影響力をつけて福島に還元できるように。OWV 本田康祐さんが地元にかける思い

取材・編集: 小沢あや(ピース株式会社) 構成: 伊藤美咲 撮影:曽我美芽

日本最大級のオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN」に出演した元練習生4名で結成されたボーイズグループ、OWV。リリースしたCDは常にビルボード5位以内を獲得、2023年4月にはNHKホール公演を成功させるなどの活躍ぶりです。

リーダーを務める本田康祐さんは福島県出身で、福島県内にある、けんしん郡山文化センター・大ホールでもライブを開催しています。

「いずれは観光大使になりたい」と語る本田さんに、福島での思い出やよく行ったお店、今後の夢を語ってもらいました。

芸能界を目指し、東京に通ってオーディションを受けていた学生時代

―― 本田さんは、子どものころどんなことをして遊んでいましたか?

本田:近所の公園で遊んだり、当時はやっていた小型のスケートボードで友達の家に行ったりしていましたね。秘密基地の中でケータイのワンセグでテレビを見るとか。特に特別なことはしてないですけど、遊んでいるうちに体を動かすことを覚えたのかなとは思います。

―― 芸能界への憧れはいつごろからあったのでしょうか?

本田:子どものころに「アッコにおまかせ!」を見て、芸能界に入りたいと思ったんです。小学5年生のころから、地元にあった芸能人育成のスクールに通っていました。スクールのレッスン料を払ってくれている両親に、いつか「このお金は無駄じゃなかった」と思ってもらえるように、頑張っていましたね。

中学生のころは大好きなAAAやボーイズアイドルグループをずっと見ていたので、漠然と歌って踊る人に憧れがあったんです。地元では、ダンスコピーユニットも組んでいました。

―― 芸能界を目指すということは、上京したい気持ちも強かったのでしょうか?

本田:中学生のころから、オーディションを受けるために東京によく行っていました。演技、歌、ダンス、なんでもいいからとにかく芸能界に入りたい! という気持ちが強くて、オーディション情報をくまなく探して、片っ端から応募していたんです。

―― 最初から今のOWVのような「歌って踊るアーティスト」に絞っていた訳ではなかったんですね。手応えを感じたのはいつですか?

本田:大手芸能事務所の最終オーディションで落ちたこともあってショックだったんですが、「最終審査まで行けたなら、本当にどこかで夢がかなうかもしれない」と切り替えていきました。

―― 前向きだったんですね。

本田:そして僕が高校生になる直前に東日本大震災が起こって……。東北出身の羽生結弦さんが被災地を訪れて支援を行っている姿を見て、「僕も芸能人として有名になって、いつか福島に還元できるような存在になりたい」と本気で考えるようになりました。

親に夢を話したら「やりたいことをやっていいよ」と言ってくれたのはすごくうれしかったですね。高校の先生からは、進路相談でも「本田くんは芸能人じゃなくて、体育教師になったほうが良いよ!」と言われていたんですけど(笑)。最終的には応援してくれましたし、デビュー後はずっとOWVのライブにも来てくれています。いつもチケットを買ってきてくれるんですけど、福島でコンサートができたときはご招待しましたね。

青春時代を過ごした福島のお店の数々

―― 福島ではどんなところに遊びに行っていましたか?

本田:週末にはよく郡山のイオンタウンに行って、トイザらスやTSUTAYAを見ていました。高校生のころはよくラウンドワンやドン・キホーテで遊んでいたんですけど、一番よく行ったのはヨドバシカメラの地下にあるおもちゃ屋さんですね。

郡山って意外と栄えてますし、チェーン店も一通りそろっているので、遊ぶ場所にも不自由はしていなかったですけど、「同じヨドバシカメラでも東京の店舗は違うんだろうな」とは思っていました。

あとはモールのフードコートが中高生の社交場になっていて、そこで知り合った他校の友達もいましたね。バンドを組んでいたので、放課後は駅前アーケード内にあるライブハウス「郡山 CLUB#9」の系列のスタジオで練習したり、東北エリアを中心に展開している「時遊館」までカラオケに行ったりもしていました。

―― 地元の方との交流はありましたか?

本田:近所によく地域の人が集まる家があって、芋煮会やソフトボールクラブの打ち上げをしていました。子どものころは芋煮が好きじゃなかったんですけど、中学生くらいから「おいしい!」と感じるようになったのを覚えています。

あと、この前野球部の打ち上げでよく使っていた焼肉屋さんに行ったら、店員さんが僕のことを覚えてくれていて。僕の今の活動のことを知ってくれているかはわからないですけど、「本田くん家の息子」として覚えてくれていたのはうれしかったですね。

毎日のように食べていた福島のソウルフード「凍天」

―― 福島の思い出の味といえば何を思い浮かべますか?

本田:福島は桃が有名なので、よく食べていました。近所に農家さんが多かったので、野菜やお米をたくさんいただくんですよ。家でもお姉ちゃんがプチトマトを育てていたんですけど、僕はトマトが好きじゃなくて。お弁当に絶対入っているので、毎回友達にあげていましたね。

それと駅前で、福島名物の「凍天」というよもぎ餅が入ったドーナツみたいなおやつが150円くらいで売っていて。高校生のころは電車の待ち時間にほぼ毎日食べていましたね。

―― 福島といえば「ままどおる」が有名ですが、よく食べていましたか?

本田:正直、ままどおるはお土産に買っていくものなので、福島に住んでいるときは全然食べなかったんですよね。でも上京後に母親がよく送ってくれていたので、それで食べるようになりました。

―― 福島に来る方におすすめしたい食べ物はありますか?

本田:食パンにクリームがめっちゃのっている、クリームボックスですね。特に郡山駅西口から少し歩いたところにある、大正13年からやっている老舗「大友パン店」のクリームボックスがおいしいと郡山では有名です。福島でライブをする前に大友パン店をファンの方たちに紹介したら、たくさんの方が足を運んでくれたみたいで。ぜひ福島に来たときは食べてみてほしいです。

今でも新幹線に乗るときは、クリームボックスと「酪王カフェオレ」をセットで買うことが多いですね。酪王カフェオレはみんなに配りたいくらい推していて、実家に常にストックもしています。あとは、僕のマネージャーが郡山駅で売っていた「海苔のりべん」を「こんなにおいしいのり弁食べたことない!」と絶賛していました(笑)。

―― よく行っていた飲食店はありますか?

本田:郡山はラーメンが多い街で、僕はよく「大須賀」や「しんざん(現在は閉店)」、「くさび」に行っていました。高校時代、友達と自転車で郡山のラーメン店を回っていたので、ほとんどのお店に行ったと思います。

「福島といえば本田くんだよね」といわれる存在になりたい

―― 上京後は蒲田にあるダンスの専門学校の近くに住んでいたんですよね。

本田:鵜の木駅の近くに住んでいました。家に人を招くのが苦手なので「蒲田に住むと専門学校の友達が来ちゃう!」と思って、家はちょっとだけ離れたところにしたんです(笑)。

自信を持って上京したはずなのに、いざ専門学校に入学したら、実力者たちがそろっていて落ち込んだこともありました。けど、家族の応援もあって諦めずに続けられました。

―― デビュー後、地元の人からの反響はありましたか?

本田:親戚が増えましたね〜。「PRODUCE 101 JAPAN」が終わった後に帰省したら、「昔、康祐くんと遊んだんだよ」と言う人がたくさん来ていて、大量のサイン色紙を書きました(笑)。

―― 本田さんは「PRODUCE 101 JAPAN」に出演していたころから、福島出身であることを大々的に公表していましたよね。

本田:そうですね。今では福島県でライブができたり、自分が毎日通っていた場所にファンの方が応援広告を出してくれたりして、すごく感慨深いです。

―― 目指すはやはり福島県の観光大使ですか?

本田:観光大使にはなりたいんです。けど、なるならオリコン1位を獲ってからだと思っています。今の僕が任命されるより、きちんと結果を出してファンの方と一緒に「観光大使」の名を掴み取りたいです。なので、なりたいけどまだなりたくない……今じゃない、まだまだ! という気持ちですね。

―― ファンの方が福島に来るとしたらどこをおすすめしますか?

本田:今は「とりあえず鶴ヶ城とハワイアンズ!」と言っていますね。実際に僕も、ハワイアンズにはよく夏休みに親戚と遊びに行っていました。施設内がかなり広いので、子どものころに迷子になった思い出があります(笑)。近くには水族館「アクアマリンふくしま」もありますし、いわき市内は観光スポットが多いですね。

―― 本田さんのように、福島から芸能界を目指す人にアドバイスはありますか?

本田:夢をかなえるためには、早めにやりたいことを見つけるのが良いと思います。

少しでも興味のあることに対してアンテナを張ったり、やりたいことを口に出したりすることが大切なのは僕自身も実感しているので、恥ずかしがらずにどんどん夢を語ってほしいですね。そうすることで周りの力も借りられるので、夢に近づけるのではないかなと。でも、SNSには要注意! チャンスにもなるけど、気をつけて使ってください。

―― 今後、福島で実現したいことはありますか?

本田:福島に芸能事務所やダンススクールをつくりたいです。僕が福島に住んでいたころ、オーディションを受けるために東京に行くときに、すごく疎外感を感じてしまっていたんですよね。全力でアンテナを張っていないと情報も入ってこない状況だったので、福島の子も、東京にいる子と同じようなチャンスを掴めるような場所をつくりたいなと思います。

―― 地元に還元したいんですね。本田さん個人としての野望は?

本田:福島の番組にレギュラーで出演したいですし、「福島といえば本田くんだよね」とか「本田くんが観光大使だから福島に行こう」と思われるくらいの存在になりたいです。そのためにも、まずは目の前のツアーを完走すること。ぜひ福島のみなさんにも来てもらいたいです。

お話を伺った人:本田康祐(ほんだこうすけ)

日本最大級のオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN」の元練習生4名で結成されたボーイズグループ・OWVのリーダー。迫力のあるダンスが特徴で自作の振り付けも担当し、“アニキ”的存在として慕われる。2024年1月14日まで、全国ツアー「OWV LIVE TOUR 2023 -MUSEUM-」を開催中。また、初主演を務める舞台「A Brilliant Christmas」COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで11月17日(金)から上演される。

編集:小沢あや(ピース)