信用しきったらあかんけど。笑えちゃう街・西成で|文・谷じゃこ【歌人の住む街】

著者: 谷じゃこ

「歌人の住む街」は、短歌を詠む人(歌人)に自らの暮らした街についてのエッセイと、短歌を書き下ろしてもらう企画です。微細な感情や日常の瞬間を切り取る歌人が、それぞれの視点から街のありかたを見つめ直してくれます。

日本でも有数の、油断ならない街として有名な大阪市西成区。実家を出るまでの29年間をここで過ごした。今もちょくちょく帰っている。



 
地名だけが知れ渡っていて、あぶない街として取り上げられる一方、人情味あふれる優しさに触れられる街とでもいうように、過剰にもてはやされているなぁと感じることもよくある。そのたびに、「そんなに悪くないで」と「いやそんなええもんちゃうで」がせめぎ合う。気をつけていれば怖い思いをせずに過ごせるけど、信用しきったらあかんで。


いいところも悪いところもある、そんなんどこの街でも多分一緒やから。


 

中心に立っていたイズミヤ

一番お世話になったのはイズミヤ。昔は5階建てで、スーパーっていうよりショッピングビルみたいな存在感で交差点に堂々と立っていた。遠くからでもイズミヤのマークは一目でわかる。オレンジと黄緑の太陽のマークが見えたら、帰ってきたなぁと安心できた。実はここがイズミヤ本店というのも誇らしかったな。

西成を語るのに一番がスーパーマーケット?!と思われるかもしれないが、イズミヤなしには語れないくらい私の西成生活の中心やった。

初めてCDを買ったのも、ジーンズを買ったのも、電子手帳もゲームソフトも全部イズミヤ。4階にファンシー雑貨のコーナーがあって、友達への誕生日プレゼントは大体みんなここで買ってた。そうそう、プリクラを初めて撮ったのもイズミヤの4階やわ。妹と2人で撮った。

5階に上がると見晴らしが良くて、夕焼けがめちゃくちゃきれいやねん。外から見ても全面ガラス張りの建物やったので、夕日が反射してきらきらしてた。なのに数年前に改装して、2階建ての小さな普通のスーパーになってしまった。街の雰囲気がうんと寂しくなったように思う。帰ってくるたびに、交差点にあのイズミヤがないことが、いつも寂しい。誇らしいイズミヤの姿をお見せしたかったけど、古いスマホをさかのぼっても写真は見つからんかった。撮っといたらよかった。

お買い物も遊ぶのも散歩にも

もう一つの中心は鶴見橋商店街。1番街から8番街まである、全長1kmほどのロングな商店街。

2番街にある公園をニコウ、3番街のをサンコウと呼んで、だいたいどっちかで遊んでた。サンコウはドラマの撮影に使われたこともあり、ちょっとくらい映れるのではとみんなで見に行った。(もちろん全然映らんかったし、それどころかなんのドラマやったのかも謎のまま……)

中学生になってからは3番街のカラオケに通った。小学生では校区外で行けなかった4番街の100均の品ぞろえがいい気がした。今思えば一緒やけどな。ちょっとでも目新しいものを常に求めていたのかもしらん。

昔よく行った文房具屋さんも、天ぷら屋さんも、今はなくなってしまった。たこ焼き屋さんはホルモン焼きに変わってた。でも地面のタイルはそのまま。タイルの黄色いところしか踏まないで歩くというのをよくやってて、干支(えと)たちをぴょんぴょんしてた。混んでる商店街でスーパー迷惑。

暇なときは商店街のはじっこまで歩いたりした。もう絶対なくなってると思うけど、7番街あたりの喫茶店にはインベーダーゲームができるゲーム機一体型のテーブルがあった。ゲームやらんけどその席によく座ってたし、そのたびにお母さんが「昔はよく遊んだわ〜」って話すのを毎回聞いてた。思い出話が昭和すぎる……。

おやつには困らない

大阪ならどこにでもたこ焼き屋はあるけど、「一富久」さんはほんとよく行った。イズミヤの裏手にあるので、お買い物したあとたこ焼き食べて帰ろっか、って感じで。

 二杯酢に七味を振って食べるのがオススメ。おすましセットにして、明石焼きみたいにおすましの中に浸して、ふやふやにして食べるのもめっちゃおいしい!とりあえずおすましセットを頼んどけば、二杯酢もおすましも両方味わえるからいいな。

食後にソフトクリームかアイスもなか食べるのもお決まりやった。もし今西成で暮らしていたら、仕事帰りにビールセットで一杯飲んでから帰ったりするやろうなと、簡単に想像できる。


 西成は昔からお年寄りが多かったので、洋菓子店より和菓子系の店がたくさんある。

子どもの頃からおやつに食べてたのが、「福屋」さんのおだんご。みたらしだんごが、一般的な茶色くて甘じょっぱいしょうゆ味のと、透明のたれに青のりが入った白いみたらしと2種類ある。午前中に行かないと売り切れちゃう。

好きやったのは三色だんご。ちょっと甘くて、緑はちゃんとヨモギの味がする。自分で買いに行った思い出よりは、お母さんがよくおやつに買ってくれていた。
 

南海電鉄萩之茶屋駅の高架下にある「甘党喫茶ハマヤ」さんは、昔ながらのそのままの佇まいで落ち着く甘味処。安いし。小腹がすいたときにお餅がうれしい。じゃりっとした砂糖ときな粉がたっぷりまぶさったあべ川。

昔はイズミヤの中や商店街の中にも甘味処があったので、いろんな甘味処の記憶が混ざってる気がする。子どもの頃はぜんざいはあんまり好きじゃなくて、きな粉のあべ川かしょうゆ味で焼いた磯部焼き(ハマヤさんではつけ焼きという名前)をよく食べていた。今でも甘味処という存在が好きなのは、この頃の思い出からかも。でもデパートに入ってるくらいしかあんまりないねんなぁ。今住んでいる街にも甘味処が欲しい。
 

昔からあるお店だけじゃなくて、ここ数年で新しいお店もできているみたい。おしゃれなコーヒースタンドができててびっくりした。

若い人はみんな出て行って高齢化が進みきってると思っていたけど、意外と和菓子屋ばかりでもないのかもしれない。ついつい懐かしい店に寄っちゃうから、西成にいる友達に新しいお店を教えてもらわなあかんな。コーヒーゼリー入りのラテおいしかった。

観光地はないけど

わざわざ遠方から訪れてもらってまで見てほしいような観光スポットはなんもないけど、ちょっとワクワクする見どころがないことはない……!

大阪市内にある渡船場8カ所のうち、3カ所が西成区と大正区を結んでいる。橋のかかっていない場所を結ぶための渡し船なので、通勤通学でもない限りなかなか使うことはないと思うけど、ちょっとしたお出かけ気分を味わえるので、わざわざ渡りに行くのもいいかも。

これは西成区津守と大正区平尾を結ぶ、落合下渡船場。渡っているのは木津川で、北のほうで道頓堀川ともつながっている。ほんのりドブの臭い。こういうとこに飛び込んだのかぁと思いながら、とはいえ揺れたりは全然しないしすぐに対岸に着くので、快適な船の旅やな。

自転車もそのまま乗り込める。この日は私も自転車で。近くの高校の下校時間と重なったみたいで、結構にぎわっていた。お隣の大正区は沖縄の人が多く住んでいる地域で、沖縄料理の店も多い。大正には結構カフェもあったりするので、サイクリングついでにお茶するのも良さそう。
 

大阪という都会にありながらノスタルジーむんむんの鉄道も走っている。

南海汐見橋線は汐見橋駅と岸里玉出駅を結ぶローカル線。大阪に住んでる人でも、「汐見橋ってどこ?」って感じやと思う。実は私も1回しか乗ったことがない。乗ってみたくて乗っただけなので、行きたいところがあったとかはない。ほんとになにもないけど、あえて挙げるなら、西天下茶屋駅近くの商店街でおいしいコロッケが買えるくらい。大阪で一番のどかな電車。(谷じゃこ調べ)
 

阪堺電車も楽しいよ。通称チンチン電車、さらに通称チン電。大阪唯一の路面電車で、通天閣の辺りから住吉大社、堺を通って浜寺公園まで。西成内では線路上を走るので、あまり路面電車感はないかもやけど。手を伸ばしたら人んちの窓に届くんちゃうかってくらいの近さを走ってるかと思えば、道路で車と並走したりする。大阪で二番目にのどかな電車。(谷じゃこ調べ)

汐見橋線とは違って、チン電には割と乗る。路面電車やからか、中学生の頃の私にはほかの電車に比べて気軽に乗れたからなのか、イズミヤや地元では手に入らないかわいい雑貨を求めて出かけたり、ハンバーガー食べに行ったりした。冷静に考えたらチン電に乗らんでもチャリで行ける距離やったので、次第に乗らなくなっていったけど。

大人になってからもチン電は乗ってるだけで楽しいから、暇なときに用事もないのに堺まで行ったりしてた。堺には「かん袋」という有名なくるみ餅のお店があるし、意味もなく乗っても楽しめるはず。 

趣味はうろうろ

西成に住んでいた頃は、暇さえあればとにかくうろうろしていた。というか街に何もないから、うろうろするくらいしかなかったのかもしらん。
 
この辺は細かい路地がめっちゃ多い。チャリに乗ってるとすれ違うのが難しいくらいの細さの道もある。裏道的な感じじゃなく、商店街に行くときや習い事のお習字、友達の家、かくれんぼ、あらゆる場面で普通に使う路地ばかり。その路地の先に、お地蔵さんがいたりする。

この辺は地蔵盆が盛んに行われている地域やと思う。地蔵盆というのは、お盆が過ぎた頃に地域のお地蔵さんをきれいにして、ちょうちんの飾りやお供物をするお祭り。関西でよく行われているらしい。

おさい銭をすると子どもはお菓子がもらえたので、小銭を握りしめて友達とお地蔵さん巡りをした。お地蔵さん巡りと言うと聞こえがいいが、目的はお菓子集め。日頃からうろうろしていた成果もあって、遠くのお地蔵さんまでお参りしていっぱい集めた。知り合いのおばちゃんがいるところやと、ヤクルトをおまけしてもらえたり。

何年か前に久しぶりに実家に帰ったらちょうど地蔵盆のタイミングやって、懐かしさとうれしさでお参りしたら、小さいスーパードライをくれた。「お菓子もいるか?」ってお菓子もくれた。ていうかこんなことをまだ覚えてるなんて、どんだけうれしかったんや、私は。

西成のかっこいい面

今は西成を離れたけど、全然帰っていないわけではない。17歳から通っている美容院「ReDio」(当時はRed Pepper)に、今も通い続けている。

雑誌のヘアカタログを見ていて、あっ、この髪型いいなと思ったらその美容院が近所やった。おしゃれな美容院って大抵、堀江とか南船場とかにあるものやと思ってたから、こんなラッキーなことはないやろとすぐ予約した。

それまで美容院探しに困っていて、というのも絶対にすかないでって伝えてもすかれてしまっていて。おかっぱにしたいのに、ふんわりボブにされてしまう。ちゃうのに、なんで伝わらんねん〜〜と困っていたときに見つけたのが、今通っている美容院だった。

人生の半分以上、きれいなおかっぱに整え続けてもらっている。今切ってもらってるのは美容師の天本さん。ほんまにずっと「いつもの感じで」と言い続けるだけの私なのに、より完璧なおかっぱにするために毎回さらに上のおかっぱを目指したカットを施してくれる。私のおかっぱは安泰やわ。
 
実は西成ではクラフトビールをつくってたりもする。「Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)」という萩之茶屋にあるブルワリー。

クラフトビール、意外と街中のそんな広くないスペースでもつくれるらしいとは知っていたけど、まさか地元で作っているとは思わんやん。しかもこれがまたおいしくて、個性的なビールだらけなんやからすごい。

定番の「西成ライオットエール」、ライオットとは暴動のことやけど、暴動のない街で笑い合える酒をというコンセプトがいい。良いイメージだけで新しく塗り替えようと思えばそう見せることもできるやろうに、西成で暮らしてきた人々の苦しみや怒りがあったことから目を背けず、その上でこれからのためのおいしいビールをつくってくれていて。
これから西成で暮らす人に街のことを知っておいてほしいなんて1ミリも思わんし、普通に楽しく暮らしてくれたらいいなと思うけど、街のブルワリーがこうやって名前を残してくれるのはほんとありがたいな。
 
 

最後の最後で自己紹介(?)みたいになるけど、私は今短歌をつくっていて、ZINEにまとめたりしている。

西成のことを短歌にしたことももちろんある。2018年に鈴木晴香さんとつくったZINE『鯨と路地裏』では、大阪で暮らすということをそれぞれに詠み、私は西成について書いた。

 
 ストローで飲む鬼ころし この気持ちがリスペクトだという可能性
谷じゃこ/『鯨と路地裏』より
 
道端にめちゃくちゃゴミが落ちてるし、昼間から酔っ払いもおるし、住んでんのか住んでへんのかわからん傾いた家が残ってたりもするけど、全部ひっくるめて「もうほんまどうしようもないな〜」と笑っちゃう感じ、多分西成のことが結構好きなんやなと思う。
遊びに来なくていいけど、住みたい人がいたらオススメしたい。悪いところもあるけど、いいところもある街やから。

 

著者:谷じゃこ

1983年大阪市西成区生まれ。短歌のZINEをつくるなどフリーで活動。『クリーン・ナップ・クラブ』『ヒット・エンド・パレード』、フリーペーパー「バッテラ」など。鯖と野球が好き。

X(旧Twitter):@sabajaco

編集:乾隼人(Huuuu)