壁面代わりにガラスを多用した「平田の家」では、あらゆる場所からガレージに収められたアルファGTVを見ることができる。この写真は、中2階に位置するバルコニーからのカット
美術館設計のノウハウを一般住宅に反映
千葉の中心地から東京都心へ向かう幹線道路。そこから一本裏の路地に入ると、幹線道路の喧騒が嘘のように静かな住宅街となる。周囲は、長い築年数を感じさせる家々が並ぶが、角を曲がった瞬間に、一際目を奪う外観をもつ住宅が正面に現れた。
角地に建ってはいるが、道路に対して水平ではなく斜めにオフセットすることで、クルマの出入りを容易にするとともに、インパクトのある佇まいを実現している。
見上げると、建物を水平にカットしたようなガラスエリアに目が奪われる。道路に面した2方向、そして真裏に当たる面を含む3方向をガラスで囲む造形は、一般住宅というよりも、美術館やショールームといった印象だ。華美な印象こそないが、ダークトーンのコンクリート壁面とガラスエリア、そして正面の引き戸が織り成すコントラストが、独特の雰囲気を醸し出している。
設計を担当した建築家は、布施茂さん。武蔵野美術大学の教授でもある布施さんは、じつは一般住宅よりも美術館などの設計を多く手掛けてきた。代表的な作品に群馬県立美術館があるが、ここは来場者の動線を巧みにガラスエリアで構築することにより、従来にはない革新的な造形を持っていることが特徴だという。
今回訪れた住宅は、そのノウハウを一般住宅に反映させた、じつに興味深い「作品」なのである。
ガレージの扉は横に移動させる引き戸タイプ。モノトーンな建物と、アルファGTVの鮮やかな赤いボディが見事に調和する
リビング奥からガレージを見たカット。中央の仕切りガラスがなくなるだけで、リビングにいながらにして愛車と濃密な時間を過ごすことができる
計算し尽くすことで生まれた設計の美しさ
正面の引き戸を開けると、アルファレッドに彩られたアルファGTVが姿を現した。やや距離を置いてリビングルームのテーブル、そしてキッチン。そう、ガレージスペースが、そのまま住空間となっている。見上げると、3方向のガラスエリアから明るい自然光がたっぷりと注ぎ込む。まるで、上質なショールームか、洒落たカフェのようだ。
布施さんと施主であるTさんとの出会いは、住宅関連の雑誌がきっかけ。布施さんの作品を見たT夫妻はひと目で気に入り、迷わずコンタクトを取ってアトリエを訪ねた。さらに、お互いの愛車がアルファロメオであることがわかるとクルマ談義にも花が咲き、布施さんに対する信頼度は一気に増していったのである。
「ビルトインガレージであること」
がTさんの最優先条件だったが、ここはガレージと呼べるものではない。GTVは明らかに家族の一員として捉えられ、邸内の一等地が与えられている。まさに、クルマ好きだからこそ理解できる愛車への思い入れを布施さんが具現化したといえる。
中2階は、建物の中心を貫くブリッジのような存在。そこから2階へ続く半透明の階段は、眼下にガレージを見下ろせる。上下左右たっぷりとした空間をもっているから、不思議な浮遊感が特徴だ。周囲に目を配ると、階段からはすべての部屋が見渡せる。同時に、邸内のどこからでもGTVを見ることができ、ガラスに囲まれたクールな空間に身を置くと、視界に必ずアルファレッドが映る。
2階にある寝室スペース。隣に位置する書斎とは、壁による視覚的な仕切りはされていないが、中2階から続く階段によって、足元の空間が明確に分けられている
寝室と同じ空間にある書斎。目の前は、中2階のテラスが位置するため開けた空間となっている。その先には、座った位置で目線と同じ高さのルーフテラスが存在する
中2階に戻り、当初から気になっていた3方向を囲むガラスエリアを内側から観察してみた。すると、驚くべきことに3方向には柱がない。これにより「抜け感」(布施さん談)が実現でき、より開放感を強調している。もちろん、技術的に難しいことは素人目にもわかる。このあたりも、美術館などを多く手掛ける布施さんの真骨頂といえる造形だろう。
私は、邸内に入った瞬間から、クルマでいう「剛性」に近いものを感じていた。しかし、カチッとした印象でありながら緊張感を強いるものでもないという、不思議な感覚だ。
「(その感覚は)寸法を決めるときに計算し尽くし、時間をかけてデザインをしているからかもしれません。空間の抑揚やリズムについては慎重に考え、抑えるところは抑え、大きくするところは大きくするというように意識的に抑揚をつけました」
と布施さん。
「昔から書道をやっているのですが、書道では余白美が重要です。それをデザインするときに意識しました。それらによる完成度や精度が、空間を引き締めているのだと思います」
そう語る布施さんの横で、しきりに頷くTさん。竣工から2年を過ぎた今でも、新築直後の状態を維持していることは、家に対する愛着と布施さんに対する尊敬の表れだろう。
「今晩も酒が進みそうですよ」
Tさんは、満足そうに笑った。
平田の家 建築家・布施 茂
- 所在地:千葉県市川市
- 主要用途:専用住宅
- 家族構成:夫婦
- 構造・規模:RC造・2階建
- 設計・監理:一級建築士事務所 fuse-atelier 布施 茂
- 敷地面積・延床面積:86.32㎡・95.70㎡
文・菊谷 聡 text / KIKUTANI Satoshi
写真・木村博道 photos / KIMURA Hiromichi
構成・石井 隆(EAGLE) editorial / ISHII Takashi
取材協力・一級建築士事務所 fuse-atelier(http://www.fuse-a.com)
