
芸歴10年目でたどり着いた初台

僕が初台に住みだしたのは、2010年頃のこと。あまりにも気に入ってしまい、気がつけば14年間も初台にいました。
初台にたどり着く前、約10年間で10回以上の引越しを経験しました。パッと思い出せるだけでも西武柳沢、豊島園、桜上水、三鷹台、東中野、中野坂上……街もエリアもバラバラです。
芸人としてしっかり食えるようになる前は、基本的にお笑い仲間とルームシェアをしていました。「バイトをするよりも、芸人としてネタづくりに時間を使いたい」と考えていて、ずっとお金がなかったんです。
そんな僕が東京でひとり暮らしなんてできるわけもなく、友人が住んでいる部屋に転がり込んで、数万円を家賃として手渡し。
そんな暮らしをしていた街のひとつが、月島です。近くに川があって、景観がいい。当時はタワーマンションがぽこぽこ建ちだしたところでしたが、もんじゃ焼き店が並ぶ「もんじゃストリート」の賑わいと、ベンチで佇む昔からの地域住民の方ののんびりした空気のコントラストが好きでした。
月島はとっても気に入ってたんですが、だんだん「ここはファミリーの街かもな」「僕が住むにはまだ早いかも」「車を持てるようになってからの方が便利なんじゃないか?」と思うようになりました。
そのタイミングで仕事が増えたこともあり、思い切って別の街に引越しを決めました。そんな中で、当時持っていたラジオ番組のスタジオが代々木にあったし、渋谷にあるNHKへのアクセスも良い初台で物件を探しました。
初台10畳ワンルームを拠点に東京を楽しむ

新宿から歩けるくらい近い初台でのひとり暮らし。10畳ワンルームで、家賃は10万円。芸人として仕事が増えたとはいえ、かなり背伸びした冒険でした。
そこに10年間住み、その後コロナ禍でステイホーム期に入ったのをきっかけに、少し広い1LDKに引越し。
気分を変えたかったのに初台を出なかったのは、この街があまりにも住みやすかったからです。
初台は、高いビルが並ぶオフィス街。平日はビジネスマンがいっぱいですが、土日は意外と人が少なくて静か。この温度差が結構居心地が良かったです。
幹線道路沿いですが、山手通りは歩道も広くて整備されています。散歩はもちろん、ランニングにぴったりでした。街灯もしっかりついているから、夜道も安心。
しかも、代々木公園までは走って15分くらい。明治神宮だって、自転車に乗ればあっという間です。こんなに便利なのに緑も楽しめるなんて、東京のいいとこ取りですね。
都庁の展望台にもよく行きました。初台に住みだした頃は、まだインバウンドが盛んになる前なので、時間帯によってはほぼ貸し切り状態。
東京の街を見下ろしながら、小田和正さんの「東京の空」を聴き、ぼーっとするのが習慣になっていました。頭にあった悩み事なんて、この街に比べたらなんてちっぽけなんだろう、なんて考えながら。

新潟育ちの僕を東京に連れ出してくれたお笑い

もともと新潟の田舎で育った僕。10代の頃は、部活に明け暮れていました。そんな僕をお笑いの道に誘ってくれたのは、高校の同級生です。
新潟県内では、吉本新喜劇なんてもちろん放送していないし、ネタ番組もなかなか観られません。そんな中、同級生が貸してくれたのが『吉本印天然素材』のビデオ。そこからさまざまなネタやコントに触れるようになり、お笑いに夢中になっていきました。
そんな時、突然新潟にお笑い事務所が立ち上がったんです。「お笑いで新潟の街を元気にしたい」という変わった社長が、勢いでつくった事務所。そこに僕も入ることになって、新潟でストリートライブをしたり、ライブハウスでネタをやったりするようになりました。高校2年生の頃のことです。
大きな会場で爆笑問題さんがゲストに来てくださったときには、客席から桁違いの笑いが起こりました。ここで「ああ、東京の芸人さんってすごいんだ」と、一気に東京への憧れが膨らんでいきます。
それまでは、東京の芸人さんと僕は別の世界に生きているものだと思っていました。でも、高校卒業と同時に「東京に出よう」と決意して専門学校に進学して、今があります。
都庁の展望台には今でも行きます。昔は「あそこの舞台に立ちたい」「あっちで仕事したい」なんて目標を掲げながら眺めていた東京の街。それが今では、「あそこの舞台にも立ったな」「あっちで仕事もできたなあ」なんて、思い出を振り返れるようになりました。

個人店もチェーン店も、優しい飲食店が共存する街

初台は飲食店も商店街も、決して派手ではないけれど頑張っています。
パッと思い出すのは、「味よしカフェ」。今はもう経営が変わって別の店になったようなんですが、変な店でした。
「カフェ」なのに寿司屋で、不思議の国のアリスのような装いをしたおばちゃんが給仕している、嘘みたいな光景。お客さんは、誰もそこに触れません。
初台のランチは、サラリーマンとの戦いです。彼らは12時になった瞬間、一斉にビルから出てきます。それより先、11時半にパッと入るのが定番でした。
大正セントラルテニスクラブ新宿の2階にあるデニーズには、14年間めちゃめちゃ通っていました。タイムマシーン3号のネタは、ほとんどここでつくっていたんです。
2人で通い詰めたから、もうバイトの方々のシフトもわかるくらいです。テレビに出してもらうようになってからは、店長さんが優しく声をかけてくださいました。
奥の方の席を案内してくれたり、コンセントがある席を空けてくださったり。『M-1グランプリ』のネタも、単独ライブのネタも、全部ここのデニーズでつくったものです。

高層ビルでアートや贅沢ランチが楽しめる東京オペラシティ

初台といえば、東京オペラシティ。
気分転換するときは、53階にある叙々苑でちょっと贅沢なランチを楽しむこともあります。窓に向かって席がずらーっと並んでいて、食事だけでなく景色も楽しめるんですよ。仕事を頑張った日の特別な場所で、M-1が終わった後も行きました。
地下にはもっとカジュアルな店が並びます。大戸屋とかそじ坊とか、だいたいの店を網羅しました。成城石井で、ちょっと気取ったお肉や惣菜を買うこともあります。
芸人って中野とかにある赤ちょうちんの飲み屋に行きがちなんですが、田舎育ちの僕はセレブへの憧れが強いんです。
オペラシティは、フロアを歩いているだけで芸術的な気持ちになる。平日の昼間はマダムしかいません。そんな空間でランチをすると「僕でもこんなところでメシを食べられるんだ」と、感動できるんです。
東京オペラシティ アートギャラリーには、展示が変わる度に足を運んでいます。アートから感化される部分もあるし、それでネタをちょっとおしゃれにして、滑ったこともありました……。おかげで自分に向いていないこともわかりましたし、ネタやキャラのヒントになったのもいい思い出です。

YouTubeが繋いでくれた初台の街の人との交流

YouTubeに力を入れるようになってから、初台の街の方から声をかけられることが増えました。みなさん「本当に初台に住んでるんだ!」と驚かれます。
住んでいる街を公開するのは勇気がいることだったんですが、飲食店でサービスをしてもらえたり、おじいちゃんおばあちゃんに話しかけられたりと、これまでにはなかった交流が増えました。みなさん、決まって一言二言話してパッと去っていく。あたたかい街です。
昨年引越して、もう初台には住んでいません。でも、馴染の店にはいまだに顔を出しますし、美容院も同じところに通い続けています。初台の街が繋いでくれた縁がたくさんあります。テレビ番組やYouTubeでも、初台の魅力的なお店を紹介したことで、またどんどん繋がりができました。
あちこち引越して、東京の街を知ってから初台に住めてよかったと思います。

書いた人:山本浩司さん
1979年6月22日生まれ。新潟県出身。2000年に相方の関太さんとお笑いコンビ「タイムマシーン3号」を結成し、M-1グランプリ、キングオブコントファイナリストを経験。『タイムマシーン3号Official YouTube Channel』も大好評。
編集:小沢あや(ピース株式会社)
