住人同士のコミュニティーを育む、平屋の集合住宅。建築家ユニット・studio velocityがつくる豊かな暮らし

AWAZUKU HOUSE
「AWAZUKU HOUSE」

普段はなかなか意識することがないかもしれませんが、私たちが暮らすマンションなどの集合住宅も、誰かが考えデザインしたものです。

直接住まい手の要望を取り入れながら設計できる個人住宅とは異なり、多くの場合、誰が住むかわからない状態で設計される集合住宅。設計者はどんな思いを込めて、デザインを決めていくのでしょうか? 集合住宅を手掛けた建築家にその思いを伺うシリーズ企画をお送りします。

今回お話を伺ったのは、愛知県岡崎市を拠点に活躍する建築家ユニット・studio velocityの栗原健太郎さんと岩月美穂さん。お二人は個人住宅の設計で培った経験を活かし、公営団地「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」(愛知県知多郡美浜町)と、庭付き一棟貸しの集合住宅「AWAZUKU HOUSE」(愛知県額田郡幸田町)の2つの集合住宅を手掛けています。

これらの建築で特徴的なのは、集合住宅でありながら平屋の構造をしている点や、コミュニティーを育むパブリックスペースの存在です。集合住宅の設計にあたり、人と人との関係性をどのようにデザインしているのか、お聞きしました。

建築が住む人や周囲に及ぼす影響を考えてデザインする

──お二人がつくる建築は、個人住宅でも集合住宅でも、明るく開放的な空間が印象的です。設計する際、どのようなことを大切にされていますか?

栗原健太郎さん(以下、栗原):太陽光や風、植物といった、周囲にある自然との関係を大切にしています。なぜかというと、建物が建っている環境を感じながら生活することが、暮らしの豊かさにつながると考えているからです。そのために、できるだけ開口部を設けた開放的なつくりにしています。建物が建ってから、必要に応じて開口部を塞ぐことはできますが、後から増やすことは難しいですから。

生垣の中の家

生垣の中の家
「生垣の中の家」。明るく開放的な空間がありつつ、敷地を取り巻く既存の生垣によってプライバシーは確保されている

岩月美穂さん(以下、岩月):建築は外部環境から人を守るシェルターとしてつくられます。ただ、シェルターとして建築を考えると、構造としての柱や耐震壁など、人の行動を制限するものが前面に出てきてしまいます。そんな中でできるだけ人間本来の可能性を制限しないために、設計にあたっては光や風、動線を考えるところから始めています。

栗原健太郎さんと岩月美穂さん
栗原健太郎さんと岩月美穂さん

また、その建築が周りにどう影響するかという点も、周囲に暮らす人たちの可能性を制限しないという観点で重要です。例えば私たちが事務所として使っている「山王のオフィス」では、屋根の上の一部だけを2階にしています。そうすることで隣の敷地に落ちる影を抑えることができ、さらに2階の屋根上レベルに差し込む光が隣家や道を明るく照らしてもくれます。設計段階で模型をつくり、敷地の周りも含めたさまざまな環境を分析して検討しています。

山王のオフィス
「山王のオフィス」。2階部分の面積を抑えることで、庭としても使える屋根が生まれている

──「山王のオフィス」もそうですが、studio velocityの建築は外壁が白いものが多いですね。どのような意図があるのでしょう。

栗原:理由はいくつかあるんですが、一つは見た目上、外壁に目地がないようにしたいと考えているためです。建築の外壁に使える素材って、選択肢があまりないんです。そしてそれらは決まったサイズのものをいくつもつなぎ合わせて使うので、必ず継ぎ目として「目地」が出てきてしまいます。目地が目立たないように、白くするという手法を取っている部分があります。もう一つは、建物の形や窓の位置などに意識を向けてほしいと考えているので、できるだけ外装に注目してほしくない、抽象的にしたいという思いがあります。

まちに森をつくる家
「まちに森をつくる家」。建物の外壁がすべて白で統一されている

岩月:光のデザインを考える上で、白が良いというのもありますね。黒い壁に囲われている部屋よりも、白い壁の方が光の拡散効果で明るくなるので、印象が全然違います。同じように外壁も白くすることで建物を取り巻く空間が明るくなって、それが室内の明るさにも影響します。屋根を白くしているのも同じ理由からです。

それに、白には遮熱効果があるので、わざわざ遮熱塗料などを用いなくても白くしておくだけで熱を逃してくれます。環境面でも白い壁面は有効なんです。

連棟の家
「連棟の家」。外壁に反射した光が室内を明るく照らす

栗原:私たちは外部空間も建築設計の領域だと思っていて、建物を設計するのと同じように建物の外にも力を入れたいと考えています。建築を背景にしたときに、庭に植えた木がイキイキして見えるのは白く抽象的な外壁だと考えています。

白い建物が多いのは、こういったさまざまなメリットを考慮した上での選択です。他にこういった白い建物が少ないこともあって、結果的に私たちの建築の特徴になっているのだと感じます。

まちに森をつくる家
「まちに森をつくる家」。建物の外壁が庭の背景となる

──周りの建物と並んでいる様子はすごく目立ちますよね。近くに住む方はどんな反応をされますか?

栗原:やはり日本では珍しがられるようで、以前設計した住宅の近所に住む方が、「カフェができるのかと思ってた、住宅じゃあ入れないですね」と残念がられていたという話を聞いたことがあります。

岩月:外壁の色が影響してなのか、私たちが設計した建物が竣工してしばらくすると、近くに建っている建物の白い外壁がきれいに塗り直されている、といったことはよく見かけますね。

──建築ができることによって街全体がきれいになっていくんですね。建築が街に与える影響が感じられるエピソードです。

隣人や地域との関係性を育むプランが、集合住宅での暮らしを豊かにする

──studio velocityが設計した2つの集合住宅、「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」と「AWAZUKU HOUSE」について伺います。いずれも全体が平屋で計画されています。どのような狙いがあるのでしょうか。

栗原:2つの集合住宅ではお施主さんの要望が少し違いました。「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」は耐用年数を超えた団地の建て替えです。昔の団地は高度経済成長期の人口が増えている時期に、多くの人が住めるよう積層して建てられました。しかし今は人口が減っているので、部屋数はそれほど多く必要ありません。また高齢になっても住みやすい平屋がいいだろうと提案したところ、すんなり受け入れられました。

KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA
「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」。一般的な形式の団地に囲まれるように建つ

一方の「AWAZUKU HOUSE」は、都市部から少し離れた、土地に余裕がある環境でした。その土地を活かしたいという要望に対して、土地付きの一戸建てとして貸し出したらどうかと提案をしました。

東京ではもちろん、名古屋でも実現できない、この地域だからこそ可能な貸し方でした。土地付きで貸す分、家賃に少し上乗せは必要ですが、それでも庭付きで貸せれば借り手がつくに違いないという目算がありました。一般的には築年数が増していくほど借り手が付きにくくなるので、何か特徴が欲しいと考えた上での提案です。

それぞれ平屋になった経緯は異なりますが、いずれも階段を上る必要がなくこどもや高齢者が住みやすい、また生活の場が地面に近く庭が持てるという点で、新しい集合住宅のあり方を提示できたかなと思っています。

AWAZUKU HOUSE
「AWAZUKU HOUSE」。各住宅に庭が備えられ、各棟の間には水路が流れる

──プランを提案する際は、それぞれ他にどんな点を工夫されましたか?

岩月:一般的な団地の形式では、片側に廊下と玄関、片側にベランダが並び、2方向に開口が設けられ画一的な平面が積層します。構造強度・遮音性に優れていて、早く安くつくることができるなど、一定の合理性があります。しかしそのような団地では住人同士のつながりがつくりづらく、孤独死が起こりやすいといった話も聞いていました。合理的な構造によって、犠牲にされてきたことも大きいと感じていたんです。

そこで「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」では、隣に誰が住んでいるのか分からないような生活をどうにか解消できないかと、プランを検討しました。具体的には4方向に開口を設けることで、住人同士のコミュニティーが発生しやすいプランを提案しました。

KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA

KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA
「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」。 家族の共有スペースに設けられた複数の開口が、それぞれ異なる共有庭へつながっている

「AWAZUKU HOUSE」では、そこに住む人たちだけで閉じることなく、街に開いていくことを考えました。建築単体の豊かさを追求するのではなく、新しく建った建築によって街が豊かになっていくことが大切だと思ったんです。そこで、住む人が街の住民と関係性をもてるセミパブリックな空間を設けました。プライバシーは守りながらも、バリアのない、街と連続したつながりをもった良い空間をつくれたかなと思っています。

AWAZUKU HOUSE
「AWAZUKU HOUSE」。折り重なった屋根や庭がセミパブリックな領域となり、街とのつながりが生まれている

──パブリックな場を設計する際に気を付けていることはありますか?

岩月:快適に暮らしていただくために、前提としてプライベートな個室をしっかりつくった上で、複数人で集まる場所を考えたいと思っています。

また、住宅では人が集まる場所としてはリビングがあると思いますが、そこが快適な空間かどうかによって、人が長く集まることができるかどうかが決まってくると思うんです。それは住宅でも商業施設でも、オフィスでも同じで、人が集まる場所の快適さや、そこに至る外部からのアプローチの設計が、その場所の豊かさを形づくると思っています。

人が集まる場所が外部空間であれば、それは都市と接続する庭でもありますね。セミパブリックな領域は、いろんな人との交流が起きる可能性がある、公園のような空間が理想だと思っています。

集合住宅ではたくさんの人がセミパブリックな場所をもてるので、空間的にも人と人との関係としても、面白い場所にしていくことができます。その可能性を最大限活かす空間はどのようにしたら実現できるのか、いつも考えています。

AWAZUKU HOUSE
「AWAZUKU HOUSE」。プライベートな個室とパブリックな空間との関係

──実際に人が住まわれている状態をご覧になったり、住人の方とお話する機会はありますか?

栗原:「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」には竣工の3カ月後くらいに、実際どう使われているのか知りたいと思って見に行ったことがあります。

その時、たまたま2家族が一緒にご飯を食べているところにお邪魔させてもらって。しかもその家族は隣同士ではなく、1つ家を挟んだ少し距離のあるご近所さんで。食事の後は、その家のお子さんがまた違うお家に茶碗蒸しをお裾分けしに行ったりしていました。

設計段階で「コミュニティーをつくるための平屋建て」というコンセプトを話していたんですが、本当にそうなっていてすごいな、良い使い方をしてもらっているなと思いました。お子さんがいる家庭が多く住んでいて、皆同じ小学校に通うので、家族ぐるみの付き合いになるんですね。そういう背景もあって、お子さんがいる家庭同士は親密になりやすいのかなと思いました。

住人同士の交流の様子
住人同士の交流の様子

──もともとそのようなポテンシャルがあるところに、この建築が交流を生みやすい環境をつくっているのでしょうね。

栗原:そうだといいな、と思っています。ちなみに、それぞれの住宅は敷地の内側に対して縁側をもっています。普通こうした縁側は、道路側に面していて、かつ塀で囲われていますが、あえて敷地内通路に面して設けました。ここに引越してきた当初は縁側が人を近づけないガードとして、時間が経って仲良くなったらもう一つの玄関口として腰掛けて話をしたりできる、建築に人を近づけるための装置として機能することを意図したデザインです。

KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA
「KOWA PUBLIC APARTMENT COMPLEX IN MIHAMA」。敷地内通路を挟み込むように、各住戸の縁側が向かい合っている

岩月:中央のリビングはZ型の平面になっていて、こどもが成長したら隅の1つを個室に転用できる、可変性のあるプランです。個室からリビング、その先に縁側の半外部空間、さらに共有の庭へと、段階的に4方向に、プライベートからパブリックな空間へとつながっていきます。

中央のリビングはゼット型
中央のリビングはZ型になっている

──4方向に開放することで、たくさんの人との交流が生まれることが意図されているんですね。

岩月:そうですね。縁側に洗濯物を干される方もいらっしゃって、日々の生活に含まれる行動が自然とセミパブリックな領域ににじみ出ていくことで、交流のきっかけにもなっています。

また、全体の街の計画として、一つ一つの住戸は2LDKの小さめな間取りで計画していますが、手狭になったら敷地周辺の空き家への引越しを検討することも想定しており、街の空き家問題を改善する試みも考慮しています。

地方で生まれたアイデアが、今後都市の建築を豊かにする可能性も

──これだけの住戸数を平屋で収められるのは、地方だからこそ可能なことでもありますね。昨今は「地方移住」というキーワードが注目を集めていますが、お二人が地方で建築をつくる上で、考えていることはありますか。

栗原:若い頃、東京で建築の仕事をしていたことがありますが、やはり地方とでは土地の余裕がまったく違いますね。一例を挙げると、地方でこれまで設計した住宅で、駐車場にアスファルトを敷いたことが一度もないんです。アスファルトを敷いて車のための場所として区切ってしまうのではなく、車を止めるスペースも含めた敷地全体を内部空間とどのようにつなげ、いかに豊かに設計するか。そういう考え方ができるのは、地方ならではだなと思います。敷地の余裕をどのように活かすのか、15年以上そのようなことを考えて設計しています。

連棟の家
「連棟の家」。左手前の駐車場が、庭と一体となっている様子がわかる

「AWAZUKU HOUSE」では、お施主さんの持っている土地を畑として貸し出して、希望者には農業の手ほどきも提供しています。環境を活かすことを突き詰めた結果、部屋や土地を貸すことを超えて人間関係まで貸し出すことになっていますね。

岩月:地方で設計を続けていると、ここでしかできないことができるようになっていくんだな、と感じます。地方だからこそできたとも言えますが、その場所に合ったやり方を考えることができれば、首都圏でも実現可能なコミュニティーのつくり方を考えられると思います。

都市で生まれた団地のプロトタイプが地方でも広がったことと逆の流れで、先ほどの4方向開放の考え方はもっと土地が狭いところでも有効なのではないかなと思ってもいます。同じように、地方で設計しているからこそ生まれたアイデアが、都市の建築を豊かにすることにつながるかもしれません。今後もそんな思いを持ちながら、この地でさまざまな可能性を探っていきたいと思います。

お話を伺った人:studio velocity・栗原健太郎(くりはらけんたろう)/岩月美穂(いわつきみほ)

studio velocity

2006年、建築家・一級建築士でもある栗原さん、岩月さんの二人で建築設計事務所「studio velocity」を設立。以来、愛知県岡崎市を拠点に個人住宅から集合住宅まで幅広く手掛けている。代表作に、「空の見える下階と街のような上階」、「都市にひらいていく家」、「愛知産業大学 言語・情報共育センター」、「美浜町営住宅河和団地」、「山王のオフィス」、「生垣の中の家」、「AWAZUKU HOUSE」がある。主な受賞に、SD review 2006入選、JIA(日本建築家協会) 優秀建築選2007入選、International Architecture Awards2011、AR HOUSE AWARDS 2013 Highly Commended、2016 JIA(日本建築家協会) 新人賞、Good Design Award 2018、SD review 2018 朝倉賞がある。

公式サイト:Studio Velocity

取材・執筆:ロンロ・ボナペティ
写真提供:studio velocity
編集:はてな編集部