きれいに文化がしみとおっている甲府|文・浦川彰太

著: 浦川彰太
「今ってどちらに住んでいるんですか?」とたまに聞かれることがある。というのも、東京と甲府で事務所を間借りしているからで、「2拠点のようなものですね」と答えている。ただ、正直2拠点の感覚はあまりない。
甲府へは新宿駅から特急電車で1本、1時間半ほど乗っていれば着いちゃう距離感で、高速バスでもバスタ新宿から2時間ほどで着いてしまう。遠いようで案外近いこの距離が、2拠点感を希薄にしているんだと思っている。
特急あずさに乗車して甲府駅へ向かう途中、トンネルが何本か続く。しばらくすると甲府盆地の景色が一気に広がる地点があり、その景色がずっと気に入ってて、これを見るために毎回D席を予約している。

私は18歳までを甲府で過ごした。いま思えば、さまざまな余白が残されていた街だった。空き地も多く、田舎以上郊外未満の程良い地方感が気に入っていた。どの方向を向いても山の稜線で終わるような盆地の風景も、その山へ遊びに行ける程度の距離感もちょうどよかった。
そんな甲府は今も変わらず、いろんな余白がある場所だと思う。もちろん駅前が開発されたりして、余白のあった風景も変わり続けてはいるけども。

甲府駅を降りて事務所へ向かう。南口からまっすぐ延びる平和通りをしばらく進むと、左手に甲府市役所がある。その角を左へ曲がって、見えてくる喫茶店。名前はダン珈琲店。地元の方に対して事務所の場所を伝える際も、「ダン珈琲店さんの3階ですよ〜」と言えばだいたい伝わるくらい、街にとって馴染みのあるお店だ。
マスターの米山さんが淹れてくれるコーヒーは、味はもちろんのこと、それ以上に安堵感を覚える。理由は味だけじゃなくて店内に散りばめられている当たり前の光景も影響していると思っていて、店内にさす陽の入り方、積まれた雑誌、淡い壁紙……どこまで設計しているのか?というくらい落ち着くバランスが揃っている。利用しているお客さんもみんな安息してる、というのは勝手な先入観なんだろうけど、そう思わせてくれるほどゆっくりできるのだ。どんなに仕事に追われていても、ここは迎え入れてくれる。でも、気がつくとどんどん時間が溶けているので、重たい足を無理やりあげて3階へ続く階段を上り、事務所へと向かう。できればホットケーキセットを食べながら、ずっと雑談をつづけたい。そう思いながら階段をだらだら上っていく。

1階に喫茶店、3階に事務所が入る建物の名前は「パリスビル」。昭和感あふれる渋めな建物だけど、しばらく2階が空いていた。その2階に2023年に「文化沼」というお店がオープンした。web制作会社のVEJ(ビジュアル アンド エコー・ジャパン)が主宰するこのスペースは、名前を聞いたはじめこそ「自ら文化を掲げて大丈夫かな……?」と思ったものの、いざオープンしてみたら不定期に企画される展示やイベントはごく身近にあるものを題材にしていて、そういう合間に見られるものにこそ、何か本質的な文化的なものへのヒントがあるよねと思わせてくれる活動が続いていた。何よりいつもスタッフや関わる方々がすごい楽しそうな姿を見て、ギャラリーともショップとも言い表せない開かれた場所として独自の生態系へと変態していくんだろうなと感じている。

そんなパリスビルがある区画は、甲府駅から歩いて約15分ほどの場所に位置していて、「中心街(おそらく中心市街地の略称)」と呼ばれている。中心街には個人経営の飲食店が多い気がする。

ある夜、仕事おわりに事務所を一緒に借りているメンバーと飲みに行くことになった。仕事終わりのクタクタな状態でも、楽しく美味しいものを食べ飲みしたい……という気持ちが湧き上がっていたことを伝えると「オアシス」というワインバーを紹介してもらった。はじめて名前を聞いた時はすごく印象的だったけど、今では名前どおりのお店になっている。

オアシスはこぢんまりとしたお店ながらも、毎回お店に行くと賑わっていて、その度に自分が住んでいた街にこういうお店があることに嬉しくなる。決して大きくはない地域のコミュニティでも、こういう場所があるなら救われるものもあるのかもと思わせてくれる。店主の小池さんが振る舞うご飯も美味しいし、それに合う山梨県産ワインも毎回様々な種類が揃っていて楽しい。それもすべては店名に由来しているのだろうか。いつもどこかから聞こえるランダム再生のBGMが最高というのも理由の一つに関わっていそう。

甲府の街へ友人が遊びに来たりすると、オアシスよろしく、この中心街へ案内することが多い。ここは戦後の盛り場そのままの雰囲気が残っている横丁なんかもあって、レトロという言葉では括りきれない渋さが滲んでいる。そんな渋さが溢れ漏れているエリアのど真ん中にひっそりとヒツジワインというお店がオープンしていた。カウンターのみのコンパクトな店内は、おそらくスナックであっただろう密室さが自分にとっては新鮮で、新旧掛け合わされた雰囲気がとても面白い。
当たり前になっている風景や環境に、これまでと異なる視点を入れるのは難しいことだと思う。「でも、こういうのもいいでしょ?」という答えを提示された気がして、そうだった、確かに!と何度もこころの中で頷いた。

まちの中に選択肢がいくつもあることはとても贅沢なことだと思っていて、どのお店に行こうかなと考えられることは素晴らしい一方で、頭の中に何も関心を入れたくない時もある。そんな時は舞鶴城公園というお城の跡地へ足を運ぶ。中心街よりも駅に近くアクセスしやすいこの場所はお城自体は残っておらず、公園という括りで開放されている。お城の気配は随所に感じられて、大きな石垣を登っていくと芝生が生い茂るひらけた空間が見えてくる。寺崎コーヒーをテイクアウトしてここでだらだらするのはおすすめ。何にもしないをする選択肢がここにはあると思っている。

この天守台からぐるりと甲府を眺めると、このまちが盆地なんだなっていうことがよく分かる。太宰治が昭和のはじめに甲府で暮らしていたみたいで、この街をこう言い表した。
「なんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。」


その当時のお店はほとんど残っておらず、太宰が過ごした過去に触れることはできないけれども、自分たちの世代が運営するお店が増えている未来もある。19万人弱が暮らす小さなまちだけども、少し離れてみるとこの街の良さにたくさん気が付く。ちなみに、先ほど紹介した文章の後にはこのような言葉が続いていた。
「……シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれいに、文化の、しみとおっているまち。」(太宰治『新樹の言葉』)
街のあちこちに小さな旗が立ち並び、風通しのよさが際立ってくる。さまざまな賑わいと余白があるからだと思う。

今日もどこかできれいに文化がしみとおっている。

著者:浦川彰太

ikm

グラフィックデザイナー。1992年山梨県生まれ。斉藤美術研究所を経て、武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科卒業。美学校「絵と美と画と術」「描く日々」修了。山梨と東京の二拠点を往来しながら、かくことを主軸に、紙媒体を中心とした設計や店舗のアートディレクションなどグラフィックデザイン全般を手がけています。2018年より京都の古道具itouと共に「ムフ」を協働、空間を中心とした企画も展開している。武蔵野美術大学非常勤講師。
https://urakawashota.com/

編集:ツドイ