欠点はあってもチャーミングな家に住みたい。引越し経験12回の漫画家・鳥飼茜さんのマンション愛

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『先生の白い嘘』『おんなのいえ』『サターンリターン』などで知られる漫画家・鳥飼茜さんは、実家を出てから現在に至るまで計12回もの賃貸契約を交わしてきた大の“引越し好き”。70年代〜80年代に建てられたマンションを好み、物件選びは恋人探しのようなものだと語ります。

これまでの豊富な引越し経験を振り返っていただきながら、大好きだった家の思い出や、意外すぎる物件を選ぶ際のポイントなど伺いました。

上京後、「西荻」の家で学んだこと

―― 鳥飼さんは、引越しがとてもお好きだそうですね。大阪のご実家を出てから、これまでに10回以上引越しをされているとか。

鳥飼茜さん(以下、鳥飼):引越し、好きですね。数年前に都内で家を購入してからは戸建てに住んでいるんですが、それまでは基本的にマンションを借りて2年更新を待たずに大掃除感覚で新しい家に引越す、というのを繰り返していました。飽きっぽい性格なのもあるし、いろんな家を見ること自体が好きなんですよね。小学生のころから、マンションやモデルハウスのチラシを眺めては悦に入る子どもだった記憶があります。

―― いちばん最初にひとり暮らしをされたのは、学生時代ですか?

鳥飼:そうですね、大学生のときです。京都の美大に進学するときに、大学に近い場所に初めてひとりでワンルームの部屋を借りました。キャンパスが田舎にあったので、当時の家も山のなかでした。実家からの仕送りとバイト代だけでなんとか払えるくらいの家賃だったはずなので、たしか3〜4万くらいだったんじゃないかな……。最初はお金も限られてたし、家に対するこだわりとか条件みたいなものはほとんどなかった気がします。近くに大学の友達がたくさん住んでいたのでそこにした、という感じで。

―― 最初の家はどんなお部屋だったんでしょうか。

鳥飼:引越ししすぎて記憶が曖昧なんですが……(笑)。すごくしっかりしたつくりの、真四角の部屋だったのは覚えてます。余計な装飾のない使いやすい“箱”って感じ。お店みたいなシンプルな空間だったので、洋服やCDを収納せずに無骨な棚の上に陳列してみたり、いろいろ遊んでみてました。記念すべき1回目のひとり暮らしだったのでちょっと浮かれましたね。

当時は家具を買いたかったけどお金がなかったので、大学の構内に落ちてた一枚板みたいなのを家に持って帰ってきて、自分で足を取りつけてテーブルにしたりもしてました(笑)。美大だから、誰かが作品をつくったあとのいらなくなった部材がそこらへんにいろいろ落ちてる環境だったんですよ。

―― すごい! テーブルをつくってしまうなんて、さすがですね……。

鳥飼:あとから友達に聞いたら、その板は買うと15万くらいするやつだったらしくてめちゃくちゃ焦りましたが……。私、父が家具職人だったんです。だからその影響もあったのか、木でなにかつくるとかヤスリをかけて色を塗り替えるみたいなことはわりと好きで、昔からよくやってましたね。

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現在の自宅で一番気に入っているのはタイルと壁色を選んでリフォームしたトイレ

―― そのお部屋には長く住まれたんでしょうか?

鳥飼:いえ、当時付き合っていた人と同棲することになって、わりとすぐに引越しちゃったんです。それでしばらくは同じ京都市内でふたり暮らしをしてたんですが、その人とは大学を卒業した年に別れてしまって解散して。そのあとは一度大阪の実家に帰ったり祖母の家に置いてもらったりしたんですけど、どうも居心地が悪くて……。いっそのこと東京に行ってしまおうかなと思って、西荻窪でワンルームを借りたんです。

―― おお、そこで上京されたんですね! 初めての東京暮らしに西荻窪を選ばれたのはどうしてだったんですか?

鳥飼:中学からの親友が、その少し前に家族ごと関西から西荻に引越していたのでその安心感はありました。でも大きかったのは、やまだないと先生の漫画『西荻夫婦』の影響だと思います。

―― 漫画家と会社員の夫婦ふたり暮らしを描いた漫画ですよね。西荻窪の風景や実在するお店が登場するので、あの漫画で西荻窪という街に憧れた方は多そうです。

鳥飼:私は憧れよりもまず、何も知らない東京の街で唯一親近感を持てるのが西荻窪だったといいますか。当時はそういう漫画も珍しかった気がするのですが、やまだ先生は実際の街の風景写真を漫画の背景として使われる方で、漫画で見たお店や景色が目の前にある、みたいな安心感とミーハーな気持ち両方があったと思います。

―― 当時住んでいたのはどんなお部屋だったんですか?

鳥飼:和室で、とにかく日当たりがいい部屋でしたね。西荻窪と吉祥寺のちょうど真ん中くらいだったんですけど、すごく人気のエリアのわりに家賃は6万円ぐらい。「妙に安いな、どうしてだろう」と思っていたら、生活音がとにかく響く家だったみたいで。私は当時、漫画家を目指して上京したので定職があるわけでもなくて、生活時間がかなり自由だったんです。でも、お隣さんは規則正しい生活をされてる会社員の方だったので、私が飲み屋のバイト帰りの明け方に帰ってきたりする物音が耐えられなかったらしく、壁蹴られたりして「これはまずい!」となって……。

結局、直接お会いして平和的に解決したのですが、そのときに「軽量鉄骨造*1の家は生活音が響きやすい」ということを学びましたね(笑)。次は音が響かない家にしようと決めて、それからは鉄骨鉄筋コンクリート造*2の家ばかり選んで住んでいました。

戸建てに住んで「やっぱりマンションが好き」と気づいた

―― その後も何度も引越しされていると思うのですが、特に気に入っていたお部屋や、印象的だったお部屋はありますか?

鳥飼:西荻の家の直後に住んだ荻窪のマンションはすっごく好きでしたね。8万円台くらいの部屋だったんですけど、鉄骨鉄筋コンクリート造で、リビング・ダイニング・キッチン合わせて13畳くらいあって、寝室とトイレ・お風呂のほかに、16畳のルーフバルコニーがついてました。

―― 16畳のルーフバルコニー! その家賃に対して、かなり広いおうちですね。

鳥飼:そうなんです、私ひとりで住むにはかなり広い部屋でした。しかも、つぎは絶対に騒音でトラブルになりたくないと思って最上階の角部屋を選んだので、日当たりも見晴らしも最高だったんです。

広さやつくりのわりになんで安かったかというと、バブルの前にできた築年数50年くらいのマンションだったからなんですよね。だから台所に湯沸かし器がついていなかったりお風呂がバランス釜(※ガスを使用する給湯設備)だったり、エアコンがなかったりと不便なところは多かったんですが、無骨さとレトロさがかえって可愛くて。何度か引越しをするうちに気づいたんですけど、私、70年代から80年代前半くらいにできたマンションがすごく好きなんですよ。

―― それはどうしてでしょう?

鳥飼:バブル期以降にできたマンションって、私のなかではわりと当たり外れが大きくて。当時の流行りだったんだろうけどいま見るとちょっとデザインがダサいなとか、バブルのときに突貫工事で建てたのか、つくりが粗いなってところも結構あるんです。でも、それより前の年代に建てられたマンションってつくりがすごくがっちりしていて、梁(はり)や配管が出てしまったりしているような素っ気なさにも安心する、というか。

―― たしかに、古いマンションの無骨さにホッとする、というのはなんとなく分かります。

鳥飼:そう、だから荻窪の家は好きでしたね。当時は漫画家先生のアシスタントをして生活してたんですが、自由にできるお金がすこしだけ増えたので、西荻に住んでいたときに見つけた、玉石混交の中古家具屋に通い詰めて気に入った古家具なんかを買って置いてみたり。例の広いルーフバルコニーがお隣のおうちとつながっていたんですが、そのご家族とご近所付き合いしたり。

結婚して子どもができたのを機にその家は離れることになってしまったんですけど、振り返ると、念願だった鹿の剥製を飾ったりルーフバルコニーで半日昼寝したりと暮らすのがいちばん楽しかった家かもしれないです。あと印象的だったのは、今の家に至るまでに一度だけ住んだ戸建ての家かな……。

―― あ、戸建てにも住まれたことがあったんですね。

鳥飼:1年だけなんですけどね、大阪で。ちょうど10年前、子どもが2歳のときに離婚して、実家の近くに帰っていた時期があるんです。そこはたまたま寄った不動産会社さんで見つけた家だったんですが、古旅館みたいな日本家屋の平屋で、一度はこういう家に住んでみたい、という好奇心が抑えられなくて。80平米くらいあるのに家賃も8万円台くらいで破格だったんです。

ただ、私は生まれたときからマンション住まいだったこともあって、やっぱりマンションが好きだなって住んでみてあらためて気づきました。立派な庭があって、そこにときどき近所の猫が来たりするのは大好きだったんですが、家の周りがひっそりした住宅街すぎて、住んでいてすごく寂しかったんですよね。

鳥飼茜さんお住まいの写真
お住まいになっていた戸建てでの一枚

―― 鳥飼さんは閑静な住宅街よりも、ちょっとガヤガヤした活気のある街に住むのがお好きだそうですね。

鳥飼:当時は基本的に家で仕事をしていたんですが、漫画を描いてワーッとドーパミンのようなものが出ているときに、周りの環境にあまりにも活気がないとしょんぼりしてしまうというか……。そのとき住んでいたのがいわゆるベッドタウンと呼ばれるような、都会で仕事をした人が帰ってくる静かな街だったんです。だからなんだか、周りの人たちは活気のある街と静かな家とを行き来してバランスをとっているのに、自分だけずっと人気のないところにいるみたいで、その寂しさに耐えられなくて。小さな子どもとふたり暮らしをするのにセキュリティ面でも不安が大きかったので、結局そこは更新せずに1年で出てしまったんです。

そのあとは大阪のなかでもかなりにぎやかな、東天満という街のマンションに住みました。周りはビルばっかりだし、気が向いたときにふらっと外に出ると人もお店もたくさんで、私はこっちのほうが安心するんだな、やっぱりマンションが好きなんだなあ……と実感しましたね。最初にお話ししたとおり、いま住んでいる家は戸建てなんですけど、正直いうと私よりも共同名義で買った現夫の戸建て購入欲が強かったです(笑)。私はマンションの景色のよさが好きなんですが、戸建てだとそこはあまり望めませんね。ただ、いま住んでいるところもわりと活気のある街。人がたくさんいるとやっぱり安心するんですよね。

家を探すのは恋人選びに似ている

―― お話をお聞きしていると、鳥飼さんはそんなに高くない家賃で個性的な家を見つけるのがとても上手ですよね。

鳥飼:あ、そうなんですよ! 私、いい部屋やおもしろい家に巡り会う運がすごく強いんです。荻窪の築50年の家も大阪の平屋もそうですし、いまの家を買う直前まで子どもとふたりで住んでいた世田谷区のマンションも、すごくおもしろい家でした。天井がかまぼこみたいに高くて変な形で、窓が多くて。そういうおもしろい家って、だいたい不動産情報サイトに写真が載ってないんですよね。

―― えっ、そうなんですか。サイトに写真が掲載されていない家って、私はなんだか怖いなと避けてしまっていました。

鳥飼:写真が載ってない家、たしかにみなさん敬遠されますよね……。私の経験だと、「この間取りでこの値段なのおかしくない? なにか裏があるんじゃ……」みたいな家で写真がない場合はだいたい、個性が強すぎて好みが大きく分かれるようなところなんですよ。バランス釜で湯沸かし器がついてないとか、天井がかまぼこだとか(笑)。そういうなにかが足りなかったり、反対になにかが過度であるような家って、不動産会社さんもあんまりプッシュする気がないから写真もない、というケースが多い気がします。やっぱり、欠点の少ない家のほうが人気なので。

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天井がかまぼこ型だったというお部屋

―― そもそも、そういう個性のある物件って検索の時点で弾かれてしまったりしませんか?

鳥飼:そうなんですよ。でも、貸すほうも癖がある物件は適当になるのか、実は検索用のタグ付けが甘いことも少なくないんです(笑)。角部屋なのに角部屋ってタグが入っていなかったり、リビングが広いのにそのタグもついてなかったり……。だから、広さと家賃と方角だけ指定して根気強くサイトを見ていくと、掘り出し物みたいにそういう家が出てくることがある。間取図をよくよく見てると「あれここも窓?この物件まさかの三方角部屋じゃね!?」とか、「このリビングに対してこのバルコニー…でかすぎじゃね!?」とか。それを見つけるのがとにかく楽しいんですよね。

―― すごい……。でも、個性的な家ってその分不便さもあるのかなと思うのですが、そこはあまり気になりませんか?

鳥飼:うん、そうですね。私は、家を探すのって恋人選びに近い気がしてるんです。例えば、すっごくチャーミングだけど全然お風呂入らない、みたいな人も世の中にはいるじゃないですか。それと同じで、めんどくささを上回るような魅力があればいいのかなと思っていて。

家の場合、すべてバランス釜レベルだとちょっと住めないと思うんですけど(笑)、バランス釜である代わりにすごく広いとか、床の感じが好きとか、見晴らしが最高とか……そういう魅力がある限りは住みたいなって思いますね。帰ってきて、「やっぱりこの家が好きだな」って思える家に住みたいじゃないですか。

―― ちなみにこれまで、鳥飼さんが引越しをしたくなるタイミングってどういうときだったんでしょう? 10回以上されているとなると、同棲やお子さんが生まれたとき以外にもおそらく引越しされていますよね。

鳥飼:私、11月くらいになると引越ししたくなるんですよね。なんでなんだろう……。夏も過ぎて気候もまあまあいいし、自分のバイオリズム的になにか変えたいって思うんですかね。あと、大掃除がとにかく嫌いなので、その代わりに引越しするみたいなところもあるのかもしれないです。維持・管理が苦手なので、いっそ新しくしちゃおうっていう。

なんていうか、なにかを手放したり慣れ親しんだ環境から離れるのって、すごいストレスではあるんですよね。でも、それができたっていう達成感が自信につながるという面もあるのかなと思います。こんなにいろいろなものを捨てられた、とか、あんなに慣れていた環境を変えられた、とか。自分で勝手に課している課題ではあるんですけど(笑)、頑張ったな自分、みたいな気持ちになれるのは引越しの醍醐味(だいごみ)かもしれないですね。

鳥飼茜さんの仕事場の写真
以前は自宅とは別に仕事場を借りていた

―― 写真がない物件の話もありましたが、それだけ引越し経験豊富な鳥飼さんに、ほかにもマンションを選ぶときのコツがあれば知りたいです。

鳥飼:特に関東だと地震が怖いってあると思うんですが、前に友達の建築家に、地震に耐えられる頑丈な家ってどういう家なのって聞いたことがあるんです。そうしたら、基本的には耐震構造かどうかや築年数がある程度の目安にはなるけれど、築何十年という古い物件の場合でも残る家は残るし、新しくても立地やいろんな条件でダメなところもある。結果論だからなかなかプロでも分からない、と。

じゃあ何も手がかりは無いのか?といえば、本当にちょっとしたところ、例えば門扉のデザインに丁寧さが感じられたり、「このバルコニーはこう使ってほしくてつくったんだろうな」という意図やつくり手の情が感じられる家はきちんと建てられているのかも知れないね、と言われたんです。根拠もない非常にぼんやりした話ではあるんですが、個人的にはその言葉には感銘を受けたので、ちょっとしたところに意匠が感じられるかどうかというのは、私は見るようにしてますね。

あとはもっと細かいところですけど、内見に行ったときは、前の人がどうして引越したかの理由を不動産会社さんに聞くようにしています。あんまりよくない理由のときは言葉を濁されてしまうこともあるんですけど、家族が増えて手狭になったとか、いい理由のときは大抵ちゃんと言ってもらえるので。そういう場合は、いい家のことが多いですね。それから、よく晴れた日に行くとどんな家も魅力的に見えるので、あえて雨の日に内見に行く、とか。雨の日でも魅力的に見える家はやっぱりいい家なんですよ。

―― なるほど、たしかに。

鳥飼:でも、やっぱり結局は自分がその家にキュンとくるかどうかがいちばんだと思います。家に限らず、お付き合いする人やお仕事などもそうかなと思うんですけど、誰からどう見ても素敵だよねっていうポイント以外にも、自分が魅力的だなと思うところをたくさん見つけられると、その分生きてておもしろいことが増えると思うんですよね。私の場合は、バランス釜の家とかかまぼこの家に住んだことで広がったものがあるので……。

なにを選ぶにしても、最近は口コミや客観的なポイントだけで判断する癖が私にもついちゃってるんですけど、周りの声とは関係なく「この家好きだなあ」とか「この店好きだなあ」と思える場所があるのって、人生の楽しさを増やしてくれるような気がしています。

お話を伺った人:鳥飼茜(とりかい あかね)

鳥飼茜さん

漫画家。1981年生まれ、大阪府出身。2004年デビュー。主な作品に『先生の白い嘘』『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』などがある。現在、週刊ビッグコミックスピリッツにて『サターンリターン』連載中。

Twitter:@torikaiakane

取材・執筆:生湯葉シホ 編集:はてな編集部

*1:建物の骨組みに厚さ6mm以下の鋼材を使用した構造。建築コストは比較的安いが、遮音性はあまり高くない

*2:鉄骨の柱の周りに鉄筋を組み、コンクリートを隙間に流し込む構造。建築コストはかかるが、耐久性や遮音性は高い