北欧にて【坂の記憶】

著: TUGBOAT 岡 康道

「都心に住む by SUUMO」で、2009年10月号~2018年1月号まで連載されたTUGBOAT・岡康道氏と麻生哲朗氏による東京の坂道をテーマにした短編小説「坂の記憶」をお届けします。

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 もう20年ほど前の話だ。

 ムーミンの故郷であり、古くはサンタクロースの住居でもある。そんな風に言えば、この土地はずいぶん穏やかでひたすらに優しく思えるけれど、出張で初めて訪れたフィンランドの冬は“寒い〟という二文字では片付けられない。むしろ“痛い〟。フィンランドの新聞協会が日本の同じ協会に「新聞の未来」というテーマで講演者を依頼してきたのが夏の終わりのことだ。

「お前、フィンランドでスピーカーをやってこい」

「テーマはなんですか?」と記者らしくすぐに身を乗り出したものの、取材ならともかく、語り手としての経験など一度もない。記者は常に黒子だ。次長は書類を見ながら「もし、そういうものがあれば、の話だがな」と自嘲気味に言う。

 もちろん、新聞にだって未来はある。未来は誰にでも、何にでも用意されている。それが、現在進行する日々の延長線上にすんなりと鎮座するものではないとしてもだ。

 インターネットの出現によって、購読者数が毎年減少するのは日本だけではない。かの地の新聞協会もまた苦しんでいた。日本の若い一記者が北欧のメディアの苦しみに、何らかの処方箋をもっているはずもないが、訪れたこともなく、これから行く機会もないであろう当地へは、貴重な旅になることは自明で、すぐに快諾したのだった。

 新聞の宅配システムのないフィンランドで、僕ごときが楽観的に描く未来がどれほど役に立ったか疑問はあった。疑問はあったが、聴衆は優しく僕に向き合ってくれて、講演はひどく気持ちのいい時間となった。

 上機嫌で主催メンバー数人と夕食にでかけた。摂氏マイナス15度のなかを数十m歩くと広場になっていて、ほの暗いレストラン街が現れた。デザインと色味の規制が厳しく、街に華やかなイルミネーションは見当たらない。しかし、広い道と雪のなかに悄然とそびえる建物群がいっそう知的な雰囲気で満たされているのだ。

 店内は、痺れるほどの外気から一転する。コートや毛皮を渡して「まず、ビール」はどこの国でも同じなのだと得心する。運ばれてきたビールに驚いた。瓶にデザインされたヒゲの男はどう見ても日本人であり、TOGOのロゴが入っている。東郷ビール?
「特別なビールなのですか?」

「いいえ、ここフィンランドではポピュラーな普通のビールです」とこれまた普通に答えるではないか。

 普通のわけない。

 僕の家は、千代田区三番町で、祖父の代からの土地は半分は人手に渡り、残りに小さいマンションを建て、その最上階(といっても5階なのだが)に両親と妹と暮らしている。マンションは、なだらかな坂の途中にあり、一度下るとまた上り坂になる。谷にあたるところは、東郷元帥記念公園。そもそも坂自体が東郷坂という名前なのだ。

 主催者の方はうれしそうに語る。「東郷元帥の武勲に敬意を評し、このビールは発売されたなどと言う人もいます。もっとも元帥ビールはシリーズ化され、ロシアの元帥も何人もいますが」と笑った。からかわれているだけ? よく分からなかったが、うれしそうにTOGOのビールを傾ける異国の人に「私の住んでいるところは、東郷平八郎さんが暮らしていた家のすぐ近くです」とだけ伝えた。

 どうやらフィンランドは親日のようで、今回の講演の次に、来月には「日本フェス」が開かれるという。中心のテーマは“マンガ〟であり、「日本人は全員、電車の中でマンガを読んでいるのですか?」と質問された。

 帰りの機内で食事は摂らず、よく眠れたせいか、長い旅の疲れはさほど感じない。

 自宅へ走るタクシーの中で、フィンランドと実家との符合について考えていた。はるか遠い何かと自分たちがつながっている。文学や歴史学はもちろんのこと、考古学や宇宙工学や遺伝子工学も。僕たちはつながっている。見える世界だけではなく、もう見えなくなった、あるいは今はまだ見えてこない世界ともいずれつながるのだ。

 その“つながり〟をたぐり寄せるために、ジャーナリズムが存在する。新聞記者という職業を誇らしくさえ思えた。こんな気持ちになったのは入社式以来のことだ。しかし、記者の出張の感想としては、少々ロマンチックすぎるので社内ではこの話はしないことにしよう。政治部にとって、当面の相手はそこにはいない。僕は漠然とした幸福のようなものに、すっぽりと包まれてタクシーを止めた。

 暖かく感じた冬の坂道に。

 

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東郷坂
住所:千代田区三番町と四番町の境界
アクセス:各線市ヶ谷駅徒歩約5分

東郷坂の東側にある公園は東郷元帥記念公園。本文にもあるように、ここは、明治時代、海軍提督として日露戦争で日本海海戦に勝利、世界に名をはせた東郷平八郎にちなんだ坂である。かつては法眼坂と呼ばれていたが、東郷の功績を称え、1905年(明治38年)、麴町区会の決議により名前が変更された。当時、東郷は坂上左手の家に住んでいたのである。その家の跡地が、現在の東郷元帥記念公園なのだ。海外では偉人の名を通りの名にすることはよくあるが、近現代の日本ではあまり例がない。それだけ日本海海戦の勝利は、当時の国民を熱狂させたともいえるだろう。

 

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著者:岡 康道

株式会社TUGBOATクリエイティブディレクター、CMプランナー。早稲田大学法学部卒業後、株式会社電通に入社。1999年、日本初のクリエイティブエージェンシー「TUGBOAT」を設立。主な仕事にTOYOTA「ハリアー」、サントリー「ペプシ」、キヤノン「70D」シリーズ、大和ハウスなど。ADC賞、TCC最高賞など受賞歴多数。また、小説に『夏の果て』(小学館)がある

 

写真:坂口トモユキ

都心に住む by SUUMO」2017年6月号から転載

 

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books.spaceshower.jp