徳島で、今日も渦巻いている。|文・田丸まひる

著: 田丸まひる

徳島と東京が意外と近いことを、みんなは知らない

友達に会うために久しぶりに東京に行ってきた。自分なりのおしゃれを楽しんでいるのを見せ合ったり、言葉に対するときめきをあれこれと話し合ったりするのには心が躍った。それぞれの暮らす場所で、みんな色々なことに立ち向かったり傷ついたりしてきている。

東京と徳島の間は、飛行機を利用すれば一時間と少し。わたしの住んでいる鳴門は空港からも近いし、仕事なら日帰りもできる時間距離だ。陸路なら、高速バスで神戸や大阪まで出て、新幹線に乗り換えると便利だし、夜行バスもある。意外と簡単に行き来できるんよ、と思う。

行けばぽんとたどりつくのに「遠くからようこそ」を今日もたっぷり浴びる


けれど、徳島には電車が走っていない。鳴門にも、どこにも。これから電車が走るであろう見込みも今のところはない。わたしも含めて地元の人たちが「汽車」と呼ぶディーゼル機関車が、架線のない線路を走っている。「駅前で遊ぼな」と約束をする高校生たちに駅前と呼ばれるのは、ほぼ確実に徳島駅周辺のこと。駅、少ないから。

徳島に帰る飛行機を羽田空港で待ちながら、この先しばらくは使わないであろう乗換アプリを消去した。自動改札機もまだないところに帰るために。

色んな記憶や気持ちごと渦に飲み込んでいく


鳴門は今日も風が強くて、渦巻いている。なにが正しいのか、なにが間違っているのか分からないようなことも飲み込んでぐるぐると回っている。鳴門は今日も渦巻いていて、風が強い。鳴門に引越してきた人にはついつい「風が強いですよね」と言ってしまう。別に風が強くてもなんでもないはずなのに、風にあおられた前髪が数本気に食わないだけで、ああもう今日は終わったと思う思春期の感覚が、大人になっても残っている。

このWebメディアで、他の皆さんが素敵な路地裏などを紹介されているのを見て、なんだか申し訳ない気持ちになった。田舎あるあるで高い建物がほとんどなくて、空がぽかんと広い。

「空です!」「海です!」「川です!」「橋です!」みたいな光景がどこまでも続いている。子どもの幼稚園の送り迎えには橋を渡って海沿いを走るし、なんなら渡し船で通勤通学をしている人もいる。友達が徳島に来た際に、そうとは知らずにわたしの家の近所で写真を撮って、「何にもない!」とSNSに投稿をしているのを見たときは膝から崩れ落ちた。

なにがあったら何もないって言われずにすむんでしょうか白波のあわ


でもまあ、鳴門には観光地として有名な渦潮があって、あのぐるぐると回る渦を、毎日ニュースの冒頭の映像で見ている。派手な施設ではないけれど、渦潮のメカニズムや鳴門海峡に架かる大鳴門橋の構造などを知ることができる、大鳴門橋架橋記念館 EDDYは面白いし、大鳴門橋の橋桁内に造られた海上遊歩道である渦の道は、ガラスの床から渦潮を見下ろすことができて迫力がある。

その近くには、陶板で名画を複製し、教会などの壁画なら環境空間ごと再現している大塚国際美術館もあって刺激的だと思う。学校の遠足で訪れているのも見かけるが、しっかり見ようと思うと丸一日いても足りないような圧巻の広さと作品数だ。地元の人あるあるで、「2018年大晦日のNHK紅白歌合戦で、米津玄師さんが生中継で歌った場所」と説明したくなる、ミケランジェロが手掛けたシスティーナ礼拝堂があるが、最近はそれに加えて「2023年4月の『FRaU S-TRIP』の表紙がシスティーナ礼拝堂に佇む白石麻衣さんなんですよ」と続けているのはわたしだけだろうか。この誌面には渦潮とまいやん、後述のくるくるなるとで食事をするまいやんの記事もあって、このようなところに来てくださってありがとうございますとひれ伏したい。

他にも、戦後モダニズム建築家の一人である増田友也の遺作となった鳴門市文化会館は美しい建物だが、現在は耐震化の改修のため、休館している。ここではかつて、モーニング娘。のライブも行われていた。かつてと表現せざるを得ないほどまあまあ前なので、モーニング娘。の皆さん、ハロー!プロジェクトの皆さん、そしてハロプロを卒業したエムラインクラブの皆さん(わたしは元Juice=Juiceの宮本佳林さんのヲタクです)ぜひともまた鳴門に来てください。本当に来てください。どこに拝めばいいんですか。

アイドルのきらめきだけは残されて中野サンプラザだろうここだって

観光客を豊かな食でもてなすスポット「くるくるなると」


さて、ぐるぐるじゃなくて、「道の駅 くるくるなると」は2022年にオープンした、鳴門の食のテーマパーク的な存在だ。徳島県内外の人たちがたくさん訪れて、鳴門産の食材を使った料理を食べられるし、お菓子やパン、お惣菜やお土産もこれでもかというほど揃っている。

オープンしてから2年経つが、今でも駐車場に入るための車の列ができていることがあって、活気を感じる。なると金時のオブジェの前で、というか、輪切りのなると金時の中で写真を撮っている人が多くて、見かけるたびに分かる入りたいよねと思う。屋上にはジップラインもあって人気だけど、スリルに関しては分からんごめんなさいなので、わたしは体験したことはない。

個人的には、こんなに大量にお刺身を盛ってもいいんですかと聞きたくなるような海鮮丼がお勧め。鳴門の鯛はとにかく新鮮なうちに食べてほしい。それから、鳴門の渦潮を生み出している激流で育ったわかめは、肉厚で歯ごたえがあって、いくらでも食べられる気がする。鳴門のお店のわかめの味噌汁は、お椀の中がほとんどわかめで埋めつくされていて、どうしてこんなに入っているのかと驚かれるけれど、たぶん鳴門の人は家だとさらに追いわかめもしている。わかめ、主食じゃないかと思うことがある。

いやもっと地元っぽいお店がいいという場合には、あらし、びんび屋などの定食屋、北灘漁協直送 とれたて食堂などをお勧めする。鳴門の魚は新鮮で、地元のスーパーでも、その日の朝に獲れましたという魚が普通に並んでいる。

日常に馴染む店もたくさんあり、手土産にも困らない

そして、もちろん観光とは違う日常が、どこの町にもあるようにここにもある。けれど、朝から仕事に行って、帰ったらばたばたと子どもの世話をして、子どもが寝ついた後にこんな風に何かを書いたりしている毎日に特別なことなんてそれほどなくて、最初はここに何を書けばいいのか分からなかった。知る人ぞ知るおしゃれなカフェで、たまたま常連さん同士が出会って少しのおしゃべりを楽しむなんていう生活に憧れるし、先日岡山を訪れた際に実際にこの通りの状況を目の当たりにして驚き、心がうずいた。


日常。日常といえば、にちにち雑貨店にはちょくちょく訪れている。ユニークな雑貨に加えて地元の作家や社会福祉法人の事業所のブローチやピアスなどのアクセサリーが取り扱われていて、友達へのちょっとしたお土産を買いに行くことが多い。藍染のポーチや、すだちを抱いたパンダなんていうちょっと笑えるブローチもある。


店主さんが気まぐれに焼いている四国の形の皿はガイドブックの「るるぶ大塚国際美術館」の表紙にも掲載されていた。「四国皿」、まだ自分では使ったことはないのだけど、見かけるたびに「四国、お皿のかたちにぴったりやん」と思う。ちなみに箸置きもある。


食べるのが好きな友達には、ここで扱われているKAWAZOE FRUITの無添加のジャムやシロップ、BAKASCOというゆずと柿酢のペッパーソースを買って持っていくことが多い。わたしがいちばん推しているのは梨の紅茶ジャムで、そのまんまだが梨と紅茶の風味の組み合わせがくせになる。鳴門は梨も美味しい。

昼下がりの小さな雑貨店にしか届かないひかりがあるって知ってる?


KAWAZOE FRUITの商品はインターネットでも扱っているが、鳴門を訪れることがあればぜひお店に寄ってほしい。車でないと行くのは難しいかもしれないお店の中は洗練されていて、ジャムやシロップをゆっくり選べるのはもちろん、夏にはシロップを使ったかき氷が食べられるし、クラフトコーラの「ナルトコーラ」や、量り売りのドライフルーツ、ナッツも美味しい。

車じゃないと行けないというつながりで言えば、人気のドライブルートである鳴門スカイラインの展望台の隣(海が見渡せて本当に眺めがいい)には、どうしてこんなところにこんなにおしゃれな場所が、と言いたくなるカフェのフレンチモンスター 瀬戸内フードアートがある。なると金時のクリームサンド「月へ鳴門へ」も人気だ。


なると金時のおやつとしては、鳴門のいも屋の「芋棒」という大学芋も推したい。なんて潔いネーミングだろう。世間ではねっとりした甘いさつまいもが人気でわたしも好きだけど、なると金時はほくほく感が魅力で、大学芋によく合う。芋棒は冷凍されているので、常備することができて、お客さんが来た時にちょうどいい具合に半解凍して出すことができる。温めて食べるのも美味しい。無限に食べられる系の大学芋なので、買い過ぎに注意。

ほくほくと笑っていられる話だけ選んでいたい朧月夜は



ついつい美味しいもの、しかも甘いものの話ばかりしてしまうが、老舗和菓子店のことらやも、遠方から訪れる人も多くいつも賑わっている。あん巻というあんこたっぷりのお菓子や甘みと酸味が絶妙ないちご大福が有名だが、あんこ好きとしてはここのあんこは、どら焼き、お饅頭とそれぞれに味わいが違って、どれも美味しいので、どれを買おうかいつも迷う。夏限定のかき氷も舌触りが最高で、友達が遊びに来たら絶対に食べてほしくて店に連れて行くようにしている。


ベーグルをメインにしたパン屋のbakery nook、そのパンを買って食べることもできる3軒隣のnook standもパンが好きな友達には紹介していて、一緒に行くこともある。個人的なお勧めのベーグルは、紅茶とりんご、いちじくとくるみだけど、種類が多いのでその日の気分に任せることが多い。ちょっとした日常だと思う。

どこにだってその土地の生活が渦巻いているのに

日常。なんでだろう。意識していないと、田舎での日常なんて色褪せたものになりそうだと誰に追い詰められているわけでもないのに思う。東京などに行って帰ってくると、とりわけそう思ってしまうのは、きらきらとした場所への憧れかもしれない。どこにだって、そこでしか見ることのできないきらめきも、その裏の影もあって、どこもたぶん渦巻いているのに。


幼稚園に子どもを迎えに行った帰り道。大塚製薬の工場の壁にポカリスエットやボンカレーが大きく、まるで本物のように描かれている。人が直接描いているこの壁を毎日見ているだけでも、なんだか特別なことかもしれない。「おうちにポカリンある?」(なぜかンがつく)と子どもが言う。あるよ、と答えて、なぜかそこから「ポカリ、りんご、ゴリラ……」としりとりが始まる。渦巻きながら、もうすぐ家に着く。

書いた人:田丸まひる

1983年生まれ。歌人、精神科医。「未来短歌会」「徳島文学協会」所属。「七曜」同人。短歌ユニット「ぺんぎんぱんつ」の一人。趣味は宮本佳林さんとハロー!プロジェクトの応援。好きなサンリオキャラクターはこぎみゅん。歌集に『硝子のボレット』『ピース降る』(ともに書肆侃侃房)共著に『うたわない女はいない』(中央公論新社)など。

編集:小沢あや(ピース株式会社