欲を覆い隠さない、人間の街「池袋」。講談師・神田伯山の地元愛

インタビューと編集: 小沢あや 文: 佐藤はるか 写真:飯本貴子

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寄席だけでなく、テレビやラジオ、YouTubeなど、さまざまな場所で活躍している講談師・神田伯山さん。池袋出身の伯山さんは、「青春時代からプロになるまで、一番印象に残っている街は、やっぱり我が地元・池袋」「池袋にすべてがあった」と語ります。

おもちゃ箱みたいなごちゃっと感が魅力の街

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―― 伯山さんは、中学生まで池袋西口エリアにお住まいだったんですよね。

神田伯山さん(以下、伯山):池袋は僕にとっての「地元」。池袋にある母方の実家に、家族で住んでいました。中学生ぐらいのときに引越したんですが、その後もずっと近所でしたし、よく池袋には遊びに行きました。

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伯山:池袋って、少し雑多というか、子どもが自分の好きなおもちゃをギュッて集めてできたような街だなあって思います。必ずしもイケてるわけじゃないし、「ダサい」とか、バカにされがちな街なんだけど(笑)。とにかくなんでもあるし、カルチャーもそろってる。まあ、もうちょっと綺麗にエリアを分けたほうが、みんな住みやすいんでしょうけどね。

―― まさに、池袋は伯山さんがおっしゃる通り、ごちゃっとはしていますけど、本当になんでもそろってる街です。

伯山:僕にとっても、思い出がギュッと詰まった街です。人生における「初めて」を体験したのは、だいたい池袋。初めて芝居を観たのも、西口にある東京芸術劇場です。具体的なことは覚えてないんですけど、動物がいっぱい出てくる、古典だったのかな? 「芝居って面白いんだなあ」と思いましたね。たしか小学生のころ、学校の授業の一環でした。

―― 芸術への目覚めも、池袋だったんですね。

伯山:食なんかも、そうですよ。小学校1、2年生のときに、久しぶりに家族でご飯を食べに行って、初めてクリームソーダを飲んだのも池袋。マクドナルドでチーズバーガーを食べたのも、中学生で吉野家の牛丼に卵を入れて、「こんなに美味しいものが世の中にあるのか!」と衝撃を受けたのも池袋。この記事読んだ方からは「それ、池袋以外でも食べられるじゃん!」って思われるでしょうし、まあ実際そうなんですけどね。

―― 池袋ってチェーン店も勢ぞろいですよね。

伯山:あとは、池袋は喫茶店が充実してますよね。チェーン以外だと、西口にある有名店「珈琲専門館 伯爵」は、いつも混んでいるのに不思議と集中できる空気で、とても気に入ってます。「炭火焼珈琲 蔵」は、池袋演芸場も近いので、一番よく行く店ですね。美味しいですし、喋っている人が少なくて、落ち着いた雰囲気なんです。「カフェ・ド・巴里」も、よく行きました。

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―― 行きつけのお店は、池袋演芸場がある西口エリアに集中しているんですね。

伯山:そうですね。甘いものだと、西口の和菓子屋「三原堂」の「かしわ餅のみそ餡」とか、すごく好きです。子どものとき、祖母が機嫌がいいときによく買ってきてくれました。

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―― 先輩や後輩の方とよく行く、おすすめのお店はありますか?

伯山:僕自身は打ち上げもあまり行かないんですが、思い出深いのは後輩を一度連れていった、鰻屋「かぶと」です。

―― 伯山さんが、高座でもよく話しているお店ですね。

伯山:そうそう、先代がちょっと談志師匠みたいに情熱的な方だったんですけど(笑)、今はお弟子さんが2代目を引き継いで、だいぶ入りやすくなりましたよ。味は変わらず、めちゃくちゃ美味いです。たしかネット予約のみなんですが、私が最後に行ったのはコロナ前で、今の営業状況はわからないんですけどね。でも、いろんな人が「日本で一番うまい鰻屋だ」って言ってますし、僕も大好きです。

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伯山:あとは「清水屋」ってトンカツ屋さんも有名だし、ラーメンですと「無敵家」「屯ちん」もよく行ってました。池袋ってごちゃついている印象があるけど、ちゃんと美味しくて小洒落た店もあるんですよ。A5ランクの肉を使ってる「黒5本店」みたいに、異常にうまい焼肉屋とか、いろんなお店があって。とにかく食が充実してますよね。

セレクトを信じて通いつめた新文芸坐、「ツウ好み」の池袋演芸場

―― 池袋のカルチャースポットの話も、ぜひお聞きしたいです。伯山さんが寄席に通い始めたのは高校生からとのことですが、当時から「池袋演芸場」に?

伯山:いや、もともと僕の主戦場は浅草だったんです。浅草演芸ホールは、読売新聞を購読して読売ファミリーサークルに入ると、当時は何枚も招待券がもらえたんですよね。お金のない学生でしたから、授業のないときは朝から夜まで10時間以上、寄席にこもっていました。でも、最後に落ち着くのは池袋演芸場でしたね。

―― 池袋演芸場には、どんな魅力があるんでしょう。

伯山:池袋は、寄席の後半になると1人あたりの持ち時間が5分伸びて、20分ぐらいになるんです。また、場所がビルの地下ということもあってか、落語通というか、マニアックなお客様が多くいらっしゃるんですね。

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伯山:そうなると、演者側も普段やってるのとはまた違う、変わったネタもやりやすいんです。池袋演芸場は、若手が勉強する場、未来を感じさせるような実験的な場という雰囲気がありました。僕はすべての寄席が好きなんですけど、池袋は異彩を放ってましたね。落語や講談を知れば知るほど、面白くなる場所だと思います。

―― なるほど。大学生のときには、名画座「新文芸坐」にも通われてたとか。

伯山:本当に、新文芸坐にはバカみたいに通ってましたね。ひょっとしたら、池袋演芸場以上に思い入れがあるかもしれない。

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伯山:僕は名画座に行ったことがなかったので、まず、「2本立てってすごいな」というところからです。それに、「昔の映画はとてもいい」って聞くけど、家でビデオで観ると、わからない良さもあると思って。「映画館の大きな画面といい音響で観るって、なんて贅沢なことなんだろう」と感じましたね。価格も良心的でしたし、設備も2000年に建て替えたばかりなので環境もよく、落ち着く雰囲気でした。

―― 新文芸坐では、どんな作品を観ていたんでしょう?

伯山:自分では選ばず、新文芸坐のセレクトを信頼して、無差別になんでも観ていました。映画って、ある程度狙っていかないと外れちゃうこともあると思うんです。でも、新文芸坐だと「あっ、これも面白い!」「これもいい!」ってのが多くて。「この作品が面白そうだから行こう」ではなく、「新文芸坐が選んでいるから行こう」というモチベーションで観に行ってました。

―― スタッフさんとも交流が?

伯山:いえ、勝手に感情移入していただけで、交流はないです(笑)。僕が通っていた当時の新文芸坐は、1950〜60年代の日本映画を中心に、いろんな監督や俳優の特集を組んでいたんです。4本立てのオールナイト上映なんかも、途中目薬さしたり、寝たりしながらも観てましたね。全然興味のない怪獣映画とか、全く知らない旧ソ連の監督の映画とかも、本当にジャンルレスに。1本1本の作品を細かく思い出せるわけじゃないですけど、新文芸坐で触れた作品は、自分の財産になっています。

―― 演芸と並行して、たくさんの映画に触れていたんですね。

伯山:両方がっつり観てました。他にもお芝居や能、狂言、文楽、宝塚と、ジャンルレスに触れてましたよ。「世間で評価されるものは、1回は観に行ってみよう」と考えていた時期で、池袋から電車でどこでも行ってました。

―― 池袋は、交通アクセスが良いので、どこでもサクサク行けますね。

伯山:カルチャーの中で、どっぷり時間とお金を費やしたのは、演芸と映画とプロレスかなあ。演芸は、自分がそっちに進もうと思ってたので、「勉強して吸収しよう」、「客席の視点を知ろう」という気持ちが強かったんですが、プロレスや映画は、ただただ娯楽として楽しんでましたね。

大切な連続物のホーム「あうるすぽっと」

―― 講談師の道を進んでから、新たにできた池袋との関わりもあるんでしょうか。伯山さんは、東池袋のあうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)でも公演されてますよね。

伯山:あうるすぽっとさんは、僕の中でベストな劇場ですよ。個人的には、講談や落語含む伝統芸能を見てもらうには、300席が限界だと思ってるんです。それ以上大きな会場だと、一番後ろの席のお客様が、見にくかったり、聞きにくかったりしたら、申し訳ないんですよね。

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伯山:あうるすぽっとさんは、まさに300席ぐらい。座席間も開いていて、椅子も良いので、疲れずに鑑賞できるんです。スタッフさんの対応も丁寧ですし、区営だから安くお借りできるのも、開催側としてはありがたくて。

―― 伯山さんの講談にとって、理想的な場なんですね。

伯山:僕は講談の「連続物」と言われる読み物を一番大切にしていまして。例えば、長い17話あるものを、数日に分けて連続で聴いていただく会をしようと思ったときに、ゆっくり聴ける会場をいろいろ考えた末に落ち着いたのが、我が地元・池袋のあうるすぽっとさんでした。今年は開催延期になってしまいましたが、一昨年、昨年と1月に連続物の会を続けてきて、大事なホームとして定着してきたかなと思います。

―― 伯山さんにとっては凱旋公演でもありますし、思い入れが強いんですね。

伯山:あと、池袋には「紙のたかむら」っていう紙の専門店がありましてね。

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―― 「紙のたかむら」さん、初めて聞きました。

伯山:講談のときに、釈台をポンポン叩くアレを「張扇」って言うんですが、「西ノ内和紙」という特殊な和紙で巻いて、自分でつくるんです。その和紙を売っているのが、僕の知る限りでは「紙のたかむら」だけなんです。プロになってから、姉弟子に「たかむらで買うといいよ」と教えられて、「え、池袋にあるんだ!」と驚いて。やっぱり、講談師になっても、お世話になってる街ですね。

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―― 池袋と講談、そんなに密接な関係があったなんて。不思議ですね。

伯山:そういえば、もともと僕のカミさん(伯山さんのマネジメント代表・古舘理沙さん。公私をともにするパートナー)も、池袋演芸場でアルバイトしてたんですよ。もっとも、別で落語会の主催をしてて。

―― そんなご縁まで池袋に……!

チェーン店が切磋琢磨している商業エリア

伯山:あ、そうそう。ちょっと話がずれるんですが、僕、池袋の「メガネドラッグ」がすごく好きで、思い入れが強いんです。

―― いきなりメガネドラッグ!? (検索しながら)あ、池袋が本店なんですね。

伯山:子どものころに、池袋のメガネドラッグの店員さんが、僕を子ども扱いせず、無料でメガネを直してくれたんですよ。それで、「いきなり子どもがきたのに、嫌なことひとつ言わず直してくれるなんて、なんて素敵な人たちなんだ」「いつかこの恩に報いたい」みたいなことを、子ども心に思って(笑)。

―― 伯山少年、その瞬間にメガネドラッグへの忠誠を誓ったんですね。

伯山:メガネ同士の優しさというか、「眼鏡が曲がってるだけで今日1日過ごすの大変だよね〜」って、共通意識が感じられたというか。その恩はどこよりも深くて、他の店がどんなに安くても、メガネドラッグで買い続けてます。

―― いい話ですね。伯山さん、律儀過ぎます……!

伯山:池袋って、大きな商業施設やチェーン店が、ギュッと詰まってるじゃないですか。東武百貨店と西武、駅前のビックカメラ・ヤマダ電機、書店ならリブロやジュンク堂・芳林堂……ライバル企業同士がすぐ近くにあって、切磋琢磨しているのかっこいいなって、昔から思ってました。中でも、本社も池袋にあるビックカメラさんは、私のラジオのスポンサーなので、特にオススメです(笑)。

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伯山:お店が1カ所に集まることで、お客さんも「とりあえず、池袋に買い物へ行こうか」となって、池袋全体の売上が上がる……みたいな。ライバル会社だけど、そういうふわっとした街のチームワークもあるように感じてたんです。閉店した店も含めて、それぞれに思い出があります。

A面とB面、どちらも魅力的な街、池袋

―― 池袋に親しみのない人に、魅力を伝えるなら、伯山さんはどう表現しますか?

伯山:池袋って、食ひとつとっても、一流の店もあれば、いい感じのB級グルメ、最高峰のチェーン店もある。わかりやすくイケてるA面も、そうじゃないB面も、両方そろってるのが魅力なんじゃないかなあと思います。まあ、B面のイメージが強めなので、ちょっと損してる感じはあるんですけど(笑)。

―― まさに。池袋には可能性が詰まっているのに過小評価されちゃってる問題、あると思います。

伯山:僕としては雑多な感じこそが、池袋の魅力だと思うんです。演芸場の近くにもラブホテルがあって、すべてが混ざっている感じが、人間の欲が全部集約されているようで楽しい。「欲を覆い隠していない人間の街」という感じがして、好きですね。

―― 「欲を覆い隠していない人間の街」……しっくりきました。

伯山:僕の青春時代であり、自分の大事な大事な、人生のポイントになっている地点が、池袋です。ある意味、僕自身も池袋を体現してる人間なのかもしれませんね。ダサいって点においては(笑)。

お話を伺った人:六代目 神田伯山(ろくだいめ かんだはくざん)

1983年生まれ、東京都豊島区池袋出身の講談師。持ちネタの数は150を超え、独演会のチケットは即日完売。講談普及の先頭に立つ活躍をしている。

聞き手:小沢あや

小沢あや

コンテンツプランナー / 編集者。音楽レーベルでの営業・PR、IT企業を経て独立。Engadget日本版にて「ワーママのガジェット育児日記」連載中。SUUMOタウンに寄稿したエッセイ「独身OLだった私にも優しく住みやすい街 池袋」をきっかけに、豊島区長公認の池袋愛好家としても活動している。 Twitter note