全国のサブスク型住居サービスを巡りながら仕事もする、今の時代だから可能な暮らし方の一例【いろんな街で捕まえて食べる】

著: 玉置 標本 

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インターネットがこれだけ普及した現在なら、もしかしたら全国を気ままに移動しながらでも、オンラインで仕事が完結できるのでは。終わらせる必要がない旅を続ける日々。

そんな暮らしを妄想したことがあるという人は多いだろうが、実現するためには問題がいくらでもありそうだ。やっぱり無理。なんて漠然と思っていたら、知り合いがまさにそういった移動生活をしているらしいのだ。

すぐに移動生活をする予定も可能性もないが、そんな生き方の多様性に触れて妄想を膨らませたいので、じっくりと話を伺わせてもらった。

親戚の家っぽかったサブスク型(定額制の全国住み放題)住居

お話を伺ったのは田村美葉さん。エスカレーターのマニアとしてご存じの方も多いと思うが、この記事にエスカレーターは一切出てこない。私が寄稿しているデイリーポータルZというおもしろサイトに田村さんも以前参加していて、何度かお会いしたことがあるという程度の顔見知りだ。

なんでも田村さんは全国にある会員向け住居が毎月定額で泊まれるというサービスを利用して、各地を渡り歩いているらしい。取材日に滞在していた千葉県南房総市千倉町を訪れると、海の近くにある平屋の一戸建てで出迎えてくれた。

定額制サービスということで、コンパクトな個室が並んだ簡易ホテル的なものを想像していたら見事に全然違った。とても民家だ。なんというか「親戚の家」へ遊びに来た感がすごい。

f:id:tamaokiyutaka:20200709101547j:plain千倉町に来て三日目で、明日にはまた移動するそうだ

田村さんの出身は石川県金沢市。実家が東京近郊にあるからこそ可能な移動生活かと思ったら、そうではなかった。

18歳で東京の大学へ進学して学生向けマンションで一人暮らしを始め、就職してからは都内の賃貸マンションを何軒か移り住む。その後、会社の同僚とシェアハウスでの生活をスタートさせたが、同じ屋根の下で他人と暮らすことの難しさに直面。そこが解散となり、もういっそ家は決めないという選択をして、軽い気持ちで去年の8月からサブスク型(定額制の全国住み放題)住居サービスの利用を開始したそうだ。

実家生活、一人暮らし、シェアハウスを経て、全国移動生活という現在の生き方に至ったのだ。そんな暮らしがもうすぐ丸一年である。

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この日の田村さんの自宅。とても綺麗じゃないですか

移動生活を支えるサブスク型の住まいとは

田村さんが移動生活を実現しているサービスの根幹が、サブスク型住居サービス「ADDress」だ。ここのような拠点と呼ばれる家が全国に50カ所以上あり、会費は月額4万円からと一般的な一人暮らしの家賃相場よりも安い。

会員になるとすべての拠点の個室が空いてさえいれば利用できる上、相部屋(もちろん男女別)のドミトリー型ながら専用のスペースが好きな拠点に持て、そこに普段は使わない荷物を置いたり、住民登録をすることができる。

f:id:tamaokiyutaka:20200709104234j:plain田村さんが専用ドミトリーを持ち、住民登録をしている神奈川県清川村の拠点(写真提供:田村美葉)

f:id:tamaokiyutaka:20200709101444j:plain千倉の専用ドミトリー。貴重品を置くには無防備だが、普段使わないような荷物を置いておくことはできる

――完全な移動生活だと思っていたので、住民票をどこに置くのかとか、大切な郵便物はどこに届くのかとかが謎だったんですが、拠点を選んで住民登録もできるんですね。

田村美葉さん(以下、田村):「最初は職場からも近い二子玉川の拠点だったんですが、そこが追加料金がかかるようになったので、今は神奈川県唯一の村である清川村の拠点に住民票と荷物を置いています。拠点には必ず家守(やもり)さんっていう管理人がいて、住み込みだったり、通いだったりするんですけど、清川村の家守さんはなにか届いたら連絡をくれます。アベノマスクが届いたよ~とか。実家に荷物を置いたり住民登録をしている人もいますけれど、私はこの暮らし方を親に反対されているんで」

――親からすると、ちょっと理解しにくい暮らし方かも。

田村:「家守さんは掃除とかゴミ捨てをしてくれるし、泊まりに来た会員には洗濯したシーツやタオルを用意してくれる。どこの拠点も家守さんが個性的で、ここだと庭になっている野菜とか、梅干しとか自家製調味料を食べていいみたいです」

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残念ながらタイミングが合わなくて収穫するものがなかったが、野菜を収穫できるのは魅力的

f:id:tamaokiyutaka:20200709101726j:plain自家製の梅干し、醤油、味噌が置かれていた。これらのサービスは利用者からのドネーション(寄付)制で成り立っているようだ

――どうせ移動しっぱなしなら、都内じゃなくて安い拠点でいいですね。

田村:「月額4万円でどこにでも泊まれるって、めちゃくちゃ安いですよ。料金には光熱費や水道代なども含まれていて、どこの拠点もネット環境は必ずあるし、キッチンやお風呂も自由に使える。これまでに30拠点以上を利用しました。普段は専用ドミトリーに住んでいたり、別に家があったりする会員も多くて、私みたいにずっと拠点を移動しながら暮らしているのは少数派かも。一つの部屋を二親等(両親・夫妻・子・兄弟姉妹・祖父母・孫)か固定のパートナーと一緒に一緒に利用してもいいので、夫婦や親子で週末だけ貸別荘みたいに利用する人もいます」

――毎日使うスタイルだと、全国の個室が一日1500円ってことですよね。運営側は大丈夫かって不安になるくらい安い。電気、ガス、水道、ネットが込みで、毎月の固定費がその会費と携帯電話の料金くらいとなれば、お金はそんなにかからないですね。

田村:「どうしても売れない、もう二度と買えない本がかなりあったので、それは段ボールでレンタルスペースに預けています。その料金が月々3000~4000円くらい。コミケにいっぱい参加していたせいで、同人誌だけの段ボールとかがあって。最初は服とかも預けていたんですが、やっぱり出し入れが面倒なので、スーツケースに入れて清川村に置いています。今はもう6月から9月に着る服だったら、移動用のカバンに入るだけしかないから、秋まで帰る理由もないです」

――拠点に必ず洗濯機と乾燥機があれば、着替えはそんなにたくさんはいらないんですね。どうしても足りなくなれば買ってもいいし、フォーマルな服とか移動先では不要だろうし。

f:id:tamaokiyutaka:20200709101353j:plain台所や風呂場は綺麗にリフォームされている拠点が多いそうだ

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調理道具や食器類も一通りそろっている

f:id:tamaokiyutaka:20200709101401j:plainお風呂もあるが近くに温泉があればそちらを優先する。温泉を目的に旅するのではなく、あれば喜んで入るというスタンスが最高

田村:「レンタルスペースを使っていない人も多いですよ。必要なものって、どんどん少なくなっていくので。置いてあっても結局使わないじゃんって処分して。生活スタイルがシンプルになるから、かわいい食器とか雑貨とか、なにかと買っていたものを買わなくなって、買い物の頻度が減ったと思います。ボディソープとかティッシュとかの消耗品もだいたい拠点にあるし」

――買っても置く場所ないですもんね。「ADDress」はあくまで会員向けのサービスだから、全国にある「宿」が使えるのではなく、全国に「部屋(拠点)」がある分散型シェアハウスという考え方が近いのかな。部屋を短期間でチェンジしながら暮らすシェアハウス。

f:id:tamaokiyutaka:20200709101516j:plain左のバッグにはパソコン、デジカメなどを入れ、右に衣類や洗面道具などを詰め込む。ちょっとした旅行程度の荷物だ

私の自室はほぼ使わないようなモノがあふれている。それだけではスペースが足りず、近所にレンタル倉庫を借りたら、油断してさらに荷物が増えてしまった。明らかに移動生活には向かないタイプである。

どっちのライフスタイルがいいという話ではなく、そういう暮らし方もあるんだなと、話を伺いながらヘーヘーと驚き続けた。

旅を楽しみながらも平日は仕事をする日々

全国を旅する移動生活といっても、貯金を使いながら暮らす「休暇」ではなく、田村さんは旅先で仕事をして生活費を稼ぎながら暮らしている。といっても寅さんみたいに移動した先で何かを売ったりするのではなく在宅勤務。移動する必要のない仕事を移動先の拠点でやっているのだ。

田村:「今の会社に転職して6年目、リモートワークになって3年くらいかな。職種はライターで、勤務先が運営するサイトでインテリアなどの記事を書いています。もともとは普通に社員として働いていたんですが、ちょっと体調を崩しちゃって、上司との相談で『在宅勤務の契約社員として週に1回か2回くらい会社に来てくれればいいから』っていわれていたのが、だんだんと行かなくなって。全然行かないでいてみたら、全然大丈夫だった。

――全然ってどれくらいですか?

田村:「今年はまだ一度も出社していないですね」

――すごい。ライターって出社する必要はそんなになさそうな業種ですが、それにしても半年以上出社していないって。

田村:「前は月に2回くらい経費の精算をしに行っていたんですが、これだけのために行くのめんどくさいなって。別に領収書を手渡ししなくてもいいし。最近はコロナの影響で他の社員もリモートが増えたし、クライアントとの打ち合わせもウェブ会議になったし、もう会社いかなくてもいいじゃんって」

――コロナの影響、ありますね。フリーライターをやっていても、取材がリモートになったり、請求書が郵送からPDFでよくなったり。「実はオンラインで問題ない」っていう気付きというか。とかいって今回は対面取材ですけど。

田村:「本当にここまで来るんだーって思いました。私も取材をして書く記事が多いですけど、以前はカメラマンと訪問していて、カメラマンの都合もあって取材先は東京が多かったんですが、今はコロナもあるし、写真は借りればいいかって。インテリアの取材だったらインスタに写真を載せている人に声をかけるので、その写真とオンラインのインタビューで完結できちゃうんです」

――それなら場所を気にせず全国の人を取材できますね。取材される人も、まさか千葉県の端っことかからインタビューされているとは思わないでしょうけど。旅をしながらだとずっと遊んじゃいそうですけど、仕事っていつするんですか?

田村:「仕事は平日だけって決めているので、割と普通に働いています。お昼ご飯は、せっかくなので近所のお店に食べに行って、たまに昼休憩を3時間くらいとったりして。記事の本数契約で、別に何時から何時まで働くっていう業務時間の縛りはまったくないので。気が向かないときは昼寝して、気が向いたら集中して仕事する」

――ははは、自由だ。これぞ大人の在宅勤務。

田村:「土日は遊びに行きますね。有名観光スポットに行っても楽しいし、グーグルマップでみつけた謎のスポットとか行っても、へー!っていう感じだし。最近は地層ツアーをやっていました」

――ご馳走ツアー?

田村:「地層です。千葉は鋸山とか有名ですけど崖観音っていうのもあって、あそこも元石切り場なんですよね。あと南房総市には大規模海底地すべり地層っていうのがあって、広大な駐車場が用意されていて。地元の意気込みはすごいけど、誰もいないみたいな。そういう地味スポットが好きですね」

f:id:tamaokiyutaka:20200709101609j:plain下調べはあまりせず、拠点に置かれたパンフレットなどで観光スポットの情報収集をする。「スナックで一曲歌う」みたいな難易度高めのご当地巡りスタンプカードに挑戦したりも

f:id:tamaokiyutaka:20200709104418j:plainすごくよかったという大規模海底地すべり地層(写真提供:田村美葉)

――いいですねー。それが家から何百キロも離れていたらわざわざ行かないような場所でも、泊まっている拠点の近くだったら、じゃあちょっと行こうかとなりますよね。

田村:「そうなんですよ。山梨県の清里高原にいたときは、武田信玄がつくった分水路を見に行ったんですが、その隣の公園に分水路滑り台があって、三本に分かれてめっちゃっかっこいいじゃんって」

f:id:tamaokiyutaka:20200713212213j:plain三つに分かれたかっこいい滑り台(写真提供:田村美葉)

――田村さんは前にデイリーポータルZでライターをしてましたけど、せっかくこういう生活をしているんだから、本業のライターとは別に、各地で出逢った変わった人とかおもしろスポットの記事を書こうとか、ユーチューバーになろうって思いません?

田村:「ブログならやっていますよ、たまにしか書かないけど。でもそれを仕事にしちゃうと楽しめないから。ユーチューバーはやってないけど会員さんにめっちゃいます。やっていない人の方が少ないくらい。じゃあなんでこんな生活やっているの?って聞かれると、なんにも特に意味がないっていう。最初はすごい考えていたんですよ。行く先々の観光を盛り上げようとか。でももう自分が楽しいからいいやって」

――すごく特別な状況に思えるけれど、あえてそれを仕事にしないで純粋に楽しんでいるんだ。もし私が20代とかで中身が今のままだったら、車に釣り道具と調理道具を積んで全国を回って、それをネタにしていたかなーってちょっと思いました。実際は面倒臭がってやらないんだろうけれど。行った先がすごく気に入って移住するみたいな可能性は?

田村:「どこに行っても考えるんですよ。めっちゃ家賃安そうな家をみつけて興奮したり、ここなら東京から近いし住めちゃうじゃん!みたいに。でも移動している立場だからだと思うんですよ。無理にご近所付き合いとかしなくていいし」

――どんなに良いところでも、住むとなるとちょっと違うんでしょうね。なにかしがらみがあったり。しっかり住むからこそ得られるメリットも多いんでしょうけれど。

田村:「今は良い具合に半分お客さんくらいの感じでいられるから。移住に伴うストレスを全部なくした移住みたいな。私は千葉のこの南房総の感じがすごい好き。移住者も多いですが、できれば1カ所に住むのではなく、いろんなところをグルグルしていたい。そのくらいの距離感が私はちょうどいい」

――なんだか渡り鳥みたいですね。一年後に季節をちょっとだけ遅らせてまた戻ってくるとか楽しそうだなー。田村さんはどんな感じのスケジュールで移動しているんですか。

田村:「だいたい4日とか、長くて一週間とか。拠点の予約は二週間分できるので、移動する度に消化した分の予約をとっていく感じです。今回はコロナの移動自粛が解除されて清川村から鎌倉に行って、船が好きなので東京湾をフェリーで渡って、今は千葉をグルっと回っている途中。このまま茨城の取手の拠点までいったら、今度は大洗から苫小牧までフェリーで移動して北海道の拠点を回って、小樽から新潟へ別のフェリーで渡って、群馬、栃木を通って清川村まで戻ってこようかなと」

――うわー、なんだか桃鉄でもやっている感じですね。

田村:「前から旅行プランを立てたりするのは大好きだったんですけど、シーズンやホテルのランクで料金が変わるじゃないですか。でもこの旅は定額制。宿泊料金を気にしないで立てる計画は、こんなに楽しいんだって気づきました。去年は出張が多い時期があったので、例えば大阪に行くときは、ついでに熊本の拠点で一週間くらい過ごすっていうのをすごくしていました。新幹線で東京と大阪を往復する代わりに、LCCで熊本を経由して大阪にいっても交通費がそんなに変わらないんです」

――仕事をしているからこそ、そういう拠点の利用法もあるんですね。

f:id:tamaokiyutaka:20200712003122j:plain魅力的すぎる旅の予定を教えてくれた

田村さんはライター職であり契約社員だが、他の仕事やフリーという立場でも、この暮らし方は可能なのだろう。例えばプログラマーとかイラストレーターとか、納品物さえちゃんと出せばリモートで成り立つ仕事も今は多い。もちろんそういう業種は全体のごく一部であり、本人に実績があった上で、勤め先やクライアントとの信頼関係ありきの話となるが。

観光客とも住人とも違う独特の立ち位置。初めて泊まる街は初対面の人ばかりで、親しい友人が身近にいない生活だ。それを寂しいと思うか、気楽だと思うか。でもよく考えれば、私もすでにネット上のやりとりしかない友人の方が圧倒的に多い。本当に会う必要があれば、そのときに会いに行けばいいだけだ。

不便だからこその楽しさを求めている

――全国にある拠点って、ここみたいな一軒家が多いんですか?

田村:「空き家の有効活用プロジェクトみたいなところがあるので、田舎の一軒家をリノベーションした拠点が多いです。提携しているゲストハウスの一室が使えるっていうところもあります」

――ビジネスホテルみたいなところを泊まり歩くのとは、やっぱり違います?

田村:「仕事の都合でホテルに連泊したこともあるんですが、空間としては虫とか出ないし冷暖房完備でいろいろ整っているんですけど、そこにいても新しいことは何も起きないって思っちゃう。『これは知っている!』って」

f:id:tamaokiyutaka:20200709104259j:plain海がすぐ目の前という拠点もある。これは知らない景色だ(写真提供:田村美葉)

f:id:tamaokiyutaka:20200709104246j:plainビジネスホテルがなさそうな場所にこそ拠点があり、その土地だからこその楽しさがあるのだろう(写真提供:田村美葉)

――ホテルだからこその安心よりも、田舎にある拠点だからこその不安というか不定型な要素が恋しいんですね。

田村:「こういう移動生活は、どうせなら不便なところじゃないと意味がないかなって思っていて。結局便利なところに暮らしたいんなら東京が一番なんですよ。そこを分かり合えない人が多くて『不便な場所の方がいいんですよ!』とかいっても『?』ってなる。私は不便であればあるだけワクワクするっていう感じなんですよね」

――まさに毎日が旅。利便性を求めるなら、普通に東京でアパートなりマンションを借りてるぞと。

田村:「ここのちょっと前に館山の拠点に泊まったときでも、ここは便利過ぎるなって。便利だとすぐ便利に流れちゃうじゃないですか。今日はファミレスに行こうとか。たまにそれは全然いいんだけど、近所にコンビニなんてありません!みたいなところだと、よし、あの魚屋を攻めてみようとかなる。スーパーもなくて、個人商店の魚屋、肉屋、八百屋しかないとか、なんなら道の駅しかないとか。すごいあるんですよ。だからゲームでいえばロールプレイングですね。桃鉄よりもRPG。よし着いた、さて次は何をしよう。魚屋で魚を買うか、じゃあ店を探そうみたいな。どこで手に入るのか聞き込みしたり。モンスターと戦わない平和なRPG。町から町へと移動だけする」

――お金はモンスターを倒すのではなくて、原稿を仕上げてゲットすると。

田村:「立地の違いはやっぱり大きくて、ホテルって知っている場所にしかないんですよ。大きい駅の駅前の便利な場所に泊まって、その辺でご飯を食べると特に発見がない。拠点は家守さんがいるので、分かんないことは何でも聞けるっていうのも大きいです。ホテルだと完全にお客さんと従業員。そこがちょっと違うんです」

――各地域の有名店で名物を食べ歩くみたいなのが好きな人だと、地方都市の駅前という立地を活用して一人でワクワクできるんでしょうけれど、そこまで興味がないと東京にもあるようなチェーン店とかに入っちゃうかも。迷った挙句にファミレスとかコンビニですませたりっていう経験は私もあります。

田村:「『ADDress』は空き家利用なので田舎が多いんですよ。この千倉町とかも私の全く知らなかった場所で、近所のお店とかスーパーに行っても地元の人向け。ここの人たちはこういう生活をしているんだって、ただ歩くだけとか、買い物をしてご飯を作るだけで満たされるというか。ふ~ん、なるほどねーって」

f:id:tamaokiyutaka:20200709101741j:plainインタビューをしながら、一緒に近所を探索させてもらった

f:id:tamaokiyutaka:20200709101807j:plain「ここの酒屋さん、ワインがすごいそろっているんですよ」

f:id:tamaokiyutaka:20200709101753j:plain予想の10倍以上ワインの品ぞろえがすごかった。南房総と気候が似ていると勧められたポルトガル産のワインを購入

f:id:tamaokiyutaka:20200709101821j:plain続いては魚屋さんへ。自由に使えるキッチンがあるからこそ寄ろうと思える店だ

f:id:tamaokiyutaka:20200709101840j:plain地元で獲れたスズキを一匹購入し、三枚に下ろしてもらった

f:id:tamaokiyutaka:20200709101902j:plain足りないものは地元スーパーで購入。南房総といえば当然ODOYAだ

――台所があって自炊をできる旅は楽しそうですね。

田村:「楽しいです。しかも田舎は食が豊かなところが多くて、野菜が安いし、魚も安い。だから夜ご飯は自炊が多いです。3~4日も同じ場所で自炊していると、だいぶ町がみえてきます」

――どんなものをつくって食べているんですか。

田村:「ご飯かパンとスープだけが多いです。拠点にある調理器具はだいたい決まっていて、前は『私、ストウブの鍋(高級な鋳物ホーロー鍋)じゃないと嫌なんですよ~』みたいな感じだったんですけど、全然そんなことないなって。スープのレシピは有賀薫さんの『スープ・レッスン』に載っている、旬の野菜と塩とオリーブオイルだけを使ったシンプルなもの。たくさんつくっても結局移動するときに持ち運べないので、米を炊いてスープつくって、夜ごはんと朝ごはんで食べきるみたいにしています

f:id:tamaokiyutaka:20200709101645j:plain551の袋に最低限の食材を入れて持ち歩いている。玄米、竹炭塩、グレープシードオイル(普段はオリーブオイル)、インスタントの味噌汁、コーヒー、お茶

f:id:tamaokiyutaka:20200709104355j:plainある日の夕飯。食事の基本は具沢山スープとご飯かパンで、たんぱく質が足りなければ卵かけご飯にする(写真提供:田村美葉)

――素材が良ければそれで十分だぞと。だんだん生活も食事もシンプルになっていくんですね。

田村:「毎日食べきれば、拠点で出会ったおもしろそうな人にご飯を誘われても、『すみません、明日までに食べなきゃいけないものがあるんで』って断らなくてすむし。一緒に泊まっている方が毎日つくってくれたりすることもあって、そのときは『いいんですか~っ』て甘えたり」

――そういう人付き合いとかが好きなんですね。

田村:「それが全然好きじゃなくて。どちらかというと拠点について他の利用者が誰もいないと『やったー!』くらいの人なんですけど。誰かがいたらいたで、あんまり気にしないようにしていますね」

――へー。人がいなければラッキー、いても良い人ならラッキーっていう感じかな。変な人とかいませんか?

田村:「ちょっと変わっているなっていう人は、いるっちゃいるかな。いや私も含めてだいたいの人が変わっているかも。コミュニケーションをまったく求めていない人もいれば、こんにちは~みたいな人もいる。でも普通のゲストハウスよりは、私にはいいなって思っていて。拠点を利用するのはこのサービスを使っている会員だけだから(ゲストハウスの一室が拠点になっている場合を除く)、みんな移動を推奨される暮らしに慣れている人なので、その点ではコミュニケーションが楽ですね。無理に打ち解けなくても『どこいきました~?』みたいな話をすればいいだけなので」

――利用が会員だけならセキュリティ的にもちょっと安心なのかも。普段の移動手段は50ccのカブなんですよね。

田村:「清川村ナンバーのカブですよ。一日で走れる限界は150キロくらいかな。一応テントや寝袋が一式載っていて、拠点が遠くてたどり着けない場合はキャンプ場に泊まることもできます。カブはこの生活のために買ったのではなく、『ゆるキャン(女性キャンパーが原付でキャンプに行くシーンのある漫画)』に憧れて買ったんです。でも結局、年に一回くらいしかキャンプしないですね。キャンプしようと思った日が雨だったり、暑かったり。千葉のキャンプ場もいっぱい調べたんだけど、やめよーって館山の拠点をポチって」

f:id:tamaokiyutaka:20200709101531j:plainキャンプ道具を積みっぱなしの愛車カブ。チャームポイントは清川村ナンバーだ

――いつでもキャンプできるからこその先送り。拠点なら屋根もネットも台所もありますからね。でも大変じゃないですか、カブでの移動だと。私だったら軽ワゴンとかかなー。でもホームの拠点に駐車場が必要になるなー(妄想中)。

田村:「電車や飛行機で移動している人も多いですけど、それだと交通費がかなりかかっちゃうんで。それにカブだと移動していると、それだけで楽しい。景色はもちろん『今日は涼しー』みたいなのも含めて、ブーンって乗っているときが一番楽しいです。でも天気が悪い日に海沿いの道とかを走ると『死ぬー!』ってなります。風が強すぎて前に進まない日もありました。雨の日は辛すぎて途中で温泉に寄ったり。原付だから二段階右折だし、通れない道路を迂回しなきゃいけなかったり」

――やっぱり大変じゃないですか。でも田村さんはその不便さがいいんですよね。晴れた日の気持ちの良いルートなら、車や電車での移動の何倍も気持ちいいだろうし。

f:id:tamaokiyutaka:20200709104133j:plainカブでのんびり走ったら絶対に気持ちいいだろうなという道路(写真提供:田村美葉)

f:id:tamaokiyutaka:20200709104146j:plain雨風には弱いけれど、だからこそ自然との距離が近いんだろうな(写真提供:田村美葉)

拠点の予約をしておけるのが最大14日分だったり、連泊が最長7日間までだったり(空きがあれば延長可)、移動生活を推奨するための予約ルールが存在するため、田村さんがどこも泊まるところがないという事態は今のところ一度もないそうだ。

もちろん希望していた拠点が空いていなければ別のルートに切り替えたり、泊まる日数を調整したりといった応用問題を苦手としない人向けのサービスなのだろう。

地元の食材で夕飯をつくってみよう

話をたっぷりと聞かせていただいたお礼という訳でもないのだが、一緒に近所で買い集めた千葉県産の食材を利用して、もし自分が田村さんのような生活をしていたらという仮定の元、夕飯をつくらせていただいた。「家庭の味」ならぬ「仮定の味」である。

買ってきたのは千葉県産のトマト、葉生姜、枝豆、ヤングコーン、スズキ。そして魚介に合うというポルトガルのロゼワイン。田村さんは素材の味を生かした塩とオリーブオイルのスープをいつも食べているということなので、そのスタイルを踏襲したラーメンをつくってみよう。

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ラーメンっぽい食材がほとんどないぞ

一応ラーメンをつくるという想定をしつつ買い物をしたのだが、地元産のおいしそうな食材を優先したため、これでラーメンができるのかよ!というラインナップになった。夏野菜にスズキが一匹。

どんな味になるか予想がつかないけれど、こういった場当たり的なアドリブの料理をつくることで、私の心は満たされていくのだ。

f:id:tamaokiyutaka:20200709102011j:plain昆布だけ足させてもらい、スズキのアラと葉生姜の葉っぱでラーメンのスープをつくる。葉生姜って初めて買ったけど、どうやって食べるのが正解なんだろう

f:id:tamaokiyutaka:20200709102029j:plain生のヤングコーンも初めて料理する食材か。確か髭も食べられた気がする。オリーブオイルで焼いてみるか。枝豆は田村さんが焼いてくれた

f:id:tamaokiyutaka:20200713211935j:plainこの日限定のご当地ラーメンづくりだ(写真提供:田村美葉)

麺は持参した家庭用製麺機でつくる自家製麺だ。このように旅先で買った食材でラーメンをつくるのは最高に楽しいけれど、人数が多い拠点の場合だと共有の台所を占有しちゃうので嫌われるなと、仮定の話なのに本気で悩みはじめてしまった。変なあだ名をつけられそうだ。拠点に一人で泊まっているときならいいかなと思いつつ、孤独な手づくりラーメンはかなり寂しい。

やっぱり拠点でつくる料理は、田村さんみたいにスープ一品くらいがいいのだろう。

f:id:tamaokiyutaka:20200709102047j:plain「製麺機って楽しいですね!カブでの移動には絶対いらないけど!」

f:id:tamaokiyutaka:20200709102206j:plain昆布を取り出して、さらに煮込んだらスープの完成。ラーメン用というか完全にお吸い物だ

このスープにはあえて味を一切つけず茹でた麺を入れて、食べる人が塩、醤油、オイルなどで調味するスタイルとした。具も好きなものを好きなだけ乗せてもらおう。

田村さんの食事と旅のスタイルからイメージした、自分好みに仕上げるセルフサービスのシンプルラーメンである。

f:id:tamaokiyutaka:20200709102129j:plain用意した具は、自家製醤油につけた葉生姜、刻んだトマト、焼いたヤングコーンと枝豆、スズキの刺身。調味料はオリーブオイル、グレープシードオイル、竹炭塩、醤油、そしてもう一人の拠点利用者が提供してくれた柚子胡椒だ

f:id:tamaokiyutaka:20200709102108j:plainこれならロゼワインにも合いそうだ。そういえば拠点の庭にシソが植えてあったなと今になって悔しがっている

つくったことのないタイプの超あっさりラーメンだったが、これが想像以上においしかった。オリーブオイルで焼いたヤングコーンや醤油漬けの葉生姜など、このスズキのスープのために存在するようなトッピングじゃないか。スープの熱でシャブシャブ状態になった刺身がまたうまい。

まさに一期一会の味。この土地で集めた食材をここで食べるからこその感動であって、自宅に戻って同じレシピでつくってもピンとこない味なのかもしれない。これは熱いラーメンだが、この季節にこの土地なら冷たいラーメンもいいな。まだ麺が余っているので私がここに一泊するならば、明日の朝はそれで決まりだぜって思っていたら、まさにそうやって食べたよと後日教えてもらった。

f:id:tamaokiyutaka:20200713211606j:plain夏野菜たっぷりの冷やしサラダラーメンですな(写真提供:田村美葉)

――ずっと旅をしていたいという話でしたが、この暮らしは今後もしばらく続けそうですか。

田村:「凄い最高です!っていう訳ではないですけど、やめる理由が無くなってしまったというか。病気とか怪我したらどうしようっていうのはありますけど、楽しいですね。何も考えてないですけど。もうできれば一生移動していたい」

――田村さんの前世はモンゴルあたりの遊牧民なのかも。馬の代わりでカブに乗っている気がしてきました。

f:id:tamaokiyutaka:20200712024427j:plainインタビューの数日後、希望する拠点が予約できなかったからとキャンプをする様子がSNSに投稿されていた(写真提供:田村美葉)

現実を生きているんだけどどこか浮世離れした田村さんの話はとても魅力的だった。人付き合いは苦手と言いながら偶然の出逢いを喜び、この暮らし方が一番楽といいつつ不便や苦労を求めている。

移動生活の一端を体験させてもらったことで、当初のイメージよりもこういった暮らし方に可能性を感じる人は多いだろうなと思った。それでも実行可能な人はかなりの少数派であり、さらに何年も継続することはもっと難しいことは分かる。だからこそ、ずっと続けなければいけないと気負う必要はないし、その時の自分にもっと合った暮らし方があれば切り替えればいいだけの話。身軽になったからこそ、気軽な方向転換も可能なのだ。

未来のことは分からない。そのために備える必要はあるけれど、分からない未来に縛られる必要もない。そこのバランスをどうするか。田村さんと同じような生き方を今の私が選ぶことはないけれど、とても視野が広がった気がする。いやそんな気がするだけかも。

今よりもっと、誰もが自分に合った生き方を選択できる時代になればいいなと願いつつ、予測できない10年後の未来をふんわりと妄想した。



■ 田村さんのブログ
blog.tokyo-esca.com


■【いろんな街で捕まえて食べる】 過去の記事
suumo.jp

 

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著者:玉置 標本

玉置標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。

Twitter:https://twitter.com/hyouhon

ブログ:http://www.hyouhon.com/