
マンガの世界には「こんなところに住んでみたい」という魅力的な物件がたびたび登場します。
「もしこんな物件があったら、どんな暮らしができるだろう?」「自分がここに住めたら、こんなやりとりをしてみたい」といった想像をしながら、登場人物たちが暮らす「物件」に注目して好きなマンガを眺めてみませんか?
今回はマンガ好きとして知られる3人のブロガーが、3つの名作マンガから、それぞれの視点で「住んでみたい物件」をピックアップ。ゆかいな住人たちとのやりとりが楽しめる家、ユニークな外観や内装の家など、その魅力を語ります。
住人たちとの暮らしに憧れる、『めぞん一刻』の一刻館:かあいがもん
著者:河相我聞(かあいがもん) (id:otousan-diary)
俳優。2人の息子を持つ父親でもあり、独自の子育てをつづるブログが話題を呼び2017年に書籍化。
ブログ:かあいがもん「お父さんの日記」
私がマンガやアニメの中で住みたいなぁと思う物件はなんだろう。
ドラゴンボールに出てくるカプセルハウスや亀仙人の家もいいし、オシャレさで言えば化物語の阿良々木君の家もいい。
しかしもう少し現実的に考えると私は「めぞん一刻」の一刻館に住んでみたい。
クセの強い住人たちが暮らす「めぞん一刻」の一刻館

「めぞん一刻」は1980年代に連載されていた高橋留美子さんによるラブコメディーの名作で、マンガの舞台になっている「一刻館」は坂の上にある古い共同アパート。部屋は六畳一間の風呂のない物件だ。

現代において、風呂無しの共同アパートは住みたいと思える物件ではないかもしれない。しかし私が魅力的に感じるのは物件そのものというより、その物件に集まるクセの強い登場人物たちだ。そこには「オシャレでなくても便利さがなくても住んでみたいな」と思わせてくれる隣人や住人たちが暮らしている。
アパートの住人の浪人生(五代君)と未亡人の管理人(音無響子)さんとのヤキモキするような恋路にお節介をやいたり、時には冷やかしたり。応援してるのか楽しんでるのかよく分からなくなるが、そんな住人たちが一刻館の毎日をにぎやかにしている。
ちなみに私が好きな住人は、壁にでっかい穴を開けて話しかけてくる四谷さん。もしリアルでいたらプライバシーもへったくれもないので嫌になるかもしれないが、マンガの中ではとても愛すべきキャラクターだ。特に、コミックス(※編集部注:記事内の「コミックス」は『めぞん一刻〔新装版〕』を指しています)1巻9ページで「ごぶさたっ」と出てくる、もしくは1巻184ページで「ちっ」と言ってる四谷さんが気に入っている。

そしてコミックス全巻を通して好きなのが、4巻収録の「坂の途中」というエピソードの最後で五代君と管理人さんの誤解が解け、泣いている2人を住人たちが一刻館に連れて帰るシーン。このコマに住人たちの関係性が詰まってるように思う。この巻の話が大好き。

自分にとって、隣人・住人との相性は「良い物件」の条件
現実に住まいを購入したり借りようと考えるとき、隣人やご近所さんというのはとても重要な要素の一つだと、私は思う。特に集合住宅になると上下左右にどんな人が住んでいるかによって住み心地がかなり変わってくる。住宅の規模や造りにもよるが、例えば音や共用部分の使い方について、自分と異なる感性の人が住んでいるととても大変だ。
私の経験ではあるが、どんなに生活音に気を付けていても「騒音に気を付けてください」という手紙を何度もポストに入れられたことがあった。管理会社に問い合わせても「そんな苦情は来てません」とのことで、恐らく管理会社のフリをして住人の誰かが入れていたのだと思うが、こうなると快適に住んでいた物件も恐ろしく居心地が悪くなり、引越しに至ったこともある。
自分が大丈夫だろうと思ってるぐらいの音でも隣人には癇に障ったのか、「うるせぇ」って感じで壁や天井をドカッと叩かれたことや、反対に夜中にデカい音を出したりや大声でケンカしだしたりする隣人がいて居心地が悪いこともあった。
音以外に、マンションの共用部分に一瞬でも荷物などを置くと怒りだす人もいた。こんなふうに同じマンションで暮らす隣人や住人と価値観が違い過ぎると、気を使うことが増えて、良かれと思った物件もだんだんとそうは思えなくなってくる。
逆に自分にとって相性の良い隣人や住人がいると「ここに住んでよかったなぁ」と思えて、住めば住むほど居心地の良い物件になる。
息子たちが小さいころは家の中をドタバタと走り回ったり周りに迷惑をかけてしまうこともあったが「子どもは元気なぐらいが良いんだよ」とか「気にしないで」と言ってくれる寛容な住人が多く、本当に居心地が良かった。
以前に寄稿したが、「ボクシングを観に行こう」と後楽園ホールではなくラスベガスに連れて行ってくれたり、考えられないぐらいいろいろなところに連れていってくれるぶっ飛んだ隣人がいた時は刺激的で楽しかった。
今現在住んでいる家も「海釣りが趣味で、よかったら食べてください」と釣りたてのデッカイ魚を持って来てくれたり、何かあると手伝ってくれたりする隣人が住んでいて、とても居心地が良い。
一刻館には、互いの相性や距離感に悩んだりせずに「楽しく住めそうだなぁ」という住人たちがいる。人と関わる煩わしさや面倒くささを上回る魅力がある。ヒロインでもある管理人さんの魅力を抜きにしても、私は一刻館に住んでみたい。
もし私が一刻館に住んだら住人たちと毎日晩酌して騒いでしまいそうだ。そしてもし若ければ、住人の誰かと恋に落ちているかもしれない。
『ドラゴンボール』のヤムチャの隠れ家がデザイナーズマンションだったら:上田啓太
マンガに登場する住んでみたい部屋は何かと聞かれれば、『DRAGON BALL(ドラゴンボール)』でヤムチャが住んでいた家だと答える。

ヤムチャは荒野の盗賊だ。金目のものを奪うため、主人公の悟空に襲いかかってくる。後に仲間になるキャラクターだが、最初は敵として登場する。荒野で暮らし、通りがかった旅人を襲って生活している悪党だ。拳法の使い手でもある。そんなヤムチャが隠れ家にしている家がすごく好きだ。
物語の本筋とは関係のないところだから、ヤムチャの隠れ家はコミックス『DRAGON BALL』第1巻に少し登場するだけだ。しかし、作者の鳥山明は建造物の立体感を魅力的に描く人だから、小さなコマでも想像力を刺激される。描かれた空間に自分の身体を置いてみることがしやすい。簡単に言えば、住んでみたい家、暮らしてみたい世界を描いてくれる人だ。
私は、ヤムチャの隠れ家をデザイナーズマンションの一種として見ている。こんな物件で暮らしてみたい。
ヤムチャの隠れ家を内見してみる
しかし実際のところ、ヤムチャの隠れ家は巨大な岩に空いた洞窟である。とても物件とは呼べない代物だ。五メートルほどの岩だろうか。屋上(と呼んでいいのか分からないが)にはコケが生えている。細長い樹木が一本、空に向かって、ひょろひょろっと生えているのも良い。
巨岩の中央には太い文字で「千錘百煉」と刻まれている。鍛錬に終わりがないことを示す中国の成句らしいが、単純にデザインとして秀逸だ。ヤムチャが彫ったのだろうか。作中では一切触れられていないが気になるところだ。かなりクールな印象を与える。とりあえず、これを物件の名前だと思ってしまおう。住所にこの四文字を書けば郵便物は届く。荒野に郵便という概念があるかは別として。
コマに視線を戻すと、てっぺん近くに空いた穴から、巨岩の中にピョンと飛び込んでいく生きものが見える。ヤムチャのお供をしているプーアルだ。これは人間の言葉を話す不思議な生きもので、いつもフワフワと宙に浮いている。
『ドラゴンボール』の世界では、大抵のキャラクターが浮世離れした特徴を持っているから、動物が言葉を話そうが、空を飛ぼうが、別に驚きはしないのだが、マンションとして見た場合、こんな高いところから室内に入っていく姿には戸惑いを覚える。しかし、常識は捨てよう。プーアルの後を追って、私たちもこの穴から室内に入ってみよう。
巨岩の中に、ヤムチャの生活空間が広がっている。どうやら私たちは、石壁の上方数メートルのところに空いた穴から、室内に入ってきたようだ。ハシゴを伝って生活空間に降りていく仕組みらしい。非常にワクワクさせられる構造だ。
石壁には、この穴とは別に窓も用意されているようだ。もちろん窓ガラスなどははめ込まれていない。分厚い石壁をくり抜いた丸い穴だ。窓の本質は壁に空いた穴なのだということを教えてくれる家だ。
壁際にはベッドが置かれている。その隣にはサーベルを研ぐための道具がある。このあたりは盗賊ならではの室内品だ。別の壁際にはタンスが置かれている。夜を過ごすためのランプも備え付けられている。暖炉もある。掛け軸や絵も飾られている。室内の調度品は全体的に中華風だ。これは、連載当初の『ドラゴンボール』が『西遊記』のパロディ構造を持っていたためだろう。
居住者のヤムチャは、円形のテーブルに向かって、何かを食べている。さすがに描写が細かいため中身は不明だ。テーブルにはポットも乗っている。椅子は2つ。ヤムチャの分とプーアルの分だろう。
ヤムチャの家で暮らせたなら?
これが、ヤムチャの暮らす隠れ家である。物件という概念そのものを大幅に更新してくれる存在だ。もしもネットで物件を探していて、こんな物件を見つければ、ずいぶんエキサイトする。
この家に住んで、日常的にハシゴを上り下りする生活をしてみたい。晴れた日は壁に空いた穴越しに、荒野の風景を眺める。気が向けば仕事道具のサーベルを研ぎ、プーアルと一緒にお茶を飲む。この物件以外では絶対に味わえない体験だろう。
もちろん、実際に住むことを想像すれば不安もある。立地は荒野だ。部屋に窓ガラスはない。夏は暑く冬は寒そうだ。近所にコンビニもない。Wi-Fiも絶対に飛んでない。職業が盗賊に限定されるのも困り物だ。
それでも魅力的な物件だと思う。この物件に無理矢理キャッチコピーを付けるならば、「荒野にたたずむ巨岩の中で、空飛ぶペットと一緒に盗賊として暮らしてみませんか」とかだろうか。情報量が多すぎる、と叱られそうだが。しかし私はこの家に住みたい。
変な物件に住みたい欲を満たしてくれる、『美味しんぼ』の山岡さんの家:pha
昔から、普通の家には住みたくない、という気持ちが強かった。普通の家に住むと、普通の人生になってしまいそうだったからだ。
普通の人生なんてつまらない。普通に住みやすい家に住んで普通に働きながら幸せに暮らしていくといった平凡な人生ではなく、自分にしかできないような変な人生を送りたい。
今では、そんなふうに考えること自体が凡庸だなとも思うが、結果として、あまり人が選ばないような家ばかりを選んで住んできた。
変な人生への憧れと物件選び
大学時代には家賃4000円で四人一部屋のボロい寮に住んでいた。冷房も暖房もないので冬は寒く夏は暑かったけれど、実家を出たばかりの僕にはこの共同生活がすごく楽しかった。
大学を卒業して就職してからはしばらく一人暮らしをしていた。普通の古いマンションだった。この暮らしが、全く面白くなかった。仕事が終わって家に一人でいても何も楽しくない。寮にいたころなら、家にいるだけで遊び相手に事欠かなかったのに。
会社を辞めて無職になってから、大学時代の寮のような生活をもう一度したくて、大阪から東京に出てきてシェアハウスを始めた。29歳の時だった。
シェアハウス向きの物件というのは少ないので、喫茶店の2階とかガレージとか、普通の人が借りないような変な物件にたくさん住んだ。シェアハウスには変な人間がたくさん集まってきて、僕の「普通に生きたくない」という自意識を満たしてくれた。
一昨年、40歳になったのをきっかけに、一人暮らしを始めた。シェアハウスの生活も11年やると飽きてきたのだ。やはりあれは体力のある若者の文化という感じがする。
久しぶりの一人暮らしに選んだのは、築90年の一軒家の1階部分だけを定期借家契約で借りるという、ちょっと変わった家だ。家賃が割安でペットOKなのが決め手だった。家は古いけれど特に不満はなく、今もそこに住み続けている。
『美味しんぼ』の山岡さんが暮らしていた「屋上の一軒家」に住みたい
基本的には一軒家が好きだ。
マンションなどの集合住宅というのは、同じ家がいっぱい並んでいるうちの一軒に納まってしまうというのが、人と同じになってしまうようであまり惹(ひ)かれない。やっぱりなんか、自分しか住まないような特別な家に住みたい。
でも、集合住宅でもこういうのだったら住みたい、と思ったものが一つだけあった。それは『美味しんぼ』の主人公・山岡士郎が独身時代に住んでいた家だ。

それは都心部の古いビルの屋上に、平屋の一軒家が建っているという、不思議な家だった。偏屈者でこだわりが強くて、孤独を愛する、(初期)山岡さんにぴったりの家だ。
この家をマンガで初めて見たとき、すごく心を惹かれた。
便利な都心部に住みたいけれど、都心部には一軒家はあまりない。その矛盾した欲求を両方満たすのが、ビルの屋上の一軒家だ。
広い屋上を自分の家のベランダとして使えるのも魅力的だ。植物を育てまくって空中庭園みたいにしたい。普通の一軒家では得られない眺望も魅力的だ。日当たりもいいだろう。
何より、ビルの一部ではあるけれど他の一般の入居者とは違う、このビルで一番特別な場所に住んでいる特別な自分、という実感に酔えそうなのがいい。

そんなことを思っているのは自分だけではないようで、「山岡さん物件」という単語で検索してみると、いくつか物件が引っかかる。
実際に住んでいる人の感想も見つかった。どうも日当たりが良すぎて夏は暑いみたいだ。屋上に後から建てたプレハブの場合は、断熱性も低く、また水まわりもなかったりすることがあるようだ。エレベーターがなく階段のみのビル、というのも多いらしい。そういう感じなのか。
断熱性も水まわりも完璧な山岡さんハウスがあったら住みたい。でも、こういう物件は後から取ってつけたようにつくることが多いので、設備を整えてわざわざつくるほどではないのかもしれない。
実際に住むと住みにくいのかもしれない。でも、こういう都会の隙間に何かの事情で生まれた変な物件、みたいなものにどうしても惹かれてしまう。ちゃんとつくられた普通に快適な家よりも、変な物件に住んだ方が人生が面白くなるだろう、と思ってしまうのだ。そんな性癖はずっと治らないのだろうか。
山岡さんは栗田さんと結婚して子どもも二人生まれ、今では普通の3LDKのマンションに暮らしている。
僕は、今の家の定期借家契約が切れたらどういうところに住めばいいのか、今のところはまったく何も思いつかない。
あなたが住んでみたいと思うのは、どんな作品のどんな物件でしょうか。そこでの暮らしを想像してみると、新たな物件選びの楽しみが見えてくるかもしれません。
編集:はてな編集部