人生のどん底だった時期を支えてくれた「札幌」

著: Snoopy Dogg 

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「頑張っていることは 私もそうね あの子もそうよ だから負けられない」
(モーニング娘’15『夕暮れは雨上がり』より)

ハロプロアイドルの沼に落ちるのは決まってつらい時期、苦しい時期だとよく言われる。私にとってのその瞬間は、まさに人生のどん底だった時期に訪れた。

高校を卒業するとき、大学の合格通知は一枚も手元になかった。環境に甘えてなんとか生きながらえてきた私にとって、初めての挫折と呼べる挫折だった。なんとなく始まった浪人生活。1年で終わる。来年には大学生­­———。そんな期待は甘く、結果的に高校生と大学生の間の空白、「何者でもない」期間は2年間続いた。

何事もギリギリよりちょい上のラインを行き、なんとなく周りに倣って生きてきた私にとって周りが着実に歩みを進めるなか一人取り残され、さらになんの肩書きもない状態は心許なく、寂しかった。家と予備校を往復する生活。

札幌の街は平坦で雪がない時期は自転車で移動しても苦にならない。孤独な浪人生活の癒やしといえば家と予備校の間にあるグルメとアイドルだった。

コンパクトで歩くのが楽しい札幌

私は現在大阪で生活しているが、冬になると寒い寒いと大騒ぎして友人に「道産子なのに?」と茶化される。私はこれを「道産子ハラスメント」と呼んでいる。札幌シティボーイの私はとにかく寒さに弱い。家は二重窓、暖房が行き渡った部屋で半袖短パン姿でアイスを食べる。それが道産子のスタンダードであり、外出しても札幌の中心部はほとんど寒空の下を歩くこともなくほとんどの用事が済んでしまう。

「北海道はでっかいどう!」なんて言うが、意外にも札幌はコンパクトな街だ。JR札幌駅からすすきのまでの約2キロの間でほとんどの娯楽が事足りる。碁盤の目の街並みはわかりやすく、街歩きにも最適だ。この約2キロの間は地下街で結ばれていて、冬も寒い思いをすることもなくショッピングを楽しむことができる。

大都市で暮らすと、ショッピングするにもとにかく移動を強いられる。例えば大阪で買い物に行くとなれば梅田。しかし、「あのブランドは心斎橋にしかない」なんてことが多々あって、結局、数駅離れた心斎橋に移動なんてこともよく起こる。東京でもきっとそうだろう。

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その点、札幌は優秀な街で買い物といえば札幌駅エリアに行くか、大通りエリアに行くかの二択が主流だ。札幌の玄関口、札幌駅の駅ビルは食もアパレルブランドも充実していてシネコンなどの娯楽施設も併設されている。

さらに大丸や東急百貨店も鎮座している。大通りエリアはとにかくデパートが集中。三越百貨店、札幌の老舗丸井今井といった大人向けのデパートとパルコといった若者向けのデパートが軒を連ねる。狸小路というアーケード街に行けば古着や最新のスイーツにもありつける。「あれも欲しいし、これも買いたい」。そんなときは札幌駅か大通りのどちらかに行けばいいのだから、話が早い。

以前はパルコの向かいに「札幌の109」こと4丁目プラザ、通称「4プラ」があった。ギャルアパレルが所狭しと並び、どこか怪しげでいつ着るんだろう? という服が置いてあるので高校時代は学祭の衣装を探しに行ったりもした。ここでたくさんプリクラも撮った。唯一の地場資本のファッションビルとして、札幌の若者の聖地のような場所だったが、老朽化のため今年の年始閉館となっている。

余談であるが、先日帰省中に狸小路の鉄板焼屋さんで食事をしていると隣で食事をされていた方からポケットティッシュを手渡された。そこには「プリクラgirls mignon ル・トロワに移転」の文字。どうやらあの頃通い詰めた4プラのプリクラ店の店主の方らしく、新天地で再スタートするとのことだった。

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娯楽がそろった札幌駅南口に対して、北口を出るとすぐに北海道大学があり、企業のオフィスビルも立ち並ぶ。国立大学がこんなに好立地にあるのは札幌くらいだろう。大手予備校は北口近辺に集中しており、私も家とこのあたりの往復の生活を送っていた。

浪人が決まった当時、「下手に友達をつくると遊んでしまうかもしれない」という気持ちから、私はなるべく一人で黙々と勉学に励んだ。家族以外との会話が予備校の先生とコンビニの店員だけという日すらあったほど、とにかく孤独を選んでいた。

そんな生活の楽しみの一つが食だった。北海道は「食の宝庫」というイメージがあると思うが、札幌はそこに住んでいる人にとってもまさしくグルメの街で、孤独な浪人生の私にとっても食が大きな励みになっていた。

孤独な浪人生活に活力をくれた、コロンボのカレー

ちょうど美大受験のために近くの美術予備校で浪人していた友人と連絡を取り、よくランチを食べに行ったのがコロンボというカレー屋だ。札幌でカレーといえば、スープカレー。しかし、札幌市民のソウルフードとしてあげるならコロンボだろう。

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ボリューミーなカレーライスは意外にもあっさりしている。スパイスが効いたルーはいつ食べても汗が吹き出す。ルーが減ってくると店員さんに「注ぐかい?」と聞かれるので、お願いすると運ばれてきたときより多いんじゃないか?という量のルーが注がれて返ってくる。

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「カレーは飲みもの」と言う人がいるが、ここのカレーに限っては本当に飲み物のようにルーを摂取することができる。カレーを食べてひと汗かくと、デザートにバニラアイスが出てくるのだが、これがまた絶品でお口直しも完璧。勉強で疲れた頭にエネルギーが染み渡るのだ。

お昼時の少し並ぶ時間に友人とコロンボ前で待ち合わせしては、そこで近況報告をしてお互いを励まし合ったのもいい思い出だ。

都会の喧騒のなかにある憩いの場

私は普段「Snoopy Doggのトゥマカワシンドローム」というPodcast番組を配信している。そこでは、アイドルにハマることの楽しさを軸にさまざまな視点からアイドルオタクの生態を語っているが、私があらためてアイドルに強く心を惹かれはじめたのもこの浪人の時期だったように思う。

もともと中学生のころから少女時代が好きで、アイドル文化には関心が強かった。しかし、高校生になると自然と距離を置くようになった。そんな中再びアイドルに引き戻されるようになったきっかけは受験期に聞いていた「朝井リョウ&加藤千恵のオールナイトニッポンZERO」で流れたモーニング娘。の「インスピレーション!」という楽曲だった。「恋愛レボリューション21」のカップリングであるこの曲はハロプロの真骨頂たるファンク曲で一度聴いたら頭から離れなくなる中毒性を放っていた。

「ハロプロはつらいときほどハマる」とよく言われるが、私もまさに浪人生活のつらい時期にハロプロの魅力に取り憑かれた。励ましてくれる歌詞、明るいメロディをイヤホンで聴きながら大通公園や創成川公園、中島公園、北大キャンパスを散歩する時間は「よし!もうちょっと頑張ってみよう!」と背筋を伸ばすことのできる息抜きの時間になっていた。都市の喧騒の中に自然を感じながら散歩したりくつろいだりできる広い空間がたくさんあるのはこの街の魅力だと思う。

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札幌は雪が解け段々と暖かくなる4月から、再び雪が積もりはじめる11月ごろまで比較的過ごしやすい気候が続く。夏は30℃を超えることがあっても、湿度が低いため影に入れば涼しい風が吹いてくるし、夜は少し肌寒いくらいだ。

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ちなみに、札幌駅から延びるメインストリートを大通公園まで歩くと明治安田生命札幌大通ビルの気温表示が目を引く。注目すべきは気温の横のメーター表示だ。本州ならなんてことない32℃でメーターはほぼ真っ赤。一説ではこのメーターが上がりきって上まで真っ赤になると札幌市民は溶けてしまうらしい。

美味しいごはんと人の温もり

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札幌のセントラルパークこと中島公園(自分で言っていても気恥ずかしい)から少し歩いたところにあるロータという喫茶店は、私にとっていつも背中を押してくれる場所だった。

おじさんマスターが一人で営むこの店はいつも人で溢れかえる。ここの売りはリーズナブルでボリューミーな定食メニューの数々。中でも「カツスパゲッティー」はカロリー爆弾。熱々の鉄板の上に乗ったミートスパゲッティの上にトンカツが鎮座する姿は見るだけでも思わず元気が出てくる。何を食べても美味しい。

ここのマスターは阿修羅像のような人で、大量の注文を一気に受け、運び、下げて……を一人でこなしながら、来店するたびに近況を聞いて気遣ってくれた。食事と人の温かさに触れる「ロータ」での時間は孤独との闘いだった浪人生活にとって心安らげる時間を与えてくれた。

孤独な生活の終わりを彩った夜の街すすきの

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2年間の浪人生活を終え、合格発表までの間友人に誘われ向かったのはすすきののニューハーフショークラブ「LaLaToo(ららつー)」。孤独で退屈だった浪人生活を終えてまず向かう場所がニューハーフショー?と思われるかもしれないが、純度の高いエンタメの豪雨を浴びるなら、間違いなくここが正解だった。

ららつーの売りは悩みを吹っ飛ばしてくれるハツラツとした接客はもちろん、なんと言ってもショーだ。カラフルな衣装に、大掛かりな舞台。あの瞬間与えられる幸福感は夢の国をも凌駕していたかもしれない。

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ショーの終盤にはゲームが用意されている。突然手を引かれステージに上げられるとお姉さんとのあっち向いてホイ対決が待ち構えている。こんなものは当然出来レースで、勝ち目はない。負けた私の口にはわさび入りのシュークリームが押し込まれステージ上でわさびに涙を流しながら音楽に合わせてダンスを踊らされる。つらい浪人生活を乗り切ったご褒美にこの最高のエンタメを浴びせかけてくれた友人には感謝してもし尽くせない。

「頑張っていることは 私もそうね あの子もそうよ だから負けられない」

そんな言葉を胸に駆け抜けた浪人生活は終わり、2年間の時を経てようやく希望通りの大学への入学が決まった。今となってみれば、家と予備校を行き来し、札幌の街を歩きながら将来の自分を思い描いた「人生の立ち止まり期間」は自分にとって有意義な時間だった。私はあの2年に、迷ったら立ち止まるのも一つの選択肢だと教わったような気がする。必死に誰かと足並みをそろえることも、何者かであろうともがくこともしなくていい。この学びは私が自分らしさを包み隠さずに発信しつづける力の原点になっている。

著者:Snoopy Dogg

Snoopy Dogg

アイドルオタク大学生としてPodcast番組「Snoopy Doggのトゥマカワシンドローム」を配信中。Twitter:@snoopy___inu

編集:小沢あや(ピース)