震災を機に住民主導体制に舵を切る
分譲マンションの管理は管理会社主導で運営されるケースが一般的。しかし、そのなかで管理組合が運営の主体となって舵を取る“住民経営マンション”も増えてきている。
京葉線・千葉都市モノレールの千葉みなと駅から徒歩3分の大規模マンション「ブラウシア」は、“住民経営マンション”の代表格といえる。先進的な取り組みは、テレビでも度々取り上げられるほど。筆者もこれまで5回ほど取材に訪れているが、行く度になにかしら新しい取り組みが始まっていて、しかも「そんなことまでするの!?」と驚くことばかり。いわば規格外のスーパー管理組合なのである。
もっとも、竣工から間もないころは組織としての主体性はなく、ほぼすべて管理会社任せだったという。住民主導のスイッチが入ったのは、竣工から6年たった2011年のこと。東日本大震災での管理会社の対応に疑問を持った当時の理事たちが、「このままではいけない」と立ち上がったのである。翌年には管理会社を変更し、理事会の体制も刷新。小グループの活動を主軸にすることで、理事一人一人が積極的に関わる気運が生まれたそうだ。
そんなブラウシア管理組合法人の大きな特色となるのがオブザーバー制度である。理事の任期を終えた有志がオブザーバーとして残り、理事同様、時には理事以上の活躍をみせている。役員25人に対して、オブザーバーはなんと14人。経験豊富なベテラン勢が陰に日向に理事会を支える体制は、新任の理事にとっては心強くのびのびと活動に取り組める。もちろん、さまざまな知見を持つオブザーバーには学ぶことも多いだろう。
住民の声を吸い上げ5カ年計画で植栽を刷新
行動力に富んだ管理組合の活動歴は到底、書ききれないので、代表的な足跡を紹介しよう。まず1つは2014年から5カ年計画で行われた植栽改修だ。
現在のブラウシアは広々とした中庭広場で子どもたちが駆け回り、建物の周りも四季折々の草花で彩られているが、それらは管理組合によって再生された姿なのだという。
当時、理事としてこのプロジェクトを担当した吉岡大輔さんに経緯を聞いた。
「きっかけになったのは全住戸対象のアンケート調査です。マンション管理に対する不満点として、植栽の状態を挙げた人が4割にも及びました。確かに、ゲート横の植栽が枯れていたり、中庭の芝生が剥がれて土がむき出しになり、養生のために入れなくなっていたりと課題は山積みでした。そこで植栽の管理を現在の『東邦レオ』に切り替え、5カ年計画で改修していくことにしたんです」
計画の策定にあたっては誰でも自由に参加できる「植栽意見交換会」を度々開き、住民の意見を吸い上げたそうだ。
「もちろん、意見が分かれることもありました。特に難しかったのは中庭のプランですね。小学生のお子さんがいる世帯からは『中庭を遊べる広場にしてほしい』と要望されたのに対して、高齢の方々からは『木を残して森林のような安らげる場所にしてほしい』という意見が挙がった。そのとき、ある方が『今、小学生の子どもたちが中庭で遊ぶのはあと10年ぐらいのこと。それまでは子どもを優先して、そのあとに庭をつくりかえればいいのではないか』と意見してくださって現在の形に落ち着きました」
ゲート周辺、水景、バーベキューエリアと1年ごとに着々と植栽の改修を進め、5年目の外構の植栽については住民参加形式でブロック積みや植物の植え付けを実施。一連の取り組みによって「千葉市都市文化賞2018」景観まちづくり部門で優秀賞を受賞している。
ちなみに、「東邦レオ」のつながりにより、2017年からは群馬県川場村との「里山縁組プロジェクト」も実施されている。マンションの住民が川場村を訪れて田植え体験やりんご狩りをしたり、川場村の人たちを招いてクリスマス会を開いたり。マンションの夏祭りで開催した川場村マルシェは、長蛇の列ができるほど大盛況だったそうだ。
自治会の連携で空港行きバスの停車を誘致
もう1つ、ブラウシアの“すごさ”を物語るエピソードとして、空港行きリムジンバスの停車誘致もある。先導したのは、管理組合下におかれたブラウシア自治会だ。当時から自治会長を務める牧野強さんにお話を伺った。
「ブラウシア自治会を立ち上げたのは2013年。その翌年には千葉みなと地区の3つのマンション自治会や隣接した問屋町自治会と連携して、『千葉みなと地区自治会連合会』を結成しました。連合会では中学校の統廃合問題など地域の課題に取り組んできましたが、そのなかで持ち上がったのが空港行きリムジンバス停車誘致です。
ブラウシアの最寄りには『千葉みなと駅』という路線バスの停留所があるのですが、空港行きリムジンバスだけは目の前を通りながらも停まらなかった。この界隈に住む人たちは、わざわざ千葉駅などに出てから空港行きのバスに乗っていたんですね。せっかく前を通っているのだから停めてほしいとマンション住民のほか近隣のホテルや企業にも呼びかけ1876名の署名を集めて千葉市長に嘆願書を出しました」
その後も市の交通政策課やバス会社などにコツコツと要請を続けた結果、3年後の2017年にようやくバスの停車が決まったのである。
「もううれしくてうれしくて、7月1日の初停車日には羽田空港行きの最初のバスに乗り込みましたよ。飛行機に乗るわけでもないのに」と牧野さんは笑う。
この“偉業”には『空港との行き来がラクになった』『空港から乗り換えなしで家に帰れるのがうれしい』と多くの人たちが大喝采。利用を促進するべく、乗車回数券を1回分ずつに小分けしてフロントで販売を開始した。普通に買うよりも安くチケットが手に入り、居住者から喜ばれているそうだ。
「メリットを享受するのは空港行きバスの利用者だけではありません。交通インフラが充実すれば不動産価値にもプラスに働くはず。乗らない人にもメリットがあるんです」
聞けば、牧野さん自身、空港行きバスに乗る機会はほとんどないそう。
「マンションや地域の住み心地が少しでもよくなれば」
そんな想いがバスの停車には込められている。
コロナ禍を逆手にとりオンライン理事会とIT化を推進
ブラウシア管理組合法人のスーパーぶりは、昨年来のコロナ禍でも発揮されている。3密を避けるため理事会の開催もままならないと悲鳴を挙げるマンションが多いなか、いち早くオンライン理事会を導入したのだ。昨年、緊急事態宣言が出たのは4月7日だが、このマンションでは3月に検討を始め、4月には実施に踏み切っていたというから素早い。
オンライン化に向け、中心になって動いたのがIT委員会のメンバーで理事2期目の平澤誠治さんだ。
「まず検討したのはオンラインツールです。ITに詳しい有志でさまざまなツールを試した結果、操作しやすく聞き取りやすいZoomに決定しました。苦心したのは、ITに慣れてない方に操作方法をどう理解してもらうかですね。ダウンロードとか、ログインとか、IT用語の解説から始めました。でも、一度使うと『自分の部屋から参加できるのはラクで安心』と歓迎してもらえました。今では理事会のグループ会議もオンラインで気軽に開かれています」
理事会のオンライン化には、密を避けるだけにとどまらない利点があると平澤さんは言う。
「単身赴任や出張で遠方にいる場合でも会議に参加できますし、お子さんの世話で家を空けられない状況でも顔を出せる。外出先から1時間だけ参加といった融通もきくので、理事になるハードルをかなり下げられると思います」
もっとも、全員にオンラインでの参加を強制しているわけでなく、集まって話したい人のためには、従来通り、コモンスタジオ(集会室)を用意している。現状ではオンライン参加は半数程度。コモンスタジオにいる人たちの顔や声を拾うために、可動式カメラとマイク3台を揃えたそうだ。
会議のオンライン化と並行して、「Slack(スラック)」というチャットツールの導入も推進された。
「Slack導入の狙いは第一にメールの廃止です。『お疲れさまです』と挨拶に始まるメールは堅苦しくて、効率もよくない。その点、チャットなら挨拶もいらず、気軽に書き込めます。画像やファイルの添付も簡単にできるし、メールのように文字化けする心配もありません。ビジネスチャットツールであるSlackならプライベートで使っているチャットツールと切り分けができ、理事会や各グループの活動を横断して見渡すこともできるんです」(平澤さん)
デジタルツールを使い慣れていない人には、IT委員のメンバーがきめ細かくフォロー。IT化が“壁”にならないよう、ゆくゆくは理事になった人全員に、管理規約からアプリまですべて入った専用のタブレットを支給することも考えているそうだ。
1年足らずで法人化とフロントリニューアルを達成
ここまででブラウシアの活動の様子は十分おわかりいただけたと思うが、加えてもう2つ、直近で進められたプロジェクトを紹介しよう。
1つは法人化だ。このプロジェクトは6人のオブザーバーに管理会社「レーベンコミュニティ」の担当者を加えた7人で推進。なかでも主力となったのが八柳博さん、川越理友さん、武部武男さんのお三方だ。いずれも70代の超ベテランオブザーバーである。
聞けば、法人化チームが発足したのは2020年3月で、法人格になったのは同年10月。つまり、わずか7カ月で法人化を成し遂げてしまったことになる。しかも、司法書士などの専門家には頼らず、書類の作成や改正する規約の条文改定まですべて自分たちで行ったと聞けば驚かずにはいられない。
川越さんと連れ立って、何度も登記所に足を運んだという武部さんが誇らしげに言う。
「お金を払えば手間は省けますが、自分たちでやることに意義があると考えました。もちろん、無駄な経費はできるだけかけたくない。司法書士に頼めば20万円ぐらいはかかるところが3万円弱で済んだんですよ」
気になるのは法人化に踏み出した理由だが、これには取りまとめ役の八柳さんが答えてくれた。
「法人化すれば、不動産の購入や管理組合として訴訟が可能になり、周りからの信頼度も高まります。とはいえ、今、どうしても必要ということではない。我々が見据えているのは『今』でなく『未来』。組織的・法的に強固な基盤をつくっておけば、先々まで安心して暮らせるマンションになると考えたんです」
法人化の根底にあるのは、メンバーの深いブラウシア愛。これほど住民に愛されているマンションはそうないだろう。
もう一つのプロジェクト、フロントサービスのリニューアルも先を見据えた施策といえる。
「それまでフロントサービスを任せていた会社から急に契約金値上げの打診があり、見直しの検討に入りました」
こう話すのは、先述の植栽改修5カ年計画を推進した吉岡さんだ。現在はオブザーバーとして、設備運営グループの一員に名を連ねている。
吉岡さんがまず着手したのはフロントサービス会社の変更だった。複数の候補から住民コンペなどで決まったのは、植栽管理を委託する「東邦レオ」。ただし、この会社にフロントサービスを一任……とならないのがブラウシアだ。
「これまでも『東邦レオ』とは植栽管理の範囲を超えてさまざまな協業をしてきましたが、今回は管理組合によるフロントサービス直接運営をサポートしていただく委託仕様としました。初年度には理事・オブザーバーと新規に立ち上げたフロントサービス運営検討チームと一緒に新たなフロント業務の基盤をつくってもらい、次年度にはサービススタッフ2名を管理組合で直接雇用し運営します。これによりサービスの自由度も大きくなります。今までのスタッフの女性は住民からとても評判がよく、引き続きブラウシアで働いていただけたことも大事なポイントでした」
ほかにも、フロントでの物販品の見直し、クリーニングや宅配サービスのシステム変更、フロントサービスのマニュアル作成など多岐にわたる作業を積み上げて、リニューアル案は10月の総会を無事通過。11月1日には新体制でスタートを切ったというからこちらも迅速だ。
直接雇用後は従来のフロントサービスに比べ200万円近い経費削減まで実現する見込みだという。ブラウシアの焼印がつくオリジナルパンの販売も始まり、今までにないフロントサービスが構築されていきそうだ。
熱い活動の秘訣は「やりたいことをやりたい人がやる」
数々の取り組みを聞くにつけ不思議に思うのは、なぜそこまで管理組合の活動に熱を入れられるのかということ。
取材担当のオブザーバー、高田豪さんに率直に訊ねてみた。高田さんもまた、IT委員会や法人化チームなどで活躍するマルチオブザーバーだ。
「理事、オブザーバー問わず、やってみたいことを提案できる雰囲気がうちの理事会にはありますね。また、その提案を否定することなく、みんなで真剣に考え、マンションにとって良いものであれば、積極的に推進していける環境・組織になっています。やった結果がダイレクトに自分たちの住まい改善につながりますし、仕事みたいにやらされ感でやっているわけではないので、大変なことでも楽しんでできるのではないでしょうか」
吉岡さんも同じ意見だ。
「自分が楽しいと思うことが人に伝わって、共感してもらえたらうれしいですよね。理事会の活動はそういう喜びを実感しやすいんです。これがあるから仕事とのバランスがとれている感じがしますね」
それほど楽しいものであれば、留任して理事を続ける選択肢もあるだろう。実際、理事のほとんどが再任者というマンションも見受けられる。しかし、ブラウシアでは留任はほぼなく、活動を続けたい人のために用意されたのが、オブザーバーというポジションなのだ。
「オブザーバー制度を採用したのは、常に新風を吹き込んだほうが多様性が生まれ、組織として継続的に成長できると考えたためです。ブラウシアも他のマンションと同様、輪番で理事に就くケースが大半ですが、むしろ、それによってマンション内の隠れた人材を発掘できています。IT化を推進している平澤さんはまさにそう。システムエンジニアである彼がたまたま輪番で理事にいてくれたお陰で、理事会のオンライン化がスムーズに運びました。自分から手を挙げて、ホームページのリニューアルまでしてくれたんですよ。こういう出会いがあるから理事会って面白いんです」(高田さん)
最近は理事に報酬をつけて参加を促す理事会も出てきているが、ブラウシアは一切無償。報酬の話が持ち上がっても「わずかな報酬で俺らの仕事は測れない」「お金をもらわないからこそ自由にできる」と断る人たちが多いのだとか。
報酬に代わるモチベーションは、高田さん曰く「お酒を入れての懇親会」。
「利害関係なく同じ住民同士、腹を割って話をすることで、強固な人間関係もできますし、新たなアイデアが生まれることがあります。個人的な話ですが、私はもともと千葉出身ではないため、理事会に入る前はマンションに寝に帰る生活でしたが、理事会を通してマンション内に友人ができ、休日に飲みに行けるようになったのはうれしいですね。最近はもっぱらオンラインですが、飲み会ならではの一体感がなかなか生まれないのが難点で(笑)」
さらなる飛躍のために、ブラウシアではブランディング活動にも取り組んでいる。
「ブラウシアでは6期からの本格的な改革が結実し、着実な効果を上げてきました。東日本大震災に端を発した危機意識からスタートした理念・ビジョン・活動指針による革新は、やれば出来る自信と結果を生み出したのです。しかしながら現状に甘んじることなく“より快適に、より住みやすく、より楽しく”の実現のためには改革を継続しさらに未来への飛躍の拠り所が必要と判断し、50年後の未来計画をブランディングとして取りまとめました。ブランディングは、どんな心を持って何のためにその目的地へ行くのか、その答えを創りその答えの状態にすることです。ブラウシア2055年ブランド戦略は『BB55』と銘打って理念・ビジョンをさらに昇華すべく住民の総意を埋め込む形で創り上げました」(八柳さん)
「ブラウシア管理組合法人」の躍進はまだまだ続きそうだ。