スープ作家・有賀薫さんが、自宅マンションに「楽をして豊かな食事をするキッチン」をつくった理由

有賀薫さんのキッチン

スープ作家の有賀薫さんは2019年、息子さんの独り立ちをきっかけに、築20年の自宅マンションをリノベーションされました。

なかでもこだわったというのが、有賀さんにとって、暮らしにおいても仕事においても大事な場所である「キッチン」の環境。その背景には、忙しい日々のなかで本格的な料理をする時間がなかなか取れない現代のライフスタイルや、手狭で動線の不十分なキッチンといった住環境において、少しでも楽で豊かな食卓のあり方、暮らしのあり方を提案したいという思いがあったそうです。

そんな有賀さんに今回、食卓を中心に暮らしをもっと豊かにするためのアイデアと、住まいへのこだわりについてお話を伺いました。

開放感のあるキッチンとリビングが、マンション購入の決め手

――有賀さんがいまお住まいのマンションに引越してこられたのは、いつのことだったんでしょうか?

有賀薫さん(以下、有賀):20年ほど前です。結婚して最初の数年は、いまのマンションからほど近くにあるアパートを借りて住んでいました。うちは埼玉なんですが、夫の勤務地と私の実家が東京ということもあって、初めは都内の賃貸を検討していたんです。

でも、私たちが結婚した30年前って、都内はバブルの真っただ中。暗くて狭い2DKでも15万円くらいしたし、それこそ駐車場代だけでも家賃か! ってくらい高くて。

――おお、本当にバブルを感じるエピソードです……。

有賀:それでちょっと都内は難しそうだねということになり、お互いの実家と勤務地へのアクセス、住環境をふまえて考えた結果、いまの街になりました。すぐ近くに大きな公園があって、これから先子育てをすることになってもここならよさそうだな、と。

――お住まいを考える上では、戸建てという選択肢もありましたか?

有賀:戸建ても考えたけれど、同じ予算であれば集合住宅のほうが一つグレードの高いところに住めそう、というのが正直な印象でした。それに、私は当時フリーランスのライターをしていたんですが、仕事しながら家事をすることを想定したときに、戸建ての場合、家のメンテナンスまで気が回らなくなりそうだなというのもありましたね。

実家は戸建てだったんですが、小学生の時は団地住まいだったので、集合住宅へのイメージも悪くなかったです。ただ、結婚して最初に住んだアパートはいざ住んでみたら、キッチンもかなり狭いし収納も少なくて……。その後子どもが生まれ、幼稚園に入ったころに、たまたま近所に新築物件が出ていると聞いてここを見にきたんです。

――いまのおうちを購入された決め手はどこだったんでしょう?

有賀:キッチンが前の家よりも広々していたのと、リビングに大きな出窓があったり天井も高かったりして、すごく開放的に感じたことが大きかったです。間取りとしては標準的な3LDKだったんですが、実際の間取りよりも広く見えました。

あと、うちの夫がすごく細かい人で、前の家で使っていた家具が全部入るかあらかじめシミュレーションしたいと言い出して、家具のミニチュアを紙でつくって間取図の上に置いてみたんです。そしたらパズルみたいにぜんぶカチッとはまった(笑)。ベストな間取りだねということで、それも決め手の一つになりました。

開放感のある間取り
開放感のある間取り

キッチンのリノベーションで料理と生活が地続きになり、参加性が生まれた

――2019年には、いまお住まいのマンションを、キッチンを中心にリノベーションされていますよね。スープ作家としての活動を始めたのは2014年からだとお聞きしていますが、お仕事をされていく上で、キッチンに使いづらさを感じたのでしょうか。

有賀:そうですね。この仕事を始める前から料理自体は好きだったんですが、キッチンのことはあんまり考えたことがなかったというか、「広くはないけど、(マンションのキッチンって)まあこんなものだよな」と思って使っていました。ただ、いざ料理を仕事にし始めると少し手狭に思えてきたので、最初は外に仕事場として、広いキッチンのある部屋を借りようと考えたんです。でも、私が借りられるくらいのマンションのキッチンってどうしても狭くて、なかなかいいところが見つからない。

それならいっそ家をリノベーションしようかということになったのが、2018年のことでした。ちょうど息子も就職して家を離れ、夫婦二人暮らしになるタイミングだったんです。

――そこで有賀さんが思いつかれたのが、キッチン機能つきのダイニングテーブル、通称「ミングル」を導入することだったんですよね。

有賀:広々としたキッチンが欲しいという当初の目的からは少しずれるんですが、どうせリノベーションするなら思いきって、これまで漠然とやってみたかったことを実験してもいいんじゃないかと思ったんです。「ミングル」は設計士さんが探し当ててくれた言葉で、シェアハウス的な住まい方を意味する和製英語です。

「ミングル」は簡単に説明すると、95×95cmの正方形のテーブルの中央にIHコンロが埋め込まれ、サイドには流しと食器洗浄機も付いている“ごはん装置”。ここではちょっとした料理と食事、片付けまでがオールインワンでできるようになっています。

――一見するとすごくコンパクトで、料理家さんのおうちのキッチン、というイメージからは少し遠く感じます。

有賀:そう、どちらかと言うと料理家の仕事にフィットしたキッチンというよりも、コンセプトワークのようなキッチンと考えています。料理の仕事を始めてからずっと、これからの暮らしのスタイルに合うキッチンってどんなものなんだろう? というのを考えていて、そのプロトタイプがこれなんです。

――キッチンを「ミングル」中心にリノベーションしてから、暮らしは変わりましたか?

有賀:まず、ふだんの料理が大きく変わりましたね。これまでは例えば麻婆豆腐とかコロッケのような、私がキッチンにこもってつくるような料理が中心だったんです。でも、ある程度シニアになってきた夫婦二人で、そんなに毎日がっつりした中華とか揚げ物を食べたいとは思わないじゃないですか。

だから、テーブルの真ん中にあるIHコンロ一つでできる料理が基本になりました。厚揚げとかスパムを焼いたり、スープをつくったり、本当にちょっとしたもの。でもそれだけでも、十分満足のいくものがつくれるなというのは発見でした。

ミングルでの調理
材料を洗うのも切るのも加熱するのも、全てミングルでできる

――リノベーション前にあった、もともとのキッチンはどうされたんですか?

有賀:前のキッチンも一応手つかずで残してはいて、仕事の撮影のときなんかには使っています。あと、唐揚げとかハンバーグみたいなものをつくりたくなることもたまにはあるので、そういうときは欲望のままにつくってます(笑)。

――食事そのもの以外にも、変わった点はありますか?

有賀:やっぱり食洗機が付いていることがすごく大きいですね。食洗機は、私が「ミングル」のアイデアを考え始めた当初からマストで付けたいと言っていたんです。

私は料理自体はすごく好きなんですが、片付けが苦手で。食事していても、食べ終わる時間になってくるとだんだん憂鬱(ゆううつ)になってくるんです(笑)。でもそういう方ってたぶん多いはずで、買い物から片付けまでの一連のオペレーションの負担を軽くすることを考えないと、料理って楽にならないと思うんですよね。日本の場合は住宅の狭さや合わない食器が多いという問題もあるとはいえ、もう少し食洗機が普及してもいいのになと常々思っています。

うちの「ミングル」の場合はテーブルから手の届く範囲に流しと食洗機を付けたので、食べ終えた食器はサッと流してそのまま食洗機に入れれば片付けが一瞬で終わる。そこはかなり楽になりましたね。

――たしかに片付けの負担が減るだけで、疲れていたり自炊が面倒なときでも、料理へのハードルがかなり下がりそうです。

有賀:あと、リビングの真ん中にこのテーブルがあることで、食事の支度に入るときの「さあ、やるぞ」という感覚が薄くなりました。キッチンとリビングとの間に境界があると、どうしても「料理をする人」と「食べる人」に分かれちゃうじゃないですか。でもいまはぼんやりとテレビを見ながらお米を洗ったりできるので、料理と生活が地続きな感じがします。

お客さんが来たときも、テーブルのそばに流しがあると、なんとなくみんな準備や片付けを自主的に手伝うんですよね。料理に参加性が生まれるというのも、この「ミングル」のいいところなのかなと思います。

ミングルからの眺め
ミングルから眺めるリビング。左奥にあるのが以前からあるキッチン

料理は、料理好きな人たちだけがやっているわけではないから

――先ほどのお話のなかにもありましたが、これからの暮らしにフィットするキッチンを考えていく上では、ある程度「機能をコンパクトにする」「できることを減らす」というのも必要になってきそうですね。

有賀:そう思います。「ミングル」のコンセプトのひとつが、“しないキッチン”なんです。つまり、さっきお話しした麻婆豆腐やコロッケみたいな手間のかかる料理はある程度あきらめる。レンジやオーブントースター、自動調理器も上手に使いつつ、フルバージョンの料理はしない、というのも、すごく忙しい方にとっては必要なんじゃないかと思っています。

――最初から「手間のかかる料理はしない」と決めてしまうことで、日常的な料理へのハードルが下がる方も多そうです。

有賀:いま私たちがしている家事って、昭和の時代、専業主婦の人が一家にひとりいたときのやり方をそのまま引きずっていると思うんです。私のようにもともとつくるのが好きな人ももちろんいるけど、日常的な料理って決して料理好きな人たちだけがやっているわけじゃない。この仕事をするようになってから、「料理がつらい」「もうつくりたくない」って声を本当によく聞くんです。

――好きじゃないのに毎日料理をしている方もたくさんいますもんね……。

有賀:だからもちろん買ってきたお総菜もどんどん活用してほしいけれど、それだけだと食卓がだんだん痩せていっちゃうんじゃないかっていう気もしていて。つくることって生活の価値を強く感じられる行為だと思っているので、それがあんまりおろそかにされていくのはつらい。でも、仕事で忙しくて料理に時間をかけられないとか、十分にお金をかけられないという状況もよく分かりますから、そのなかで無理なく料理を続けていける方法を、みんなでもっと知恵を寄せ集めつつ考えていきたいんです。

――「ミングル」のアイデアはその一環ということですよね。有賀さんから見て、読者の方が実際に参考にできそうな、キッチンや食卓を豊かにしていくためのポイントがほかにもあったら教えてください。

有賀:私がnoteに書いた「ミングル」の制作記事をご覧になって、実際に自分なりのミングルをつくってみましたという方もいて、すごいなと思いました。そこまでいかなくても、例えば「ホットプレートを食卓に置きっぱなしにしてそこで料理をするだけでもだいぶ変わった」とか、「ダイニングテーブルの場所をちょっと動かしただけで動線が変わった」という声もたくさん頂いています。キッチンをリノベーションするとなると大がかりですが、“しないけれど豊かなキッチン“、”コンパクトだけど充実したキッチン”という考え方を取り入れてもらうだけなら手軽にできるんじゃないかなと思っています。

――たしかにおっしゃるとおりですね。なかには、マンション住まいでこれからキッチンのリノベーションを考えている方もいらっしゃると思うんですが、有賀さんからアドバイスがあったらお聞きしたいです。

有賀:私は、事前に一切の準備をしないままリノベーションをスタートさせてしまったんですよね……(笑)。最初に行った展示場でいい設計士さんを紹介していただけたので、本当に運がよかったと思っています。でもそうやって必ずしもいい方に出会えるとは限らないし、やっぱり共通言語があるほうが話もスムーズに進むので、事前にある程度、雑誌やWebでイメージに近いお家やキッチンをインプットしておくと、設計士さんやリフォーム会社さんと話すときにいいんじゃないかと思います。

大きな「タンス」を思い切って処分。キッチン以外もコンパクトに

――有賀さんはリノベーションにあたって、キッチンとリビングダイニング以外になにか変えられたところってありましたか?

有賀:それまで使っていた大きな家具は全部処分しました。キッチン以外もコンパクトにしたいと思って。

――えっ、先ほどお話しされていた、パートナーの方がミニチュアをつくったという家具たちですか……?

有賀:そうですそうです(笑)。私たちの世代って「婚礼家具」、いわゆる嫁入り道具と呼ばれるような大きな家具を、結婚するときに買う文化があったんです。一生ものの家具ということで買ったんですけど、もう30年は使ったし、これからは年齢的にもそういう重いものは持たないようにしようと夫と話し合って、ダイニングテーブルやタンス、食器棚は一気に処分しました。タンスに至っては買い替えたりもせず、思い切って“廃止”したんです。

――タンスを廃止、というと?

有賀:もともと小さいウォークインクローゼットがあるので、ホコリが心配なアウターなどはそのなかにしまうようにして、あとは全部外に出しっぱなしにしてるんです。壁にポールみたいなものを渡して、そこに洋服を直に引っかけている。だから部屋に入るとズラーっと洋服がむき出しになっていて、その真ん中にベッドを置いて寝ているので、寝室自体が大きなウォークインクローゼットになったような感じです。雑然とするかなと思ったんですが、やってみたらそっちのほうがずっとすっきりしました。下着とかTシャツのような軽いものは、丸めてボックスに入れて収納しています。

――すごくコンパクトですね……! 今後、有賀さんご夫婦が年を重ねられていっても身軽に暮らせそうです。

有賀:そうなんですよね。仕事柄、若い人たちのこれからの暮らしみたいなものに考えが行きがちなんですが、実際に自分たちが住み始めてみると、単純にいまの暮らしは体が楽だなと気付きました。

例えばさっき言ったような古い婚礼家具って、引き出し一つ開けるのにもすごく重いんですよ。以前、うちの両親が亡くなって家を処分しなきゃいけなくなったとき、家具一つ捨てるのが本当に億劫(おっくう)だったんです。うちは息子一人ですし、そういう負担をできるだけ減らしたいなというのもありますね。

もっと快適な暮らしのために、生活者からのリアルな発信を続けたい

――お聞きしていると、有賀さんはご自身の暮らしを通して新しいライフスタイルの実験をされているんだなとつくづく感じます。

有賀:私は料理家ですし料理が好きなので、ほんとは料理に専念したいんですよ(笑)。でも、例えば料理するにあたって流しが狭いと困るとか、食材を収納できる場所が少なすぎるとか、生活者からのリアルな発信がもっと必要なんじゃないかと思っているので、こんなことをしてるんです。

……だって、一人暮らし用のアパートってたいてい本当に小さなコンロ一つしか付いていないし、作業台もない。無理やりシンクにまな板を渡して作業するみたいな環境、料理するなって言われてるような気分になりませんか?

鍋棚の様子
壁面の鍋棚には、使用頻度の高い鍋やお気に入りの鍋などが並んでいる

――たしかに、家賃が安くてキッチンがある程度充実しているアパートってほとんどないですよね……。

有賀:ね。だからいまは、「ミングルアパート」というアイデアをいずれ実現したいってあっちこっちに言いふらしてるんです。それぞれの部屋には1台ずつミングルが付いていて、日常的な料理はそこで十分にできる。埋め込まれているIHコンロはフラットなので、テーブルを拭いてしまえばその上にパソコンを置いて仕事をしたりもできる。さらに、できれば共用部にシェアキッチンがあって、今日は本格的な料理がしたいぞというときはそっちが使えたらよりいいなと……。

――スペースも広く使えそうですし、すごく快適そうです。

有賀:もちろん食べ盛りのお子さんがいらっしゃるお家や家族が多いお家にはフィットしづらいと思いますが、一人暮らしや二人暮らしを始めたばかりで、なかなか料理をする時間がないという人にはいいんじゃないかなと思っています。

もちろん必ずしもこの形じゃなくても、これからの暮らしやこれからの住まい方に合うキッチンを、プロの方が生活者の視点で考えてくださるのがいちばんだなと。だから、どこかのリノベーション会社さんとか設計事務所さんがやってくれないかなあってずっと言ってるんです。

――いつか実現するのがとても楽しみです。

有賀:もし実現したら、私も管理員室で掃除とかしてたりしてね(笑)。


お話を伺った人:有賀薫(ありがかおる)

有賀薫さん

スープ作家。家族の朝食に毎朝スープをつくり続けて約3000日以上に。雑誌、ウェブ、テレビなどでスープのレシピを紹介。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で、2020年料理レシピ本大賞入賞。近著に『スープ・レッスン2 麺・パン・ごはん』(プレジデント社)。

Twitter:@kaorun6 note:有賀 薫|note

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取材・執筆:生湯葉シホ
撮影:赤崎えいか(部屋全体の写真)/栗原論(ミングルの俯瞰写真)
編集:はてな編集部