さあ、心地よいため息ばかり出る町へ「秋田県鹿角市」

著: 大牧 圭吾 

「きりたんぽ発祥の地?この『鹿角』って、なんて読むの?ああ、『かづの』って読むんですね。知らないなぁ……」

雑誌『TURNS』のプロデューサーにこんな質問をしていた私は、その3カ月後に「この町ほど、笑顔が温かい人が集まっている地域って、他にあります?」と、逆に質問しているくらいに、鹿角という町に惚れてしまっていた。

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毎月3と8がつく日に開催される名物の「花輪朝市」。優しい笑顔のお母さんが、豆炭こたつに招いてくれた

2015年9月、はじめて鹿角という土地に足を踏み入れた。

なぜ読み方も知らないこの土地に来ることになったかというと、『TURNS』と、私が編集長を務める『ニッポン手仕事図鑑』で、鹿角市の移住促進PR動画を制作することになったからだ。

その日から今まで、もう何度も鹿角を訪れている。

いろいろな人と出会い、うっとりとする風景を眺め、鹿角の食を楽しんできた。昨年の12月には空き家(正確には、鹿角市が提供する「お試し住宅」)を借りて、18日間鹿角で暮らしてみたりもした。そのたびに私は、鹿角という町でたくさんのため息をついた。本当に、自分でも驚くくらいの数のため息を。そして、ため息をつくほどに、鹿角という町を好きになっていった。

遊園地に負けないくらいの、楽しい大自然

まず最初に大きなため息をついたのは、出迎えてくれたその景色にだった。

父の故郷が、京都府の美山町。母の故郷が、長野県の安曇野市。どちらも景色が美しい土地として、そこそこ知られている地域でもある。だから、それなりに美しい自然を見てきたつもりで、そんじょそこらの景色では、あまり驚くことがない。

でも、鹿角の景色は見た瞬間、心にズンと響くものがあった。八幡平、湯瀬、十和田、大湯……。人口3万人の、あまり大きくない町なのに、それぞれの地域に、それぞれの違った魅力がある。無意識に大きなため息が出てしまうほどに、心に迫ってくるものがあったのだけど、写真だとその“凄まじさ”が伝わらないのが、正直かなり悔しい……。

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1度地元を離れ、東京で働き、鹿角に戻ってきたというふたりの女性が、こんな話をしてくれた。

ご両親が結婚式を挙げた思い出のホテルで働いている女性は、「四季を感じられることが、こんなに幸せなことだと思わなかった。日本人らしい生き方ができているなって、実感がありますね」と語り、地元の知る人ぞ知る温泉宿の跡取りとして働き、八幡平の風景写真を撮ることが大好きだという女性は、「遊園地はないけど、遊園地に負けないくらいに楽しい大自然がある。山をよく知っている人と歩く鹿角の自然は、本当に楽しいんですよ」と語ってくれた。

そして、ふたりは同じ言葉で締めくくった。

「この町の人の温かさが、その魅力を何倍にもしてくれるんです」

そう、この町の風景が心に響くのは、そこに笑顔が素敵な町の人たちの体温を感じられるからなのだ。

さあ、笑顔あふれる町へ

「鹿角の人は、人見知りで、シャイな人が多い」と聞いていた。

だから、撮影を開始したときも、地元の人に協力をしてもらうことに、かなり苦労するのではないか……と不安だった。でも、いい意味で、予想は大きく裏切られた。

撮影の趣旨を本気で伝えると、誰もが「この町が元気になるなら……」と、ちょっと無茶なお願いでも、みんな笑顔で協力してくれた。

一番驚いたのは、あらゆる人に、あらゆる急なお願いをしたにもかからず、ただの1度も“お願いを断られなかった”ことだ。本当にみんな、鹿角という町をよくしたいと思っているんだな、と俄然やる気が湧いてきたことを覚えている。東京も好きなので、東京を否定するつもりはない。ただ、やっぱり東京の撮影では、これだけのお願いをしたら、何度も何度も嫌な顔をされて、自分たちも辛い思いをしたはずだ。

でも、鹿角は違った。しかも、ただ町をよくしたいという想いだけでなく、「東京から来て、頑張っているあなたたちの仕事がうまくいくのなら、協力するよ」とも町の人は言ってくれた。その言葉にため息が出ただけでなく、ついでに涙も出そうになった……。こんな感情のため息は、人生で経験をしたことがなかった。

そんな町の人たちのおかげで、撮影は順調に終わった。

特に印象に残っているのは、急遽撮影のお願いをした『花輪さくら保育園』でのこと。撮影を担当していたカメラマンが、少し興奮をしながら、こんなことを言ってきた。

「あの子たち、本当、すごいですよ! どんなふうに育てられているんですかね」

「どういうこと?」とたずねると、「だって、普通はカメラが目の前にあったら、子どもは絶対にカメラやレンズをペタペタ触るんです。悪い意味ではなく、好奇心が旺盛だから。でも、鹿角の子どもたちは、誰も触らなかったんですよね。触ったら、ぼくが困ることを知っているから。ちゃんと、相手のことを思いやる心があるんだなって。あんなに小さいのに……」

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確かに鹿角の子どもたちは、礼儀正しい。保育園だけでなく、訪れた小学校でも中学校でも、子どもたちはみんな笑顔で「こんにちは!」と挨拶をしてくれた。横断歩道で車を止めて、子どもたちを渡らせてあげると、しっかりとこちらに向かって、こちらの目を見て、「ありがとうございます!」と挨拶をしてくれた。そんな光景、テレビCMでしか見たことがなかった。「はあ……、やっぱり素敵な町だなぁ」と、ため息が出た。とてもうれしい気持ちになった。子どもたちがそんなふうに思いやりがある子に育つのは、きっと、この町の大人たちがいつも笑顔を忘れないからだ。

控えめで、シャイだけど、よそ者にも優しい笑顔を向けてくれる。同じ町に暮らす人たちへの笑顔も、いつも忘れない。地元の子どもたちは、そんな笑顔を見て育つ。

移住促進のPR映像が完成したとき、タイトルをつけてほしいとお願いをされて、急遽考えることになった。でも、迷うことはなかった。すぐにパッと浮かんできた。

「さあ、笑顔あふれる町へ。」

『花輪さくら保育園』のかわいい子どもたちも出てくるので、お時間があるときにでも、ぜひ。


「さあ、笑顔あふれる町へ。」 秋田県鹿角市(ロングバージョン)

 きりたんぽ発祥の地の、底力

今ではこの町に、たくさんの知り合いができた。みんな、よそ者の自分に優しく、行けば必ず温かく迎えてくれて、そして「一緒に食事をしよう!」と誘ってくれる。

鹿角はとにかく水と空気がおいしい。だから、採れる野菜や果物も、地元のお米やお豆腐も、格別においしい。一緒に食事をする人たちが楽しいから、その味は何倍にもなったりする。

味がおいしい料理の中にも、「心が温まるもの」と、そうでないものがあると思う。鹿角の味は、間違いなく前者だ。食事をするだけでも、鹿角に行く価値があるし、住めば間違いなく、食生活が豊かになって、人生がもっと豊かになる。

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旨味が凝縮された煮汁が、たっぷりと染み込んだキャベツと豆腐は絶品

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「きりたんぽって、こんなに美味いのか……」と、衝撃を受けた1杯

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鹿角のどのお店でも勧められるハタハタは、とにかく大きくて味も濃厚

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地元の人気店「大統領」の中でも、馬肉の煮込みが特にお気に入り

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地元の人に愛され続け、今年で25周年を迎えたバー。日本酒ベースのカクテルが特にオススメ

鹿角に来たら、「まずはここへ行け!」と必ず言われる、鹿角ホルモンの『幸楽』。「きりたんぽ発祥の地」にふさわしく、誰もが唸る絶品のきりたんぽ鍋を出してくれる『美ふじ』。ここは、女将の照子ママの人柄も、本当に最高。あまりに素敵な人なので、ニッポン手仕事図鑑の2周年感謝イベント「えん会」にも来ていただき、きりたんぽをつくってもらった。

その他にも、名物のハタハタや馬肉料理といった自慢の料理を出してくれる、自信を持ってオススメできる居酒屋がたくさんある。おいしいお酒が飲めて、新しい仲間と出会えるバーもある(最後の写真のカクテルは、ニッポン手仕事図鑑をイメージして、バー『Palette』のマスターが日本酒をベースにつくってくれた)。とにかく馴染みにしたいお店が多くて、馴染みになれる店が多い。

そして最後に、どうしても個人的に書いておきたいネタをひとつ。それは、絶対に1度は飲んでほしい日本酒『かづの銘酒』。

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まったく日本酒が好きではなかった私が、ここの生貯蔵酒と出会ってから、一気に日本酒が大好きになった。たった6人で運営している小さな酒蔵。社長をはじめ、つくり手の皆さんが温かくて、地元の誰からも愛されている酒蔵。食事をするだけでも、鹿角に来る価値が……と書いたけど、大げさでなく、この1杯を飲むだけでも鹿角に来る価値がある。日本酒好きには本当、1度は飲んでみてほしい……。

どんな町にも、魅力があって、課題がある

冒頭に書いたように、昨年の12月、鹿角で18日間暮らした。雪かきもして、ゴミ出しもして、水抜きも経験した。地域のルールが分からず、ちょっと怒られてしまったことも……。でも、そんな経験をしたからこそ、滞在ではなく、“暮らした”と言える。

正直に書く。よそ者が一時的にでも暮らしたからこそ気付けた、町の課題があった。もちろん、改めて気付けた魅力もあった。

地元の人たちには、分からない魅力。外から眺めていただけでは、分からない課題。

どんな町にも、魅力があって、課題がある。大切なのは、いい町かどうかを定義することではなく、自分に合うかどうか、だと思う。それは行ってみないと分からない。もう行ってしまうしかない。だから私が大好きな鹿角にも、ぜひ思い切って、行ってみようと考える人が増えてほしいな、と。そして、まずはたくさんの心地よいため息を、ついてきてほしいな、と。

人で、風景で、食事で、温泉で……。とにかく心地よいため息ばかり出る町、鹿角。笑顔が温かい人がたくさんいる町、鹿角。

日本にはまだまだ、素敵な町があるのです。

 

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著者:大牧 圭吾 (id:igooke

大牧 圭吾

1977年長野県安曇野市生まれ。映像ディレクターとして、全国の地方自治体の移住促進PR映像などを手がける傍ら、「ニッポンの手仕事を、残していく」をコンセプトに掲げる動画メディア『ニッポン手仕事図鑑』を2015年1月に立ち上げ、編集長に就任。

ブログ:http://waterman.hatenablog.jp/ Twitter:https://twitter.com/by_waterman