今の家を選んだのは、広くて床が固かったから? DPZ・林雄司さんの住まい選び

林雄司さん

2013年から世田谷区経堂のマンションで暮らしているという「デイリーポータルZ」編集長の林雄司さんに、「住まい選び」へのこだわりについて伺いました。インターネットの黎明期から面白いコンテンツを発信し続けてきた林さんにとって、家は仕事のアイデアが生まれる場でもあります。

そんな林さんが今の部屋を選んだ理由は、生活スペースと夫婦の仕事場を兼ねる大きな部屋があること。本や雑貨など、増え続けるモノが置けるスペースがあること。そして、「床が固い」こと?

独特の視点での住まい選びについて語っていただくとともに、コロナ禍の自粛期間でも生活を面白がる、林さんの日常についても伺いました。(取材はリモートで実施しました)

前の家を決めた理由は「管理人が江戸っ子だった」から?

――これまでのお住まいの遍歴を、ざっと教えていただけますか?

林雄司さん(以下、林):特に意識したわけではなかったんですけど、山手線の駅まで電車で15分くらいの場所にずっと住んできましたね。なんとなく毎回、環七と環八の間あたりの物件に落ち着くというか。

2004年からは大田区石川台に、2013年からは世田谷区経堂に住んでいます。どちらもマンションで、間取りもだいたい一緒。石川台は部屋が3つあって、6畳くらいのダイニングキッチンが付いた3DK。経堂はそれにリビングが付いた感じですね。

――2004年に石川台を選んだ理由は?

:「会社から近い」ってだけですね。当時の職場が大森だったので、そこにすぐ出られるところを探していたら池上線っていうあまり乗ったことがない電車が走っていまして。まったく土地感がないところのほうが面白いかなと思って、最終的に石川台にしたんですよね。

物件自体はいくつか見て回って、「ロイヤルメゾン雪谷」というマンションにしました。決め手は何だったかな……管理人の大家さんがすごく訛ってたのは覚えてるんですよね。江戸っ子の人で。

――べらんめえ口調だったと。

:そう。マンションの耐火性能について説明する時に「火」のことをずっと「し」って言ってました。「ここは、“し”がつかないんだよ〜」って。しがつかない、ってヘンな概念みたいな話なのかなってずっと思ってたんですけど、火だったんだと。それが面白いから決めた気がしますね。まあ、ここでいいかなって。

――それが決め手だったとは(笑)。物件自体には、そんなにこだわりがないんですか?

:まあでも、たぶんその前に不動産会社に案内された物件がいまいちだったんでしょうね。ジメジメしてたり、部屋がすごい円形だったり。あと、前の家族の気配が残っている物件が苦手で。においが残っていたり、窓枠にシールが貼ってあったりすると「うっ!」ってなります。考えてみたら、今の家も無機的なところが気に入って選んだ気がしますね。

物や本がどんどん増えるので、部屋は3つくらい欲しい

――以前の家も、現在の家も部屋数が多いですね。そこは外せない?

:物がどんどん増えていくんで、部屋は3つくらいあるといいかなって。昔の石川台も今の経堂も一つの部屋を物置みたいに使ってるんですけど、それでも足りなくてminikura(ミニクラ)っていう外部の倉庫を借りてます。けっこう箱をいっぱい預けているんですが、月1万円くらいなので。

それでも収まらない物は、どんどん人にあげてます。最近は妻(デイリーポータルZのライターでもある、べつやくれいさん)が記事に使おうと買った「LEDで光る指輪」を、仕事の資料とかを送る段ボールの隙間に詰めたりしていますね。

べつやくれいさんが買ったという「光る指輪」
べつやくれいさんが買ったという「光る指輪」

――緩衝材代わりに(笑)。

:はい。でも、ちょっとだけ喜ばれるんですよ。

――ちょっと脱線しますが、林さんは物だけでなく本もすごくたくさんお持ちです。経堂の物件を探すにあたっては「大きな本棚を置けること」も条件だったそうですね。

:そうですね。壁一面にスライド式の本棚を置いています。ただ、さすがに多過ぎるので、定期的に整理していますね。あまり本を溜め込みすぎるのって偏執狂っぽくておかしいのかなと思って。読み終わった本を電子化したり、面白くなかった本は売ったり。そうすると、本当にくだらない本ばっかり残りますね。あとは、電子化すると価値がなくなるような大判の本とか、売るのがもったいない図鑑とかも残しています。

スライド式の本棚

――本棚に残るものがどんどん偏っていきますね。ちなみに、最近はどんな本を読んでますか?

:最近、読めてない本が溜まってきたので“積読用”の棚を買ったんですよ。それを机の横の、なるべく目に入る場所に置いています。

最近読んでる本はというと……見せて恥ずかしくないやつがいいな。あ、これ面白いですよ。『いまこそ安全!組体操』っていう本。組体操が危ないって批判されてるから、安全な技がいっぱい載ってます。4人で戦隊ものみたいなポーズを取る「ヒーロー」とか。絶対にけがしなさそうな、ただのポーズみたいなのばっかりです。

『いまこそ安全!組体操~「高さ」から「広がり」へ!新技50~』戸田克(小学館)
『いまこそ安全!組体操~「高さ」から「広がり」へ!新技50~』戸田克(小学館)

――新しい組体操すごいですね……。デイリーポータルZに近いものも感じます。

:そうなんですよ。あと、これもよかった。『図解 牢獄・脱獄』っていう本。いろんな脱獄の手口が書かれています。「荷物の搬入につけこむ!」とか。すごい本ですよね。

よくないところが一つもない家に住みたかった

――話を住まいに戻しますが、2013年に石川台から現在の経堂の部屋へ引越したと。きっかけは?

:当時勤めていた会社が新宿に移転したので、通いやすい場所に引越そうと。新宿だから京王線でもよかったんですけど、その時はなぜか「小田急線沿いに住もう」って決めてたんですよね。小田急線って電車が静かでいいなって思っていて。

最初は代々木上原とかがいいかなと思ったんですけど、すごく家賃が高くて。沿線を下っていって、だんだん払える家賃の物件が出てきたのが経堂でした。経堂は思ったより緑が豊かで、畑とかもあって、実家のある練馬っぽさがありましたね。

――物件自体の決め手は何でしたか?

:なんか、床が固かったんですよ。

――??? 床が固いところが気に入ったんですか?

:入った瞬間に「この家、頑丈そうだな」って思ったんですよね。その前に内見した中野坂上の家のフローリングがふにゃふにゃしてたから、余計にそう感じて。

ふにゃっとしてても害はないと思うんですけど、最初に引っかかったところを我慢して住むと後悔するような気がしました。仕事がうまくいかないのは、床がふにゃふにゃなせいだ! って思っちゃうかもしれないから、よくないところが一つもない家に住みたかったんです。

――なるほど。それは大事ですね。ご夫婦で共通の希望条件はありましたか?

:だだっぴろい部屋が一つ欲しいね、とは言ってましたね。どうせ二人しかいないから、仕事もご飯も一つの部屋で完結できたらいいかなと思って。他は、そんなに希望をすり合わせたりはしてないかな。でも一緒に内見をしてると、なんとなく雰囲気で分かるじゃないですか。あ、この家イヤそう! って。

――最終的には、お互いに納得のいく家を選べたと。

:そうですね。最終的によさそうな物件が3つあって、その中で今の家が一番気に入りました。他の2つより家賃は高かったんですけど、たまたま、マンガ家の天久聖一さんと飲んでいる時にそんな話をしたら「高くても、いいとこに住んだほうがいいよ」って言われたんです。あと「安い家具とかも買うな。そのほうが仕事もうまくいくよ」っていう、すごく真っ当なアドバイスをもらって、このマンションに決めました。

「興味がないもの」をあえて置いて、いつの間にか好きになる

――では、家具にもこだわったんですか?

:いや、そこは全然こだわってないですね。インテリアのことが分からないので。でも、明るい部屋がいいなと思って、ライトレールにLEDの照明を6個付けました。そしたら、強烈に明るいコンビニみたいな部屋になりました。夜、たまにバルコニーに出ると、うちの庭だけ家の中の光が異様に漏れ出ていて、ものすごく明るいです。だから、うちの庭だけ野草の伸びが早い気がします。

LEDの照明

――そういう部屋が好きなんですか? 落ち着かなそうな気もしますが……。

:そうですね。もともとは間接照明でムーディーな雰囲気だったんですけど、全部取っぱらいました。「2001年宇宙の旅」みたいな、真っ白く光ってる部屋に住みたいのかもしれない。確かに全く落ち着かないんですけど、陰影がない空間のほうが仕事に集中できる気はしますね。常にバッキバキ!

――照明以外に、意識して変えたところはありますか?

:強いて言えば、トイレにカレンダーを貼ることくらい。今は愛知県の「知多信用金庫」っていう、全く縁もゆかりもない地域の信用金庫のカレンダーを貼っています。切り絵とか渋い絵で、知らない街の祭りが描かれているやつ。

年末年始に会社に行くと、絶対に自分じゃ買わないようなカレンダーがいっぱい置いてあるじゃないですか。毎年、それをなんとなくもらってきて貼ってたんですよ。今年はテレワークでそれを調達できなかったんで、自分で興味のないカレンダーを探して買いました。

トイレに貼ったカレンダー

――なぜ、わざわざ興味のないカレンダーを貼るんですか?

:もともと興味があるものって、普通に買ったり見たりしてるじゃないですか。だから、あえて興味がないものを貼って、事故みたいな出合いをつくったほうがいいかなと思っていて。

10年くらい前、オリックス・バファローズのカレンダーを会社からもらってきてトイレに貼ったんですよ。最初は知らない選手ばっかりだったのに、秋くらいにはオリックスの大ファンになってました。神戸まで試合も見に行きましたよ。

――いつの間にか夢中になっていたんですね。

:そうそう。テレワークになって、そういうノイズみたいなものがなくなったので、なるべく意識的につくるようにしていますね。

テレワークになって、おじいちゃん趣味が加速

――今はほぼテレワークということですが、最近のスケジュールを教えていただけますか?

:朝の8時か9時に起きて、10時くらいからのんびり仕事を始めて、夜の12時過ぎまでダラダラと何かをやってますね。合間にたまに庭を眺めたり、飛んできた鳥の種類を調べたりしてます。ずっと家にいるのもよくないから、近所を散歩して神社の写真を撮ったり。おじいちゃんみたいな毎日ですね。

――穏やかな日々ですね。テレワークになって、デスク周りの環境を変えたりはしましたか?

:机を少し窓際に移して、仕事中にテレビが見えないようにしました。テレワークになってから、ずっとテレビ東京を見てたんです。「昼めし旅」っていう人んちの昼ごはんを見せてもらう番組が好きなんですけど、その後に始まる映画まで見始めると16時とかになっちゃうから仕事にならないんですよ。だから、机を移動してテレビの代わりに中庭の野草を眺めてます。たまに肥料をあげたりしてますよ。

――えっ? 野草に肥料をあげるんですか?

:はい。野草をすごい伸ばそうと思って。一回かなり伸びて、面白いからタイムラプスを撮って見守ってたんですけど、管理会社に全部刈られちゃいましたね。それからは管理会社がまいた除草剤の影響なのか、あまり伸びなくなっちゃった。せっかく育てたのに、なんてことをするんだと思いました。

あと、野草を育てる以外では、虫を集めようとしていましたね。昆虫が集まるライトを買ったんです。

――虫を集めて愛でようと?

:このへんは緑が多いから、夏は虫がすごく多いんですよ。カゲロウとかトカゲ、カメムシとか。だから、バルコニーにもっと集めようと思って窓際にライトを照らしてみました。その時は夏をだいぶ過ぎていたのであまり来てくれなかったですけど。

虫集めについて語る林雄司さん

――自粛の最中でも生活を楽しんでいますね。

:あと寒くなるまでは、バルコニーでたまに仕事してましたね。外に机と、東南アジアの屋台の椅子みたいなのを置いて。でも最近、マンションにガスの検査が来て、「ガス給湯器の室外機が古くなってて一酸化炭素がすごい出てるから、ここで働いちゃダメです」って言われました。基準値の6倍くらいの数値が出てたみたいです。

確かにバルコニーにいる時に妻が部屋の中でお湯を使うと、息苦しいなと思ってたんですよね。その時はすでに、仕事がしやすい快適空間をバルコニーにつくっちゃってたんで、検査の人は「あっ、まずい」って思ったでしょうね。

ある意味、無責任に住めるのが賃貸のよさ

――街も住まいも気に入っておられるようですので、当面、引越しの予定はなさそうですかね?

:そうですね。ただ、最近はほとんどオフィスに行かなくなったので、別に世田谷じゃなくてもいいかな、とは思います。南武線の沿線とかも住みやすそうですよね。駅前の昔っぽさとか、ごちゃっとしたにぎわいがある感じがいいと思います。でも、南武線だったら世田谷とあまり変わらないですね。

東京以外だと、仙台とか福岡も住みやすそう。福岡は都会がコンパクトにまとまっていて、30分も電車に乗ったら郊外っていうのがいいですね。

――それこそ、賃貸なら自由に街を選べます。

:物が多いので、そんなに気軽に引越そうとは思えないですけどね。家を買う予定もないです。持ち家と賃貸のどっちがいいのか、まだちゃんと理解していないので。結局どっちがいいんですかね? 一括で買うなら持ち家がいいって、勝間和代さんがテレビか何かで言ってましたけどね。

でも、よく考えると賃貸はやっぱり便利だなと思います。このマンション、築20年くらいたっててあらゆる備品が壊れ始めてるんですけど、電話一本で管理会社が対応してくれるのはありがたいです。この前、窓ガラスが急に割れたんですよ。熱収縮でヒビが入っちゃったらしいんですが、それもすぐ交換してくれて。そういう、ある意味で無責任に住んでいられるところが賃貸のよさかもしれないですね。


お話を伺った人:林雄司(はやし ゆうじ)

林雄司さん

デイリーポータルZ編集長。イッツ・コミュニケーションズ株式会社勤務。1971年東京生まれ。1996年から個人でサイト制作を始め、2002年にデイリーポータルZを開設。編著書に『死ぬかと思った』シリーズ(アスペクト)、著書に『会社でビリのサラリーマンが1年でエリートになれるかもしれない話』(扶桑社)などがある。

Twitter:@yaginome

取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ) 編集:はてな編集部