中2階にある書斎を階段スペースから見た様子。ガレージ側から続くL字形のデスクがあり、その横にはFさんの趣味であるミニカーが展示される
天井の高いガレージを内包する黒い縦長の住宅
今回訪れたのは、東京都北区。周辺は下町情緒溢れる街並みで、谷中・根津・千駄木といった近ごろ人気の「谷根千」エリアも至近にある。
目的の住宅は、山手線の駅から徒歩数分という好立地。古くからの商店などが並ぶ中に、黒く細長い造形が独特の雰囲気を湛えている。正面に立つと、ガレージ扉の上部に設けられたガラス窓からMGのフロントマスクが覗いていることに気づく。無機質な印象の外観から、ここが住宅なのか店舗なのか、すぐには判断できない。見る者に「?」と思わせることも、狙いなのかもしれない。
設計を担当したのは、建築家の弓場さん。施主であるFさんが設計を依頼するにあたり出した条件は、
「クルマ2台分の駐車スペース、ピアノ室ぐらいだったと思います」
と、弓場さん。しかし、約14坪の土地でこの条件を満たすことは、簡単ではないように思うのだが。
「クルマ2台を入れるには、奥行きも幅もスペースが足りないので、必然的にリフトを利用するしかありませんでした。また、正面の扉をシャッターにすると、人間が出入りするドアを別に設けないとなりませんし、リフト使用が前提なので巻上げ式のシャッターも使えません」
そのために、正面は3枚の引き戸を組み合わせている。結果、この造形が、この住宅の個性をより強調する効果をもたらしているようだ。
居住スペースへは、ガレージを経由しなければならない。しかし、高い天井と広い壁面により、その動線に油臭さや閉塞感はない。さらに、MGとローバー75という2台の英国車の存在も、単なる「車庫を通って玄関へ…」というイメージを払拭している。この2台が、たとえば国産のセダンとコンパクトカーだったならば、その印象は大きく違っていたはずだ。
ガレージから中2階、そして居住空間へと続く階段を望むカット。ガレージは建物の玄関も兼ねていて、階段の手前が靴を脱ぐスペース。その奥にあるドアは半地下へと続く入口で、そこは奥様のためのピアノルームとなっている
中2階にある書斎は、宇宙戦艦ヤマトの艦橋=司令室をイメージさせる作り。パソコンが置かれたデスク前には斜めに張り出した窓があり、そこから愛車を眺めることができる
ガレージを挟んで上下に配置したプライベート空間
2階へ向かう階段を右手に見ながら正面の扉を開けると、そこはピアノ室。階段を数段下りた半地下の空間には、グランドピアノが。
どうやって入れたんだろうと不思議に思うのはピアノが設置された部屋を目にしたときの常だが、専門業者がまるで手品のようにスルリと収納してしまうことは周知のとおり。住空間とは隔絶されたここは、音楽教師である奥様だけのプライベートルームだ。
ピアノ室を出て階段を上ると、中2階(厳密には踊り場!)がFさんの書斎となっている。デスクに座ると正面には、手前にスラントした広い窓が設けられていて、ガレージを見下ろすことができる。
「宇宙戦艦ヤマトの司令室のよう」
同行した編集担当者がいうと、
「まさに、それをイメージしました」
と弓場さん。ここは、クルマを眺められる場所が欲しい…というFさんの希望に応じ、弓場さんが提案した空間だ。ガレージからリビングへ続く動線上にありながら、プライベート感は確保され、まさに趣味の部屋という印象。「司令室」の窓からは、リフト上段に置かれたMGの全景を俯瞰することができる。
英国車にこだわりが?
「とくにこだわりはありませんが、英国車の内装が好きなんです」
とFさん。あえてMGのルーフを開け放したままにすることで、英国車らしいインテリアをいつも眺めていられるというわけだ。
2階のリビングルームは、縦長の土地が最大限に生かされている。広いワンルームの中心にはオーダーメイドのテーブルが置かれ、同じくオーダーメイドの長イスが組み合わされている。5.6人は楽に腰かけられる広さは、リビングルームとして寛ぐもよし。親しい友人を招いてディナーパーティを開くもよし。見ているだけで、いろいろな使い方が想像できる楽しい空間だ。
「ここがリビング、ここがキッチン…と明確に分けず、自由に多機能に使えることが希望でした」
と、F夫人も満足している様子だ。
Fさんご夫婦はお2人とも仕事をお持ちだが、帰宅すると2人揃ってリビングルームで食事をし、その後Fさんは中2階の「司令室」へ。奥様はガレージ奥のピアノ室へとそれぞれ分かれ、就寝時は3階の寝室へ。このように、F邸はお2人のライフスタイルを巧みに反映し、時間帯で使用するスペースを明確に分けることで、お互いのプライベートも確保しているのだ。
田端F邸 建築家・弓場章史 + LDKホーム
- 所在地:東京都北区
- 主要用途:専用住宅
- 家族構成:夫婦
- 構造・規模:鉄骨造・3階建
- 設計:弓場章史建築設計事務所 弓場章史
- 敷地面積・延床面積:41.34㎡・100.12㎡
文・菊谷 聡 text / KIKUTANI Satoshi
写真・木村博道 photos / KIMURA Hiromichi
構成・石井 隆 editorial / ISHII Takashi
取材協力・弓場章史建築設計事務所(http://yuba-arch.com) LDKホーム(http://ldk.co.jp/)
