巣鴨駅と駒込駅のちょうどあいだ。山手線の死角みたいなこの街で|文・飯岡陸+白尾芽

著者:

飯岡陸+白尾芽

(左)白尾芽
編集者/ダンス研究。美術メディア等での執筆・編集を経て、現在出版社勤務。らっこと犬が好き。
(右)飯岡陸
キュレーター。街や地形のように入り組んだものとして現代美術を扱うべく奮闘中。天恵製菓「二色あんパイ」を家に常備している。

さまざまなものが行き交い、混ざりあう場所が好きだ。ふたり暮らしをはじめることになり、わたしたちが6年前に見つけたアパートは、山手線の巣鴨駅と駒込駅のちょうどあいだにあった。巣鴨・駒込に住んでいると言うと、「なぜそんなところに」「降りたことない」という反応が返ってくることが少なくない。確かに山手線のなかではマイナーで、影の薄い2駅だと言ってもいいかもしれない。実際には、三田線(巣鴨)・南北線(駒込)と山手線の3路線が使える好立地で家賃相場も抑えめ、学校や公園が多く家族連れも暮らしやすい、山手線の死角みたいな街なのだ。すべてに簡単にアクセスできるわけではないけれど、いたるところに濃密な人々の暮らしや歴史がある。わたしたちの生活は、歩けば歩くほど発見があるこの複雑な地形のうえに成り立っていた。


染井霊園から駒込駅にかけて桜並木が続く

巣鴨になくてはならないのが、やっぱり「おばあちゃんの原宿」こと、巣鴨地蔵通り商店街だ。

商店街の入口で人々を出迎えるのが、和菓子の「伊勢屋」。休日には行列していることも少なくない。それもそのはず、人は素敵なガラスケースを覗かずにはいられないのだ。人気なのは、甘さひかえめのつぶあんを杵つき餅で包んだ塩豆大福(桜色)。右側のご飯コーナーにも注目してほしい。かわいらしい海苔巻きもあれば赤飯、山菜おこわなど昔懐かしい味が並んでいる。わたしたちのお気に入りは、具だくさんでジューシーな五目いなり。店員さんがパックに品物を詰める手つきは熟練そのもので、最後にパックを縦に重ねて、きっちりと包装紙に包んでくるっと輪ゴムで留めてくれるところを見ているとうれしくなってしまう。

ほかにも、店先に並ぶ「カジノ」や「アポロ」といったパンのレトロなパッケージが楽しい「タカセ」や、俵型で皮がぱりっとした「ファイト餃子」、「洋食 小林」の有名フレンチ出身シェフによるスコッチエッグなど、いろんな文化が混ざりあって生まれたソウルフードも多い。小売店もなかなか見逃せない存在で、引越ししたての頃、破格で売られていた大きなカーペットをふたりで担いで持って帰った思い出もある。寒さに耐えかねて布団屋さんで買った半纏も、まだ活躍している。

ちなみにわたしたちのお正月は、それぞれ帰省の帰りに合流して初詣をするのが毎年の恒例行事。かならずおみくじを引いて、屋台のベビーカステラや味噌田楽を食べて、お雑煮の材料を買って帰る。どこか所在ない気持ちで過ごすお正月にも、なんでもちょっとおめでたくなってしまうこの商店街の懐の深さや、わたしたちの人生を優しく見守ってくれるようなおみくじの語りがありがたかった。


「伊勢屋」のご飯を携えて公園でピクニック

文章を書く人なら気になるのがその街の喫茶店事情だろう。安心してください、巣鴨なら大丈夫。駅周辺にはゴージャスな内装でおなじみの「珈琲専門店 伯爵」のような純喫茶もあるが、執筆となるとチェーン店の方が気兼ねなく、ふたりの執筆が重なるときは二手に分かれて、飯岡は「ルノアール」に、白尾は「星乃珈琲店」へ。わたしたちの書くものはだいたいここで生まれたと言っても過言ではなく、この場を借りてお礼を言いたい。ルノアールは広々としていて、執筆に行き詰まれば、大きな窓から晴れた日は日差しの降り注ぐロータリーを、雨の日は色とりどりの傘が行き交うさまを眺められる。「星乃珈琲店」には電源もWi-Fiもないのだが、なぜか落ち着く気がして通っていた。


ルノアールのお気に入りの席からの眺め


「とんかつ豊福」のロースカツ定食

ほかにも巣鴨駅周辺にはアーティスト・ラン・スペースの「XYZ Collective/4649」、前菜の盛り合わせがお気に入りのフレンチバー「Petits Pois(プチ ポワ)」や、食いしん坊だったら通いたかった、豚カツの上にちょこんと茄子のカツをのせてくれる「とんかつ豊福」などもある。しかし、結局同じものばかり選びがちなわたしたちは、チェーンの飲食店か巣鴨と駒込どちらにもある定食屋「ときわ食堂」に行くことが多かった。

巣鴨の雑多さに比べれば、駒込は落ち着いた雰囲気だ。国の特別名勝に指定されている日本庭園「六義園」や「旧古河庭園」があり、じつは出版社も多かったりして、豊島区というよりは文京区の成分が強めと言えるだろう。でも駒込にも生活の活気はあって、「霜降銀座商店街」はローカルスーパーや八百屋さん、魚屋さん、肉屋さん、花屋さんが軒を連ねる地域密着型の商店街だ。有名ロースタリーの味を気軽に楽しめる「百塔珈琲shimofuri」や、看板わんこのいるブランチにうれしい「レトロフィッシュカフェ」など、一息つける場所もある。雨の日には、コインランドリーの乾燥機が終わるのを待ちながら、近くの古着屋さんで掘り出し物を探すのも楽しい。そして駅の向こう側には「KAYOKOYUKI」と「駒込倉庫」、「六義園」の先には「ときの忘れもの」といったアートスポットも連なっている。

引越して間もない頃、駒込駅を出てすぐの「ゴマイホー」という中華料理店で、これまで交わらなかった友だちを集めた会をしたことがある。違う位相にいた人たちがなぜか駒込の中華屋で出会い、その後は無事みんな友だちになって、公園に寄り道をしたりコンビニでアイスを買ったりして、そのままアパートでみんなで朝までトランプをした。もしそのときだけの出会いだったとしても、たまに訪れるこういう夜がこの街の大切な思い出になっていく。そのことを、先日引越したあとに訪れた駒込でゴマイホーがなくなっているのを見て、さらに強く感じさせられた。


「レトロフィッシュカフェ」の看板わんこチャーリー。もうひとりさんしんもいます!

閑静な住宅街ではないところがよかったと思う。朝は幼稚園の子どもたちが遊び回り、夕方は運動部が練習する声が聞こえ、運動会のシーズンには朝から爆音の放送で起こされる。ただ夜は静かで、昼間は聞こえない山手線が走る音が、寝静まった街の遠くから聞こえてくる。子どもの頃、こう考えたことはなかっただろうか。こんなに賑やかなところからみんなが帰り、先生も帰り、電気が消え、最後の警備員さんも帰ってしまった後の学校は、どんなふうなのだろう? 昔のわたしたちに教えてあげたい。みんながよく眠っているあいだ、学校もよく眠っていると。街は寝静まり、ほこりの一つひとつ、風の一つひとつを落ち着けて、朝日を蓄え、みんながまた新しい賑やかな声でその場をいっぱいにして一日を始める準備をしているのだと。それが、わたしたちがこの街で経験したことだった。


近所の幼稚園の壁面。季節ごとのひよこたちのストーリーが見られる

著: 飯岡陸+白尾芽

編集:ツドイ

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