2012年に放送され人気を博した、NHKの連続テレビ小説『梅ちゃん先生』。堀北真希さん演じる、ちょっとドジなヒロインの下村梅子が、焦土となった終戦後の街で医者として地域に貢献する物語です。このドラマの舞台となったのが、東京大田区にある蒲田。
ドラマでも描かれていましたが、蒲田といえば町工場やしぶ~い雰囲気の酒場が軒を連ねる”ザ・昭和シティ”といったイメージ。また、戦後に大規模な闇市が設けられるなど、若干グレーな街という一面も。
そんな蒲田ですが、近隣の羽田空港の国際化にともない、街も少しずつ変化してきている模様。駅前では再開発が活発に進んでいるなんて情報もちらほら聞こえてきます。さらに、大田区自体も平成23年に、「国際戦略総合特区」の指定を受け、ビジネス環境を整備するべく国を挙げて開発中。これは、「次にくる住みたい街」のポテンシャルを秘めているかもしれない……というわけで、今回は蒲田の魅力を探っていきたいと思います!
まずは、蒲田についてザッとおさらいしてみましょう。
・東京23区の南部に位置する大田区に属し、JR蒲田駅や京急蒲田周辺に広がる地域
・JR蒲田駅・京急蒲田駅の2駅が利用可能。JR蒲田駅には京浜東北線と東急多摩川線および池上線、京急蒲田駅には京急本線・京急空港線と合計5路線が乗り入れ、東京都心や神奈川へのアクセスが便利。
・京急蒲田駅から電車で5駅の距離に羽田空港がある。
・徒歩で20分程度のところに位置する多摩川の河川敷では、テニスや野球、ゴルフの打ちっぱなしを楽しめる。
・松竹の撮影所があったことから「流行は蒲田から」ともいわれた時代も。かつてのムーブメント発信地。昭和キネマの名作『蒲田行進曲』の舞台でもある。
・JR蒲田駅の西口と東口にはロングアーケードの商店街が広がり、にぎわいをみせている。
・真っ黒なお湯で知られる黒湯温泉が湧く。東京23区内では最多の20以上の温泉施設が点在する。
それではさっそく、蒲田を歩いてみたいと思います。
まずは、JR蒲田駅周辺にやってきました。JR蒲田駅は、JRと東急の2社3路線が乗り入れており、東京方面と横浜方面へのアクセスが便利。2008年には駅の大規模改修が実施され、広くて明るい駅に生まれ変わりました。朝の通勤ラッシュは混雑気味の京浜東北線ですが、東京方面へは7時から8時台にかけて、10分から20分間隔で始発が出ています。都心に近い駅でありながら、座って通勤できるのはうれしい限り。ちなみに、列車の発車メロディはもちろん『蒲田行進曲』。
地方都市などでは、大手スーパーやショッピングモールの進出により、商店街がシャッター通りと化してしまっていることも多いわけですが、なぜ蒲田の商店街はこんなに活気があるのでしょうか。蒲田西口商店街振興組合理事長の片山蔦栄さんにお話を伺いました。
「昭和20年代後半、戦後の焼け野原で闇市から育っていったのが蒲田駅周辺にある商店街です。当時から飲食店も多いですが、衣料品の商店が多かったですね。蒲田で生まれたユザワヤも、もともとは毛糸屋さんでしたしね。クレジットカードのはしりとなる割賦制度をはじめたのも蒲田の商店街です。そうしたことから、庶民の生活に歩み寄った商売の風土が根付いています。下町っぽい名残りもあって、お客さんも買い物しやすいのではないでしょうか」
また、最近では若者にも愛着をもってもらおうと、商店街のイメージを変えるような取り組みも実施されているそうです。
「商店街というと中高年の印象が強いので、若い人に来てもらえるようなイベントを季節ごとに企画しています。例えば10月には、仮装大会やカボチャのランタンづくりを行うハロウィンを実施します。かれこれ25年間続いているので、当時小学生だった女の子がお母さんになり、お子さんを連れていらっしゃることもあるんですよ。そういうつながりがうれしいですね。あと、最近では婚活パーティーもやりました。参加者24名中5組がカップルになって、大成功でしたね。その人たちが商店街で結婚式をするなんていうのもいいかなと。年代を超えてつながりが生まれる商店街っていうのが理想ですね」
個人商店はお客さんとのつながりも深いもの。蒲田でひとり暮らしをしているという女性は、よく行く八百屋さんから顔を覚えてもらって、いつも声を掛けてもらえるそうです。そんな、交流に心を和まされるのも商店街ならではかもしれません。
また、今年の9月1日には、日本工学院専門学校の在校生が手掛けた、蒲田の街の魅力を伝えるニュースレター「カマ・コレ」の創刊準備号が発行されました。この号では、蒲田西口商店街とのコラボが実現。学生の視点から、商店街の魅力が紹介されています。
さらに、JR蒲田駅から15分ほど歩みを進めてみると、「蒲田温泉」と書かれているひと際目立つ看板が……!
蒲田の魅力を少しずつ実感してきたところで、京急蒲田駅から電車で2駅のところにある六郷土手駅にやってきました。同駅の周辺エリアは、緑あふれる多摩川の河川敷が4km以上にわたって広がり、”大田区民の庭”として親しまれています。蒲田からも電車や車で約10分と近いので気軽に訪れることができます。
取材日は天気がよかったこともあって、すがすがしい景色が目に飛び込んできました。このエリアは、毎年大田区とボランティア団体などが頻繁に清掃活動を行っており、河川敷の景観を美しく保っているそう。実際、ゴミは全くといっていいほど落ちていませんでした。
続いて訪れたのは、JR蒲田駅から10分ほど歩いたところにある京急蒲田駅。現在、西口駅前では再開発が行われています。この事業について大田区役所の岡田誠さんにお話を伺いました。
「平成24年に京急の線路の高架化が実現しました。それにともなって、約1haの西口駅前エリアで再開発がスタートしています。それまで、駅前には木造住宅や老朽化した建物も多く、防災面での改善が必要とされていました。こちらの再開発地区では、それまで経営されていた店舗や、生活をしていた方が現在建設中のマンション『プラウドシティ蒲田』に入居していただくようになります。ほかの地域からのファミリーなども増える予定です」
ちなみに、東口でも駅前広場をつくる事業が進んでいるそう。
また、かねてより実現が噂されているのが、JR・東急蒲田駅と京急蒲田駅の2駅を結ぶ新空港線「蒲蒲線」(仮称)の開通。現在、両駅は徒歩約10分ほど離れているため、JR線や東急線利用者が羽田空港へ向かうには、一度駅を出てから乗り継がなくてはいけません。そこで、この”2つの蒲田駅離れてる問題”を解決するべく構想されているのが蒲蒲線です。駅間の移動が楽になるだけでなく、東急多摩川線と京急空港線を地下で連絡させるようになるため、副都心や多摩地区などから羽田空港へのアクセスも快適になります。
さらに、今年9月には東急東横線を多摩川線経由で蒲蒲線に乗り入れるようにする案を、東急電鉄が明らかにしました。これが実現すれば、羽田空港と渋谷駅が片道30分以内で、さらには川越などの埼玉県西南部からも副都心線経由でつながります。この蒲蒲線開通に向けたプロジェクトは、2015年までに整備を着手する方向で話を進めている模様。交通網の充実によって、蒲田がさらに発展していきそうな予感です!
引き続き、京急蒲田からJR蒲田に向かって歩いていると、住宅街に紛れて小さな町工場が点在するエリアにやってきました。最盛期には約9000もの工場があったという大田区。全体の数は少なくなったものの、その技術は今も脈々と受け継がれているようです。
こうしたモノづくりの力を街づくりに活かそうという動きもあります。その活動を推進しているのが、首都大学東京、横浜国立大学、東京大学の研究室と 大田観光協会から成る「大田クリエイティブタウン研究会」。大田区をフィールドに、「モノづくり」と「街づくり」の共存をテーマにしたさまざまなイベントを開催しています。
なかでも、毎年1000人近くが訪れるなど人気を集めているが「おおたオープンファクトリー」。蒲田から数駅離れた武蔵新田駅や下丸子駅周辺の町工場をツアーのように見学できるイベントです。同研究会の窓口である大田観光協会の荻荘千恵さんにお話を伺いました。
「モノづくりをしている職人さんの仕事を知る機会って少ないと思います。おおたオープンファクトリーでは約30社の工場にご協力いただいて、職人さんから技術や仕事内容について直接教えてもらうことができます。有名ブランドの刻印をつくる製作所やロケットや新幹線の先端をつくっている工場や職人さんたちから話を聞けるのは、めったにない貴重な機会です。一方で、工場の方たちからも『社員教育になった』『自分たちの仕事に改めて誇りをもてた』といううれしい反響をいただいています」
町工場のプレミアムな技術に触れることができる、こちらの取り組み。ほかにも、大田クリエイティブタウン研究会では、古い工場を改装してオープンした地域交流拠点「くりらぼ多摩川」にて、モノづくりのワークショップやツアーなどを開催するなど、新たな動きも始まっています
だんだん日も暮れてきたということで、最後にご紹介したいのが地元の皆さんが口をそろえて”ぜひ!”とおすすめしてくれた居酒屋「鳥万」。各国料理や飲み屋さんがひしめく蒲田の繁華街において、名実ともに一番人気といえるお酒好きの聖地です。壁には一品料理のメニューがずらっと並んでいます。いずれも300円から500円くらいまでと、財布に優しい価格帯。から揚げやキャベツの浅漬けなどの定番メニューから、ナポリタンやアメリカンドッグといった変わり種メニューまで豊富にそろいます。蒲田ならではの雰囲気をギュッと凝縮させたような場所でした。
昭和の薫りと温かさが漂いながらも、若い世代や働く人のニーズをくみ取った街づくりが進む蒲田。交通網の発達による利便性の良さもさることながら、人情味あふれる住民の皆さんによって自然と住みやすい街が形成されているようです。
肩肘はらずにホッと気を抜くことができる街、蒲田のこれからに期待したいです。
取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 撮影:森カズシゲ