16年住んで不満ナシ。マーティ・フリードマンが新宿をトコトン愛する理由

インタビューと文章: 古澤誠一郎 写真:小高雅也

マーティ・フリードマンさんトップ写真

日本に暮らす外国人は、どのような「角度」から街を見ているのでしょうか。彼ら・彼女らの街に対する愛着や意外な暮らしぶりにフォーカスし、街の魅力を掘り下げるインタビュー企画「日本に住んでみた」をお届けします。

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今回ご登場いただくのは、新宿で暮らすギタリスト、マーティ・フリードマンさんです。

アメリカで生まれ育ったマーティさんは、世界的なヘヴィメタルバンド「メガデス」で活躍。バンド脱退後は有り余るJ-POP愛から日本へ移住し、音楽というフィールドから日本の魅力を発信し続けています。

そんなマーティさんは「日本一の繁華街」とも言える新宿に、どのような魅力を見出しているのでしょうか。

日本人にとっては当たり前すぎて気づかない「便利さ」や「安全さ」。J-POPにもどこか通ずる雑多さ。そして、「雀荘」や「質屋」の看板を読めるようになり、街の様子が段々と分かっていく喜び……。マーティさんが新宿で送ってきた「日常」を少しだけ覗きました。

※取材は新型コロナウイルス感染症対策を講じた上で実施しました

今やタクシー運転手より新宿の道に詳しい

―― 日本へ移住されてから16年ほどたつそうですが、ずっと新宿にお住まいなんですよね。

マーティ:そうですね。2004年に日本へ移住してからはずっと。アメリカではワシントンD.C.やハワイ、シスコ、ロスやアリゾナに住んでいましたが、これほど長く住んだ経験はありません。新宿は人生で一番長く住んだ街です。

―― 新宿については、今や日本人よりも知っていることが多いんじゃないですか?(笑)

マーティタクシーの運転手さんより僕のほうが道に詳しかったりするんですよ。ほぼ毎日タクシーに乗ってますけど、最近は地方から出てきたばかりの運転手さんが多いのか、「甲州街道を進んでください」と伝えても「甲州街道ってどこですか?」と聞かれたりして。「ガイジンに甲州街道の位置を聞くタクシー運転手さんってどうなの!?」とは思いますけど(笑)。

あと、僕が「明治通りを右に曲がってください」みたいに日本語をペラペラ話してるのに、高速道路に入る時「ハイウェー……、エクストラマネー」みたいに頑張って英語で説明しようとしてくれる人もいるんですよね。あと「私は去年ワシントンD.C.に行きました」みたいなカワイイ英語を喋ってくれる人。

とってもうれしいけど、日本語でいいよ! って(笑)。

―― あべこべで面白いですね。そもそもマーティさんは日本移住前にもメガデスのツアーで何度か来日されていますよね。日本移住を考え始めたころから、「住むなら新宿」と決めていたのでしょうか?

マーティ:ツアーで来日した時は、エリアなんて意識していませんでした。スタッフに連れられて、アーティストとしてチヤホヤされて、大きな旋風に巻き込まれたようにひたすら動きまわっていたので、自分が今どこにいるのかも分からなかった。

マーティ・フリードマンさん記事内写真

ツアーでは見られない「本当の日本」を見た

―― でも、どこに住むにせよ住む場所は見つけないといけませんよね。物件はすぐ見つかったんですか?

マーティ:それがなかなか。当時の東京で外国人OKだったのは「相当お安い物件」か「野球選手が住むような物件」だけ。そして「お安いほう」は、当時の生活とギャップがありすぎて、住んだらショックを受けそうでした。

―― 来日前に住んでいたアリゾナの家は、ベッドルームが6つあるような豪邸だったんですよね。

マーティ:大きなプールや芝生の庭がある家でした。ただ、向こう(アメリカ)と日本では土地の価値が全く違いますからね。僕は「日本ではとにかく普通の生活をしたい」と思っていたのですが、そのオプションが少なかったんです。

―― だから、日本に移り住んだ当初は、ご友人のカメラマンさんの家に居候されていたんですよね。

マーティ:よくご存じですね(笑)。そうです。場所は野方で、めちゃめちゃリアルな街でした。

―― 高円寺へも歩いて行ける、バンドマンが多いイメージの街です。

マーティ:ツアーで来日すると、ザ・キャピトルホテル 東急(旧東京ヒルトンホテル)とかに泊まっていましたから、野方で「本当の日本」を味わえたようで、僕はちょっとうれしかったんです。

住んで感じたのは「街がホントに平和」ってこと。日本の街ってゴチャゴチャしてて忙しないイメージでしたけど、野方は「ゆったりしてるじゃん!」って。近所にかわいいおばちゃんが営む魚屋さんもあって、昔ながらの雰囲気。「こんな日本も素敵だな」と思ったんです。そうやって居候しているうちに、新宿の下見もしましたよ。

新宿の夜景は「どこからどう見てもカッコいい」

―― その後、新宿へ移って、6畳のウイークリーマンションに住んでいた時期もあるとか?

マーティ:そうですね。両手を伸ばしたら左右の壁に手が届いちゃいそうなほど狭くて、すごくカルチャーショックでした。僕の記憶が確かならば、家賃は月8万から10万くらい。アリゾナで同じ家賃を払えばかなりいい家に住めるし、アラスカなら豪邸に住めますよ。

それは新宿と違って、(アリゾナやアラスカは)街に何もないからです。

だから家賃は「場所代」なんです。新宿の駅前って、ホントに大したことがないコーヒー屋さんでも、コーヒーが1杯1000円とかしますよね。その1000円は便利さとかいろいろなバリューを含む「場所代」で、コーヒーはおまけ。僕は新宿に住んで初めて、その「場所代」のコンセプトを理解しました。

―― 新宿の中心部は繁華街も買い物する場所も多くて、何をするにもとにかく便利ですからね。

マーティ:「時間のために家賃を払っている」と思えば納得できるんです。去年、歯の詰め物が急に取れたことがあったんですけど、あと1時間後に仕事のスケジュールが入っていて時間がない。で、家から歩いて5分の歯医者に行ったら、すぐに治してくれたんです。もちろん仕事には何の支障も出ませんでした。

―― 何が起こっても何とかなる、というのは新宿らしいです。話を戻して、その後、新宿ではどのようなところに住んだのでしょうか?

マーティ:野球選手向けの物件を扱う不動産屋さんに紹介された、十二社通りと甲州街道の交差点近くのマンション。周りの風景を見て「これだ!」と即決しましたね。

仕事や生活の拠点としてとっても便利なのに、周りは静かなビジネス街で治安もいい。夜景もカッコいい。7〜8年くらい住んだかな。それから今住んでいるマンションに引越して、ここにはもう8年くらい住んでいます。

―― マーティさんの住む街選びでは、「カッコよさ」は大切な条件なのでしょうか?

マーティ:僕にとっては大事ですね。例えば西新宿あたりの夜景って、どこからどう見てもカッコいいでしょ。ビルは一つ一つ形が違って、ビル街の凸凹のスカイラインが美しい。あの夜景はいつ見ても飽きません。

新宿夜景写真

新宿はJ-POPみたいな街

―― 先ほど便利さの話も出ましたが、新宿の中心部あたりは飲食店の選択肢が多くて、日本人・外国人を問わず困らないですよね。

マーティ:そうですね。仕事の時間が不規則で料理をする時間がなかなか取れないのですが、新宿の中心部には歩ける範囲に何百軒もお店があるじゃないですか。

チョー歩ける距離にも僕の大好きなタイ料理のレストランが5、6軒あるし、インド、トルコ、ベトナム料理、もちろんトップクラスの日本料理店もある。どの店でもおいしい料理が出てくるし、テイクアウトも出前もできる。食べることのオプションが圧倒的に多いんです。

それに出前のレベルも高いですよね。温かいものは温かいし、冷たいものは冷たい。外国で暮らしたから分かりますが、これってスゴいことなんですよ!

僕は再婚してから出前は一度も取ったことがないですけど、再婚前はもう毎日が出前祭り(笑)。新宿は一人暮らしをするにも最高の街だと思います。

―― そういえば、マーティさんはお寿司が好きで、新宿の「すしざんまい」にもよく行かれていますよね。

マーティ:そうですね。基本的に早く出てくる食べ物って、そんなに身体に良くないじゃないですか。でも寿司はおいしいうえに、なかなか身体にもいい。それも自分の食べたい量だけ食べられるし、すぐに店を出られる。とっても便利じゃん?

すしざんまい写真

いつもオーダーする定番のネタがあるという

―― 少し話は逸れますが、マーティさんはスナック菓子の味をギターで表現する動画をInstagramに載せていますよね。日本のお菓子に対する知識の深さに驚くのですが、近所のコンビニなどで新商品を逐一チェックされているのでしょうか?

マーティ:コンビニに行くと、(お菓子を)必ずチェックします。日本のお菓子って、季節限定とか地方限定みたいな新しい味が、それこそ1週間ごとに出るじゃないですか。僕はそういうのに弱いんです。日本のメーカーはなぜあんなにフックが多くて、新奇な味ばかり出すんですか?

―― 確かに。そういえば、マーティさんが好きなJ-POPも、いろんな音楽の要素をゴチャまぜにしていたり、やたらとフックが多かったりする面白い音楽ですよね。新宿の中心部のゴチャゴチャさも、そんなJ-POPの魅力と似通っているのかな、とふと思いました。

マーティ:言われてみれば結構似てますね。先入観かもしれませんが、日本人は「すでにあるものを改良して自分たちなりの解釈を加える」のが得意ですよね。例えば、日本のイタリア料理屋さんには、明太子パスタみたいな、日本人の考えたメニューがありますね。

J-POPも同じ感覚だと思います。J-POPをつくる人たちは、なじみ深い歌謡曲のエッセンスを使って、洋楽をうまく解釈しているんですよね。

新宿も、大都会というのをベースにしつつ、便利さやカッコよさ、治安の良さなど、いくつものエッセンスが掛け合わさって、オリジナルな色が出ているように思います。

歌舞伎町の「ホスト向け服屋」が行きつけ

―― 新宿の好きなスポットについても教えてください。仕事、プライベートを問わず、普段どんなところへ行くんですか?

マーティ:メチャクチャ都会にある、都会っぽくない静かな場所かな。例えば、新宿御苑や新宿中央公園、都庁のあたり。新宿は都会から逃げようと思ったら、簡単に逃げられる。僕のいま住んでいるエリアも歌舞伎町に割と近いのですが、家のまわりは全然やかましくありません。

マーティ・フリードマンさん記事内写真

―― マーティさんは公園にも行くこともあるんですか?

マーティ:運動するのは好きだから、天気が良ければジョギングに行きます。

マーティさん記事内写真

―― なるほど。ちなみに今着ていらっしゃる服は結構華やかですが、この服装でジョギングにも行かれるんですか?

マーティ:もう少しラフかな(笑)。あ、服で思い出したのですが、歌舞伎町にホストの人向けの服屋さんがあって、そこによく買いに行きます。ホストの服ってちょっとチャラいイメージですけど、意外とスーツっぽいカッチリしたものも多いし、ときどき僕の服の趣味とオーバーラップするんです(笑)。

―― その服屋さんに服を買いに行く様子が見てみたかったです。マーティさんといえば、音楽関連のスポットもさぞたくさん開拓されたのではないですか?

マーティ:そうですね。趣味でレコードを集めていますが、家から歩いて行ける距離にヤバいほどマニアックなレコード屋さんがいくつもあって。ひいきにしているのは『Red Ring Records』ですね。

―― 『Red Ring Records』周辺の西新宿エリアは、レコード屋さんの密集地帯として音楽ファンにもおなじみの場所ですね。

マーティ:このエリアを歩くと(レコードを)買いすぎちゃってホントに危ないんですよ(笑)。新宿に住んでいると、こういうお店をツアーで来日した時みたいに急いで回る必要がないのもうれしい。

―― ただ、西新宿のレコード屋さんって、階段を上らないとたどり着けない場所にあることも多くて、場所がやや分かりづらいですよね。

マーティ:そう。看板がない場合もあるし、あっても日本語が分からないと入れない店ばかり。だからこそ、そこに入れたときの達成感も大きいんですよね。今ほど日本語が分からなかった時は、「レコード」と書いてある看板を見つけて店に入って、そこが本当にレコード屋さんだっただけでうれしかったんです。

少し話は逸れますが、昔は看板の日本語を読めないことが「オイシイ」と思っていました。だって、「あの扉の裏で何が起こってるんです……?」ってワクワクするじゃん? ただのクリーニング屋さんかもしれないけど(笑)。「回送」とか「麻雀」や「質屋」とか、街中の文字を読めるようになっていくのがホントに楽しかった。日本語が分かれば分かるほど、街を歩く時の達成感が増していくから。

―― とてもいいエピソードですね……。新宿はタワーレコードのような大型のCDショップも、ライブハウスも多くて、音楽好きが満足できそうな街ですよね。

マーティ:そうですね。あと新宿の音楽スポットといえば、ヤマダ電機(昨年閉店したLABI新宿東口館)の上の大型ビジョン(YUNIKA VISION)が大好き。前を通ると必ず見上げています。あそこに自分が映った時は、「出てるじゃん! 夢みたい!」と思いました(笑)。

あのビジョンで紹介されている音楽のほとんどがJ-POP。新宿は街を歩くと、いつもJ-POPが聞こえてくるんです。

「自分はガイジンだ」という感覚すらほとんどない

―― 新宿への熱い想いを伺ってきましたが、今後も新宿に住み続けるつもりですか?

マーティ:そうですね。新宿はこれだけ長く住んでも不満が一切出てこないですから。「ここはちょっと……」とか「他の街ならマシなのに」というポイントがなくて。だから「そのうち他の街に住みたいな」と思ったこともありません。頑張って考えれば「夏の暑さと湿度がちょっと」とか出てきますけど、それって渋谷も同じじゃん?

―― 確かに(笑)。冒頭で「ツアーアーティストとして来た時とは違う日本を味わえたのがうれしかった」という話がありました。マーティさんが「ツアーアーティスト」ではなく、一住人として日本と接することができるようになったきっかけは何だと思いますか?

マーティ:ゴミの分別でしょうか。そういえば、日本に住み始めたばかりのころは、何をどう分別すればいいのか微妙に分からなかったんです。ある日、ゴミ捨て場にゴミ袋を置いた時「カチャッ」とガラス瓶が地面に擦れる音が鳴って。その音を聞いたマンション管理人のおばちゃんに「それは分けるんですよ!」とチョー怒られました(笑)。

―― それはツアーアーティストにはできない体験ですね(笑)。

マーティ:そのおばちゃんのおかげで、今はごみ捨て場に行くと「みんな日本人なのにちゃんと分別していないじゃん!」「ペットボトルの外側のラベルをきちんと剥がしてないじゃん!」って思うくらい(笑)。

―― 日本に住んでいることを実感できるエピソードですね。今日は新宿、そして日本を外からではなく「中から」見ているマーティさんならではの視点がたくさん知れて、面白かったです。

マーティ:うれしいです。僕は自分が外国人であることを特別扱いしてほしくないし、日本になじみたいと思って日本で暮らしてきたので。

日本が好きな外国人というと「サムライとか禅とか漢字に詳しい人」というイメージですが、僕は法被を羽織って尺八を吹いて富士山に登るような人間じゃない。

もっと言うと、「自分はガイジンだ」という感覚すらほとんどないのかも(笑)。

マーティさん記事内写真

お話を伺った人:マーティ・フリードマン

マーティ・フリードマンさん

1962年、アメリカ・ワシントンD.C.生まれ。90年代にヘヴィメタルバンド「メガデス」に加入し、ビックセールスを打ち出した後、脱退。2004年に日本へ移住。現在はギタリストや作曲家、音楽評論家、タレントとして活動。テレビ番組への出演も頻繁にこなす。
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編集:はてな編集部
撮影協力:すしざんまい 東新宿店(株式会社喜代村)