きっかけは青椒肉絲
僕は大阪の谷町六丁目(通称たにろく)にある印刷会社に勤めている。谷町六丁目駅の改札を上がった先にある谷町筋は並木道になっていて、空堀商店街にオフィス、マンション、長屋がちらほら。一本路地に入ると坂道やアートギャラリーも多い。下町の風情ある街には人が住み、商業や工業も盛んで新しい文化も芽吹いている。谷町界隈にはあらゆるものやことがそろっているのだ。職場で唯一、ぼーっと息抜きできる場所が非常階段なのだが、ここからの景色がもっとも谷町っぽさを表しているだろう。一軒家やマンションや長屋といったいろんな住宅が密集していて、近くの中学校からは運動会の応援だったりブラスバンド部の音色が聴こえてくる。近所のカレー屋さんからはそそられる匂いが階段まで上がってきて「おっ今日のカレーは濃いめかな?」と想像できる。猫が屋根でくつろいだり、なんだか身近な距離感で表と裏側が分け隔てなくゆっくりした時間が流れる都会ぶらないこの谷町界隈が僕は好きだ。

初めて谷町を訪れたのは、10年以上も前になる。知り合いの飲食店がオープンしたから行こうと友達に誘われた僕は、大阪メトロ谷町線に乗った。谷町にあるお店としか聞かされていなくて、谷町という地名はよく耳にしていたけど行ったことはなかった。「どんな街なんだろう」と想像を膨らませながら谷町界隈に足を踏み入れたのであった……。しかし、谷町と付く駅は谷町四丁目・六丁目・九丁目と3駅もあることを知らず、うっかり僕は谷町九丁目で降りてしまったのだ! お店があったのは谷町六丁目、友達に電話で誘導してもらいながら谷町筋を急ぐこととなる。その道中、空堀商店街を見たときは思わず興奮してしまった。「なんだこの大きいアーケード!立派なスケール感やなー!」。ローカルな雰囲気になんだか胸がときめいて、この街に住みたいと思うようになった。
その後、冒頭にある谷町六丁目の会社に就職し、職場から自転車で数分のところに家を借りた。今の会社に決めたのも正直なところ谷町にある、というのが大きい。
ところで、当時の僕は中華料理の青椒肉絲(チンジャオロース)にハマっていた。皆さんは、青椒肉絲お好きですか? 細切りした豚肉、たけのこ、ピーマンを炒めた美味なやつ。実はお店によってかなり個性の出るメニューである。例えば、「にんじん・玉ねぎも入った野菜増々タイプ」「豚肉の代わりに牛肉が入った青椒牛肉絲」「ピーマンかなり太切りタイプ」などなど、盛り付けや味付けも絶妙に違っていてなんともおもしろい。僕の好みは味が濃いめで、豚肉がもちっとした食感のオイリーなタイプである。よくド定番と言われるのだが、このスタンダードな青椒肉絲にハマったのがキッカケで中華料理に魅了された。住んでみてわかったのだが、谷町界隈には中華料理屋さんがとにかく多い。町中華、中華ダイニング、エキゾチック風な中華など、あらゆるジャンルの中華料理屋さんが数多くあってまるでパラダイス。自分好みの青椒肉絲を探す趣味からいつしか中華料理屋さんを巡る食べ歩きをするようになった。これが『平日中華・休日中華』という食べ歩き録SNSを開設し、日々中華探訪をするようになったルーツである。
谷町六丁目、おすすめのお店
ここでいきつけのお店をいくつか紹介したい。
まずは谷町六丁目駅の改札を出て地下にある『大徳』。ここは仲間内では"チカチュー"(地下にある中華料理屋さんの略)で通じるほど馴染みのお店だ。会社の人だけでなく友達ともランチによく通っている。ランチタイムには会社員とみられるスーツ姿の方も多く、地域に愛される中華食堂なんだろう。
定食メニューが豊富で刺身やおでん、焼売などの日替わり小鉢も見逃せない。いつも気分にまかせているが、名物『中華風カツ丼』を注文することが多い。初めてランチにうかがったとき、上司が中華風カツ丼を食べているのを見て気になった。「中華でカツ丼ってなんでだろう?」。次の機会に僕も注文してみることにした。「う〜ん!なるほど!これはいける!」。酸味が利いたケチャップベースの餡がカツにしゅんでとてもおいしい。具材はにんじん、ピーマン、玉ねぎ。一般的なカツ丼とは一味違っているけど、これはまさに町中華のカツ丼だ!!

谷町九丁目から直ぐにある上本町ハイハイタウンの地下食堂街もかなりおすすめ。大阪駅前第3ビル・新梅田食堂街・船場センタービルのような大規模な飲食街をギュッとした感じのハイハイタウンは、昼からも呑み人が訪れるまさに穴場。昔はお洒落な飲食店をリサーチすることが多かったが、歳を重ねるにつれて食堂街の魅力でもある隣の人と距離の近いワイワイした渋い場所が好きになった。
なかでも長崎ちゃんぽんや皿うどんが名物の『大鳳閣』は僕の推し。本場長崎、直送の麺を使用した特製皿うどんがお気に入りで、今まで食べたどの皿うどんよりも甘さが印象的。熱々の具材たっぷりの甘い餡とカラシのバランスが絶妙で取り分けた皿うどんにお酢をひと回しするのが俺流! 味変も楽しめます。「皿うどんでオススメなのは……『大鳳閣』」と言ってまわっているほど普及活動もしている。毎回必ず注文しているのは、『皿うどん(小)』に餃子とビールまで付いた『ほろよいセット』。他にもお得なセットメニューだったり単品料理が豊富なので1人から複数人でもお腹を満たしてくれる。中華の醍醐味はやはり複数人でテーブルを囲むよさにあると思う。そんな需要にピッタリなアットホームな町中華である。
中華以外で谷町界隈のいいところといえば、谷町の道の広さと各街へのアクセスの良さだろう。
「中華を摂取し過ぎな〜」と思ったときは、谷町六丁目から天王寺までの平坦コースや谷町九丁目から鶴橋までのアップダウンが激しいオリジナルコースを走って汗を流していた。坂道が多く尚且つ道が広い谷町界隈はランニングにとても適している。
そして、このまちは難波・天王寺・上本町・森ノ宮・鶴橋と主要な街へのアクセスがすこぶる良い。広めの道は自転車で走りやすく、どこまでも行けるような気がする。大阪三大夏祭りの一つ、生國魂祭は僕にとって夏の風物詩であり、ここにも毎年自転車で訪れていた。休日になると近くの公園や大阪城公園の芝生にテントを張り大阪城音楽堂から聴こえてくるグッドミュージックをBGMにチルすることもあった。谷町に住むといつも身近にアクティビティがあったので平日と休日のオンオフもかなり充実していたように思う。

以前、谷町でメジャーリーグ・野球グッズのPOPUPが開催されていたのを知り、行ってみたのを機に仲良くさせてもらっている松屋町にある大きな亀の看板が目印の『タータスストア』。谷町六丁目にかかる長堀通り沿いにあるこのお店はオープンして15年。古い長屋をリノベーションした店内はアメリカの風を感じさせてくれるアパレルやI LOVEベースボールなグッズを展開している。店主の山崎さん(通称山ちゃん)は地元松屋町に39年住んでいるオールド谷町ラバーだ! そこで谷町の魅力を聞いてみた。

「30年近く前は子どもがどんどん減っていて、今とは逆で郊外に人が移り住むドーナツ化現象の時代でした。しかし、15年ほど前から街に大きいマンションが建つようになり、徐々に人が戻ってきた。7〜8年前ぐらいからは同世代の人たちがお店を始めて、個性豊かなお店が増えてきている。谷町五丁目から七丁目あたりまでは、あまり大きなチェーン店がなく個人店が多いので街の文化であったり、人と人との距離感がローカルな魅力で住み易い街の条件になっていたりするのかな?と思います。積極的に人と繋がることでより谷町ライフを楽しんでもらえるのでは!」
山ちゃんお話しありがとうございました!
谷町のおいしい1日
最後に、僕のとある夜の谷町中華巡りの様子をお届けしたい。清水谷にお店を構える『楽園』は創業47年の老舗町中華店。77歳と大ベテランのご主人が鍋を振るうお店である。いつも軽快なトークで場を盛り上げてくれるところもうれしい。特にタイガースファンにおすすめ。なぜなら地上波の野球中継を流してくれるからだ。しかもお財布にも優しいお店である。

次に伺ったのは、楽園さんからも近い『上町ラヂヲ』。お酒の交流はもちろん、2階はイベントスペースとしてPOPUPが開催されたり谷町カルチャーの発信地となっている。


そして、谷町の最終地と言えば……『麺工房』でしょう。長年、谷町ラバーに愛されるお店。店主のメイメイさんに会いに訪れる人で夜遅くまで賑わっている。僕にとって谷町のオアシス的なお店である。


〆の料理はいつも『目玉焼き』。なんだろう、最後は家庭的な料理で1日を終えたくなる……赤いテーブルに中華はいつも似合う。ご馳走様でした。
家族が増えたことで4年前に地元、東大阪へUターンしたのだが職場は変わらず、谷町との付き合いは7年になる。忙しくてランチに行くことさえままならず、外に出るのは行き帰りだけの日だってあるけれど、毎日谷町六丁目駅の改札を出て1日がはじまるこの環境が僕はとてもうれしい。ものやことがたくさんで、まだまだ知らないことだらけの谷町界隈は末恐ろしく、なにより魅力的なのだ! これからも仕事や中華活動を続けながら地域の人や文化とお付き合いしていきたい。
著者:櫛田 尚之

中華料理が好きで大阪を中心に平日/休日関わらず中華探訪をしています。中華の醍醐味はより多い人数で料理を囲うこと。オリジナル中華ユニフォームの制作もしています。
Instagram:@heijitstu.kyujitsu.chuka
(写真:川田 亜沙人)
編集:ツドイ
