隠れ家的グルメスポットの数々に心がほぐれる、懐深い街「千葉・稲毛」

著: 入江陽 

千葉に初めて行ったとき、のちにここで暮らすことになるとは、まったく想像していませんでした。

いきなりですが、時を遡ってみますと、栃木と山口出身の両親が、若いころに住処として選んだ街は東京都新宿区の大久保でした。ふたりとも映画が好きなのですが、一緒に観に行くわけでもなく、それぞれ好きな作品を別々に観たりもする個人主義な感じの夫婦。実家にはパンフレットがたくさん有って、私は子どものころから、「映画ってオトナな感じがするなあ」と漠然と憧れていた気もします。

私が生まれ育った大久保の街は、2003年ごろの「第1次韓流ブーム」の影響もあり(ドラマ『冬のソナタ』など。母もどハマりしていました)、コリアンタウンとして盛り上がっていきました。当時、私は16歳。韓流コンテンツが違法ダビングされたビデオ屋さんやら、勝手に人気俳優の写真を看板に使っているような飲食店なども堂々と営業していて、「猥雑でドキドキするな、これがストリートなのか」と、幼稚にワクワクしていました。学生時代も新宿やら中野、高円寺あたりに出かけることが多く、「なんとなく自分は東京で暮らしていくのかな」とぼんやり思っていました。

しかし社会に出て働き始めた私は、頻繁に寝坊したり、朝、なんとなく職場に向かうのと逆の電車に乗ってみたりなど、ポンコツぶりを存分に発揮しはじめます。そして数カ月で医療関係の仕事をプイとやめた私は、「音楽のプロになるのだ」という根拠の無い自信と、「仕事をすぐ辞めるような中途ハンパな自分には無理かもな」という若干トラウマめいた暗い気持ちを併せ持ち、身も心もフラフラしていました。

そして逃げるかのように、アルバイトでよく遠方に出かけるようになり、大宮に銚子、淡路島に大阪、福岡に御殿場やらと、日本各地いろいろな街に行きました。弾き語りのライブをするツアーでも各地を回っていて、青くさい話ですが、自分探しをしていたのかもしれません。

もがくように生きてきた僕が、千葉でやっと呼吸ができた

さて、ここからがやっと本題で、千葉の話となります。

千葉県の県庁所在地にして最大の都市でもある千葉市は、中央区・花見川区・稲毛区・若葉区・緑区・美浜区の6区から成ります。

2014年ごろ、たまたまアルバイトのため千葉市稲毛区に週2〜3回、通うようになった私は、テレビドラマ『孤独のグルメ』のサントラを頭の中で鳴らしながら、仕事の前後の時間で飲食店探訪をひとり楽しむようになります。よく知らない街、まったく知らない店でゆっくりとご飯を食べるひとときには、妙な癒やし効果がありました。

水の中を必死に潜っていたのが、やっと久しぶりに呼吸ができたかのような開放感。自意識過剰なのですが、「誰も見ていないし、必死に自分探しなんてしなくて良いだろ」という気楽な気分になったのです。

都内にいるときは、生まれ育ってきた記憶が街のいろんな場所に染み付いているようで、自意識に取り囲まれてしまうというか、「はやく何者かにならなければ」という焦りを感じていました。そのころは神楽坂で一人暮らしをしていたのですが、大久保の実家からもっと物理的に距離を置きたかったのかもしれません。千葉で過ごす時間にやすらぎを感じ始めていました。

稲毛の街と、僕の運命を変えたカレーレストラン「シバ」

稲毛駅(JR総武線)の近くには、素敵な飲食店がたくさんあります。スープスパゲッティが美味しい「パスタハウス プリモ」や、定食やお味噌汁もうれしいレトロな喫茶店「三本コーヒーショップ」。ファーストキッチンやイオン、牛丼屋さんなどのチェーン店が多いのもうれしく、ファミレス「ココス」の「カリフォルニア・タコサラダ(トルティーヤシェルを崩して食べるのが楽しい)」もお気に入りでした。

パスタハウス プリモ



三本コーヒーショップ

稲毛駅の駅ビル「ペリエ」には無印良品やユニクロ、マツモトキヨシやタリーズコーヒーなども入っていて、なかなか便利。アクセス的にも、総武線快速に乗れば、東京や品川まで30〜40分ほどで行けます。街を歩けば、稲毛海岸から近いこともあり、ときどきフッと海の香りも漂います。ミーハーな考えですが、「東京から離れすぎずにちょっとした郊外気分を味わえるぞ、なんだか魅力的かも」と思い始めたのでした。

稲毛駅前の像。安西順一氏による「地 郷愁」という作品だそう

そして運命の日は、突然やってきます。2014年の年末ごろ、稲毛駅近くのカレーレストラン「シバ」に初めて入店。その不思議な味に衝撃を受けます。スッと自然に染み込むような、からだを内側から鼓舞し癒すような、やさしくてワイルドな味。味覚を刺激する情報量が多く、これは一回では楽しみきれない気がする、通おう、と決意したのでした。

1985年創業のカレーレストラン「シバ」

小皿料理も充実

チキンカレーのセット(写真は半ライス)。チキンソティも美味しいです

ご満悦の筆者

ヘルシーかつ親しみやすい、チャーハン的な味わい

心を打たれ、気持ちのやり場に困った私はメニューを隅々まで読み込んでみたところ、「医食同源」「6つの味(甘・酸・塩・辛・苦・渋)をバランス良く配置」といったコンセプトも知り、また感動。「苦」や「渋」も含めつくり上げてゆくなんて創造的だな、とますます惚れ込みました。その後、頻繁に通い詰め、ついには稲毛区への引越しを決意します。1985年創業の「シバ」に、87年生まれの私と同世代だな、と勝手な親近感を抱いていたようにも思います。

ちなみに近郊にも検見川の「シタール」、幕張の「デュワン」などカレーの名店が多く存在。幕張本郷の四川料理屋「蔓山」も名店ですし、スパイスという観点でも千葉は魅力満載だと思っております。

さて、こうして始まった千葉市稲毛区での生活は、私にとって新鮮で楽しいものでした。東京よりは家賃もお手ごろなので、初めての一軒家で暮らしをスタート。さまざまな思い出がありますが、千葉市のゴミ袋には「ARIGATOU」と書いてあることに気づき、分別を頑張ってゆこう、と謎に励まされたことも印象的です。

住みはじめてから気づいたのですが、JR稲毛海岸駅(京葉線)の周りも、魅力いっぱいでした。「イオンマリンピア店」に、バスケやバレー、卓球などができる体育館、屋外プールも備えた「高洲スポーツセンター」。広大な面積を誇る稲毛海浜公園には、日本初の人工海浜「いなげの浜」や「花の美術館」、ヨット体験のできる「稲毛ヨットハーパー」などがあり、多彩な楽しみ方ができます。ちなみに近郊には「ZOZOマリンスタジアム」や、幕張メッセ、日本最大級のショッピングモール「イオンモール幕張新都心」などもあります。

東京との適度な距離感、意外なアクセスの良さ

そのころは仕事で東京に行くことも多かったので、行き来について最初は時間がかかるな、と面食らいましたが、2016年にはバスタ新宿(高速バスターミナル)がオープン。千葉方面に帰る高速バスも複数走っているので(東京駅からも出ています)、東京での夜遅くまでのイベントにも意外と出席可能でした。高速バスが実は便利、というのは千葉の隠れた魅力のひとつだと思います。自分は車を運転しないので、バス停の近くを選んで住んだりもしていました。

千葉駅内は広くてきれい、お店もいっぱいです

2018年には千葉駅の駅ビル「ペリエ」もリニューアル。200店舗以上が営業し、買い物には困りません。駅ナカでは千葉県産の食材もよく紹介されていて、よそ者ながら千葉愛もジワジワと深まってゆきました。千葉県の名産といえば落花生ですが、「落花生サブレ」「みそピー」など加工食品で美味しいものも多く、個人的には「ぴーなっつ最中」「ぴーなっつパイ」がお気に入りです。

千葉駅の周りにも、かわいいデザインで「ふくろう交番」として親しまれている千葉駅前交番をはじめ、お気に入りスポットがたくさんあります。千葉市美術館は、建築としても興味深いです。戦前から存在していた旧川崎銀行千葉支店の建物が、新しい建物に包まれるような形で復元保存されており、面白い構造になっています。

かわいいデザインの「ふくろう交番」

上に走っているのが千葉モノレールです

建築としても興味深い、二重構造になっている千葉市美術館

東京ドーム約3個分の敷地を誇る千葉公園は、春は桜、夏は大賀ハスが美しいですし、千葉神社はパワースポットとしても人気。子育て支援施設Qiball(きぼーる)の建物も、ガラス張りの吹き抜けに球体プラネタリウムが浮かぶビジュアルがインパクト大です。

また、世界最長とギネス認定もされている千葉モノレールに乗れば、レッサーパンダで全国的に話題となった千葉市動物公園やカップルにも人気の展望スポット、千葉ポートタワーにもアクセス可能です。

個人的には、千葉モノレール天台駅から徒歩圏にある「自家焙煎珈琲 MAX」もよく通いました。コーヒーはもちろんのこと、ナポリタンやカレー、自家製プリンも美味しくて大好きです。佐藤健さんのYouTubeにも登場していました。千葉モノレールはさまざまなアニメにも登場し、聖地化しているようで、しみじみとした感動の表情を浮かべながら散策されているファンらしき方々もよく見かけます。

気ままな千葉市の郊外暮らし

2020年には千葉市若葉区に引越しました。若葉区はまだまだ探索中なのですが、素敵なお店も多いです。

老舗の喫茶、奈於伊珈琲店

「奈於伊(なおい)珈琲店」は創業30年以上の老舗で、お店のカウンター壁には素敵なカップのコレクションがあり、選んだカップにこだわりの珈琲を淹れてくれます。ゆったりした映画音楽が流れていて、瞑想ができそうなほど最高の居心地です。

奈於伊珈琲店、棚には素敵なカップのコレクションが

おしゃれな雑貨屋のような外観のパン屋さん「フランキー」もお気に入りです。すぐに売り切れてしまうので、予約も受け付けているほどの大人気っぷり。もっちりと柔らかくて優しい味わいのパンの数々が美味しいのはもちろんのこと、店内の手書きの解説コメントを読んでいるだけでも楽しくて癒やされます。

パン屋さん「フランキー」(写真 by 筆者)

おまけの若葉区グルメ情報その1。小麦粉料理専門店「恵泉」(写真 by 筆者)



おまけの若葉区グルメ情報その2。フランス料理店「シェ・ケン」(写真 by 筆者)

最近では自宅がメインの仕事場になったこともあり、思っていた以上に郊外暮らしを満喫しています。「ガーデニングを始めたいな」と思い庭の工事計画を練る私の周りを、猫の”すあま”がトコトコ走り回ります。大久保の実家のマンション(ペット不可)に暮らしていた子どものころはまったく想像していませんでした。

東京(も、好きなのですが)と物理的・心理的に適度な距離が生まれたことで、脳内を出入りする情報量も断捨離できたのか、照れくさい話ですが、大久保の両親との関係も(たぶん)改善し、仕事も(きっと)うまくいくようになった気もしています。

「シバ」をはじめとする、個人経営で居心地の良い飲食店の多い千葉の街。どこか迷子のような顔つきをしていた私を、懐深く受け入れてくれたように思います。

著者:入江陽

入江陽

シンガーソングライター。「街の上で」「明日の食卓」「タイトル、拒絶」「月極オトコトモダチ」「最低。」など映画音楽も手がける。雑誌「装苑」や「ミュージック・マガジン」で連載なども。Twitter @irieyoo

撮影:ともまつりか、編集:小沢あや(ピース)