たった5年しか住んでいないのに、いまだに京都駅のホームに降り立つたびに「帰ってきた」と言ってしまう街が「京都」だ。私が京都に住んでいたのは、33年間の人生のうち浪人生活の1年間と大学時代の4年間の合計5年だけ。それにもかかわらず、地元を差し置いて「帰る場所」の地位に収まっていて、年に一度は「帰省」するほどの思い入れのある街になったのは、京都が私にたくさんのことを教えてくれたからだ。銭湯の入浴マナー、寺社仏閣の楽しみ方、梅や桜や紅葉のうつくしさ……。枚挙にいとまがないが、一番は「退屈の愛し方」だと思う。
「退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都/栗木京子(出典:「栗木京子歌集/現代短歌文庫」)」 という短歌ほど、京都を表現したものはないと感じる。大学時代に京都で退屈の愛し方を学んだからこそ、大人になっても束の間の精神の休息をもとめて京都に足しげく通ってしまうのだ。
私は群馬県で生まれ育ち、予備校進学をきっかけに京都に移り住んだ。地元にいたころは「退屈だなあ」と思ったときに行くところといえば、イトーヨーカドーのフードコート、イオンの中の大型書店、ローカルなカラオケ屋と相場が決まっていた。京都に暮らしてから、その退屈しのぎの幅が何十倍にも広がった。
一番退屈な時間を過ごした場所として真っ先に上がるのが、京都市内を流れる「鴨川」だ。
学生時代の飲み会の二次会は決まって鴨川で、コンビニで好きな飲み物を各自調達して集合する。みんな自転車で帰れる範囲に住んでいるから終電なんて概念はなくて、川のせせらぎを聞きながら朝まで語り明かすのがお決まりだった。夜露で芝生が湿ってジーンズがしっとり濡れてきたのも気にせず、朝が来るまで居座った。試験前にみんなで集まって勉強していたのに、あまりに天気がいいから、おにぎりを握り玉子焼きを焼いて、鴨川に繰り出してピクニックをしたこともあった。何をあれほどしゃべることがあったのかと不思議だけれど、鴨川には人を開放的にさせる魔力があって、ナイショばなしも大切な話も自然とこぼしてしまうのだ。社会人になってからも、京都を訪れるときには鴨川には必ず立ち寄る。夕暮れに友人の結婚報告を聞いたのも、パンとコーヒーを片手に朝から友人と仕事の悩みを話しあったのも、鴨川だった。

喫茶店にも足しげく通った。京都市内は全国でもコーヒーの消費量が1位になったこともあるというだけあって、街のいたるところに喫茶店がある。夜のフランソア喫茶室で日記を書いたり、出町柳の柳月堂で人生で初めてレコードを聴いたり。中でも私は京都の喫茶店の「たまごサンド」が好きで、あちこち食べ歩いている。京都のたまごサンドは出汁がたっぷりの厚焼き玉子がサンドされている。パンからふわっと香るバターと、じゅわっとお出汁があふれるたまごの組み合わせがたまらない。京都に帰ると、喫茶店で1日が始まって喫茶店で1日が終わる。喫茶店でモーニングを食べて、夕食後に喫茶店でコーヒーを飲むからだ。京都に行くたびに、Googleマップにお気に入りの喫茶店と気になる喫茶店がどんどん増えていく。

街のいたるところに名所旧跡があるのもよかった。「今日は授業がないなあ。そうだ、南禅寺に紅葉を見に行こう」と思い立って自転車を飛ばし、絶景を堪能した。雪の日には「今日を逃したら、もう見られないかもしれないから」と、授業をサボって雪化粧した金閣寺を見に行った。暇があれば法然院に行って木々のざわめきの中に体を預けてぼうっとして、哲学の道をぶらぶら歩いたりした。京都に遊びに来た親戚が「京都で大学生活なんて、最高だね」と私に言ったが、今になってその意味がよく分かる。暇つぶしに哲学の道を歩けるなんて、このうえない贅沢だった。

本屋さんや古着屋さんの豊富さも、田舎出身の私にとっては新鮮だった。大垣書店で新刊をチェックし、三条京阪のBOOKOFFで昔の漫画を立ち読みし、今は無きガケ書房で少し高価なサブカル系雑誌に手を出したりした。用もないのに新京極に繰り出し、「フラミンゴ」などの古着屋さんを冷やかして、古着のコートを買ったりした。古着屋さんの薄暗さと埃っぽいにおいは、少しアンダーグラウンドな感じがして、急に大人になった感じがした。東京はお店がありすぎてお気に入りの店にたどり着くまでが一苦労だけれど、京都はお店の数が多すぎず少なすぎず、自分に合うもの・合わないもののどちらにも触れることができた。
季節ごとの行事やお祭りの豊富さも、私を驚かせた。秋の時代祭にはアルバイトとして昔の衣装を着て街を練り歩く友人の勇姿を冷やかしに行き、冬の吉田節分祭では白い息を吐きながら屋台で熱々のうどんをすすった。特に夏は祭りで忙しく、祇園祭で人混みでもみくちゃになりながら様々な山鉾を見物したり、下鴨神社のみたらし祭でひんやり冷たい水に足をつけたり、伏見稲荷大社の宵宮祭で数千もの灯籠に明かりが灯る幻想的な風景を見てうっとりしたりした。

関西のほかの街にアクセスがいいのも、退屈しのぎの幅をいっそう広げた。春から夏にかけては毎年京阪と阪神を乗り継いで甲子園球場に野球を見に行き、夏は友達とレンタカーを借りて琵琶湖や滋賀竜王のアウトレットまでドライブし、紅葉の時期は近鉄で奈良に日帰りで行った。就活の時期は阪急でしょっちゅう梅田に通い、長期休みには和歌山の白浜や三重の伊勢神宮まで足を延ばした。京都に飽きたら、すぐに関西の別の街に行ける気軽さも好きだった。京都に住んでいたからこそ、関西の魅力もたくさん知ることができた。
京都は、退屈という名の贅沢を私に教えてくれた街だ。鴨川沿いで何もせず過ごす時間も、喫茶店で本をめくる時間も、すべてが宝物だった。だから今も、退屈に会いに「帰省」してしまう。

著者:肉村ハム蔵(会社員/作家)

1992年群馬県生まれ。「働く女性のための食と暮らしの知恵」をテーマに、日々の生活や気づきをつぶやいている。
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編集:ツドイ
