち込めている。かつてはここから500mほど離れた大斎原(おおゆのはら)という中州に現在の数倍もの規模の社殿があり、そこには橋がかけられておらず、衣服を濡らしながら歩いて川を渡ることで身を清め、神域に訪れたそう。はるか昔から「聖地」として人々の祈りを迎え入れてきたこの地に足を運び、荘厳な自然と数々の神話に触れてほしい。

 

味覚を超越するもの

生産者の想いやその作物のことを知るに連れて、単純な味覚を超越した「何か」が生まれる。どの産物も同じだ。

今、日本人にはこの「何か」を味わうことが必要とされているんじゃないかと思う。

生産者と消費者の感情の交錯が圧倒的に不足している。

 

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その「何か」の存在を伝えるため、僕はこの地でフリーデザイナーの友人、クボリちさと「CHARLL'S(ちゃーるず)」というプランニングチームを立ち上げた。
一次産業に寄り添い、和歌山の特産品を取り扱う企業のお手伝いをしている。

 

「ちゃーる」とは、和歌山弁で「~している」という意味。

前職の経験をフルに注ぎ込み、和歌山の人たちが「つくっちゃーるモノ」をもっと全国に届けるべく、この活動を始めた。

 

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昨年の冬には「みかんいちえ」という企画を決行した。

 

47都道府県それぞれ1カ所のゲストハウスにみかんを設置し、みかんをとおして「一期一会」を経験してもらうというものだ。味覚を超えた「何か」が乗っかったみかん。
各地から素敵な報告をたくさんいただいた。

 

現在はみかん以外にも「紀州うめどり」と「紀州うめたまご」の販路拡大にも着手している。

 

 

自分の役割は何か?

一時期は農家を目指したものの、周りの方々が偉大すぎて足並みをそろえる事ができなかった。やっぱり僕はクリエイターになれなかったのだ。
ならば、僕の役割は前職と同じだ。

 

故郷である和歌山には、もっともっと世の中に伝えられるべき素敵なものがたくさんあった。それらに火を点けられるような人間になりたいと強く思う。

 

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「自分の役割は何か?」

 

今なら自信をもって答えられる。

 

「この和歌山の地で、クリエイティブの火を燃え上がらせることだ」

 

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著者:樫原正都(かしはらまさと)

樫原 正都

1989年和歌山県出身。2016年にUターン。PRチーム「CHARLL'S」を立ち上げ、 みかんや紀州うめどりを中心に、和歌山県の特産物を世に広めるべく活動中。

 

Facebook : masato.kashihara

Twitter :@Kassy_Dotsubo

 

編集:Huuuu inc.