変わる駅前、変わらない味。「柏」で確かめた今と、振り返る思い出。|文・五明拓弥(グランジ)

書いた人:五明拓弥(グランジ)

1981年8月24日生まれ、千葉県柏市出身の芸人。NSC東京校6期生として、2005年に遠山大輔、佐藤大と共にトリオ「グランジ」を結成。芸人としての活動はもちろん、CMプランナーとしても活躍し、ラジオCMの制作に携わっている。また、漫画家として「ごめたん」名義で作品も発表している。

「千葉の渋谷」で生まれ育った僕

芸人という職業柄、田舎で育った人が話す耳を疑うようなエピソードを聞くたび羨ましく思う。

そんなエピソード、僕は持っていない。駅の周りには百貨店、家電量販店、飲食店、映画館、ゲームセンター、服屋など、よほど特殊なものでない限りなんでも揃い、駅中心部から少し離れたら自然豊かで何不自由なく心地よい生活ができる街で育った。

千葉県北西部に位置し、人口は現在約43万人。東京のベッドタウンとして成長してきた柏市。小、中、高と全て柏市立の学校に通った根っからの柏っ子である。

現在44歳、柏に住んでいたのは東京で暮らしはじめる19歳までのことだった。

離れてからつくばエクスプレスが開通し、柏の葉キャンパス駅の周りにはららぽーとやT-SITEができた。通学で利用していた東武野田線も、今では東武アーバンパークラインという洒落た名称で呼ばれているらしい。

東京へ出てからも仕事で行くことはあったが、終われば長居することなく帰っていたので今の柏にはそこまで詳しくない。僕の記憶に色濃く残っているのは『千葉の渋谷』と呼ばれていた25~6年前の景色だ。高校生の頃、毎日のように遊んでいた柏は今、どうなっているのだろう。

久しく歩いていない、今の柏はどう変わったのか

2025年7月4日、柏に向かうことにした。東京の最高気温は33度、玄関を開けるとムワンッとした熱気が身体を包む。天気予報で「熱中症のリスクが高まるので不要な外出は控えたほうがよさそうです」とキャスターが言っていたのを思い出し一瞬怯んだが、故郷への好奇心が若干勝り玄関の鍵を表から閉めた。

自宅がある中野区から私鉄、山手線、常磐線を乗り継ぎ、約1時間10分で柏駅に到着した。

JR中央改札を出て右手に進み、東口を出ると、目の前には元々そごうだった白く大きな建物が現れる。2016年のそごう閉店後、建物は商業施設としてそのまま使用されているようだ。正面に見える8階建ての横長の建物がA棟、左手に見える14階建ての細長い建物がB棟。

B棟の最上階にはUFOのような形をした回転展望レストランが乗っかっている。このB棟が柏の象徴、シンボルなのだが、なんと防音シートに囲われて解体されている。取り壊されることなど全く知らなかった。

驚いたけれど大丈夫、東口はそごうだけではない。

かつてはギャルで賑わっていたマルイ(旧VAT館)がある。解体されているB棟から身体を時計回りに180度回転させた。目の前には堂々と、あの頃と同じマルイがあり一安心。

しかしビルに張られた大きな幕には『柏マルイ! 62年ありがとう! 閉店大感謝祭 閉店まであと23日』。

「……思い出の景色が全部なくなる」。開始早々、大きなダメージを負った。

『柏 東口 再開発』とスマホで検索。一番上に出てきた『柏駅東口ビジョン』を押すと柏市公式ホームページに飛び、関係者間で話し合われているレポートや再開発後をイメージしたラフスケッチを見ることができる。

駅前には木々が植えられ、綺麗な芝生が敷かれている。そこに座る人や寝ころぶ人、木陰で読書する人、遊具で遊ぶ子どもたち……正直、ワクワクした。こんな柏を見てみたい! 行って芝生で寝ころびたい! 無事気持ちを持ち直せた。

変わらない餃子と、変わってしまった僕の胃袋と

長い一日になりそうなのでまずは腹ごしらえ。旧そごう、マルイをしっかり目に焼き付けて店へ向かう。

東口から徒歩5分ほど歩き到着したのは市民のソウルフード、ホワイト餃子柏店。本店は隣の野田市にあり、柏発祥の店ではないが、物心ついた頃からソウルフードとして愛されていた。

平日でピーク時も過ぎていたので並びがなく一安心。瓶ビールと焼き餃子を注文、赤星が置いてあるのはうれしい。餃子が焼きあがるまで火照った身体をビールで冷やそう。

ビールをグラスに並々注ぎ、勢いよく喉へ落とす。乾いた身体の隅々までビールが行き渡る感覚。最高。ビールがなくなりかけたところで餃子が到着。ついでに赤星を追加。皿の上にはコロコロとしたまん丸の餃子が8個。見た目はほぼ饅頭。油で揚げられた皮が美しいきつね色で食欲をそそる。

小皿に作っておいた醤油、酢、ラー油を混ぜたタレに餃子を付けて口へ運ぶ。デカい、一口では食べきれない大きさ。皮の表面は硬く分厚い、パンのような食感。中の餡は肉と野菜が細かく刻まれており野菜多めであっさりしている。

モッフモッフモッフモッフモッフ。食べ応えがありすぎる餃子をビールで流し込む。最高。

街の景観は変わってしまったがホワイト餃子ははじめて食べた26年前と何も変わってない、うれしい。完食して腹はパンパン。当時は餃子2皿とライス大盛を簡単に平らげていたのに。僕の胃袋もだいぶ変わってしまった。

ファッションの楽しみを教えてくれたお店の数々と

腹が満たされたら次はショップ巡り。90年代後半~2000年代、柏は『古着の街』として賑わっており、僕自身ファッションへの目覚め、楽しさ、間違いは全てこの街に教えてもらった。

当時は古着の取り扱いがメインで圧倒的な物量を誇り、柏の中心的存在だった「FREAK'S STORE(フリークスストア)」。古着一点一点のセレクトが洗練されていた「BACKDOOR(バックドア)」。古着はもちろん小物も充実していた「WASTEVILLE(ウエスビル)」。柏でいち早くStüssyを取り扱っていた「DOGDAYS(ドッグデイズ)」。バンド・スケート系に強い「TIME 2 SHOCK(タイムショック)」。

ほかにも、駅ビルの柏高島屋ステーションモール内にはBEAMS、UNITED ARROWS、SHIPSなど大手アパレルショップが揃っている。

数あるショップの中でも特に印象深いのは、僕が人生ではじめて古着を買った「REDLION(レッドライオン)」だ。
服に興味を持ちはじめた中学3年、ファッションに明るい同級生から「古着を買うならREDLION」と教えてもらった。行くと店舗はマンションの一階にある路面店で、体感6畳ほどの小さな店だった。

気になるスウェットを見つけたが「試着していいですか?」がなぜか恥ずかしくて言えず、もじもじしながらレジに持っていったChampionの白いスウェット。胸に赤い文字でHARVARDとプリントされていた。

家へ帰り、早速着て洗面所の鏡の前に立つ。若干丈が短い気はするが、はじめて買った古着に舞い上がり細かいことはどうでもいい。塾へ、家族と外食へ、近所のおつかいへ、常に胸にはHARVARD。

だが日が経つにつれ冷静さを取り戻し、何も気にならなかった丈の短さが気になりはじめた。どのファッション誌を開いても、ベルト丸出しの短いスウェットを着ている人は載っていない。僕のHARVARDはきっと今でも実家の箪笥で眠り続けている。中学生にとっては高い勉強代だったが試着の大切さを教えてくれた。

今になってはよい思い出のREDLIONが入るマンションへ到着したが、カレー屋になっていた。

出だしで柏のシンボル解体を目の当たりにし強い免疫を手に入れたのか、無くなっていることにそこまで驚きはない。歩いてきた道を戻る。その時マンションの敷地内に立つ赤い看板が目に入った。看板にはライオンの横顔のイラストとレッドライオンの文字。

えっ?!!」思わず声が出た。しかしカタカナ表記に違和感、ゆっくりと近づき看板の文字を読む。

オリジナルTシャツプリント工房 レッドライオン

古着屋ではなく文化祭やサークルで着用するオリジナルTシャツを作る店のようだ。レッドライオンとREDLION。

表記は違えど同じ名前、同じマンション内、アパレル業の共通点。あのREDLIONが時代と共に形を変え、今のレッドライオンになったと考えるのは不自然ではない。正解を聞きに店の中へ入ろうか悩んだが営業中は迷惑だろう。

元々があのREDLIONと判明した暁には、身体に合ったスウェットを作ってもらいたい、もちろん胸には赤文字でHARVARD。

その後もいくつかのショップを巡った。当時の賑わいを知っているから若干の寂しさは否めない。時代はネットショッピングが主流で仕方がないのかもしれない。ワンクリックで服が手元に届くのは便利だが、勿体ないと思う。ショップへ直接足を運べば、服と一緒に色褪せない思い出もついてくるのだから。

「若干の寂しさも否めない」と書いたが当時と比べたらであり、今でも東口を出て旧水戸街道を越えた辺りには素敵なショップが点在している。

バイト漬けで成人式に出なかった僕のあの日の思い出

最後は思い出の柏市民文化会館へ。

駅から徒歩20分程の場所にキャパ1000を超える大きなホールがある。ここではコンサートや成人式が行われ、僕自身の成人式もこの会場だった。

「僕自身の成人式」。まるで参加しているような書き方をしてしまったが式典には出ていない。当日会場にはいたが不参加という奇妙な体験をしている。

当時、既に芸人活動はしていたものの仕事はほとんどなく毎日がバイト生活。成人式前日の深夜も漫画喫茶のバイトが入っていた。

バイト先は当時住んでいた東京の自宅と柏の中間にあり、成人式に参加するなら『バイトが終わる朝方、一度自宅へ戻りスーツに着替えて柏へ向かう』か『荷物になるけどスーツをバイト先に持っていきバイト上がり直接柏へ向かう』のどちらか。どちらにするにもどうも面倒で参加する予定はなかった。

当時付き合っていた年上の彼女に面倒だから成人式へ行かないと話すと「じゃ、私服で行けばいいじゃん。ワタシが参加した時は全然いたけどねぇー」。

式当日。バイトが終わり、漫画喫茶で少し時間を潰してから彼女の言葉を疑うことなく私服で会場へ向かった。それでも随分と早く着いてしまい会場の外で待つ。

参加者と思われるスーツを着た人が数人いるのみ。時間が経つにつれて人が増えるが一向に私服を着た新成人が現れない。スーツや着物を着た新成人がひとりまたひとりと増えるたび焦燥感に駆られる。

スーツ、スーツ、着物、スーツ、紋付き袴、着物、着物、スーツ…と目を光らせながらチェックするも私服は来ない。開場時間になり、参加者が会館の中へ入って行く。カーキ色のMA-1を身に纏った僕も立ち上がり、入口横を通り過ぎ足早に柏駅へ向かった。

会館裏にはいちょう並木があり、駅へ行くにはその一本道を通らなければならない。会館へ向かう新成人を避けながら、同級生に見つからないよう紫色の帽子を深くかぶり、人の流れとは逆方向へ歩く新成人。

この状況で身長190cmの大男が見つからない方が難しい。あっけなく小学校の同級生に声を掛けられてしまう。そのとき彼が撮った写真が残っているのだが、僕は新成人とは思えない悲しい表情をしていた。

あのとき歩いたいちょう並木は長く長く感じたが、今日実際に来てみると100メートルちょっとと思い出よりも断然短かった。

ホワイト餃子で補給したビールが全て汗となり、柏市民文化会館へ到着。当時は入ることができなかった会館だが成人式の11年後、2012年。凱旋単独ライブを開催し、ようやく中へ入ることができた。

舞台上から客席を眺め「案外小さいんだな」なんて思ったが、成人式は隣の大ホール。立っているのは小ホールだったことを終演後に知ったのはここだけの話。

これからも柏の街は進化していく

この辺りにくれば建物より緑が多く目に入る。会館のそばには大堀川が流れていて、手賀沼が目と鼻の先にある。

川沿いに、芝生が敷かれた綺麗な公園があったので一休みすることに。

木陰を見つけ芝生に寝ころぶ。目を瞑る。風で揺れる草木の音、遊具で遊ぶ子供の笑い声が聞こえる。未来の東口駅前が楽しみだ。

著: 五明拓弥(グランジ)

編集:小沢あや(ピース株式会社