茅ヶ崎のおおらかな空気を取り込んだリゾート仕様のマンション
地域交流の場として人気が高い“マルシェ”。食を中心にさまざま店が並び、集まった人たち同士でおしゃべりしながら買い物をしたり、出来立ての料理を頬張ったり。最近はマンションでもマルシェを催す機会が増えているが、そのほとんどがディベロッパーや管理会社の主導。住人自らが運営するケースはあまりないといえるだろう。
そのレアケースを実現しているのが「ライオンズ茅ヶ崎 ザ・アイランズ」だ。「アイランズマルシェ」と銘打つイベントを毎月第4日曜日に定期的に開催。一体、どのような形で開かれているのだろう。そして、その中身は…?
2020年12月にこの年を締めくくるマルシェが開催されると聞いてお邪魔してみた。
ホノルル市と姉妹都市協定を結ぶ茅ヶ崎は、“日本のハワイ”と言われる地。海と山に囲まれた街はのんびり開放的で、ハワイアンなカフェやショップが点在している。サーフィンをはじめマリンスポーツが盛んなことは言うまでもなく、サーフボードを抱えて自転車をこぐ人たちを至るところで目にできる。
「ライオンズ茅ヶ崎 ザ・アイランズ」は、そんな街の空気を取り込んだ大規模マンションだ。海岸まで自転車で約10分の場所に立ち、敷地面積は約3万3287m²と広々。大通りに面したアイランズゲートはリゾートホテルの入り口を彷彿とさせ、その先にはパームツリーの並木道が続く。アプローチを彩るのはデイゴやゴクラクチョウカなど南国の植物。都心から1時間ほどの距離なのに、南の島を訪れたかのような気分になる。
グランドエントランスで出迎えてくれたのは、マルシェ担当委員長の林昌子さんだ。マルシェの準備の合間を縫って、マンション内を見学させてもらうことになっているのだが、その背後に気になるスペースが。ショーウィンドウに飾られているのはおしゃれなサーフボード。まさかのサーフショップ?!
「いえいえ、ここはサーフボード置き場です。飾られているのはオリジナルデザインのサーフボード。敷地内には3カ所にサーフボード置き場があって、グランドエントランスにあるここはシャワールームも完備されているんですよ」(林さん、以下同)
さすが茅ヶ崎。居住者にもサーフィン愛好家が多いというわけだ。
サーファーにうれしい施設として、続いて案内してくれたのが共用棟「グランドコテージ」にあるメンテナンスルームだ。広いスペースにはサーフボード用のスタンドも用意され、ワックスがけなどの手入れが気兼ねなくできる。
「この部屋は自転車のメンテナンスなどにも使うことができます。予約なしで利用できるから、ちょっとした会合を開くのにも便利なんです」
こういう余白のようなスペースがあれば、趣味も存分に満喫できそうだ。
メンテンスルームがある共用棟は2階建てで、W形に立ち並ぶ6つの住居棟の中心に位置している。ここにはライブラリー、スタディルーム、キッズルーム、フィットネススタジオ、ヒーリングルームなどが置かれ、ゲストルームも3室完備。
そのなかでとりわけ目を引くのがカフェラウンジだ。2層吹抜けの空間はガラスウォールで仕切られて開放感満点。ガラスの向こうには庭園の緑とともに海をイメージした水盤が広がり、海辺のカフェさながらなのである。傍らのミニショップでコーヒーを買ってまどろめば、もはや気分は楽園リゾート。ここに住んだら毎日通ってしまいそうだ。
イベントやサークル活動を通じてコミュニティを豊かに
林さんによれば、こうした多彩な共用施設を活用してサークル活動も活発に行われているという。現在、認可されている団体は20ほど。花壇の手入れをするガーデンクラブ、ヨガサークル、フラダンスサークル、おやつくらぶなどのほか、釣り仲間が集う釣友会、完全無農薬の米づくりをする田んぼの会といった自然豊かな茅ヶ崎ならではのサークルも立ち上げられているそうだ。
一方、管理組合には20名ほどからなるイベント実行委員会が立ち上げられ、年間通じてさまざまなイベントが開催されている。なかでも一大イベントとして盛り上がるのは夏祭り。サークルの各団体が協力して屋台を出すほか、ヨガの体験教室やステージではフラダンスなどが披露されるそうだ。
キッチンカーで出来立ての本格料理を提供
マンション内を見学する間にも、マルシェの準備は着々と進行。スタート時刻の11時を前に、敷地内の広場“アイランズプラザ ”にはキッチンカーがずらりと勢ぞろいしていた。
この日の出店は全部で6店。本来は12〜13店が並ぶそうだが、コロナ禍によって規模を縮小しているのだとか。とはいえ、その顔ぶれはバラエティ豊かで、なおかつ中身が濃い。
例えば、「UNCLE KEN」は茅ヶ崎の隣、藤沢発祥の窯焼きピッツァ専門店。フードトラックには石窯が搭載され、オーダーを受けた順に焼きたて熱々のピッツァが提供される。生地に使うのは湘南藤沢小麦。林さんによれば、マルシェの聖地「青山ファーマーズマーケット」でも大人気のお店なのだとか。
インドカレーの「PLUS SPICE」でもタンドール窯をトラックに積み込んで、焼きたてのナンを販売。地元・茅ヶ崎の「稲荷山珈琲店」では自家焙煎したスペシャルティコーヒーをオーダーごとにハンドドリップしてくれる。さらに、地元のカフェ「ごはんやはっち」のブースには、糀を使った体にやさしいお弁当やお惣菜が所狭しと並んでいる。マンションのマルシェでここまで本格的な味を楽しめるなんてびっくりだ。
さらに、この日はマンションの居住者も出店していた。もちろん、キッチンカーでの販売には保健所で営業許可などを取得していることが必須になるが、同じマンションに暮らす人が手塩にかけた品なら味わいは格別だろう。
その1店、「欣ずし」は地元で二代続く寿司店。生粋の茅ヶ崎っ子という店主の小又さんはマルシェ出店を機にキッチンカーまで製造したという。新しいキッチンカーには、ちらし寿司などのほかにコラボメニューのチャーシュー丼、地域起こしの一環で自ら開発した地魚の魚醤までにぎやかに並んでいる。
茅ヶ崎の畑で農薬や化学肥料を使わずに育てた野菜を販売する「イマハ菜園」の園主、今林さんもこのマンションの居住者だ。採れたてのオーガニック野菜はまさしく地産地消。スーパーにはない珍しい野菜もあるので、仕事を忘れて買い込んでしまったほどだ。
出店する店の顔ぶれは毎回マイナーチェンジされるが、いずれも居住者から大好評。多い時には200人以上の集客があるそうだ。
「子どもが小さくてなかなか外食できないので、マンション内で出来立ての料理が買えるのはうれしいですね。どんなお店が出るのか、楽しみにしています」というのは、家族で訪れていた萩原さん。昨年5月に入居したばかりで、マルシェの開催を心待ちにしていたそうだ。
付帯サービスのマルシェを住人主導に切り替え充実をはかる
このように大評判のマルシェだが、なぜマンションで開催することになったのだろう。経緯について管理組合の理事長、仲原知彦さんが答えてくれた。
「アイランズマルシェはもともとマンションの付帯サービスでした。当初は管理会社主導でイベント会社が運営していましたが、その契約は最初の2年間限定。すでにこのマンションの顔として認知されつつあったため、2013年からは管理組合が引き継いで開催を続けていこうということに決まりました。現在は自治会にも協賛してもらい、イベント実行委員会がお店選びから告知までを担っています」
管理会社からのバトンを引き継いで以来、中心になってマルシェ開催を請け負ってきたのが林さんだ。定着するまでには試行錯誤の連続だったと振り返る。
「とにかくやることが多く、引き継いだときは隔月開催も検討したほど。ただ、開催を楽しみにしている人たちは多く、『やっぱりやるなら毎月だよね』という結論に落ち着きました。せっかく開くならより多くの人たちに来てほしい。そのためにまず行ったのは、開催日の固定化です。毎月第4日曜日の11時から14時までと決まっていれば認知されやすく、来る人たちも予定が立てやすいですよね」
加えて、欠かせないのは、買いに行きたいと思ってもらえる魅力的なお店に出てもらうことだという。林さんはとにかく足を使って、お店選びに勤しんだそうだ。
「評判のお店でも冷凍品を解凍するだけなんてことはよくあります。ですから、必ず自分で食べて味を確かめ、お店の人とお話をして、私がぜひ来てほしいと思ったところに出店をお願いしています。評判のお店があれば通って仲良くなってから参加を依頼したり、出店者にお薦めのお店を紹介してもらったり、ほかのマルシェを覗いて人気店をチェックしたり。地域にゆかりがあるところはできるだけ優先していますが、一番の決め手は味と営業姿勢ですね。ただ、どんなによいお店でもいつも同じ顔ぶれでは飽きられてしまうので、いろいろなお店に出てもらうようにしています」
聞けば、リサーチのための食べ歩き費用は管理費からは出ず、すべて林さんの自腹。来た人に満足してもらいたいという気持ちが先立つのだという。
「それに、マルシェをやっていなかったら出会えなかった人たちとつながれて、知らなかった世界をのぞくこともできる。お金にかえられない楽しさもあるんですよ」
ちなみに、一般的なマルシェでは主催者が出店料を徴収するケースが多いが、アイランズマルシェの場合は一切無料。開催にかかる経費は管理組合と自治会からの出資で賄っているそうだ。
では、そこまでしてマルシェを開く意義はどこにあるのだろう。仲原さんはこう答えた。
「マルシェの目的はコミュニティの輪を広げること。このマンションでは夏祭りなどさまざまなイベントが開かれていますし、サークル活動も活発です。そのなかで同じ世代や同じ趣味を持つ人同士のコミュニティは醸成されているものの、その輪に入れない人も出てきてしまう。その点、マルシェは誰でも自由に参加できるのが良さ。ふらっと気軽に立ち寄って、顔見知りをつくることもできます」
もう一つの目的は地域交流だ。このマルシェはマンションのイベントでありながら近隣の人たちも大歓迎。実際、集客の2割を地域住民が占めているそうだ。
「ただ、理想をいえばもっと増やして、五分五分ぐらいまでにしたい。今はまだ、マルシェの開催は知っていても、入っていいのか分からないという方も多いはず。ですから、Facebookページを開設して情報発信をしたり、商店街の広報誌に掲載してもらったり。口コミも活用しながら、じわじわ広めていきたいと思っています」(仲原さん)
コロナ禍の中止期間でマルシェの必要性を再認識
住人主導に切り替えてから8年経ち、アイランズマルシェの認知度はご当地名物と言われるほどに上昇している。集客数はもとより、出店を希望する問い合わせも軒並み増加したそうだ。その勢いにストップをかけたのが昨年来のコロナ禍だ。2020年は3月から9月まで7回の中止を余儀なくされた。
「3密を避けようというなかで、人が集まるマルシェはさすがに開けません。ただ、一方で、ステイホームの今だからこそ、出来立ての料理をテイクアウトできるマルシェを開いて欲しいという声もたくさんいただきました。楽しみにしてくださっている方が大勢いることを実感でき、再開への励みになりましたね」
(林さん)
悩んだのは再開の仕方だ。従来通りでは密な状況が避けられないため、昨年10月、再開に踏み出す際には規模を大幅に縮小して3店に絞り込んだ。「そっと一歩を踏み出してみよう。そんな気持ちでした」と林さんは振り返る。
中止になった7カ月の間に、マルシェに対する新たな思いも芽生えたそうだ。
「自粛期間を経験して実感したのは、大勢が集まって暮らすマンションでも孤立している人たちがいるということ。私自身、今は家族と暮らしていますが、年齢が上がっていけば一人暮らしになる可能性もあるわけです。そのときに、マルシェは孤立化を防ぐ一つの手段になるのではないかと。月1回でも下にいけば人が集まっていて、一言二言、他愛ないおしゃべりをすれば気晴らしができて元気も湧いてくる。おいしさや楽しさはもちろん、ほっとできる居場所としてもこのマルシェを育てていきたいと考えています」(林さん)
コミュニティは管理の要と言われるが、そこに壁を感じている人も少なくないだろう。そんな人が同じマンション・同じ地域に住む人たちとゆるやかに接点を持てるのがマルシェという場所。そのゆるやかなつながりもまた、これからのコミュニティの一つのあり方なのかもしれない。