京王線の隠れたエース「高幡不動」の日常と非日常

著: 青柳美帆子 

東京都日野市高幡不動。生活をするための町だ。

駅から徒歩5分圏内に、必要なものがぎゅっと詰まっている。セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソン。本屋は駅ビルの中に啓文堂書店。カフェはドトールとタリーズ。100円均一ショップは中規模のダイソーとショップインのキャンドゥ。スーパーは京王ストアと食品の店おおたとJA東京がある。ドラッグストアはいっぱい、パン屋はルパ。銀行ATMはメインバンク全てがあって、郵便局があって、図書館があって、ジョナサンがあって、マクドナルドとモスバーガーがあって、チェーン居酒屋もたくさんある。

ないものはといえば、カルディ、成城石井、セリア、スターバックス、無印良品、ユニクロ、TSUTAYA。こういう「あるとけっこううれしいけど、なくても困るほどではない」という店は高幡不動にはあんまりない。「そういうのは電車に乗って近くの町に買いに出ればいいと思う」という町の声が聞こえてくるようだ。

家に招いた友達と駅改札で落ち合って、最初にする会話はこんな感じ。「へ〜、意外と栄えてるね」「でしょでしょ、でかめのダイソーがあるよ」「いいな〜」「でも歩いて5分のところに丘もあるし浅川もあるし、田舎なんだよね」「いいじゃんいいじゃん」。

駅の発展ぶりを推しておきたい気持ちと、とはいっても東京の中ではのどかなほう……という自己評価が入り乱れ、やや謙虚な語り方になる。

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京王線沿線の人にしか伝わらない「特急停車駅」という誇り

高幡不動の住民は「うちは特急止まるよ」と、ちょっと自慢気に言う。高幡不動には京王線と多摩都市モノレールの2路線が通っている。京王線は新宿と京王八王子をまっすぐつなぐ路線で、走行距離が長いため「京王ライナー」「特急」「準特急」「急行」などの列車種別がある。この中のどれに乗っても高幡不動にたどり着ける。

新宿から高幡不動までは約30キロメートルあるけれど、特急に乗れば約30分で着く。他路線利用者にはなかなか伝わらないが、特急停車駅というのは京王線の駅の中でもかなりうれしいポジションだ。

本当の隣駅は南平と百草園だが、特急のおかげで気持ちの上のご近所駅はもう少し広い。ショッピングセンターがある京王八王子と聖蹟桜ヶ丘と府中まではご近所の気分でいるし、新宿・渋谷に出るのもそこまで遠くは感じない。

自然豊かな高尾山や多摩動物公園といった行楽地にもアクセスがよく、日野市の子どもの遠足はその辺りに行くことが多い。ちなみに2009年までは「多摩テック」なるやたらと乗り物系アトラクションが充実した遊園地があったのだが、いまはもうなくなってしまった。

多摩都市モノレールを加えればさらに移動範囲が広くなる。立川と多摩センターまで約10分。乗車料金がちょっと高く感じるけども……まあそこはしょうがない。

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「電車に乗ればどこにでも行ける」感——車がなくても長距離を移動できることは、10代の私の行動を後押ししてくれた。

小学生の時は電車に乗って府中の日能研に通い、中学受験をして毎日国分寺の学校まで通った。放課後には国立の友達の家で漫画読書と乙女ゲームプレイに没頭。そのまま二次創作カルチャーにどっぷりハマったオタクに育ち、国際展示場や藤沢で行われる同人誌即売会にも行った。友達や好きな人と、立川や吉祥寺や渋谷で遊んだ。大学生になってからは飲み会帰り、新宿駅0時18分発の終電に乗って帰った(うっかり寝過ごして終点の京王八王子の漫画喫茶で一夜を明かすこともしょっちゅうあった)。

高幡不動の良さは、高幡不動から簡単に出て行けることの良さでもある。

基本的には「出る」町だが、お招きの顔もある

基本はこちらから別の町に出向いていくばかりだが、たまーに「多摩動物公園行かない?」などと誘って、相手に高幡不動まで来てもらうこともあった。

2013年の自分のツイートを掘り起こしてみたら、「多摩動物公園に好きな人と二人でいって、相手がつくってくれたお弁当を食べ、五時まで中をふらふらして、閉園後は高幡不動までお散歩し、あんず村でポテトグラタン食べて、ちょっとお酒も飲んじゃったりして、相手を高幡不動駅まで送っていって、改札で去っていく背中を見つめるようなデートがしたい」なんて投稿をしていた。

このデートコースは、31歳の今から見ると「体力あるなあ」と感じる。多摩動物公園に17時までいるのもえらい。多摩動物公園は広いので確かに閉園時間まで満喫できるポテンシャルはあるが、なにしろ広く園内は坂のアップダウンが激しいのでそこまでいると非常に疲れる。多摩動物公園から高幡不動まで20分強を歩くのもえらい。今だったら電車かモノレールで帰ってしまう。いや、23歳当時でもちょっとロマンティックすぎるというか、体力を持て余し気味なデートコースかもしれないな……。

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ツイートの中にある「あんず村」は、高幡不動の駅前にあるレトロな喫茶店。宮沢賢治ライクな黒猫のキャラクターが目印だ。創業は1980年だそうで、店内にはジャズがかかっている。名物はどんぶりの中にスープパスタがたっぷり入った「どんすぱ」と、オリジナルケーキの「ちょび助」。私はここで「喫茶店のコーヒー」に出会った。

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中高生のときは、ちょっと背伸びしてあんず村に訪れていた。背伸びの内訳は、喫茶店にひとりで入れる自分4、中高生の経済感覚6くらいだろうか。あんず村には卓上にミニノートが置いてあって、いろいろな人がコメントやイラストを残している。ノートをパラパラとめくって見知らぬ人のとりとめのない話を読むのも、自分でちょっと気取った感じで書きこむのも楽しかった。店内に保管してある膨大なミニノートの中には、中学校のときの私の言葉が残っているかもしれない。気恥ずかしさを通り越して読んでみたい。

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意外な取り合わせとして触れておきたいのが、店内に「ピューと吹く!ジャガー」などで知られるうすた京介さんのイラストが掲示してあること。「この『うすた』ってあのうすた京介さんか……? 『ジャガー』にも高幡不動ってキャラが出てくるしな……」と長らく悩んでいたが、2010年ごろのうすたさんのツイートで「八王子でバイトした帰りに、よくあそこで落書きしてました」と触れられていて、「あのうすたさんだった」と初めて確信した。

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こんな感じで、チェーン店以外の飲食店もそこそこある。私の推しは喫茶店なら「あんず村」、カレーなら「アンジュナ」、ケーキなら「Patisserie du Chef FUJIU(フジウ)」。

「アンジュナ」はゴスペラーズの黒沢薫さんが推しているインドカレー店で、アルバム収録曲「アンジュナ」の元ネタにもなっている。本格的なインドカレーが好きな人ならキーマやチキンがおいしい。辛いのはちょっと苦手な人はクリーミーな甘さのバターチキンカレーがイチオシだ。

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30年前、駅前は田んぼだった(らしい)

私は1990年に生まれて、大学時代の一人暮らし期間などを除き、2019年までの約25年間高幡不動に住んでいた。駅徒歩10分の3LDKマンションが実家で、「家を出てもずっとこの町との付き合いは続いていくんだろうな……」となんとなく思っていたのだが、まさかで母が海外に移住することになり、2020年に実家売却からの一家解散。あっという間に高幡不動がホームタウンではなくなってしまった。

そんな「高幡不動を出た住人」として、ここまでどちらかというといい話ばかり語ってしまったが、しんどいところも触れておきたい。

日野市は約10年前まで「ものづくりの町」としての一面もあった。しかし日野自動車や東芝や雪印メグミルクなどの工場が相次いで撤退してしまい、今は23区のベッドタウンの印象が強くなっている。新選組・土方歳三の出生地であることを生かして観光業も伸びを期待しているものの、快進撃的な感触はない。「刀剣乱舞」が爆発的に流行ったときは、市内の土方歳三資料館(高幡不動からモノレールで1駅の万願寺駅が最寄り)に大行列ができて町がざわついたが、現在は落ち着いているようだ。

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生活に直結するところでいうと、日野市はゴミ袋が有料かつ、分別がかなり厳しい。ゴミの処理能力が高い川崎市あたりから引越してくると、ゴミ捨てのルールの多さにストレスを抱えるかもしれない。

ちなみに、冒頭で「意外と栄えてるじゃん」と書いたが、開発が一気に進んだのはわりと最近だという。今から100年前は、ほとんど農村。1950年代にJR日野駅とともに日野市の中核的な駅に位置づけられ、1988年から本格的な再開発が始まった。

私は90年生まれ、姉は86年生まれなのだが、この4年の差が大きいらしい。私はそこそこ栄えた駅周辺の記憶しかないが、姉の方は「カエルの鳴き声に囲まれながら田んぼを突っ切って家に帰った」思い出があるのだという。2007年ごろに大規模な駅舎工事が終わり、今の駅のたたずまいになっている。

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現在の「ちょっと栄えていて暮らしやすい高幡不動の町並み」は、どうやらここ20年くらいで急につくり上げられたもののようだ。先に開発が進んだ南口に対して、北口方面も新築マンションが増えたりとじわりじわりと変化している。

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高幡不動が「特別」になる日

最後に、高幡不動が高幡不動であるアイデンティティ、駅から5分の場所にあるお寺「金剛寺 高幡不動尊」の話がしたい。町では親しみを込めて「お不動さん/お不動さま」と呼ばれている。

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お不動さんは普段からそこそこにぎわっている(仁王門がポケモンGOのジムにもなっている)。ただ、お正月の三が日はもう段違いの人出だ。生活をするための高幡不動は、新年だけは人を呼ぶ町になる。

高幡不動駅から参道を抜けて境内まで、人がぎゅうぎゅう詰め。コロナの影響があった2021年のお正月には行けていないので雰囲気はわからないが、例年は12月31日の夜から明けて1月3日まで、高幡不動が別人のようになる。実は高幡不動は三大不動のひとつに数えられており、日野市外からも参詣者がやってくる。日野市の人口が18万人に対して初詣の参詣者数は約30万人というところからも、そのにぎわいぶりの特別さを感じてもらえるだろうか……?

にぎわい真っただ中で初詣をするか、人が引いてきた5日過ぎくらいに行くか、気分によって選べる自由さが高幡不動に住んでいることのいちばんのワクワク——なんて言うとワクワクが小さすぎると言われるかも。でもこの期間があればこそ、高幡不動は飽きずに住める。


著者:青柳美帆子

青柳美帆子

1990年生まれ。ライター。高幡不動に生まれ高幡不動で育つ。女性向けカルチャーを得意領域とし、書籍、雑誌、Webなどで幅広く執筆活動を行う。TwitterID:@ao8l22 ブログ:「アオヤギさんたら読まずに食べた

編集:小沢あや(ピース)