和菓子バイヤーと歩く青森・弘前の冬景色。バナナを一切使わない「バナナ最中」って…?|文・畑主税

著者:畑主税(はたちから)

畑主税

全国1000軒以上の和菓子店を駆け巡り、10000種類以上の和菓子を食べた百貨店バイヤー。
2003年髙島屋入社、洋菓子を3年間担当後、2006年より和菓子担当、2009年より和菓子バイヤーとなり、現在まで至る。
2014年より次世代を担う和菓子屋さんの若旦那とのイベント「ワカタク」を開催して話題を呼び、バンコクなど海外イベントにも参加している。X(旧Twitter)やInstagram、ブログ「和菓子魂!」だけに止まらず、さまざまなテレビや雑誌などにも登場し、2017年「ニッポン全国 和菓子の食べある記」(誠文堂新光社)を出版。

全国の和菓子屋さんを巡るのが、僕の仕事である。それもあって、47都道府県訪ねたことがない、泊まったことがないところはない。となれば、毎年のように伺うところも多く、歌謡曲の世界に身を委ねるのが好きな僕は、東北新幹線に乗って、よく青森へ向かう。もちろん、そこにお菓子屋さんがあるからだが、石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」の歌詞の世界に浸りたく、わざわざ真冬を選んで北へ向かうのである。

そうして、新青森で乗り換えて青森に着く。青森は思っていた通りのシチュエーションで迎えてくれる。改札を出て、駅前のロータリーに出れば、ちらほらと雪が舞っている。駅前から真っ直ぐ延びる大通りをずっと真っ直ぐに歩いて、雪がほとんど降らない土地に生きてきた僕は、傘を差さずに、その雪を浴びながら歩くのが好きだ。ホテルにチェックインしたあと、近くの居酒屋にするりと滑り込んでは、地元の人とカウンターでいろんな話をしながら、美味しい魚介とお酒を楽しむのがお決まりだ。

そんでもって、心地よく酔いながら、外へ出ると、ちょうど白い雪が積もってきている。酔い覚ましに、そのまま駅前まで戻って、ひとり青函連絡船を見に行く。今はもう叶わないけれど、このまま船に乗って、さらに北へと還っていく女性の気持ちを辿ってみたくなる。そのまま白い雪に身を委ねて、雪の中に沈んでしまいたくなる衝動を抑えて、またホテルに戻る。

次の日の朝、一度浅虫温泉に出て、道の駅の温泉に浸かりながら、朝の陽を受けたあと、多くの和菓子屋さんが待ち受ける弘前へと足を延ばす。津軽藩の城下町でもある弘前は、何度訪れても飽きない街である。駅前からお城のところまでゆっくりと歩きながら、ところどころに姿を残している洋館を見つめ、北国らしい少し寂れたように見える繁華街もまた素敵だ。バナナを愛するだけに、果物屋さんの中心にバナナが居座っているのも、いろんな和菓子屋さんで、バナナを一切使っていない「バナナ最中」が作られていたりする地域性もまた面白いものだ。

弘前はさまざまな和菓子屋さんが姿を見せてくれる。城下町には和菓子屋さんが多いが、東北では随一と言えるだろう。あの大坂冬の陣・夏の陣から逃れ、あの記憶を忘るべからずという家訓まで存在する超老舗、大阪屋には伝説の銘菓『冬夏』がある。ふわっと軽やかなおかき種に和三盆糖を振りかけた、まるで繭玉のような形状のお菓子だ。製造の都合でタイミングが悪いと買うことができないが、店先に見つけると必ず『ワッフル』などと共に必ず買ってしまうのだ。


繭玉のような『冬夏』


最勝院の五重塔が目の前に見えるところにある戸田うちわ餅店にも必ず伺う。息子さんが跡を継いで復活したお店で、早いときだと午前中に完売してしまうこともあるので、事前に予約をしておくのが賢明だ。真っ黒な胡麻だれをたっぷりと絡めた『うちわ餅』は濃厚な胡麻の風味を存分に楽しむことができる。それに、弘前は言うまでもなく、りんごの特産地であるだけに、駅からすぐのところにある甘栄堂さんでスティック状の『アップルパイ』を仕入れるのを忘れない。


真っ黒な胡麻だれをたっぷりまとった『うちわ餅』

もう15回も訪れている弘前だが、残念ながらまだ春にだけは訪れたことがない。だから、一度は春に訪ねたいと思う。桜が咲いているときは、どうしても東京を離れることが難しいこともあって、なかなか叶わないのだが、堀を埋め尽くすほどの桜の花びらが、まるで絨毯のように広がるという花筏(いかだ)を、そして、その時期にだけ作られるという弘前ならではの独特の『花見団子』であったり、その時期だけに登場する和菓子を味わいたいと思いながら、今年も桜まつりが終わったばかりの弘前を歩いていた。ちょうど紫陽花が咲き始めていて、季節は待ってはくれないわけだ。いつ来ても、里帰りしたような気分にさせてくれる弘前は毎年訪れたくなる街である。

著: 畑主税

編集:ツドイ