著者:小松千倫
皆さんは高知が日本のどこに位置しているかご存じだろうか。知らないというあなたは、一度マップを開いて検索してみてほしい。
見れば分かるとおり、高知は東西に長い。四国という島の南半分を占めている。森林面積の割合は日本1位。土地に対する街の割合が少なく、ほとんどが森林に覆われている。
平地は海や川の近くに限られ、街は水辺の近くに集中している。「平野部の冬は寒い」といってもたかが知れていて、ひっきりなしに晴れている。夏の天候は変わりやすい。街の色は濃く、蒸し暑い。

高知市は県のほぼ中央に位置している。土佐湾には浦戸湾という支湾があって、街を囲う森林山岳地帯から出てきたいくつかの川が、この湾に向かって流れ込む。そして、その川の間を埋めるように市街地が広がっている。人口32万人の小さな街だが、それでもこの県の半数近くの人々がこの場所に住んでいる。

僕がこの街に通っていたのは高校を卒業する18歳までだ。
これから書いていくことが、いまのこの街と関係があるものになるのかはわからない。街は街をばらばらに拡散し続けていて記憶を不安定にする。それが差し向けられた過去も、何ら連続性はなく、ばらばらになって飛び散るだろう。
それに、僕は高知市に住んだことはない。その東隣の南国市から通っていた。記憶を遡れば、街を東へと向かうことになる。
あったものがなく、なかったものがある

目の前にある街が街のゲシュタルト像を拡散する。あったものがなかったように、なかったものがあったようにさせる。『モナ』という喫茶店でそんなことを考えていた。
ここに喫茶店なんかあったっけ、と思って入って、入り口近くの窓際席に着いてメニューを開いたとき、前に来たことがあったことに気がついた。
ヤシの木が植えられた大通りが高知駅から南へのびていて、土佐電気鉄道の路面電車が通りの中央を走っている。夏になると、強い太陽光を受けてできた蜃気楼によって、路面電車が水の上を滑りながら近づいて来るように見える。そのまっすぐな大通りの西側、江ノ口川を渡る手前の路地に入る角に、モナはある。
大通りが見渡せる窓から行き交う車を眺める。ラジオから例年より少し早い梅雨入りを告げるニュースが聞こえる。これから外は日増しに暑くなる。普段はほとんど飲めないアイスコーヒーを注文した。
冒頭の霧に覆われた街の写真は、高知の東端にある五台山の展望台から撮影した。この展望台の中に『パノラマ』という名前のカフェがあったが、いまはもうなくなってしまったため、建物だけが残っている。
建物のまわりには常緑低木のソテツと桜などがやはりパッチワークのように混ざり合った庭のような場所をつくっている。
そこから少し坂を下れば『牧野植物園』の温室のガラス屋根が見える。

僕がよくここに来ていたのは18歳のころだ。当時は画塾に通っていて、植物園でクロッキーや植物写生をした。
植物学者の牧野富太郎を記念して建てられたこの植物園の広場には、牧野博士の銅像がある。彼はめちゃくちゃに絵が上手で、『牧野日本植物圖鑑』というすさまじい本を書いている。植物園の中の資料館にはそれらの図版や資料が展示されていて、僕はよく見惚れていた。
写生の帰りにパノラマに寄ると、晴れた日には窓から西側の山に向かって日が沈むのが見れた。植物園で描いたクロッキーと牧野富太郎の写生はゴミ箱に捨てられて、いまはどこかで再生紙になっているかもしれない。
それからもう10年がたった。
南国と高知のあいだ

僕は高知市の真ん中にある高校に進学し、片道10キロの道を自転車で通学することになった。下田川という小さな川にそって湾を越え、街の中心部まで行く。
「海がきこえる」というアニメの舞台になった高校は、僕にとっては建物以外のほぼ全てが最悪だったという記憶しかない。思い出すのは自転車を漕いで帰る1時間の帰り道だ。
湾を渡って川の堤防沿いの長い道に入ると、街灯の間隔がぐんと伸びて、走っていると定期的に真っ暗な暗闇が訪れる。夜遅くに画塾から帰るころには誰もいない。車も通らない。星がたくさん見える。僕はよく自転車のハンドルを両手放しでどこまでいけるかを試した。
この帰り道でYo La Tengoの『Painful』 とかmumの『Finally We Are No One』とかFour Tetの『Rounds』とかBeach Fossilsのファーストとかをよく聴いていたと思うけれど、もっとくだらないものだったかもしれない。僕は自転車に乗って、知らぬ間に二つの市をまたぐ。
五台山のさらに東側へ向かうと、下田川のそばに小さなスケートボードのスポットがある。たぶんこの小さなスケボースポットのあたりが高知市と南国市の境目だ。このミニランプの溝を勝手にその境目だとした。そうするとこの溝は僕の記憶のなかの身体を真っ二つに分裂させる。

それは15歳と16歳の間にとても深い溝をつくり出し、ヒップホップとR&Bとレゲエと、オルタナティブロックなどと呼ばれるものたちの間にも溝をつくっていく。
だけど、そもそも僕は暇さえあればサーフィンがやりたかったんだ。サーフィンは波の中で不安定となって、少しの間、体を散り散りにする。
南国とそのもう少し東

前浜掩体(まえはまえんたい)
高知から南国へ入ってずっと東に行くと、空が一気に広がる。ここまでくると実家のすぐそばで、両サイドにある田んぼが延々と続くような農道の脇に、小屋ややしろがぽつぽつとある。
香長平野と呼ばれているこの平野部には『高知龍馬空港』があって、近くに掩体(えんたい)と呼ばれるコンクリートの建造物が残されている。掩体とは、第二次世界大戦中に使用された戦闘機格納庫群のことで、いくつかはいまも中に入ることができる。

掩体の内部は静かで涼しくてとても広く、音はぼわんと反響する。中学生の僕は建物の歴史的意味もわからないままに掩体の中で遊んだ。ぽっかりと戦闘機型に切り抜かれたフレームの向こう側に、離着陸する旅客機を見ながら、そこでよくNellyやSean Paulを聴いたりした。

昔から音楽は好きだったけれど、いまに地続きとなっているような体験を与えてくれる「文化的な場所」をこの街に見つけることはなかった。そのかわりに他の街にもあるようなTSUTAYAとBOOK OFF、インターネットとWOWOWがあった。
ある夏の日の夜、SadeのKiss Of LifeのMVがテレビに映し出された。もちろんそのときは誰の何という曲かわからなかったが、謎の期待感とともに釘付けになった。
この街は必ずと言ってよいほど大型の台風が上空を通過する。台風の接近で家のあらゆる戸口は雨戸で閉め切られており、外の雨風に反して家の中は静かだった。赤いライトに照らされたSadeの顔とマネキンのような男の裸の上半身が居間のテレビの大きすぎる画面に映し出されていた。
その映像を僕は鮮明に覚えている。無根拠に、この世界の中で何か特別なものを発見することのできる能力を自分は持っている気がしてくるような、たぶんサイケデリックな何かを感じていた。
風景に置き換えられたLoveとHate

家からは自転車で山を一つ越えれば海に着く。そこからさらに東に行くと、物部川の河口付近に到着する。ここは県外からもサーファーが集まる場所で、よく友達と自転車で遊びに行った。
15歳になった夏に僕はとにかくサーフィンがやりたくてしょうがない時期があった。実際に友達とそのお兄ちゃんに誘われて、ショートのサーフボードを借りて、見よう見まねでやっていた。
そのころは僕を含めて僕のまわりの友達全員が典型的な田舎のビーボーイワナビーといった感じで、G-UnitとかChingyみたいな流行りのラップやグランジとかを聴いてイキっていた。
僕はこれがサーフミュージックなんだと思い込み、聴いている音楽の中にある世界が実際に目の前で繰り広げられていると夢想した。だけどそれも秋まで続かなかった。
蜃気楼が知らぬ間に解けているように、僕はサーフィン熱から冷めた。友人とのあらゆることや目の前の風景にもうんざりしてしまい、海にあまり行かなくなった。
大きな台風が過ぎ去るたびに街は少しずつ涼しくなっていく。それから一年が経ち、僕は高校に入学して画塾に通うようになった。そのころはまだ、たまに地元の友達と遊ぶこともあった。彼らはまだサーフィンをしていて、僕はそれをぼうっと見ていた。

ある夏の日の夕方に、友達の知り合いだという大学生のワゴン車に乗ってドライブしたことがある。その大学生はわざわざサーフィンをしに大阪から来ているらしく、鍛えられたごつめの体に似つかわしくない童顔で、同い年が運転しているんじゃないか、無免許だったらやだなと思って車内で変に緊張した。
僕は友達にTSUTAYAで借りたDexpistolsのミックスCDを又貸ししていたので(このミックスCDには僕の好きなOutlanderのVampが入っていた)その話の流れで大学生がDJをしていることがわかった。人生で初めて会ったDJだ。
海岸沿いの公園の駐車場に戻り、僕と友達と大学生で太平洋に沈む夕日を見た。すると突然、サーファー大学生が「これ俺のミックスCDやねん。あげるから聴いてや」と言って、僕と友達に一枚ずつ白いディスクを渡してきた。僕は興奮して自転車をとばして家に帰り、リビングにあった家でただ一つのノートPCにディスクを挿入してウォークマンのアプリに読み込んだ。
そこに表示されたのはThe-Dreamの『Love / Hate』だった。

ここまでが僕とこの街と音楽との関わりの中に散らばっている、だいぶましな部類の思い出だ。
もしあなたが高知を訪れることがあって、海を見てみようと思い立ったなら、どこかで車を借りて物部川の河口付近や土佐清水市にある大岐海岸に行ってみてほしい。
そこでぼうっとしている中学生をピックアップしろとは言わないが、The-DreamのPurple Kissesを聴くといい。
目の前の風景に置き換えられた、あなた自身のLoveとHateがそこにはあるかも知れない。
<小松千倫のプレイリスト>
当時ウォークマンに入れて聴いていた曲を中心に選曲した。夕暮れから夜にかけて海で聴くのがオススメ。
著者:小松千倫
1992年生まれ。音楽家、美術家、DJ。これまでに様々なレーベルやパブリッシャーより多数の音源をリリース。また、現代美術、詩、ダンス、ファッションなど様々な領域でコラボレーションを行っている。土井樹、Takao、Cristel Bere、荒井優作からなるグループ「fujin korong」に不定期参加。
Twitter:@MADEGG
HP:https://kazumichikomatsu.com
