
“終の住まい”のつもりでマンションを買ったけれど、想定外のことが起きた。自分も若くないのに親の介護問題に直面した。もしくは、ずっと賃貸派でいたけれど、高齢者になったら部屋が借りにくいと聞いた――50歳を前に、そんな不安を持つ人も多いはず。きんのさんも50歳になる直前に住環境が大きく変化した一人。都内の設備充実なマンションから、郊外の古い団地に引っ越したのだ。現在は、等身大の古い団地暮らしのブログが評判になり、『54歳おひとりさま。古い団地で見つけた私らしい暮らし』(扶桑社)という本も出版したきんのさんだが、「最初は古い団地が嫌で仕方なかった」そう。それを「楽しもう」と思わせてくれたのが「リノベーション」。「正直、予算との闘いだった」というリノベーションのプロセスについてお話を伺った。
記事の目次
母の一言から始まった、築50年団地でのひとり暮らし
6年前、東京都内の分譲マンションから、郊外にある築50年以上の古い団地に住み替えた、きんのさん。歳を重ねていく母に、「同じ団地に空きがでたんだけど、そこに住まない?」と請われたからだ。
最初はすぐ断った。当時、新築で分譲された“おひとりさま”向けの新築マンションを購入し、ひとり暮らしを満喫していたからだ。「通勤時間も長くなりますし、何より団地の古さ、汚さに愕然としていたからです。10年以上誰も住んでいなかったらしく、カビがひどくて、とても住める状態ではなかったんです」
しかし、「ここで母を見捨ててしまったら、私が後悔してしまう」と迷いに迷った結果、住み替えを決意した。「せっかく買うならフルでリノベーションしようと思ったんです。自分のしたい暮らしをここで作っていこうと方向転換しました」

ひとり暮らしの特権! 壁を取っ払って生まれた“私のコックピット”
元々の間取りは昔の団地らしく、細かく居室が分かれた48m2の3DK。
「ひとり暮らしだから部屋数は要らない。できるだけ壁は取っ払って広々とした空間にしようと、寝室以外を広いLDKにしたいと考えました。とはいえ、構造的に外せない壁もあったり、給排水管の位置から水回りの大まかな位置を変えることはできないなどの制約はありました」
専有面積/48m2 間取り/3DK→1LDK
リノベーション費用/約454万円



きんのさんが重視したのはキッチン。
「得意な訳じゃないけれど、料理が好きなんです。それに食器やキッチン雑貨も好きで、ついつい買ってしまう。以前住んでいた新築マンションは、キッチンはきれいだったけれど、壁に向かって料理するしかない、閉鎖的な空間でした。そういうものだと思っていたけれど、リノベーションするなら好きにできるじゃないか、と考えました」

和室をすべてキッチンスペースにし、閉鎖的だったキッチンは、リビングにも開かれたオープンなカウンターキッチンに。さらに、家事動線を最短にと考え、洗濯機置き場もキッチン内に設けた。2,3歩歩けば、調理も洗濯もココで完結できる。
「食器棚やキッチンの作業台をテーブル代わりにして、ここで書き物をすることもあります。専有面積48m2に対して、このキッチンは広いかもしれないけれど、日当たりもよくて、結局いる時間が長いんですよね。まるで私のコックピットです」

キッチンが広くなれば、料理もぐっと楽しくなる。節約と趣味も兼ねて、ほぼ自炊というきんのさんは調味料やデザートまで手作りするほど。休日に常備菜を作ったり、家庭菜園からハーブを摘んだり、〝食〟の日常が豊かになった。


“不思議な間取り”だった玄関と水回りを思い切って一つに。使いやすさが格段にアップ!
水回りや玄関も大きく変えた場所だ。
「元の間取りでは、脱衣所がなく、玄関を入ると、すぐお風呂場。なにか目隠しを自分で設置しなければ、服を脱ぐのが丸見え、という不思議な間取りでした。そこで、どうせ1人なんだからと思い、洗面室とトイレを一体化し、ココを脱衣スペースとしました。」



「予算450万円」。お金をかけるべきは”目に見えない場所”だった
リノベーション工事を依頼したのは、近所にある小さな工務店。
「最初は東京の洒落たリフォーム会社にも数社問い合わせしたんです。でも、同じ団地のリフォームを何件もしていて、この古い団地の事情を良くご存知だったのが決め手でした。“コンクリート打ちっぱなしはお洒落に見えるが、この団地は断熱性が低いので向かない“とか、”この配管は動かそうとすると大変なのでオススメできない”とか、安請け合いせずに正直に教えてくださるのも良かったんです」
さらに、団地ではリフォームに関しては管理組合に各種の手続きが必要だったが、代行してもらうことが多く、地元の会社にお願いして良かったと再認識したとか。 「当時は東京に暮らしていて、仕事も忙しくて足を運ぶのが大変だったので、助かりました。ガスを通す工事では、私の代わりに工務店さんに立ち会ってもらいましたから。入居後に不具合があってもすぐ来てもらえるのもお願いした理由のひとつです」

予算の分配で決めたのは、〝フルリノベーションのタイミングだからこそできる〟構造面での改修を優先すること。
「古かったうえに、ずっと誰も住んでいなかかったため、湿気とカビがとにかくひどくて。まず、この一番のデメリットを解消しないと、何も始まらないと思ったんです」 古い建物で気密性に問題があったため、可能な限り断熱材を入れ、窓も複層ガラスにした。そうすることで窓の結露を防ぎ、カビ防止になるだけでなく、冷暖房の効率があがり、光熱費の節約にもなる。
「断熱材を入れる工事は、いろいろ解体した直後じゃないとできないじゃないですか。壁紙を貼ったり、収納を増やしたりするのは入居後でもなんとかなるもの。さらに自分でDIYできるものは、後まわしでいいなと思ったんです。基本的なことこそお金をかけようと考えました」

予算の問題がある以上、諦めたこともある。
「本当は床も無垢のフローリングやテラコッタなど素材にこだわりたかったんです。でも床の素材はかなり予算を左右するんですよね。ただ最近では、“それふうに見える”クッションシートの種類がけっこうあるんです」
種類が豊富なら、遊ぶことも可能だ。ひとつの空間のLDKだが、床シートの種類を変えることで、キッチンとリビング、と空間を分けることもできる。通常のフローリングよりも足音を吸収するので防音性も高い。

手作りの「リノベノート」が教えてくれた、“私の暮らしの理想像”
それまで特にインテリアには興味はなかったという、きんのさん。「いいな」と思った、インテリアのリフォームの雑誌を切り抜いたり、〝こんな住まいでこんなことをしたい〟と「リノベノート」を作った。
その過程のなかで、“シンプルでモダンなものより、少し古くて、どこか温かみのある雰囲気のほうが好きだな“、“どこか海外の家のような色彩のあるものに囲まれたいな“と、と自分の好みが可視化されていったといいます。

壁のクロスも遊び心があるものをチョイスした。
「せっかくリノベーションするなら、他にはないカラフルな内装が私らしいなって思ったんです。例えばキッチンは風水的に金運のたまる黄色の壁に。寝室の入り口の壁はやや緑がかったブルー。これは子どもの頃から好きな色なんです」



「予算上限」がアイデアの源泉に!DIYで古いものに手をかけて愛しむ暮らし
予算に上限があるから「できるだけ自分でやる」がきんのさんの方針。リフォーム会社には「これ、自分でできますか?」と何度も質問した。
例えば寝室の床は、解体から下地を貼るまでをリフォーム会社に依頼し、好きなシートをネットで探し、自分で貼った。方法は本やネット記事を参考にした。計算していたつもりが、途中シートが足りなくなってしまったこともあった。

洗面台もユニットで買うと高額になるので、最小限の洗面台と木の枠だけ造作してもらい、外枠のタイルは入居後に自力で貼った。
「最近は、ホームセンターはもちろん100円ショップでもDIY素材がけっこう売られているんです」


それまでDIYとは無縁の生活をしていたきんのさん。実際にやってみると、まっすぐシートを切るのさえも難しかったそう。「不揃いだけれど、それはそれで味があるというか、面白いかなと思っています。私が大雑把な性格というのもあるんでしょうけど、均等ではない、整っていないのも、“私らしい”と思える。失敗が失敗じゃなくなるんです」
そうやって完成した我が家は愛着もひとしお。
今も、壁をデコレーションしたり、「モノを増やしたくない」と思いつつ、素敵な雑貨を見るとついお迎えをしてしまったり、「家を自分らしくカスタマイズ」することが楽しい。

節約のために必要に迫られて挑戦したDIYで、ちょっとした家作業をすることも日課になった。
古い家具をリペイントしたり、予算の都合で諦めたキッチン収納の代わりに、DIYや収納雑貨を工夫したり、古い家具を修繕して使ったり。
「もともと歳月を感じさせる、古い家具が好きだったんですけど、さらにそれが加速した気がします。最近お迎えした家具も古いものを自分なりにアレンジしています」






家を変えたら暮らしが変わった。「買う」から「作る」へのシフト
家づくりを通して生活の楽しみ方の選択肢が大きく広がったという、きんのさん。
「以前は、なにか必要なものがあったら“買う”一択だったものが、今は“作る”という方法が私にはあるんだと思えるんです。イチから作らなくても、もともとあったものを塗装し直したり、ちょっと工夫したり、とか。そのアイデアを思いつく時も、実際に作業している時も、完成した時も、楽しい。これは買うだけでは得られなかった喜びです」

「今後は寝室とリビングの間に棚を自作して”見せる収納”にしてみたいです。ホームセンターで木材の加工までしてくれるので、挑戦できそう」と展望が広がるきんのさん。
“自分らしい家”を作っていく、そのプロジェクトは常に現在進行形だ。きんのさんの家づくりは、自分自身を見つめ、暮らしを愛おしむ旅路そのものなのかもしれない。
取材・文/長谷井涼子