アニメの街はこうして作られる!宮崎駿、細田守監督作品のロケハンで美術監督・大野広司さんが体験したこと

公開日 2022年09月27日
アニメの街はこうして作られる!宮崎駿、細田守監督作品のロケハンで美術監督・大野広司さんが体験したこと

『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像

多くのアニメ作品には舞台のモデルとなった実在する場所があり、アニメの世界観に応じて叙情的な街並みや、自然豊かな風景が背景美術として描かれています。近年、舞台となった場所に出向く「聖地巡礼」を楽しむアニメファンをSNSなどで目にする機会も増えました。

アニメ制作の現場では、どのようなプロセスで魅力的な場所を背景美術に落とし込んでいくのでしょうか。『魔女の宅急便』『おおかみこどもの雨と雪』など日本を代表するアニメの美術監督をされている大野広司さんに、美術監督をはじめ背景・美術で参加された作品の舞台について教えていただきながら、ロケハン(ロケーション・ハンティング)のお話を中心に伺いました。

※前編の「『魔女の宅急便』『おおかみこどもの雨と雪』に登場する「家」の制作秘話。美術監督・大野広司さんに聞くアニメの家の描き方」では大野広司さんにアニメの「家」の描き方について語っていただきました

必要であれば海外にも赴く。アニメ制作におけるロケハンの中身とは?

――アニメの背景美術の元になった土地にファンが足を運ぶ行為が、近年では「聖地巡礼」という言葉でクローズアップされることも多いです。それくらい、実在する場所を参照しつつアニメの背景美術を作られることが多いのかなと思うのですが、アニメの制作時にはほぼロケハンがあると考えてもよいのでしょうか?

大野広司さん

大野広司さん(以降、敬称略):いえいえ、ない方が多いですよ。現地に足を運ばずとも資料は集められますし、最近はインターネットで見られるものも多いですからね。例えば、Production I.Gが制作していたテレビシリーズの『シュヴァリエ~Le Chevalier D’Eon~』という、フランス革命の時代を舞台にした作品に関わったときも、ヴェルサイユ宮殿へ実際には行っていないんです。

ただ、そうした状況で作ると資料の限界で描ける構図が限られてしまったり、描くにしても想像になってしまうところが出てしまう。やはり舞台となる現地の空気感や、写真に映らない部分を実感できることはプラスになると思います。

――当然かもしれませんが、現地に足を運べた方が作品づくりにおいてはベターだというわけですね。アニメのロケハンには大体、何人くらいで行かれるものなのでしょうか?

大野:監督とプロデューサーに制作進行(※アニメ制作全体のスケジューリングを管理する役職)が一人付いていくのが基本で、美術監督や作画監督も一緒に行くことが多いです。だから4、5人といったところですかね。

――ロケハン中はずっと団体行動なんですか?

大野:ほとんどずっと一緒に過ごしますね。夜は一緒にご飯を食べますし、宿でも雑魚寝をすることも(笑)。最近はさすがに、ひとり部屋をとってくれることが多いですが。

皆さんと一緒に行動して、みんなでひたすら写真を撮っていきます。でも大体、実際に美術背景を描く際には、監督が撮ったものを活かすことが多いですね。だから監督の撮った写真は絶対に資料としてもらうようにしていますし、監督が撮っている周りの風景は意識して押さえたりします。

――行く場合もあれば行かない場合も、というお話でしたが、大野さんは関わられた作品のロケハンにはよく参加されるのでしょうか?

大野:割と行っています。プライベートで外国に行ったことがないのですが、ロケハンではよく足を運んでいて。最初に行ったのは『おねがい!サミアどん』(※イギリス人小説家・イーディス・ネズビットの児童書「砂の妖精」を原作としたテレビアニメ)のイギリスでした。でもロケハンでは狙った場所にだけ行くので、せっかく外国に行ってもあまり有名な観光地には行ったことがないんですよね(笑)。

――少し切ないですね(笑)。『サミアどん』ではイギリスのどんなところに?

大野:石灰採掘場が作品の舞台だったので、イギリスの奥の方、ウェールズかどこかのチョーク掘り場にロケハンに行きました。あとはヨークの街にも。「ヨーロッパってこうなんだ!」と思わず感じるような、イメージそのものの風景が広がっていて感動しました。

街並みがすごく良かったんですよ。日本の昔の民家みたいに、建物に、自然な歪んだままの木が使われていて、建物全体はテーマパークのようにデフォルメされた雰囲気なんです。それが並んでいる。でも、あとで100年前の写真を見たら、建物にそんなふうに曲がった木は使われていなかったんです。どうも観光客狙いで、後から雰囲気のある建物を作ったみたいで……。そのときはすごく感動したんですけどね(笑)。

――うーむ(笑)。

大野:そのとき見た建物だと、教会もよかったです。日本にも教会はありますが、海外のものはその大きさに圧倒されるんですよ。あれを見て、キリスト教徒の信仰心が少し分かる気がしました。

――美術監督の視点で建物や街並みを見ると、普段の旅行とはまた違った楽しみ方ができそうです。海外へのロケハンもかなり行かれているんですか?

大野:他にパッと思い浮かぶ国は、スウェーデンやイタリア、トルコのギリシャ遺跡、それからシチリア。直近では『鹿の王 ユナと約束の旅』で、フィンランドとポーランドの塩の採掘場と、エストニア共和国に行きました。

大野広司さん2

作品の舞台となる場所はどのように決まるのか?

――素朴な疑問なのですが、そうしたロケハンで行く場所=作品の舞台のモデルとなる場所は、どうやって候補を決めるのでしょうか?

大野:基本的に決めているのは、それぞれの作品の監督とプロデューサーです。原作がないオリジナルの作品では、舞台選びに結構な時間がかかっているそうですが、僕は「ここに行きますよ」と連絡をもらって、それにうなずくだけです(笑)。監督はそうした場所を、普段からアンテナを張っていろいろな手段で探していますね。

例えば、世界遺産を扱ったテレビ番組を見たりとか。『テイルズ オブ ヴェスペリア~The First Strike~』という劇場アニメではスペインのクエンカという崖に囲まれた街にロケハンに行ったのですが、実は当初ニュージーランドに行く予定だったらしいんです。

それがテレビ番組でたまたま監督がそこを見つけて、気に入ったものだから、急きょ変更になったと聞いています。城壁都市みたいな場所で、泊まったのも修道院みたいなところ。部屋に鍵がなかなかかからなくて驚きました(笑)。

――大変ですけど、貴重なご経験をされていますね。

大野:こうして後から振り返ると、どこも「面白かったな」と感じるんですけどね。どの土地もロケハンに行っているときは、慌ただしく、しっちゃかめっちゃかなので、面白さを感じる余裕がないんです。

『魔女の宅急便』のロケハンの思い出と宮崎駿監督からの注意

――『魔女の宅急便』の舞台のモデルとなる国はスウェーデンですが、早くから決まっていたのでしょうか?

大野:『魔女の宅急便』は、決まるのは割と早かった印象です。ロケハンでスウェーデンのストックホルムと、南部にあるゴットランド島のヴィスビーの町に行ったときも、ガイドしてくれた方がちょっと個性的すぎて悩まされたり、飛行機の乗り換えで悪戦苦闘したり、いろんなことがありましたね。いい思い出です。

時計台のある広場のイメージボード
ストックホルムでのロケハンなどを参考に描かれた時計台のある広場のイメージボード/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像
キキの生まれ故郷の町のイメージボード
ゴットランド島の風景を参考に描かれたキキの生まれ故郷の町のイメージボード/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像

――その時はどなたがご一緒だったんですか?

大野:メインスタッフだと、片渕須直さん(*1)、近藤勝也さん(*2)と大塚伸治さん(*3)、そこに二木真希子さん(*4)も一緒でした。

二木さんはメインスタッフじゃなかったけれど、「行きたいから」って。「自費でも行きたい」と(笑)。近藤喜文さん(*5)にも片渕さんがお声掛けしていたけれども、直前に関わっていた『火垂るの墓』の作業でへとへとになっていて、厳しかったんですよね。

*1 片渕須直さん:アニメ監督。代表作『この世界の片隅に』(監督・脚本)がある。ロケハンの段階では片渕さんが『魔女の宅急便』の監督として進行していた
*2 近藤勝也さん:アニメーター。『魔女の宅急便』では作画監督を務める、多くのスタジオジブリ作品に美術として参加
*3 大塚伸治さん:アニメーター。数多くのスタジオジブリ作品の原画を担当。『魔女の宅急便』では作画監督として参加
*4 二木真希子さん:アニメーター。ほとんどのスタジオジブリ作品の原画を描いている
*5 近藤喜文さん:アニメーター、アニメ監督。スタジオジブリではいくつもの作品のアニメーターとして参加。監督作品に『耳をすませば』がある

『魔女の宅急便』ロケハン時の写真1

――ご用意いただいた資料には、膨大な写真がありますね。これはすべて大野さんが撮られたものですか?

大野:いえ、一緒に行ったいろんな人が撮ったものです。このファイルは片渕さんが作ったものです。あのころでも各自1000枚くらい撮っていて、それを集めるので合計は何千枚という量になります。今は多分、もっと多いですよ、デジタル写真なので。昔はフィルムだったのでそこまでの枚数は撮れなかった。

『魔女の宅急便』ロケハン時の写真2

――フィルム代も現像にもお金がかからない。デジタルカメラの普及による変化は大きかったですね。

大野:そうですね。ただ、宮崎駿さんは「ロケハンでそんなに写真を撮ってくるな」とおっしゃるんですよ。「頭に入れてきなさい」と。

――それは宮崎監督のビジュアルに対する記憶力がすさまじいから言えることですよね。映像作品なんか、ほとんどのものを一度みると覚えてしまうとか……。

大野:そうなんです。こちらは写真がないと、ディテールが描けないですよ(笑)。

山々がとっても美しい。『おおかみこどもの雨と雪』でのロケハン

――日本国内でのロケハンについても、お話を伺いたいです。

大野:日本のロケハンは、やはり見知った土地で言葉の問題もないから安心ですし、最悪何があっても、一人でなんとか帰ってこれそうなところがいいですね(笑)。『おおかみこどもの雨と雪』では、舞台のモデルである富山県に2回行きました。

――どんなところが印象に残りました?

立山の山(背景)
立山の山(背景)/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像

大野:作品の中でも要となる風景である日本アルプスの山々がすごかったですね。最初に行ったのは7月でしたが、立山黒部アルペンルートにはまだ雪が残っていて。バスで頂上まで行くと、全面雪景色でした。

不思議な世界で、しっかりとした山登りの格好をしている人もいれば、背広を着てアタッシュケースを持って歩いている人もいるんです。バスで行けるからこそですが、普通のサラリーマンが商談をしながら、登山客と一緒に雪の中を歩いている光景が印象に残っています。

――ユニークな風景ですね。立山周辺は劇中でも美しく描かれていました。

大野:豊かな自然を表現するために、すごくたくさんの草木を描きましたね。おかげさまで草や花に詳しくなりました(笑)。

スケッチ
草花イメージ(背景)
草花イメージ(背景)/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像
雪の渓流のイメージボード
雪の渓流のイメージボード/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像

通常の作品だとデジタル上での作業ですからコピーして使うことも多いのですが、この作品では3DCGを担当する方が木の素材は兼用しない方針を立てていたので、カットごとに全部新しいものを描いたんです。何百本描いたか分かりません(笑)。

――それだけの手間がかかっているからこその、説得力のある背景になっていたのでしょうね。みくりが池も印象的でした。

みくりが池
劇中でみくりが池が登場するシーン ©2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

大野:立山室堂平にある剱岳(つるぎだけ)が見える場所ですね。あそこは後に『バケモノの子』で美術監督をやる西川洋一さんが描きました。あの場所は細田監督からの案で登場させたものです。多分、監督は地元だからこそ、あのような美しい場所に詳しいのだと思います。

後、印象に残っているものだと、滝ですね。あの場所は、現地で見たときの迫力がすごかったです。

断崖と滝のイメージボード
物語終盤、花のもとを離れ狼として生きていく決心をした雨が山へ戻るべく駆け上がる断崖と滝のイメージボード/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像

印象に残っているつながりで言えば、富山はとってもご飯がおいしかったですね。飲み屋さんにスタッフみんなでご飯を食べに行ったとき、のどぐろを初めて食べたんですが、1匹8000円くらいしたので「こんなに高いのか」と思いながらシェアして食べたらおいしくて!(笑)。

――風光明媚な自然とおいしいご飯。とってもいいところですね。『おおかみこどもの雨と雪』では、序盤の東京での風景も印象的です。主人公である花が通っていた大学のモデルは一橋大学で、最寄駅である国立駅の周辺も描かれています。同じ中央線沿線の吉祥寺、西荻窪などの風景も登場していますが、こちらも実際に行かれたんですか?

大学の正門のイメージボード
花が通っていた大学の正門のイメージボード/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像
大学通りのイメージボード
大学通り(モデルは国立駅周辺)のイメージボード/『大野広司背景画集』(廣済堂出版)よりスキャンした画像

大野:全部見て回っています。よさそうな場所を探しながら現地を回るのではなく、僕が連れて行ってもらったときにはもう、監督たちの方で使う場所はほぼ決まっていましたね。車で移動して、「次はここ、次はここ……」という感じで、どんどんいろいろな場所を見て回ったのを覚えています。

あの作品では、ほとんどの美術背景のモデルになった場所があるはずですね。撮った写真をそのまま使用したレイアウト(※絵コンテを元に、アニメーターがキャラクターと背景美術の画面内での配置を確認するために作成する絵。それを元に、本番の原画と美術が別々の作業者によって作成される)もありました。

フレームの外側を理解するために

――現在の東京が舞台だと、東京に住まわれている大野さんにとって、ある程度見知った場所であると思います。さらに、先ほどのお話にもあったように、デジタルカメラやインターネットの普及で何万枚と参考写真を集めることもできる。実際にその場所に赴かずとも作業できなくもないと思うのですが、ロケハンで現地の空気を知ることは、やはり重要なのでしょうか?

大野:現地に行くと作業の質が変わってきます。ロケハンだと、その場所が360度見渡せるけれども、写真資料だと決まった視点でしかない。つまり、現地に行くとフレームの外側も分かる。それが大きいんですよね。

――フレームの外側を意識することは、映像を作る上でとても重要であると。

大野:そうそう。だから、特に同じ場所が何度も画面に出るのであれば、現地に行った方が良いです。……家から遠いところや、かなり歩かないとたどり着けないようなところは、疲れてしまうのであまり行きたくないときもありますけれどもね(笑)。

――そうしたお話からの流れで伺うのも少々なんですが(笑)、ロケハンで行った場所で、もう一度行ってみたいところはありますか?

大野:奥さんを連れていけるのなら、ロケに行ったところ全部連れて回りたいですね。でも、「飛行機に乗るのが嫌」と言っているので多分行けないです(笑)。

※前編の「『魔女の宅急便』『おおかみこどもの雨と雪』に登場する「家」の制作秘話。美術監督・大野広司さんに聞くアニメの家の描き方」では大野広司さんにアニメの「家」の描き方について語っていただきました

大学通りのイメージボード
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撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
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