東京初心者にちょうどいい「西葛西」。川後陽菜さんの上京物語

インタビューと文章: 小沢あや  撮影: 飯本貴子

f:id:SUUMO:20210421064949j:plain

乃木坂46卒業後、YouTubeでの配信やプロデュース業などマルチに活躍している川後陽菜さん。自然豊かな、長崎県西海市の出身の彼女。東京に強い憧れを抱いていた川後さんが上京後、初めて住んだ街は、東京都江戸川区「西葛西」。行きつけだったお店でエピソードや、地元・長崎県で過ごした日々のことやおすすめスポットまで、たっぷり伺いました。

おもちゃ箱みたいなごちゃっと感が魅力の街

f:id:SUUMO:20210421065021j:plain

―― 川後さんが芸能界や東京への憧れを持ったのは、いつごろからだったんでしょうか。

川後陽菜さん(以下、川後):もともと原宿のかわいいカルチャーが大好きで、NHKの『東京カワイイ★TV』という番組で紹介されるものに興味を持ったのがきっかけですね。とにかく都会への憧れが強かったので、東京で流行っているものを検索したりするのがすごく好きでした。山で遊ぶか、家にこもるか。両極端な子どもでしたね。

f:id:SUUMO:20210421065150j:plain

川後:乃木坂46の活動をする前に、福岡の事務所に入っていたんですけど、それも「モデルになって、好きな芸能人に会いたい!」と思っていたからなんです。乃木坂のオーディションも、「なんとしてでも受かってアイドルになりたい!」というよりは、「東京審査までたどり着けたら、原宿で遊べる〜!」くらいのモチベーションでした(笑)。

―― そこから、13歳で合格。晴れて上京して、最初に住んだ街が意外にも東京メトロ東西線の「西葛西」。

川後:そうなんですよ。昔、乃木坂の寮があったんです。

―― ……乃木坂46なのに、なぜ西葛西だったんですかね?

川後:不思議ですよね。「なんで?」って、私も思いました(笑)。東京っぽい街ではないので、「おー、こんな感じか〜!」って。やっぱり、渋谷の街をイメージして上京してきちゃったから(笑)。

―― ローカルな街、西葛西。実際の住み心地はどうでしたか?

川後:東西線は毎朝とっても混むんですけど、街自体の住み心地は超よかったです! 駅の下の商店街「メトロセンター」には、キャンドゥも、チェーン店も、ローカルな飲食店も、なんでもありますし、少し歩けばショッピングモールもスーパーもあるので、生活に困ることはありませんでした。メンバーと一緒に自転車に乗って、「サニーモール」というショッピングセンターの中にある「しまむら」や「アベイル」で洋服をよく買っていました。

―― 握手会の衣装など、被らないように考えながらそろえないといけないですもんね。

川後:そうなんです。一緒に買い物に出かけて、「私これ買うね!」「じゃあ、私はこれにする!」と声をかけあって、被らないようにしていました。もちろん、当時はたくさん服を買う余裕もなかったから、それぞれで衣装を交換したこともあります。

―― お仕事だけでなく、プライベートでもメンバーと一緒に行動をしていたんですね。

川後:はい。人見知りで、まったく喋れなかったので、最初の方はずっとひとりで部屋にいて、ひたすらアニメを観ていたんですけどね(笑)。学校の友達よりもメンバーの方が落ち着いている子が多くて、話も合うし、だんだんとうれしくなって。私は13歳の年少組だったんですけど、お姉さんたちにいろいろなご飯屋さんや買い物に連れて行ってもらいました。

―― 西葛西といえばカレーが有名ですけど、行きつけの飲食店はありましたか?

川後:カレー屋さんだったら、「スパイスマジック カルカッタ」によく行っていました。寮から近かったし、メンバーと「とりあえずカルカッタ行かない?」って誘い合って行くことが多かったです。インドカレー屋さんならみんなで行っても意外とバレないから、普通にメンバーと喋りまくってました(笑)。チキンカレーと、チーズナンを注文してたかな。

f:id:SUUMO:20210421065753p:plain

川後陽菜さんのYouTubeチャンネル「【聖地巡礼】アナザースカイ風で思い出巡り【西葛西】(前編)」より

川後:あとは、チェーンですけど、びっくりドンキー! 地元には全国チェーン店も全然なかったので、初めて行った時は超感動したんですよ。乃木坂メンバーと、しょっちゅう西葛西の“びくドン”にいましたね(笑)。

―― あのびっくりドンキーに、乃木坂メンバーが通い詰めていたとは……! チェーン店がそろっているのも、西葛西の魅力ですよね。

川後:駅近の「とり鉄」も思い出深いです。店員さんがめっちゃ優しくて、よくクーポンをくれたんですよ。私若かったし、いつも来るから「この子、ちゃんとごはんを食べているのかな?」と、心配してくれていたのかもしれません。

―― 乃木坂のメンバーだとは、バレていなかったんですか?

川後:多分、分かっていたと思います。でも、最後まで知らないふりをしてお話してくれました。優しさですよね。あたたかい街です。

―― 西葛西、本当に住みやすい街なんですね。

川後:都心に行く用がそんなになければ。商店街もご飯屋さんもレンタルショップもゲームセンターも公園もあるし、必要なものは基本的に全部あります。家族連れでも学生でも、とっても住みやすい街だと思います。

―― いろいろと「推しポイント」があるんですね。

川後:少し行けば「葛西臨海公園」という大きな公園があるのもいいですよね。それから「東京ディズニーランド」が遠くないのも、田舎出身としてはワクワクするポイントでした。地元の友達には「ディズニーの近くに住んでるんだ」って(笑)。

西葛西のヴィレヴァンが変えた人生

―― そうそう。川後さんが大好きな「ヴィレッジヴァンガード」(以下、ヴィレヴァン)との出会いも、西葛西店だったそうで。

川後:西葛西のヴィレヴァンって、駅から離れた場所に、ポツンとあるんですよね。寮も近かったし、かなりの頻度で寄り道していました。「なんか、ごちゃごちゃしている店だな〜」というのが第一印象なんですけど、普通の本屋さんには置いていないような漫画があったり、知らない海外のキャラクターの商品があったり。すぐハマっちゃいました。

f:id:SUUMO:20210421070308j:plain

川後:店員さんの、おすすめの手書きポップを眺めるのも好きでした。もちろん、店員さんひとりひとりのことは知らないけど、なんか面白そうなものはとりあえず買ってましたね。ヴィレヴァンで見たものを、さらにネットで調べることで、いろいろなことを知ることができましたし、かなり影響を受けたと思います。西葛西のヴィレヴァンがなかったら、今の私は、いなかったかもしれません。

―― 実際に、今はカルチャー系領域や、ヴィレヴァンの公式のお仕事もたくさんされていますよね。

川後:西葛西って、新宿や渋谷に出るまでに乗り換えなきゃだし、やっぱりちょっと「う〜ん、今から出かけるのもな〜」って思っちゃうことが多かったんですよ。「家の近くで済まそう!」と思うと、とりあえずヴィレヴァンに行ってました。なんでもあるし、楽しいから。「西葛西のヴィレヴァン、一生いられる!」って、本気で思ってました(笑)。

―― 他にも、思い出のお店はありますか?

川後:「CRISS CROSS」という雑貨屋さんです。かわいらしい雑貨がたくさんあって、学校帰りにアクセサリーや髪飾りをよく買いにいきました。ポイントカードも超貯めていました。お店でメンバーに遭遇することも多かったですね。みんな、大好きだったお店です。

大人になって分かった、地元・長崎の魅力

―― ここまで西葛西の話を伺いましたが、改めて。川後さんが生まれ育った長崎県西海市は、どんなところですか?

川後:長崎県の中でも、結構田舎です。家から見える景色も、目の前が海で、後ろが山! 「THE 大自然」って感じのところで、登下校中にイノシシやサルが出るような地域でした。町内放送で「きょうはサルが出たので、帰りは気をつけてください」と呼びかけされるぐらい(笑)。家から小学校までも、山をひとつ越えなくてはいけなくて、徒歩1時間かけて通っていたんです。

―― 通学も大変だったんですね。日々、大自然の中でどんなことをして遊んでいたんでしょうか。

川後:どこかで買い物をすることもなくって、ずっと山に登って遊んでいるような子どもでした。校区内にはコープぐらいしかなくて、コンビニも1軒もなかったんですよ! 隣町にはあったんですけど、子どもだけでは行っちゃいけない場所だったんです。何年かに1回、親に船乗り場まで連れて行ってもらって、友達と一緒に佐世保市内に遊びに行ったかな。

―― 川後さんは、YouTubeでも「長崎県の魅力100個発信してみた!」という動画をアップされていましたね。

www.youtube.com

川後:東京に出るまでは、都会に強い憧れがあったから、「田舎はいいよね」と言われても、意味が全然分からなかったんですよね。「長崎はすごく自然があふれてて、ごはんがおいしい」とよく言われていたけれど、「そんなに違うのかな?」と正直疑っていました(笑)。

―― 豊かな自然も、おいしい食も、川後さんにとってはあたりまえだったと。

川後:そうそう! 上京してから「リラックスしたいから、ちょっと緑を見たいな」とか、「海行きたいな」と思うようになって「長崎、とってもいいところだったんだな〜」って、やっと分かったんです。

f:id:SUUMO:20210421070753j:plain

川後:お刺身も、小さいころはあまり好きではなかったけれど、大人になって、長崎の海鮮の新鮮さと違いを感じるようになって。長崎は、ブリの漁獲量日本一なんですよ。おばあちゃんが魚屋さんで働いていたので、毎日オードブルみたいな感じでお刺身が出てきたんです。でも、当時はそのありがたさが、よく分からなかったんですよね。大人になってから、長崎の魅力をきちんと実感できました。

―― 他にも思い出の郷土料理ありますか?

川後:お祝い事のときは、「大村寿司」が定番ですね。ちらし寿司を押し寿司にしたような料理で、シャリがかなり甘いんです。めちゃくちゃおいしいんですよ!

f:id:SUUMO:20210421070857j:plain

川後:長崎と言ったら、カステラというイメージが強いと思うんですけど、ローカルなおやつといえば「かんころ餅」。お芋でつくった固めのお餅なんですけど、オーブンで焼くと、外はカリッと、中はもっちりで。お腹にもたまるし、おいしいんです。地元のスーパーに行くと、パックに入った手づくりのかんころ餅が売っている事が多いですね。

―― 初めて聞く料理でした。美味しそう!

川後:そう! 長崎に旅行をした友達に感想を聞くと、みんな、「ご飯の満足度が高い!」って言ってくれるんですよ。私も長崎県民としていつでもお店を紹介できるように、おいしいご飯屋さんのリストをつくっています。

―― ぜひ、そのリストを教えてください!

川後:まず、長崎といったら、ちゃんぽん。定番だと「四海楼」ですけど、長崎の中華街のちゃんぽん食べ比べも面白くて。例えば、クリーミーな味わいが特徴の「江山楼」もおすすめ。

f:id:SUUMO:20210421071036j:plain

川後:それから、一口餃子も外せませんね。長崎市内の飲み屋街に、「雲龍亭」と「宝雲亭」というお店があるんです。どちらも一口餃子をメインにしたお店で、メニューも似ているんですけど、味が全然違う。みんなで「どっち派?」なんて言いながら食べるのが好きです。

あ、忘れちゃいけないのが、おにぎり専門店の「かにや」! 飲み会のあと、お腹がぱんぱんになってても、なぜか2、3個は食べれてしまう。すごいおにぎりです。

―― 飲みのシメに、おにぎりを食べるんですか?

川後:そうなんですよ! そんなこと、20歳すぎて飲むようにならないと分からないじゃないですか(笑)? お酒を覚えてから、おいしさがしみました。成人後に知った、新たな長崎の魅力ですね。大人になってからも、どんどん楽しみが増えるんです。

上京して初めて住む街は、背伸びせず、リラックスできる街がおすすめ

―― 長崎から東京に上京して、何かギャップを感じたことはありますか?

川後:私はホームシックを感じたことはなかったです。東京での生活をがっつり楽しんでいました。暇さえあれば、原宿の竹下通り、渋谷の109、秋葉原に行っていました。アートも好きなので、原宿のデザインフェスタギャラリーや、末広町のアーツ千代田3331にもよく行きましたね。

―― 原宿と渋谷に加えて、秋葉原が加わるのが川後さんらしいです。

川後:アニメ好きだったので、フィギュアを買いに行ったり、メイド喫茶に行ったり、コスプレしてプリクラを撮ったり。個人的には、一番東京を感じる街が秋葉原でしたね。

―― 最後に、川後さんは住む街を選ぶときに、大切にしていることを教えてください。

川後:私、めちゃくちゃ引越しが好きで、いろいろなところに住んでいるんですけど、家族連れが多く住んでいる街が好きです。商店街があったり、スーパーがあったり、公園があってお散歩しやすいような街。上京して最初に住んだ西葛西が、すべての基準になっていると思います。

f:id:SUUMO:20210421071500j:plain

川後:私、上京して最初に住む街が、大都会のど真ん中でなくて本当によかったなと思うんですよね。もしもいきなり港区とかに住んでいたら、心が疲れてしまったと思う。そういう意味でも、西葛西はちょうどいいんです。ちゃんと、堅実な生活ができる(笑)。背伸びしないでリラックスできたのが、いいかもしれないですね。


お話を伺った人:川後陽菜(かわごひな)

1998年3月22日生まれ 長崎県出身。2018年12月に乃木坂46グループを卒業後、モデルやプロデュース、YouTuberなどマルチに活動中。最近では、YouTubeユニット【カオスピピス】としても活動している。

聞き手:小沢あや

小沢あや

コンテンツプランナー / 編集者。音楽レーベルでの営業・PR、IT企業を経て独立。Engadget日本版にて「ワーママのガジェット育児日記」連載中。SUUMOタウンに寄稿したエッセイ「独身OLだった私にも優しく住みやすい街 池袋」をきっかけに、豊島区長公認の池袋愛好家としても活動している。 Twitter note

原稿協力:五月女菜穂