“住みたい街ランキング”の定番といえば「吉祥寺」や「中目黒」。しかし、そうしたランキングの上位には登場せずとも、じつは住みやすい街もたくさんあるはず。そこで、本企画では今じわじわと新たなムーブメントが生まれている街やこれから人気が出そうな街など、SUUMO独自取材による「次にくる住みたい街」を発掘します。
春や秋の引越しシーズンになると各メディアがこぞって発表する「住みたい街ランキング」。かくいうSUUMOも毎年、首都圏・関西圏のランキングをリサーチしているわけですが、上位にくる街って大きくは変わらないんですよね……。
例えば東京だったら「吉祥寺」「中目黒」あたりは鉄板ですし、「恵比寿」「自由が丘」「表参道」なんかももれなく入ってきます。これらのメンツに対する憧れやイメージの良さは、今後も不動のものといえるでしょう。
しかし、そんな食傷気味のランキングにおいて、昨年30位圏外から21位とジャンプアップを果たした街があります。それが「北千住」。それまで編集部的にもノーマークだった足立区の下町が謎の飛躍を遂げたのは何故なのか? そのワケを探るべく、北千住の街を徹底取材してみました。
「いま、北千住に何が起きているのか?」。
それを探る前に、まずは街の概要をおさらいしてみます。
・東京23区北部の足立区に属する千住地区、そのさらに北側に広がる一帯を指す。
・街の玄関口である北千住駅は、JR、東武線、東京メトロ千代田線・日比谷線につくばエクスプレスまでじつに5路線が交錯する全国屈指のビッグターミナル。
・地形的には隅田川と荒川に挟まれ、荒川の土手は『金八先生』オープニングのロケ地としても有名。土手にはサイクリングコースも設けられ、夏は花火大会が行われる。
・江戸時代は日光街道の宿場町として栄え、宿場町通りには今も多くの商店が集まる。
・駅前には丸井、ルミネがあり、西口・東口ともに商店街がにぎわっている。
・5大学のキャンパスが集まる学生の街でもある。
とまあ、なかなか盛りだくさんな感じですが、個人的には金八のロケ地というところに引かれます。オープニングの土手だけでなく、「桜中学校(現在:東京未来大学)」や歴代最狂の問題児キャラ「兼末健次郎の家」など、金八っ子にはたまらないスポットも点在しているとか。
話が脱線しましたね。
ともあれ、駅周辺を散策してみることにしましょう。
なるほど、駅前の大きな商業施設だけでなく商店街にもきちんと人が流れているようですし、活気があって住みやすそうな街であることがうかがえます。交通アクセスの利便性は東京屈指と呼べるほど充実していて、生活圏内に自然もある。東京23区内にしては家賃も手ごろですしね。
西口繁華街の一部には子どもの教育上けしからんお店が立ち並ぶピンクなエリアがあったりもしますが、そういった場所に深入りしなければ、ファミリーでも快適に過ごせそうです。
と、北千住のポテンシャルの高さがよく分かったところでいよいよ本題。
「住みたい街ランキング」急上昇の真相です。
じつは今回の取材で、北千住にいくつかの大きな変化が起きていることを実感しました。そんな変化が街にポジティブなイメージを生み出しているのではないでしょうか。
なかでも、ここ数年における最も大きな変化といえば、駅前に東京電機大学(以下、電大)のキャンパスができたことでしょう。最先端のテクノロジーを駆使した巨大かつ洗練された校舎は、東口の景観を一変させました。
西口に残る「古き良き北千住」に対し、東口は「これからの北千住」を象徴するエリアとして期待が高く、その核となるのがこの電大キャンパスです。
なお、こちらでは雨や日差しをエスケープできる屋根付きのベンチや、学食を兼ねたイタリアンカフェを地域住民に開放するなど、キャンパス内施設の一部を地域にシェア。
さらに、一年を通じ大学の学生と地域住民が触れ合うイベントを仕掛けるなど、積極的につながりの機会を生み出しているとのことです。イベントは理工系大学の特色を活かしたものが多いとのことですが、具体的にはどんなものがあるのか? 同大広報の村上隆之さんにお話をうかがってみました。
「例えば、近隣の小学生を対象にした工作教室などは反響が大きいですね。大学生と子どもたちが一緒に実験や工作をして、つくったものを持ち帰ることができます。あとはロボットコンテストなど、楽しみながら理科に興味をもってもらえるようなイベントを開催することが多いです。また子どもだけでなく、理科の授業を苦手としている小学校の先生を対象に、実験のやり方や器具の扱い方を教える教室もやっています」
学生だけでなく、地域に対して広く学びの場を提供していきたいと村上さん。「知の財産」を積極的にシェアしてくれる大学の存在は、わが子の教育に熱心な親御さんたちにとっても魅力的なポイントなのではないかと思います。学びにまつわるイベント以外にも、キャンパス内で地元企業を集めた産業展示会をやったり、校舎の壁面を特大スクリーンにしたCG映像の上映会をやったりと、近くに住んでいたら足を運んでみたくなるような、なんとも楽しそうな試みが目白押しです。
千住界隈には電大だけでなく、2006年に東京芸術大学と東京未来大学、2010年に帝京科学大学がそれぞれキャンパスを構えています。ここ10年足らずで一気に学生の街へと変貌し、若者の流入が急増したことも北千住のパワーの源なのかもしれません。
また、近年新しい飲食店が急増していることも見逃せないポイントでしょう。北千住というと前述の「大はし」に代表されるような大衆酒場のイメージが根強く、もちろんそういう店も健在なのですが、最近では若い世代が営むオシャレカフェやすてきビストロが勢力を拡大しつつあるようです。少なくとも筆者がそれまで抱いていた「おじさんの飲み屋街」という北千住のイメージは、今回の取材で完全に上書きされました。
東京スカイツリーの開業以降、「東京の東側」にビジネスチャンスを見出し、これまでの下町にはなかったタイプのレストランを開く若者が増えている。以前そんな話を聞いたことがあったのですが、人出も多く一定の集客が見込める北千住はなかでも魅力的なエリアなのかもしれません。
北千住には昭和初期に建てられた古い建物も多いのですが、そうした物件を安く借り、リノベーションして新たなお店を開く。そんな動きも活発化しているとか。近年はオーナーや店子の高齢化などによって築古の建物が空き家になるケースが増えているようですが、ここ北千住ではしっかりと次の世代に受け継がれ新陳代謝が行われているようです。
さらには、足立区の自治体としての取り組みも大きく影響しているのかもしれません。足立区というと一般的には「治安が悪い」という不名誉なイメージもありますが、区ではそうした悪しき固定観念を払しょくすべく数年前から「シティプロモーション」に尽力しています。区民、大学、地元企業などと連携し、足立区を「自慢できる誇れる街」へと進化させる街づくりを強力に推進。街の美化や防犯パトロールにも力を入れ、2013年には犯罪件数が一気に減少するなど確実に成果も残しています。
聞けば、電大のキャンパス移転に際しても、区がかなり熱烈にラブコールを送り、サポートを行ったとか。電大側もそれに応え、地域にしっかり貢献していることは先にお伝えしたとおりです。
高い交通の利便性と活気あふれる商圏など、もともと高いポテンシャルをもつ街だった北千住ですが、そこに新たな風が加わり、街にポジティブな変化をもたらしているようです。
さらには、公と民が連携した地道な取り組みも実を結びつつある。それら複合的な要因が合わさって、街の人気をじわじわと押し上げているのではないかと思います。北千住が吉祥寺などと並び、名実ともに「住みたい街」の常連になる日も近いかもしれませんね。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:森カズシゲ