家賃を稼がなくちゃいけないから、ここまで描いてこられた――東村アキコさん【上京物語】

インタビューと文章: 朝井麻由美 写真:関口佳代

進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。

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今回「上京物語」にご登場いただくのは、マンガ家の東村アキコさんです。映像化された『東京タラレバ娘』や『海月姫』(ともに講談社)など、数々のヒットマンガを生み出した東村さん。1975年に宮崎で生まれ、大学進学で金沢、就職のため地元にUターン、マンガ家になって大阪、次に東京……さまざまな場所で暮らし、人生で引越しした回数はなんと20回以上! 住んでいる地域と作品とが連動していることも多く、頻繁に引越しする理由と住む街の選び方には“哲学”があるようです。

そんな東村さんに、街と暮らし、そして引越し論について語っていただきました。

東京への上京は「嫌々」だった

――自伝的作品『かくかくしかじか』(集英社)の作中にも描かれていますが、東村さんはこれまでに全国を転々とされてきていますよね。

東村アキコさん(以下、東村):そうなんですよ。大学進学で金沢の美大に4年、卒業後は地元の宮崎で3年ほど会社員兼マンガ家をやって、マンガ家一本でやっていけそうなタイミングで大阪に引越して、その3年後くらいにようやく東京に上京しました。

東京に出てきてからも、2〜3年ごとに住居をポンポン変えています(笑)。引越しが全然苦にならないタイプなんですよね。もともと実家が転勤族だったので、それ含めると人生で20回くらいは引越ししているんじゃないかな。

――20回も! でも、東京にはなかなか上京されなかったんですね。

東村:東京は家賃が高いから住みたくなかったんです。マンガって基本的にどこでも描けるでしょう? だから家賃が安いところに住んだほうが得なんですよ。

それで、勤めてた会社を辞めて実家を出るときに、当時知り合いのマンガ家さんがたくさん住んでいた大阪を選んだんです。いきなり東京に行くのではなく、まずは大阪に行こうと。

――でも、結局その3年後に東京に出ることになるんですよね。何がきっかけだったのでしょう?

東村当時の担当さんに「(東京に)出てきたほうが面白いマンガが描けるよ」と言われたからですかね。そもそも私が大阪に住んだのも、そのころ同じ『Cookie』(集英社)という少女マンガ雑誌で連載していた石田拓実先生に誘われたからだったんです。

Cookie編集部は、いつも一緒にいて仲良しな私たち2人がセットで出てくると踏んだようで(笑)。ずっと大阪で実家暮らしだった石田先生は人生で一度も引越しをしたことがなくて腰が重かったから、まず東村から上京させようっていう作戦だったみたいです。

――石田先生を上京させる釣り針として……。

東村:そうそう、釣り針です(笑)。それで2002年ごろに東京に上京したんですが、原稿料はそのままなのに、大阪より家賃が上がるから、かなり嫌々でした。「東京は危ないんじゃないか」とか、「ごみごみしていて空気が悪いんじゃないか」とか、誤解もしていて。住んでみたらちゃんと緑があるし、空気もきれいだし、全然そんなことなかったんですけどね

住む街は描くマンガに影響する

――東京に出てきて、最初に住んだのはどの辺りでしょうか?

東村中野駅の南側、東高円寺寄りのエリアに住んでいました。同じくマンガ家をやっている弟が先に上京して中野に住んでいたので、近所なら手伝いにも来てもらいやすいし、というのが決め手でしたね。

中野区内でもたびたび引越しはしたけれど、中野の街自体には4~5年いたので、私史上ではけっこう長く住みました。その後、神楽坂、原宿、神宮前と移動しているのですが、今思えば街としては中野が一番面白かったかも。

――中野でよく通っていたお店はありますか?

東村:東高円寺駅の近くに「ばりこて」という博多ラーメンの店があって、通っていました。当時は本格的なとんこつラーメンが食べられるお店が少なくて、九州育ちとしてはすぐ近所で食べられるのがうれしかったですね。

あと、スーパーオオゼキ! 東高円寺のオオゼキは小さいけれどすごくいいスーパーで、ビチビチ動いている生きた海老が1匹100円とかで買えるのでよく利用しました。ほどほどに都会で、ほどほどに地元っぽさもあって、中野はいい街でしたね

――その後、どういった経緯で神楽坂に?

東村:結婚して離婚して、シングルマザーになってから週刊連載を始めてべらぼうに忙しくなって「こりゃ出版社が近い場所じゃないとダメだ」と。それで、出版社へのアクセスがいい神楽坂に引越しました。新宿区は保育園に入りやすいとも聞いて。

もちろん、もともと住んでみたかったのもあります。神楽坂はおいしいお店がたくさんあるし、カフェも充実しているし、いろいろな店に行って堪能しましたね。ただ、坂が多くて子連れにはなかなかきつかったです。

――神楽坂にはどれくらいいらっしゃったのでしょう?

東村:3年くらいだったと思います。そのあと、神宮前に事務所を構えたので、以降はその周辺を転々としています。神宮前は緑が多くて、流行に触れやすいのがいいですね。

『海月姫』の連載を始めたころに原宿に引越したのですが「この作品を描くなら、原宿に住まないとダメだ」という気がしたんです。ちょうどきゃりーぱみゅぱみゅブームを筆頭に、原宿KAWAii文化が盛り上がっていた時期でした。私はもともとファッションが好きだけど、『海月姫』で描くような若い子のオシャレは分からないから、原宿を毎日見ていたら分かるようになるかも、って。

――取材を兼ねた住まい選びですね。

東村:そうそう。私、取材は面倒くさくて全然しないから、オシャレな街に住んでおけば、ラクにインプットできて効率がいいんですよ。やっぱり住む場所ってマンガに出ますからね。若い子の文化を意識して取り入れるようにしないと、描くマンガがどんどん古くなっていっちゃうんですよ。

――自分が年を重ねることで、気付かないうちに描くマンガが古臭くなるということでしょうか?

東村:そうなんです。特にファッションは時代性や流行が大事だから、読者に「古い」と思われるのが怖くて。そうやって、原宿を歩いている若い子のファッションを肌感覚で知りながら、原宿カルチャーを横目に『海月姫』を描きました。

東京は広いから、その時々で「最善」な場所に住みたい

――お話を伺っていると、連載のためだったり、子どもの保育園のためだったり、合理性重視で引越しされているんですね。

東村:結婚したり、離婚したり、子どもができたり、学校に通い始めたり、そのときの状況に合わせて最善のところに住みたいんです。

重視しているのは、移動範囲が徒歩や自転車圏内におさまること。とにかく電車が苦手なんです。地方出身ということもありますが、東京の電車には極力乗りたくない。だから普段からなるべく避けて通ってるんですが、3年前、珍しく満員電車に乗ったことがあって。そのとき、両側から押されて宙に浮いたんですよ! 私、そんなの初めてだったからめちゃくちゃ驚きましたよ! 浮いた! って。そんなに背が低いわけじゃないし、体重も重いのに、こんなことあるんだ!? って。

――都心の満員電車はすごいですよね……。

東村:そのとき改めて、多少家賃が高くても、引越し代がかかっても、電車に乗らない生活をしたいと思いました。だから私ね、ずっと賃貸なんですよ。42歳にしてマイホームなし! これ、マンガ家としては結構珍しいと思います。

――そうなんですか?

東村:マンガ家って不安定な職業だから入居審査が厳しくて、何か一つでもヒットしたらマイホームを買う方が多いんですよ。でも、私は手狭な賃貸でいいから、便利なところに住みたい。モンゴルの遊牧民みたいな考え方ですよ。そこに牧草があるから居を構える。

――とはいえ、忙しく働くなかでの引越しってめちゃくちゃ面倒くさくないですか?

東村:私、モノにまったく執着がなくて、普段からなんでもかんでもすぐ捨てながら生きてるんですよ。家具にも全然興味ないし、家の中を飾り立てることもしない。だから引越しもラクなんです。ちなみに、あまりに引越し慣れしているもんだから、アシスタントの子が上京してくるときも、一緒に物件を探しています(笑)

――なんと! 東村さん流の「東京での物件探しのコツ」はありますか?

東村:家賃が1万円高くても、とにかく会社から近くて、駅近に住んだほうがいい。あのね、1万円ってね、会社の近くで飲んで終電逃してタクシーで帰るとしたら、約3回分ですよ! 遠い場所に住んでたら1回で1万円いくこともある。社会人にもなれば、そういうことがある人もいるでしょう? 1万円や2万円をケチって不便なところに住むよりも、近さを最優先したほうがいいです!

――言われてみれば……。

東村:地方民には、最初はなかなか分からない感覚だと思います。私も上京して思い知ったんですが、東京って狭いように見えてめちゃくちゃ広いんですよ! 中野に住んでいたころ、両親や親戚が遊びに来て、夕方3時くらいに「今から浅草に行きたい」と言い出したことがあって。

――準備して電車乗って移動して……って考えると、なかなかゆっくり観光できない時間ですね(笑)

東村:でしょ! そんなん夕方から行ったらもったいないですよね!? 中野から浅草、かなり遠いから!(笑)地元の友達が遊びにきたときも、新宿から中野まで歩いてこようとしたんですよ! 新宿と中野は路線図を見ると近く見えるから、歩ける距離だと思っていて。

――新宿駅から中野駅まで歩くとなると、1時間はかかりますよね。

東村:東京の広さを見くびっていたせいで、地元の友達が何人も飛行機に乗り遅れましたからね……。これから上京をする方々は、地図をよく見て、地元の街と照らし合わせてどれくらいの距離感なのか、縮尺を意識してほしいです。

会社から近いところに住もうとすると家賃も高いですが、今思えば私は、家賃を頑張って稼がなきゃと追い込まれていたからこそバリバリ働いてこれました。宮崎にいたら、100分の1くらいの量しか描いてなかったかもしれません。東京に出てきてから、とにかく量産したのが功を奏したんだと思います。

――東村さんといえば、筆が早く、複数の作品を並行して連載していることでも有名ですよね。

東村:数打ちゃ当たる精神で、東京に来てからは「年間1000枚描く」と決めて描いています。賃貸生活に追われている代償ですね(笑)

老後は熱海でまんじゅう屋――小さいころからの夢でした

――これからもずっと、東京で遊牧民的な生活をされるおつもりですか? それとも、どこかのタイミングで移住したり、家を買ったりすることも考えていらっしゃいますか?

東村:実は、50代からはどこか一カ所に住みたいと考えています。これまで、便利な場所に住みたいのはもちろん、せっかく面白い街がたくさんある日本に住んでいるんだからと、環境をどんどん変えるようにしていたんです。それで、2年くらい住んでその街を自分の中で消化したら、次の街に引越して、を繰り返していました。

ちなみに私、旅行も一度ハマると2年くらい同じ国に行き続けるんですよ。それで、満足したら次に行く。

――へえー! そんな旅行の仕方、初めて聞きました(笑)

東村その街を集中的に理解して「制圧した!」という気分になりたいんです。でも、こういうあちこち引越していく生活スタイルは、体力がなくなるとできなくなるので、この生き方ができるのは40代までかなと。だから今、50代になったらどこに住むかをずっと考えています。

――どこか候補はあるのですか?

東村:海育ちなので海の近くで、お年寄りコミュニティーがあるところがいいと思っていて、最有力候補は熱海です。6年後には子どもが大学生になるので、入学金を払ったら熱海に家を買って、ほとんどの仕事をやめてときどき読み切りを描くくらいにしたろ、と思っていて

――6年! わりとすぐじゃないですか!

東村:それで私ね、熱海のまんじゅう屋でパートしたいんですよ。まんじゅうを丸めて並べるのが子どものころからの夢なんです。

――えっ、まんじゅう?

東村:私、この20年間マンガ家の仕事をストレスなくやってこれたから、向いてはいるんだと思います。でも、毎日毎日アイデアをひねり出すようなことって、本来は好きではなくて。ただただ純粋に好きなこと、というと「丸いものに囲まれた仕事」になるんです。まんじゅうとか、パンとか、丸い形のお菓子とかね。どういうわけか、昔から丸いものを眺めているのが好きで。

――なるほど、それでまんじゅう屋をやりたいと。熱海なら温泉まんじゅうのお店も多そうですもんね。

東村:私のマンガって、よくよく見たら丸いものとか丸い模様がたくさん出てるんですよ。『海月姫』のドレスとか。無意識に描いているんでしょうね。だから老後は丸いものを並べる仕事をしたいんです。熱海のまんじゅう屋でまんじゅうを蒸して、丸めて、並べる。6年後にはきっと私、そういう生活をしていると思います(笑)


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お話を伺った人:東村アキコ

東村アキコ

宮崎県出身、まんが家。1999年に『ぶ〜けデラックス』にて「フルーツこうもり」でデビュー。
育児エッセイ「ママはテンパリスト」(集英社)でブレイク、2010年には「海月姫」(講談社)で講談社漫画賞を、2015年に「かくかくしかじか」(集英社)でマンガ大賞を受賞。
代表作に「ひまわりっ~健一レジェンド~」「主に泣いてます」「東京タラレバ娘」(ともに講談社)、「かくかくしかじか」(集英社)など。
現在、『ココハナ』(集英社)で「美食探偵明智五郎」「ハイパーミディ中島ハルコ(原作:林真理子)」を、『Kiss』(講談社)で「タラレbar」を、『スピリッツ』(小学館)で「雪花の虎」を連載中。アプリでのまんが連載なども精力的にこなしている。

聞き手:朝井麻由美

朝井麻由美

ライター/編集者/コラムニスト。著書に『「ぼっち」の歩き方』(PHP研究所)、『ひとりっ子の頭ん中』(KADOKAWA/中経出版)。一人行動が好きすぎて、一人でBBQをしたり、一人でスイカ割りをしたりする日々。

Twitter:@moyomoyomoyo

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編集:はてな編集部