マンションに住んでいる以上、ほかの住戸の生活音が聞こえるのは仕方のないこと。とはいえ、それが騒音トラブルに発展するのは避けたいものです。騒音問題が原因のトラブルを、事前に避けることはできるのでしょうか。もしも当事者になってしまったときは、どのように対処したらよいのでしょうか。専門家に聞きました。
マンションに住むうえで“騒音”は最も身近なトラブルのひとつ。住環境全般で見ても騒音のトラブルは増えているようで、2021年度に総務省の公害等調整委員会に寄せられた苦情のうち、騒音に関するものは1万8755件で、最も多かったのだそうです。
その背景には、人々が騒音だと感じる基準が低くなり、静かな生活を求める人や、少しの音でも我慢ができない人が増えたという事情があります。現代では誰もが騒音トラブルの被害者にも加害者にもなる時代といえるでしょう。
そもそも音がほかの住戸に伝わってしまう理由はどんなところにあるのでしょうか。
ハウスメイトマネジメントの伊部尚子(いべ なおこ)さんは、騒音の伝わり方は、空気伝播音か固体伝播音かによって違うといいます。
「空気伝播音は空気を伝わって聞こえてくる音です。空気伝播音は壁が厚かったり、壁の間に吸音材が入っていたりと、マンションの構造上の工夫でかなり防ぐことができます」(伊部さん)
話し声やテレビの音などが代表的ですが、空気伝播音は文字どおり空気を媒体として伝わる音なので、真空では伝わらず、また、音源から距離を置くことで、聞こえてくる音は小さくなります。マンションの場合は窓の隙間などを埋めて空気を遮断する、壁の質量を上げる、防音材を付加するなどの方法で対策することが可能です。
「固体伝播音は椅子を引く音や子どもが走る音など、床や外壁を振動させて、音として伝わってくるものです。
固体伝播音を防ぐには、床の施工に防振ゴムを使用するなどの方法がありますが、防ぐのが難しいのです」(伊部さん)
固体伝播音は振動によって音がつくり出されるわけですから、壁や床を厚くしても糸電話のように音が伝わってしまいます。そうなると、なかなか予防することができないのです。
実際に壁や床が厚くても騒音被害に悩まされる可能性があると指摘するのが、さくら事務所のマンション管理コンサルタント、土屋輝之(つちや てるゆき)さんです。
壁や床の振動で音が増幅されて大きく伝わり、騒音になる現象を、設計・建築の業界用語で“太鼓現象”といいます。
「中空になっているものは、分厚い床を強度を保ちながら軽くするなどメリットもありますが、防音という面ではデメリットにもなります。床や壁が中空になっていて、騒音が伝わる可能性については、マンションの専門家なら図面を見ればある程度判断できます。賃貸や購入時には仲介会社に言って取り寄せて、見てもらうといいでしょう。
壁に関して注意してほしいのは、部屋と部屋の間の壁と、外に面した壁とは、多くの場合構造が違うことです。外に面した壁だけ、音が伝わりやすい構造ということもなかにはあるのです。ですから、特に角部屋は気をつけたいですね」(土屋さん)
騒音を避けるために、壁厚、床厚のあるマンションを選んだり、角部屋を選んだりしても、音が伝わりやすい構造の壁や床だったために騒音が伝わってしまうこともあります。建物のつくりと騒音の関係は、一筋縄ではいかないようです。
そもそも騒音の大きさというのは、どの程度の音を指すのでしょうか。音の大きさは「デシベル(dB)」という単位で表され、その数値が大きいほど、大きな音になります。
ここで、騒音トラブルにつながる騒音の代表例を見ていきましょう。
生活する人の行動や過ごし方などによって変わってくる、足音やドアの開閉音などの生活音は、ライフスタイルや生活時間帯の違う人にとってはストレスになることもあります。乱暴にドアの開け閉めをしない、家の中で跳んだりはねたりしないというのは、注意しておきたい点ですが、小さな子どもがいる場合などは、音を抑えることが難しいこともあります。
洗濯機や掃除機などからの騒音は、使用する機器の性能によって違うため、購入時に騒音レベルを確認しておくと安心です。また、洗濯機などは、音だけでなく振動についても気にしておきたいもの。そして、どのような家庭用機器でもいえることですが、トラブルを避けるためには、使用する時間帯に配慮することも必要です。
テレビや楽器の音など、音響機器も騒音になり得ます。洗濯機や掃除機と同様、使用したり、演奏したりする時間帯に気をつけることが肝心ですが、音量に気をつけたり、夜間などの場合は、イヤホンやヘッドホンを使用したほうがいい場合もあるでしょう。楽器の場合は、楽器に合わせて、しっかりと防音対策をするのはもちろんですが、楽器演奏OKなマンションの場合でも、演奏NGな楽器などもあるので、事前にルールを確認するようにしましょう。
最近ではバルコニーをオープンリビングのように活用する人も少なくありませんが、バルコニーは屋外になるため、大勢で騒いだりするのはNGです。また、屋内にいる場合でも、窓を開けた状態での話し声などは、大きな声を出していないつもりでも、近隣の人にとっては騒音になることもあります。
前述したように、騒音の目安として、環境省による騒音基準が定められていますが、マンションにおける生活音などによる騒音を直接規制するような法的なルールはありません。
一方で、法的な規制などはないものの、調停や民事訴訟などに発展したケースもあり、今回お話を伺った伊部さんも土屋さんも、騒音トラブルでのクレームはとても多いといいます。
「人間関係と騒音トラブルは密接にかかわっているので入居者同士でこじれると大変です。ドアを叩いてクレームを言うだけでなく、バルコニーから隣の部屋に乗り込んでしまった人もいます。そうなると騒音の加害を訴えられた方も、恐怖を感じますよね」(伊部さん)
「騒音が気になる人はとことん気になって、ノイローゼになってしまう人もいますよ。満足できる静けさの基準が非常に高くなってしまって、ちょっとした物音にも精神がまいってしまうのです。集合住宅に住んでいる以上、どうしても他人の生活音はするものですから、終わりがない苦しみです。裁判を起こしたとしても公害レベルの騒音でなければ勝訴するのは難しいので、気にしている本人の精神が蝕まれてしまいます」(土屋さん)
実際にあった民事訴訟では、上階の子どもが廊下を走ったり、跳んだりはねたりする音が、一般社会生活上、受忍すべき限度を超えるものであったとされ、損害賠償請求など認められたケースもありますが、騒音トラブルから訴訟に発展しても、訴えが認められないことは少なくありません。
生活する上で、まったく音を出さないということはできないので、騒音トラブルは誰にでも起こりうることです。しかし、マンションを選ぶ際に、騒音に配慮されたマンションを選ぶことで、騒音トラブルのリスクを減らすことは可能です。騒音に配慮されたマンション選びをする上で、押さえておきたいポイントを見ていきましょう。
防音性を大きく左右する建物の構造ですが、一般的な分譲マンションの場合は鉄筋コンクリート造(RC造)が採用されることが多く、賃貸アパートの場合は鉄筋コンクリート造(RC造)や鉄骨造(S造)が一般的です。2階建ての賃貸アパートなどの中には木造(W造)の場合もあります。
コンクリートを使用する鉄筋コンクリート造(RC造)の場合は、ある程度コンクリートの厚みがあれば生活音は遮断されるものですが、木造(W造)や鉄骨造(S造)の場合、鉄筋コンクリート造(RC造)のような遮音性は望めないため、周囲の生活音は聞こえてくるものと考えておきましょう。
壁の構造や厚みなども、大事な点です。マンションやアパートなどは、住戸を区切る界壁が設けられており、界壁は定められた遮音性能の基準があります。しかし、界壁の厚みや素材は建物によって異なり、鉄筋コンクリート造(RC造)の場合でも、コンクリートが使用されているとは限りません。
「壁の構造や厚さなどは、竣工図面などから分かる場合がありますよ。事前に管理会社や大家さんにひとことたずねてみるとよいでしょう」(伊部さん)
床も階下への騒音を考えると慎重に考えておきたいポイントです。床付近の騒音には重量床衝撃音(LH)と軽量床衝撃音(LL)の2種類があり、重量床衝撃音は、跳んだり走ったり、重いものを落としたときのドスンといった音など、軽量床衝撃音はスプーンなど、固いものを落としたときに発生する音などです。重量床衝撃音はコンクリートの厚みなどによって影響を受けますが、軽量床衝撃音については床の仕上げによって左右されます。
カーペットか、フローリングか。フローリングであれば、遮音フローリングかどうかなど、軽量床衝撃音については床材選びによって抑えることができるので、遮音等級を確認して、等級の高いものを選ぶのが安心です。
鉄筋コンクリート造(RC造)の場合でも、窓やサッシの気密性によっては音が気になることがあるものです。また、窓ガラスだけ遮音性能の高いものでも、サッシの気密性が十分でなければ、窓ガラスの遮音性能も十分に発揮できない可能性もあるため、サッシも含めた窓全体を確認するようにしましょう。
マンションを探すとき、自分の部屋の間取りはよく確認すると思いますが、隣の住戸の間取りも確認しておくことも重要だといいます。
「部屋を選ぶときは、まず俯瞰的な視点をもつこと。これは自分の入居する部屋の雰囲気だけではなく、ちゃんと図面を見て、隣の部屋の間取りがどうなっているかをチェックしようということです。
例えば隣家のリビングが寝室のすぐ隣にあって、寝ている時間にテレビを見ていたらうるさそうですよね。そういう騒音トラブルが起こりそうな間取りになっていないか確認をしましょう。
入居を決める前に、管理会社や仲介会社に騒音トラブルについてたずねてみるのもおすすめです。
「管理会社であれば、転居する方からその理由を聞いていることも多いですし、もし騒音が原因の転居だと知っていればちゃんと伝えてくれるはずです。日ごろから騒音クレームが発生しやすい物件が分かっている場合もあります」(伊部さん)
ただし、売買の場合は騒音トラブルがあっても、なかなか分からないということも少なくありません。
「分譲の場合は、周囲の方や仲介会社に聞き込みをしても、騒音トラブルの情報が分からないことも多いのです。というのも、部屋のオーナーは高く売りたいため、近隣の方にしても自分のマンションに騒音トラブルの風評が立てば、困ることもありますから、マイナス面は伝えないこともあるのです。購入前には専門家に図面を確認してもらったり、理事会の資料を閲覧したりして、吟味したほうがよいですね」(土屋さん)
騒音トラブルに関しては、普通に生活していても加害者にも被害者にもなってしまう可能性があります。何とかしてトラブルにならないようにする対処法はあるのでしょうか。
生活音をなくすことはできませんが、工夫次第で音を小さく抑えたり、音を伝わりにくくすることは可能です。
環境省の「生活騒音パンフレット」にも、生活騒音の種類に合わせた気配りの方法などが紹介されています。
例えば、階下への足音対策としては、厚みのあるカーペットやマットを敷いたり、歩き方に注意することで、階下へ伝わる音を抑えることができます。ドアの開閉音などについても、開閉の際に注意することに加え、ドアクローザーや隙間テープなどの緩衝材を使うのもいいでしょう。
また、家庭用機器の騒音などについては、洗濯機の振動などは防振や消音マットを敷いたり、テレビなど音の出るものは壁から離して設置することも効果的です。
楽器などを使用する場合は演奏する楽器に合わせた防音対策が必要ですが、厚みのあるカーペットを敷いたり、遮音シートや吸音材を張るといった対策も併せて検討するとよいでしょう。
また入居後に騒音トラブルにあってしまったら、いきなり直接交渉や手紙、警察を呼ぶなどをせずに、賃貸で管理会社が入っている物件なら管理会社、大家さんが自分で管理している物件なら大家さんに、分譲なら理事会を通じてコンタクトするほうが得策のようです。
マンションだと必ずしも上下左右の住戸が発生源でないことも多いので、まずはどこから発生している音なのか、ほかにも被害にあっている人はいないかなど、確認・特定できないとトラブルが大きくなってしまうこともあります。それに人間関係のないところで当人同士の話し合いをすると、感情的になってしまうこともあるようです。
「最終的には人と人の間のことなので、一番の解決法は人間関係を良くすることなのです。会うたびに、『わが家は子どもがいますが、うるさくないですか?』とか『音楽が響いていませんか?』など声かけをして関係性をつくっておけば、トラブルになる前にお互いに気遣いができます」(伊部さん)
「マンションを購入したら防災訓練などのイベントに参加して住人と顔見知りになっておくとよいですね。いざというときに相談もできますし、相手の顔が分かればそもそも生活音がトラブルに発展しないことも多いのです。どの程度を騒音と思うかは主観的なものですから、知人だったら生活音と思える音が、見知らぬ人だと我慢できないということもあります」(土屋)
管理会社や大家さん、管理組合などを通して解決を図っても、問題が改善しない場合は市区町村役場の相談窓口や保健所などに相談するという選択肢もあります。リフォームの不備などが原因の場合は、消費生活センターに相談することもできます。身近な相談先に相談して、さまざまな解決方法を模索しても改善が見られないという場合は、弁護士に相談するという方法もあるでしょう。
騒音トラブルに困った場合、相談先の選択肢はひとつではありません。まずは管理会社、管理組合、大家さんなど、身近な相談先に相談をするのが大事ですが、ひとつの相談先で解決できない場合は、ほかの相談先を当たってみると、問題解決の糸口になることもあります。
騒音トラブルが多いのは、もしかしたら住人同士のコミュニティが薄れたことも、原因かもしれません。騒音トラブルの当事者にならないように、できる限りの対策をすることはもちろん大切です。そのうえで、騒音が気になってもコミュニケーションで解決できる人間関係を日ごろからつくっておくことができれば、心強いですね。
●取材協力
・株式会社ハウスメイトマネジメント 伊部尚子さん
・さくら事務所 マンション管理コンサルタント ホームインスペクター 土屋輝之
●参考資料
生活騒音パンフレット(2019年3月)/環境省