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自然災害はいつ、どこで発生するかわかりません。もしものとき、避難所へ移動することが難しい場合でも、自宅で安全に過ごす「在宅避難」という選択肢があります。
本記事では、防災士兼イラストレーターで書籍を多数書かれている草野かおるさんに事前に準備しておきたいことや災害時の具体的な暮らし、直面する困難と対策などを聞きました。実践的なノウハウをわかりやすく解説します。
在宅避難は、自宅の安全が確保できる場合に、避難所などに行かず自宅で過ごす避難方法です。自宅で過ごせる安心感がある一方で、デメリットもあります。

災害時の避難方法は、在宅避難に加え避難所や実家、親戚宅などに避難する縁故避難、ホテルなどの宿泊施設に避難する分散避難に大別されます。
「避難所は、基本的に家にとどまることが危険な場合に利用する場所です。『ライフラインが止まった』『家にいるのは怖い』といった理由だけで入れるわけではありません。自治体によるものの、やむにやまれぬ方以外は在宅避難を求められるのが基本です。避難所生活がどれくらいの期間に及ぶかは、復興状況次第です。避難所生活では不便も強いられます。場合によっては、遠方の親戚や友人を頼ることも選択肢に入れましょう。台風など被害の予測ができるときは、安全なホテルに避難するのも良いでしょう」(草野さん、以下同)
例えば、都内の避難所は、2023年4月1日時点で約3200カ所、福祉避難所は約1600カ所確保されていますが、約1400万人の都民に対し、避難所に収容できるのは約310万人です。広域かつ大規模な災害が起こったとしても、避難所に行けるのは都民のわずか2割程度ということになります。他の自治体においても、すべての住人を受け入れることはできません。
「避難所に行く判断基準は、自宅が居住可能かどうかです。倒壊・崩壊の危険性がある場合はもちろん、旧耐震基準の家に住んでいる方も避難を検討してください。また、住まいの耐震性のみならず、立地によっても危険性は異なります。平時に、ハザードマップや国土地理院の地図などで、災害リスクや土地の成り立ちなどをあらかじめ確認しておくことが大切です」
「在宅避難の最も大きなメリットは、家というプライベートな空間で過ごせることです。災害後はただでさえ精神的にも疲弊する中、避難所では見知らぬ人のすぐ近くで寝起きする生活を強いられることになります。
特に困るのがトイレです。避難所に仮設トイレが設置されるのは、平均して被災から4日後。不特定多数が使う仮設トイレは、狭い・暗い・和式が多いなど、高齢者や子どもには使いにくい仕様となっています。
一方、自宅であれば、家のトイレを非常時仕様にし、家族だけが使える『プライベートトイレ』が確保できます。また、コロナ禍では避難所でもかなり感染症が流行っていたと聞きます。衛生面においても、在宅避難のメリットは大きいでしょう」
「避難所には、災害後数日で水や食料、生活用品などの避難物資が届くようになります。プライバシーや衛生面での課題はあるものの、安全な場所で寝食が保障されているという点は避難所のメリットです。一方、在宅避難の場合は、基本的に自分たちで備えていたもので避難生活を送ることになります。
また、復興状況や行方不明者、支援などについての情報は、まず避難所に届きます。避難所では、停電時も衛星放送や非常用電源が利用できるためです。電気がなく、スマートフォンの充電も切れてしまうと情報が得にくくなってしまうのは在宅避難のデメリットといえるでしょう」

在宅避難は、プライバシーが確保でき安心して過ごせる半面、避難所のように水や食料などの物資が支給されることはなく、情報も得にくいという課題があります。ここでは、自宅で避難生活を送る際に直面しやすい状況と、その対策について見ていきましょう。

災害時には水道が止まり、普段当たり前に使えるトイレが使えなくなることがあります。トイレを我慢したり、汚れたままの状態が続くと、それが体調不良や衛生の悪化につながり、感染症のリスクも高まります。そのため、災害時のトイレ対策は在宅避難における最重要課題の一つといえるでしょう。
「市販の簡易トイレはよくできていますが、1回当たり100円程度と少しお高いので、凝固剤の代替案の一つとして私がおすすめしているのが『ペットシート』です。ペットシートは吸水力が高く、値段も安いので経済的です。シートになっているので使いやすいですしね。排便袋にペットシートを入れて用を足せば、そのまま縛って捨てられます。
ただし、排便袋などのビニール袋では臭いが漏れてしまうので、別途、防臭袋を用意しておくと安心です。裏技として、排便袋ごと食品用ラップで包むと臭いを防いでくれます。ラップは、臭いと水分を閉じ込める効果があるので防災用として用意しておきたいものの一つです。
その他、トイレットペーパーやウエットティッシュなどの衛生用品も、普段から多めに備蓄しておくといいですね。トイレットペーパーは、3倍巻きや5倍巻きタイプであれば場所も取りにくいです」
災害時には、停電にも備えなければなりません。懐中電灯やランタンだけでなく、冬の防寒具や夏の熱中症防止のためのアイテムなど寒さ・暑さ対策も必要です。
「私がよくおすすめするのは、100円ショップで手に入る電池式の『ヘッドライト』です。ヘッドライトを首からぶら下げて使用すれば両手が空き、足下を照らしてくれます。マグカップにヘッドライトを入れて、その上に水の入ったペットボトルを置けば、即席のランタンにもなります。家族の人数分備えておいても数百円というのが嬉しいですよね。

「停電時の寒さ対策については、ホット専用のペットボトルがあれば、ペットボトルにお湯を入れてカバー代わりに靴下に入れるだけで、簡単湯たんぽになります。暑さ対策としては、冷感タオルや衝撃を与えると凍る冷却パック、ハンディーファンなどを備えておくと良いでしょう。携帯電話用の電池式充電器があれば、停電時にも重宝します」
テレビが見られず、スマートフォンの電源も切れてしまった場合は、自宅にいながら情報を得ることが難しくなります。こうした状況に備えて準備しておくべきなのが「ラジオ」だといいます。
「中継基地が被災してしまうと、充電があってもスマートフォンは使用できません。そのため、防災備蓄として電池式のラジオを備えておくと良いと思います。ラジオ局は、災害時も独自の電源を確保していて放送継続が可能です。コミュニティーラジオ局では、地域に根ざした防災情報が得られます。電池式のラジオであれば、停電時も聞くことができます。
また、避難所に入らなかったとしても、避難所に行ってはいけないということはありません。さまざまな情報が集まる避難所に定期的に訪れ、現状を把握するのも良いでしょう。在宅避難の場合、支援物資は支給されないものの、避難所に自分で取りに行けばもらえることもあります」
住み慣れた家で在宅避難をしていても、大きな災害のショックやこれからの生活への不安、不便な暮らしへのストレスが積み重なっていく可能性もあります。特に小さなお子さんや高齢者、妊娠中の方などは心身への負担が大きくなりやすいため、周囲の適切なケアが欠かせません。
「できるだけ平時と変わらない暮らしを心がけることが、精神的な負担の軽減につながります。とはいえ、電気を使うゲームやスマホなどの使用は制限されるでしょうから、お子さんに対しては、好きなキャラクターのぬいぐるみやボードゲーム、お絵かきグッズなどを用意してあげると良いと思います。避難中はとにかく時間があります。集中できるクロスワードパズルや小説などがあると、大人も時間を持て余さず、不安やストレスも軽減するのではないでしょうか。
また、ストレス軽減に効果的なのは『食事』です。防災備蓄として乾パンなどを用意する方もいますが、普段食べ慣れていないものを食べることは、それだけで多かれ少なかれストレスになります。非常食と併せて、後述する『ローリングストック』で、普段食べている日持ちする食材を常備しておくのがおすすめです」
在宅避難を安心して続けるためには、平時からの備えが欠かせません。食料や水といった基本的な備蓄だけでなく、停電や断水への対応、衛生用品や医療品、情報収集の手段まで幅広い備えが必要です。特に自宅で避難生活を送る場合、支援物資はすぐには届かないため、自分や家族の状況に合わせて必要なものを揃えておきましょう。
ここでは、在宅避難に備えて用意しておきたいものを整理して紹介します。
食料や水はすべて災害用として備えるのではなく「ローンリングストック」がおすすめだと草野さんは言います。
「ローリングストックとは、日常的に使う食品や日用品を少し多めに買い置きしておいて、使った分を補充しながら常に一定量を備蓄しておく方法です。例えばレトルト食品やカップラーメン、缶詰など日持ちするものを多めに備蓄し、食べた分を買い足し、賞味期限を見ながら消費することで、災害時も普段から食べ慣れているものを食べることができます。非常時の食料は9割ほどが日常の備蓄食料で、残りの1割ほどを専用の非常食で補う程度で備えておくと良いと思います」
水は一人当たり一日3リットル、食料とともに最低でも3日分、できれば1週間分備えておきましょう。

水や食料だけでなく、停電・断水に備えるためライトや電池も備えておきましょう。「前述の一人当たり一日3リットル」というのは、飲料水および調理用水として必要な水です。掃除や手洗い、歯磨きなどにも水を要するため、できれば生活用水も別途備えておくと安心です。お風呂に水がはってある場合は流さず、生活用水として利用しましょう。

衛生問題は、避難生活の大きな課題の一つです。災害時は心的ストレスがたまり、体の抵抗力が低下するとも言われています。防災備蓄として衛生用品・医療品を備えることも忘れずに、避難生活では普段以上に衛生面に気を使い、健康維持に努めましょう。

災害時の情報収集は、人命にも関わる重要なファクターと言われています。平時には、インターネットやテレビ、新聞、電話などさまざまな連絡手段がありますが、災害時にはこうしたインフラも被害を受ける可能性があります。利用できる手段が普段使い慣れていない災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板などに限られることもあるため、これらの利用方法を平時から確認しておくとともに、災害時にも情報収集手段として残りやすいラジオを備えておくことをおすすめします。

長期間、断水が続く場合は、自治体から水が配られることがあります。給水には水を入れる清潔な容器が必要なため、給水バッグや重い水を運ぶショッピングカート、台車などを備えておくと安心です。また、電気やガスが止まった場合に備え、カセットコンロとガスボンベも準備しておきましょう。季節によっては、暑さ・寒さをしのげるアイテムも必要になります。アルミ防寒シートや冷却パック、ハンディファンなども、備えておきたいところです。

大規模な地震の後は余震に注意しなければなりません。また、台風やゲリラ豪雨の後は、崖崩れや土石流など二次被害の危険もあります。在宅避難を行う際には、家の中でどの場所が比較的安全なのかを把握しておくことが大切です。

「一般的に家の中で最も丈夫な場所は『玄関』とされていますが、ドア枠が歪んでしまうとドアが開かなくなってしまうおそれがあるので、大規模な地震が起きた直後は玄関に避難し、人が出入りできるくらいの幅のドアを開けておくと良いと思います」
「安全な場所にしておくべきなのは『寝室』です。寝ているときは無防備なので、家具は腰の高さ程度のものにとどめ、落下や転倒の危険がないレイアウトにしておきましょう。在宅避難時も、リラックスできる寝室が安心・安全な居場所になります。起きてすぐ取れる場所に、メガネやスマートフォン、懐中電灯などを置いておくのも良いですね」
一方、キッチンは冷蔵庫や食器棚が倒れるリスクが高く、災害時には危険な場所だといいます。調理や飲食は、被害が少ない安全なスペースで行うようにしましょう。
「耐震性が十分ではない住まいでは、地震発生時には1階ではなく2階のほうが安全と言われています。阪神淡路大震災では、地震発生時に1階にいた多くの方が犠牲になっています。斜面地にお住まいの方は、山側ではなく反対側の谷側の2階以上の部屋にいるほうが危険を避けやすいでしょう。住まいの構造や立地によっても安全な場所は異なりますので、やはり平時から自宅の性能や立地の特徴を把握しておくことが大切です」
崩壊・倒壊の危険がなかったとしても、被災直後の家の中には危険な箇所があるかもしれません。怪我や転倒を防ぐためには、こうした箇所を応急的に処置し、安全を確保しておくことが大切です。
安全に在宅避難するには、破損した部分を応急的に直しておくことが大切です。専用の資材がなくても、家庭にあるもので処置することは可能だといいます。
「応急処置に役立つのは『ゴミ袋』です。45リットル程度の大きなゴミ袋があれば、割れた窓ガラスをガムテープで貼って塞いだり、瓦礫やガラス片などをまとめておくことができます。また、ペットシートは応急処置にも役立ちます。隙間をふさげば水が入ってくることを防げますし、雨漏りしている箇所に敷くこともできます」
残念ながら、災害時には被災した方を狙った悪質な詐欺も少なからず発生しています。全国の消費生活センターには、災害に便乗した悪質商法に関する相談が多数寄せられているといいます。
「『役所から来ました』『格安で直しますよ』といった言葉で近づいてくる業者もいます。現実的な金額を提示され、ついお願いしてしまう方もいるようですが、実際には穴が空いた屋根にブルーシートをかけただけの処置で、翌日には風で飛ばされてしまったという被害も耳にしました。地元の工務店も被災しているかもしれませんが、相談にはのってくれるはずです。被災後は、こうした詐欺が横行するという事実を知っておいていただきたいですね」
「片付けや応急処置の前にまずしていただきたいのが、被害のあった箇所の記録です。火災保険(地震保険)の請求には、証明の写真が必要です。また、公的な支援を受けるには『罹災証明書』を取得しなければなりません。罹災証明書の発行にも、被害の写真が必要となります。トイレなどの水回り、屋根、壁……あらゆる箇所を撮影しておきましょう。浸水した場合は、深さがわかるようにしておくことが大切です。掃除や応急処置、修理は、被害の撮影をしてから行うようにしてください」
罹災証明書は、各種被災者支援適用の判断材料として広く活用される書類です。市町村に申請し、被害状況の調査を経て罹災証明書が交付されます。

自ら選んで在宅避難する場合もあれば、状況によっては避難所などに行けず、在宅避難を余儀なくされる可能性もあります。住まいの性能や立地の災害リスクをあらかじめ確認し、避難生活を想定して食料や水、情報収集手段などを備えておきましょう。加えて、いざというときに慌てず行動ができるよう、日頃から家族と避難方法や連絡手段を話し合っておくことも大切です。
災害発生後、自宅の安全性が確保されている場合は基本的に在宅避難が求められる
在宅避難はプライバシーが保たれやすいものの、食事などは支給されず情報を得にくい
停電や断水に備え、食料や水に加え、ライトやカセットコンロ、衛生用品などを備えておくことが大切