岡山で私を育ててくれたカルチャーのこと

著: ゆっきゅん 

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私が岡山県に住んでいたのは2014年春の高校3年生までです。高校は進学校で土日も部活か勉強、外食もあまりしない家庭で、友達と話す場所といえば「ハローズ」のイートインコーナー、放課後に遊ぶならローカルカラオケ「サウンドビート」、略してサンビだった。

だから観光に勧められるような岡山のスポットに詳しいとは到底言えないけれど、それでも私は岡山県の岡山市(実家はわりと中心部でした)のなかでできる限り積極的にカルチャーを享受してきたように思います。

上京を決めたのは高2のとき。でも、それまでもずっと本当は、芸術文化の真ん中に飛び込むことを望んでいたんだろうと感じます。岡山に大きなイオンがオープンする直前に上京した私。その記憶を辿りながら、私の過ごした岡山の街を紹介します。

メルパとシネマ・クレールが教えてくれた映画たち

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私が初めて自分が「これ、どうしても観に行きたい!」と母親にお願いして観に行った映画は中島哲也監督の『下妻物語』という、ロリータファッションの深田恭子さんと暴走族の土屋アンナさんの友情を描いたものでした。

ズームインで宣伝されていた深キョンが可愛すぎたので、1週間くらい毎日母親に言い続けてやっと、放課後に「岡山メルパ」(2022年1月31日で閉館してしまうとのこと(泣))へ連れて行ってもらいました。小学3年生の初夏のことです。鑑賞後、こんなに面白いものが世界にあるんだ……と衝撃を受けて、嶽本野ばらさんの原作や他の作品を読んで、コミカライズ作品も買ったし、サントラも借りて、自由帳には衣装の絵を何度も描いて、高校2年生のときには文化祭のクラス演劇で上演しました。

映画というものにはあらゆる芸術が詰め込まれていて、そのどれをとっても当時の自分にとって大好きと思える作品でした。あのときから、私は映画を好むようになります。

岡山メルパよりも通うことになったのは、岡山唯一のミニシアターである「シネマ・クレール」でした。この近くに住んでいたおかげで、私はたくさんの面白い映画を知ることができました。岡山に住んでいる文化的な人間はここを頼るしかなくなる、そういう場所。シネマ・クレールで上映される映画ももちろん好きだったし、さらに、シネマ・クレールという空間が好きでした。

たぶん、初めてシネマ・クレールに行ったのは山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』だったと記憶しています。ペ・ドゥナ(最高よ)が主演の、文化祭バンド直前の数日間を描いた映画。公開年が2005年ということは私は小学4年生だったということになります。まじか、10歳。

ドラマや映画に出てくる小学生を見るとき、私はかつての自分を思い出したことがないんです。「自分があのくらいのときはもう歌姫に夢中で『リンダ リンダ リンダ』にハマっていて……」と思うと、そんな子どもが描かれることは、まずないからです。しかも別に早熟とかでもないんだよ、だいぶおりこうさんでしたし。

そんな感じで高校を卒業するまで、何度もシネマ・クレールに通って映画を観たのでした。『笑う大天使』、『うた魂♪』、『神童』、『恋するマドリ』、『転々』、『百万円と苦虫女』、『ディア・ドクター』、『デッド寿司』、『桐島、部活やめるってよ』、『希望の国』、『ペコロスの母に会いに行く』、『婚前特急』、『ソハの地下水道』………なんか偏っている! ぱっと思い出せるのはこれくらいだけど、どの記憶も、映画の内容だけでなく、シネマ・クレールで観たこと、観た後に人と話したこと、それを含めた記憶として残っています。

実写映画『笑う大天使』の話をし始める人間は2022年にまだ出会ったことがないのですが、当時小学5年生だった私が、あの映画の終盤(たしか上野樹里さんたちが巨大化するんです)で笑いが止まらなくなりながらも必死で抑えていた努力は、本当にあの時間に存在したのです。

『桐島』を観た次の週に、高校の廊下で「先週、シネマ・クレールで桐島観てた…?」と話しかけられて始まった友情も良すぎる思い出です。その人とは、もう疎遠になったけど。ずっとこの映画館が続いて欲しいという願いもあり、時々帰省したときには何かの映画を観に行くことも多いです。ありがとうマジで、と思っています。

雑貨屋「mitsuba」で手にしたときめき

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シネマ・クレールの近くの県庁通りに、「mitsuba」という雑貨屋があります。かわいい文房具や食器、岡山の手づくり作家たちのアクセサリーなどが並ぶ店内に、開店時から何度も足を運んでいました。クルテクとか、この店で初めて見たような気が。

昔からかわいいものが好きで、休日はギャラリーや雑貨屋めぐりをするという趣味もそういえばありました。私は、「チクチク日和」という手づくりで雑貨やアクセサリーなどをつくっている人が一堂に会するイベント(終了した)や、アートバザール的なイベントになんか毎回来ているベイビーボーイだったのです。その作家さんたちのブログを全てブックマークに入れて読むのを楽しみにしていました。

岡山に戻ってきたときにmitsubaを訪れると、いま販売されている商品にかわいいかわいいと心を躍らせながらも、そのころのことを思い出します。たぶん、私の通っていたお店はだいたいもう無い。子どもながらに、「雑貨屋を続けるのって、難しいんだな……」と思ったりしたけれど、mitsubaはずっとそこにあってくれてうれしいです。またなんか買いに行こう。

丸善も図書館も古書店も

シネマ・クレールから数歩でたどり着く表町商店街、その入り口にある「岡山シンフォニービル」の中にあるのが私の故郷こと、「丸善 シンフォニービル店」です。ちなみに岡山シンフォニーホールの舞台には吹奏楽部員として何度も立ちましたわ。

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丸善の1階は雑誌とコミック、地下はなんでもあります。高校生のとき、近くに塾があったので、塾の前に毎回、つまりほぼ毎日立ち読みをさせてもらっていたような気がします(買えよ)。大きな一般書店の中でも芸術書が充実していて、そのフロアに毎日通っていました。

会話はしたことないけど、店員さん(『未来ちゃん』の缶バッジをつけている方がいたなあ)にも波動で優しくされていたような感じでした。この丸善に行くと、満を持して本を買っていたときの特別な気持ちを思い出すのです。

そんな丸善で、今は自分が編集長を努めた雑誌『imaginary』が大きく置かれている(雑誌のサイズ自体が大きいからです)のを見ると、さすがに感慨深いものがあります。塾行く前に買ってくれる学生とかいたらうれしすぎるなあ……と思いました。

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本屋ではないですが、岡山県立図書館で得た情報や知識は、計り知れないです。実は大した読書家ではないけれど、県立図書館で過ごす時間が大好きでした。図書館にはたくさんの雑誌があって、小説よりも何よりもそれらを貪るように読みました。『H』『装苑』『美術手帖』『ダ・ヴィンチ』『キネマ旬報』とか色々……特集や表紙にいる芸能人に興味を持って手にとって、隅々まで読んで興味を広げることの繰り返しでした。

高校のころにここで読んだ『CREA』でフェミニズムとも出会いましたし。私の特に好きな棚(棚で言う!?)は50番、51番、52番の芸術関係のところで、その付近の閲覧席が自分の心の指定席でした。そこ空いてなかったら、気持ちとしてはもうダメなんだよね。あの席のあたりは、昼間は図書館前の大きな噴水の水面が反射して、図書館の天井にゆらゆらと映るのです。受験勉強をしにきた日も、その光をぼーっと眺めたりして時間が過ぎたりしました。

私は古書店が好きで、東京で好きな街を聞かれたら「神保町」と答えるくらい。その目覚めは水泳教室の隣にあった「古本市場」だと思うけど、岡山の好きな古本屋といえば、先ほど紹介した場所とは少し離れて、玉野市にある「451BOOKS」というお店。リアル店舗が開くのは土日祝、古書と洋書とZINEやリトルプレスを扱う本屋さんです。絵本や芸術系の書籍が充実しています。

忘れもしない、小学6年生で初めて451BOOKSに行ったとき、私は草間彌生さんの自伝『無限の網』を買って一気に読み、何かそれまでの自分よりもひとつ、自由になれたような気がしたのでした。ZINEというものを知ったのも、ここだったと思います。たけのこスカーフさんのZINEを何冊も買って大切に読んでいたことをよく覚えています。上京してから何冊もZINEをつくってきたけれど、最初にその自由を教えてくれたのは451BOOKSでした。

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帰省してから見つけた好きな場所ももちろんあります。県立図書館からも相生橋を渡ってほど近い、「古京文庫」という古書店です。住宅街の中にひょこんとあります。文学系の初版本と絶版本に特化した本屋さんで、「こんなところにこんなお店が!」とうれしくなって、つい何冊も買ってしまいます。映画、文学、カルチャー系の珍しい本がたくさん置いてあり(しかし高価というわけでもない)、この本に偶然出会ってしまえるとは……と運命を感じざるを得ません。少女マンガ関連本が充実しているのもうれしいポイントです。先日はエリュアールの詩集2冊セットを購入しました。

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喫茶「モヤウ」で大森靖子さんがくれた御守り

帰省して友達と会うときも、私はお酒を飲まないので喫茶店に行くことになります。高校生のときは行かなかったけど、いいお店が結構あるんだなーと今更知ることになるのです。なかでも表町にある「キャッスル」と出石町にある「カフェモヤウ」はお気に入りです。キャッスルの内装はすごくかわいい。モヤウには長居して読書したことが何度もあります。

2015年かな、大森靖子さんの弾き語りライブがモヤウで開催されて、ものすごく近い距離(つーか目の前)で大森さんが『ミッドナイト清純異性交遊』を歌いながら「君だけがアイドル」という歌詞でたしかに私を見た、その記憶だけで乗り越えた夜が何度もありました。「なんか無理かも……」と思ったときに「でも大森さんが君だけはアイドルって言ってたし私だけがアイドルなんだよな……」と大胆に強引に心を取り戻して、生きてきました。

私が主に親しんだ県庁〜表町〜出石エリアには、映画館も美術館もギャラリーも新刊書店も古書店もあり、カルチャーを楽しむには十分でした。住みやすい街だったなと思います。カルチャーを追う、という感覚も特になく、好きなものを好きなだけ知りたかった幼いころの自分(今もだけど)。この記事で紹介した場所で得たキラキラした気持ちの蓄積が、たしかに今の私をつくっているんだと、自分で表現をするようになってからも、何度も思い返します。自分の原点と呼べるようなものには、既に岡山で出会っていました。

だからこそ、私が活動の届く先を思うときはいつも、岡山県のどこかの実家の隅に小さく座っている人の横顔が浮かびます。登下校中に一人で音楽を聴くしかない足取りが聞こえます。その一人の心に届くような活動ができていなければ、まだまだ自分は何もできていないのだと信じています。地方から見ることのできるカルチャーとして、東京として、もっともっとどこに居てもバレバレなくらい、ちゃんと輝いていたいです。

著者:ゆっきゅん

ゆっきゅん

1995年、岡山県生まれ。青山学院大学文学研究科比較芸術学専攻修了。「電影と少年CQ」のメンバーとしてライブ活動を続けながら、セルフプロデュースでのソロ活動「DIVA Project」を始動。水野しずと共に編集長を務める雑誌『imaginary』(夢眠舎)を2021年12月に創刊。その他執筆やトーク、でんぱ組.inc『好感Daybook♡』の作詞など、精力的に活動中。

編集:小沢あや(ピース)