SNSを駆使する新世代が高層マンション1階の商店街へ。下町らしい絆も新たに

あべのマルシェの外観

物件名:
あべのマルシェ
所在地:
大阪府 大阪市
竣工年:
1989年
総戸数:
300戸

阿倍野再開発事業により誕生した商店+住居「あべのマルシェ」

天王寺駅近く、若い人たちに人気のあべのキューズモールを抜けると、「あべのマルシェ商店街」の看板。そこから長いアーケードが続き、喫茶店やお好み焼店、理容店、電気店や金物店、ちょっとオシャレなピザ店や居酒屋、スナックなど、67の店舗が軒を連ねる。高層マンションの1階に商店街が入っている、と聞いていたが、どちらかというと昔懐かしの商店街の上に高層マンションが建っている、といった趣。阿倍野の人々にとっては今でもなじみのある生活通路となっているそうだ。

あべのマルシェ入り口の看板

あべのマルシェ商店街の入口。外側から見ると、住居専用マンションのよう

あべのマルシェ商店街の一角

商店街に足を踏み入れると、マンション1階とは思えないアーケードが続く

天王寺駅前の約1600戸の商店街や住宅(長屋や木造アパート)が密集する阿倍野の金塚地区で、南大阪の玄関口として計画された阿倍野再開発事業。1969年に再開発の基本構想が発表され、良好な都市環境の創出や災害に強い街づくりを目指し、平面に広がる街が高層マンションに置換された。

あべのベルタ、あべのC1コーポに続き、1989年に竣工されたあべのマルシェも同様、1階に商店街を配した高層マンションだ。大阪ではマンションの低層階に商業施設を配置した再開発事業の代表的なものとして、金塚地区のほか、上六地区(うえほんまちハイハイタウン)や池田町地区(ぷららてんま=天満市場)があげられる。

「開発前、このあたりは旭町通商店街と呼ばれていて、歓楽街・新世界などの盛り場への往路として小さな飲み屋などでにぎわっていました。その道なりにできたのがあべのマルシェ。立ち退きに伴い、飲食店などの当時の店がマンション1階に店舗を開設または移転し、ミニスーパーや生活用品店などもできました」と現在理事長をつとめる三嶋雅良さん。なるほど、昔の地図と見比べると、商店街とマンションのカタチがぴたりと重なる。このカタチには、地下水の水脈との関係もあるそうだ。

阿倍野再開発の資料を指差す理事長

開発はAからDの4ブロックに分けられ、反対派の少ないエリアから着手。「地権者等は、等価交換などで入居しました。また、公募で応募された方もおられます」。指をさしているあたりがあべのマルシェ

金塚の航空写真

昭和53年に撮影された航空写真。先ほどの図版と比べると、商店街とあべのマルシェが同じ形をしているのがよくわかる(写真提供/あべのシャルム管理組合)

三嶋さんは税理士をされているが、前歴は国家公務員として昭和後半、阿倍野税務署に勤務していたこともあり、再開発事業を間近で見ていたひとり。「庶民的な街で、帰りにはよく飲んだりしていましたね」と人情味あふれる下街の雰囲気、地の利が気に入り、1999年にこの場所に居を構えた。

三嶋雅良さん

公務員時代からの元来の面倒見の良さから、再選に継ぐ再選で理事長9年目の三嶋雅良さん

「理事長として管理会社の変更並びに管理組合の法人化、大阪市営地下駐車場(当マンション地下に使用台数135台)の買い取りのため、住民の皆さまとの合意形成及び交渉を大阪市と実施しました。また、マンションの修復改繕工事、大規模修繕工事なども手掛けています。1階に商店街があり、また、マンション規模が大きいことなどから、住民の皆さまも多様で価値観の違いが露呈されることもありました。これからも手を取り合って、より快適な住環境を維持増進するため、最前を尽くしたいです」と豊富を語る。

再開発30年。客離れが深刻化するもキューズモールで潮目に変化

阿倍野再開発事業は当初15年で終わるはずが数十年と長引き、大きな負債を抱えたことや駅からのアクセスの悪さが原因で、人の流れが激減。

「あべのマルシェも竣工から30年、商店街の当時のオーナーは高齢化で引退。子どもに引き継ぐか、賃貸として貸し出されましたが、一時は客離れが深刻化。大都会のシャッター街となりました」(三嶋さん、以下同)

しかし、2011年にあべのキューズモールが、2013年にあべのハルカスができたことで、潮目が変わった。

「大阪のみなみといえば難波一辺倒でしたが、おかげで天王寺(阿倍野)にも人が集まるようになってきました。新今宮に星野リゾートが進出したことで、隣接するこのエリアが注目を集めたことも大きいですね。何より、空き店舗に新世代の若い人たちが集まってきたんですよ」

キューズモールとあべのハルカス

左手にキューズモール、右手の高層ビルがハルカス。キューズモールは再開地区内、あべのハルカスは地区外となる

三嶋さんもよく通っている喫茶店「ponfy」の店主 上溝悠さんは、当初はターミナル周辺で店舗を探していたという。

「とにかく家賃が高いんです!天王寺はよく遊びに来ていたから知っていたので、不動産店に家賃の安いところを探してもらったところ、駅近のあべのマルシェを紹介してもらって。相場が他の駅近の1/3。もともとフランス料理店が2年だけ経営していたので店舗もキレイ、ほか4組が内覧に来ていたこともあり、即決でした!」と上溝さん。「再開発しただけあって治安も良さそうだし、上の住居には高齢者の方がお住まいで、みなさんすごくやさしそうだったのもよかったですね。実際住民の方が、『畑でとれすぎてん』とさつまいもやタマネギを持って来てくれて。下町の人情というか交流も残っているのも、心強くてうれしいです」

カウンターに立つ「ponfy」の店主 上溝悠さん

「ponfy」の店主 上溝悠さんは料理をつくりたくてこの店を開いたそう

SNS時代の新世代があべのマルシェの空き店舗で店経営!

集客には、SNSが大活躍。「ponfy」は「夜の森」をテーマに、部活で美術をしていた上溝さんが壁画をペイント。人工芝が敷きつめられ、クッションは切り株、コースターは木の葉でデザイン、壁に描いた空想上のキャラクターは、定期的に増やしているという。その「映える」店内をインスタやツイッターにあげたところ、フォロワーが増え、スマホ片手に探しながら来てくださるそう。他にもピザ屋さんやパン屋さんなどSNSで情報発信する店舗も増え、あべのマルシェが土日人でにぎわうようになった。

「ponfy」の外観


星型の照明などで「夜の森」をイメージした「ponfy」

「夜の森」をテーマにした「ponfy」の外観・内観

「ponfy」にて好きなメニューを語る三嶋さん

人気のポンフィパンケーキは¥800。三嶋さんが大好きなランチのまんまるハンバーグ¥1000。「ラクレットチーズのトッピング(+¥200)が若い人に人気です」と三嶋さん

「ponfy」にお客さんとして来ていた髙井陸さんにお話をおうががいすると、偶然にも、あべのマルシェでパーソナルトレーニングスタジオ「Maple」を経営するオーナーさんだった。トレーニングジムは、あべのマルシェの30年の歴史のなかでも初めて。

「妻の父があべのマルシェに物件を持っていた関係でスタジオをオープンしました。もともと、この商店街をよく通っていたこともあり、家も近くなのですごく便利。まだオープンしたばかりですが、住民の方にも来ていただいてます。『ponfy』には前から通っていて、うちの外壁の看板も上溝さんに描いてもらったんです!」と髙井さん。

パーソナルトレーニングジム「Maple」オーナーの髙井陸さん

パーソナルトレーニングジム「Maple」の看板の前で。「これを上溝さんが描いてくださいました」とオーナーの髙井陸さん

三嶋さんもランチによく1階の飲食店を利用する。「1代目が有名な大将だった、安くてうまいお好み焼店『はやし』、跡継ぎがいなかったのでお客さんに『店せーへんか』と告げたところ、『します!』と今の2代目につながった。これも、大阪らしいっちゃあ、らしい(笑)。その他、ママが美人で有名な喫茶軽食『千花』、昼の定食やサンドイッチがおいしい『フローラ』、地中海料理『BAR OWL』、庶民的な喫茶『一平』、若者に人気の居酒屋『関西日和』、創作串カツの『ハマ串カツ商店』など、1階に若さと活気が戻ったことは、私たち住民にとっても喜ばしいことです」

財団法人金塚会館の移転後、理美容専門学校が入ったことで、若い人たちの出入りが増え、にぎやかになったあべのマルシェ。月1回のフリーマーケットも人気だ。「施設部会も若いオーナーが増え、活性化してきたのがうれしいです。また、再開発地区の理事長会というのもあって、年に数回、情報交換のために親睦会を開催しています。竣工年も違えば、抱える問題も多種多様。でも、街の繁栄と安全を目指す気持ちは同じです。今後はアカデミックなカルチャーなどを発信する場になればいいですね。」と三嶋さん。

フリーマーケットの様子

ミニスーパーが撤退してから、現在では月1回フリーマーケットが開催。野菜や洋服、焼きそばなどが売られている(写真提供/あべのマルシェ管理組合)

成熟した住宅街としての安心感と格安の家賃から、若いオーナーに人気のあべのマルシェ。その情報発信力と熱意、それを見守る住民との相乗効果で、どんどんにぎわっていくことだろう。これからどのように発展していくか、また楽しみだ。

あべのマルシェの外観

構成・取材・文/高村多見子 撮影/SUUMO編集部

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