ミクシィで出会った犬と秋田が、僕の漫画家人生を変えた。

著者:  みずしな孝之 

秋田に縁がなかった僕が「いとしのムーコ」を描いたわけ

秋田に縁のない人生でした。

東京生まれ東京育ちで、親は長野出身。親戚がいるわけでもなく、修学旅行は奈良京都、好きな球団は横浜大洋。「北国へ旅行に行こうか」と思うことはあっても、一気に北海道まで飛んでしまう感じで。東北には興味はあっても、訪れる機会はほぼなかった秋田県。

なのに、みずしな孝之がなぜゆえ秋田を舞台とした漫画「いとしのムーコ」を描くことになったのか。それはもう、うちのアシスタントのフジイのおかげです。

2010年ころ、秋田県・大曲出身のフジイからこんな情報を聞きました。「知り合いに、秋田の山奥のガラス工房でガラス吹き職人をやっている人がいる」「そこで飼っている犬がむちゃくちゃ可愛くて、ミクシィもやってる」と。

「えっ! 犬がミクシィ!?」「なにそれ! 器用! おもしろい!」と、早速興味津々だったのですが、やっていたのは飼い主である店主(当然だ)。当時みずしなもバリバリにミクシィユーザーだったので、秋田県秋田市のガラス工房「ヴェトロ」の店主・コマツさんのアカウントを見に行ったら「うちの犬です」と、載ってたのがこれ。

「うちの犬です」と、載っていたムーコ

「わー! 目がキラキラでむちゃくちゃかわいい! 鼻もつっやつや! タオル引っ張るのが好きなの?」と、ひと目で大好きになってしまいました。そして、次の瞬間には「この柴犬風味だけどなんか雑種みもある『ムーコ』に会ってみたいなあ! ついでに、ガラス工房でガラス吹きとかもやってみたい!」と、切に思ったものです。

でも次の瞬間には「秋田って、遠いよな……」と、冷静になりました。しかし、そんなみずしなの背中を押してくれたのが「秋田そんなに遠くないっすよ!バカにすんな!」というアシスタント・フジイの罵倒。そしてフジイとコマツさんの共通の友人である秋田県民・イシコウさんの存在でした。

イシコウさん

「いとしのムーコ」を読んでた方は瞬時にわかると思うのですが、漫画内でも主要キャラクターのウシコウさんのモデルです。スキンヘッドにサングラスにオレンジの色の長いヒゲと漫画以上に漫画な見た目。彼が「みずしなさんの漫画、好きっす!」とか「秋田に来たときはいろいろ案内しますよ!」と言ってくれたことで、秋田行きを後押しされました。

ガラス工房「ヴェトロ」の看板犬、ムーコの衝撃的な愛らしさ

仕事が夏休みの期間を狙って、チームみずしな念願の秋田行き決行。秋田までは、新幹線こまちで約4時間かかります。徹夜明けだったので、東京駅を出た瞬間から寝落ちしたので、体感的には5分で秋田駅に到着しました。

秋田駅から「ヴェトロ」へは車で約20分と聞いていたのですが、駅前のひらけた街並みから10分ほどで一面田んぼの景色になり、「さすがお米の県! 稲の占有率えぐい!」と驚いた記憶があります。

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大きな鳥居をくぐり、田んぼに囲まれた道をうねうね進み、背の高い杉林の中に突然「ヴェトロ」が現れました。おもちゃっぽさもある三角形の屋根が特徴的な建物の中からワンワンワンと鳴き声が聞こえました。ムーコと待望の対面です。

「秋田へようこそみずしなさん!」と言っているように、ぴょんぴょん跳ねながらみずしなの周りをぐるぐる回ってむちゃくちゃテンション高く迎えてくれたムーコ。この愛想の良さ。ミクシィで見るより、実物はもっとかわいいじゃねーか!

杉林の中のかわいい工房・吹きガラス職人・飼い主のことが大好きな犬(お鼻つやつや)……。ついでに、キャラの濃い友人。これはいつか漫画にしなければ……! と思ったのが、「いとしのムーコ」の誕生の瞬間でした。

いとしのムーコいとしのムーコ
(C)講談社

休みベタな僕が、心の底からゆったりできた土地

もともと、外出といえばライブくらいで、ひきこもりがちだった僕。連載開始時点で、すでに20年くらい漫画家をやっていたのに、とにかく休み下手で、気分転換もできませんでした。

そんな僕を変えてくれたのは、秋田全体が放つ穏やかな空気と、あたたかな人たちです。最初は敬語で話していた方が、だんだん方言が混ざっていく様子も、とても心地よくって。僕は友達が少ないタイプでしたが、今では秋田の方々の顔がいくつも浮かぶようになりました。

気がつけば秋田に癒やしを求めるようになって、原稿を終わらせたあと、新幹線に飛び乗ったこともあります。どうしても作画の直しが必要になってしまったとき、締め切りに間に合わず、田んぼだらけの道に座って、PCで漫画を描いたことがあります。

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頭の中は目の前の原稿でいっぱいなのに、パッと頭を上げると、とにかく広い空が広がっている。周りも、稲がいっぱい。あまりにギャップというか、コントラストの差が衝撃的で、「仕事って、どこにいてもできるんだ!」と、思えるようになりました。休むことがずっと苦手だったけれど、人生において大きな意識の変化だったと思います。

秋田にいると、どんなに煮詰まっていても、なぜか原稿が進むんです。心の底からリフレッシュ出来ているのか、目から受ける緑の刺激なのか、流れる空気なのかはわからないんですが、「秋田の持つ力なのかな」と思っています。

訪れるたびに増えていく、秋田の愛しい店

ムーコの連載がはじまり、知り合いも増え、取材でも年に3〜4度は秋田を訪れるようになりました(渋谷やお台場よりも、秋田のほうがよく行ってる!)。秋田の方ってみんな全員知り合いみたいな感じで、コマツさんやイシコーさんに連れられて歩くと、いろんなお店で「ムーコ読んでるよ!」と、声をかけていただけるんです。

どの飲食店に入っても、ハズレにあたったことは一度もありません。前提として、お米とお水が美味しいんですよね。なにより、秋田県民のみなさんは、お米へのプライドがとても高いんです。ふらっと入る回転寿司のシャリも全然違いますし、普通の洋食屋さんでも、ライスに感動します。

僕からするといつ行っても美味しいんですけど、地元の方からは「新米の季節に来てね」と言われるくらいなんです。「米は絶対に負けないぞ!」という、心意気があるんでしょうね。

行きつけのお店がたくさん増えて、秋田に行ってみたいという友人におすすめのコースを教えることもできるようになりました。いくつか、紹介させてください。

フライドエッグバーガー

秋田に行くたびに立ち寄るのは、ハンバーガーショップ「サティスファクション」。秋田駅から徒歩5分の好立地だし、地元ではとても有名で、いいお店なんです。決まって注文するのは、フライドエッグバーガーと揚げたてのポテトチップス。

納豆巻き天

「一丸鮨」は、秋田と盛岡で展開している、ローカルな回転寿司屋さんです。普通のお寿司の美味しさはもちろんのこと、変化球として「納豆巻き天」をよく頼みます。納豆巻きを天ぷらにしたものなんです。秋田以外で、出会ったことがない食べ物。どうやら、お通夜にお寿司を食べるときに、余った巻物を揚げる文化が、地域でひろまったみたいです。オリジナリティが高くて、面白いですよね。

味噌ちゃんぽんラーメン

「チャイナタウン」のラーメンも大好き。味噌ちゃんぽんラーメンのお店で、スープが、どんぶりのふちギリギリまで、ひたひたに入っているのが印象的です。見た目だけでもあったまるし、秋田出身の佐々木希さんの大好物だったと聞いたことがあります。東京ではあまり見かけない太さのもちもち麺が特徴です。

ミニコーヒー

「08COFFEE」は、民家ばかりのエリアを歩いていると突然現れる、おしゃれなコーヒーショップ。お店のみなさん、コーヒーへの熱意がすごいんです。袋詰めされたミニコーヒーには、スピッツのCDジャケットを手がけた福田利之さんのイラストが入っているのがいいです。秋田犬とかなまはげが描かれていて、お土産にもぴったり。ワークショップを開催することも多いようです。

讃岐うどん2代目 ワタローのうどん

「讃岐うどん2代目 ワタロー」は、味の良さはもちろん、稲庭うどんが強い秋田で讃岐うどんを出すところから面白い。うどんをリボン状にむすんだものを揚げておつまみ風にしたり、きつねうどんのおあげがきつねの形になっていたり、目まで楽しませてくれます。

花千鳥ホルモン

秋田は酒どころ。「日本酒 はざど」も、思い出深いお店。とてもこじんまりとしていて、安心できます。漫画家として、お店の壁にサインをするのは、夢のひとつなのですが、僕が初めてサインを描かせてもらったのが、ここなんです。「『ムーコ』も、秋田の方に認めていただけたのかな」と、感慨深くなりました。花千鳥ホルモンがとても美味しいので、ぜひ食べていただきたいです。

漫画が発売されると、書店巡りもするようになりました。印象的なのは、「ミライア本荘」。店内のディスプレイもとても凝っていて、ムーコのPOPも、日本で一番気合いが入っているのではないでしょうか。とにかく大展開してくださり、ぬいぐるみや絵を展示してくれました。地域密着型の書店なので、老若男女たくさんの方が集まるお店です。イベントも積極的で、場の空気が活き活きしています。

ミライア本荘

秋田の風景や秋田犬を守ることに、少しでも貢献したい

2011年から続いた「いとしのムーコ」も、昨年で完結。でも、僕は次の作品も秋田を舞台にしたいと考えています。この先も、ムーコがくれた秋田とのご縁を、大切にしたいんです。

秋田の風景や秋田犬を守ることに、少しでも貢献したいとも考えています。これまで、「秋田犬」という犬種がいるんだなあ、くらいの知識しかなかったけれど、実は希少種だということがわかりました。保存会もありますし、秋田駅近くには「秋田犬ステーション」という、保護活動をしている団体もいます。絶やさないように、今後も漫画やイラストを通して応援していきたいです。

秋田出身でもなんでもなかったみずしなですが、今では秋田を第二の故郷だと思うようになりました。ありがとうムーコ。コマツさんイシコウさん。秋田のみなさん。そして、フジイさん。

ムーコ
雪道を歩くムーコ
イブニングとムーコ

著者: みずしな孝之

 みずしな孝之

1973年東京都生まれの漫画家。1991年「混セでSHOWTIME」でデビュー。2011年に連載スタートした「いとしのムーコ」は、TVアニメ化される人気作品に。 Twitter Instagram

 

編集:小沢あや