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みなさん、こんにちは。ファイナンシャル・プランナーの高橋成壽(たかはしなるひさ)です。このシリーズでは、相続対策として最近知られてきた「信託」という仕組みについて連載で解説します。聞きなれない言葉が多いですが、慣れれば難しくありません。第1回のテーマは信託の基礎知識です。では、わたしと一緒に信託の勉強を始めましょう!
信託の考え方は、紀元前1805年にはあったとされ、今から3800年以上前から存在しているものだといわれている。具体的な利用は中世のイギリスにおいて信託に近い仕組みが運用されていたようである。仕組みとしては、自分の死後に信頼できる人や団体に財産を譲り渡すところから始まった。このようななかで、この取り組みがお互いの信頼関係に基づくものであることから、信頼を意味する「トラスト」という名で呼ばれるようになった。
イギリス生まれのトラストはアメリカへ渡り、当初は弁護士など信用力のある人たちが信託を受けていたが、やがて会社として信託を受けるものが現れた。信託と社名にある信託会社としては、ニューヨーク生命保険信託会社が初めてであるといわれており、やがて銀行が信託業務を営むようになり、金融機関としての性質が強まっていった。
日本へは明治時代に導入され、1900年に制定された法律には「信託」という記述が見られる。大正時代(1922年)には信託に関連する法律が定められたことで、信託には免許が必要になった。その後、80年以上の時を経て、2004年に信託業法が改正、2006年には信託法も相次いで改正された。この結果、信託専業の会社が誕生し、信託を行う上での法律上の義務なども明確化されたことで、より実用的に信託を活用することができるようになった。
信託は、契約によって委託者A(依頼者)の財産を、信頼のおける受託者B(依頼を受けた者)が、受益者Cのために管理・処分する制度である。委託者は依頼者で受益者は信託によって利益を受ける人を指し、受託者は一般的には信託会社(商事信託)となるが、委託者の家族が受託者(民事信託)となる場合もある。(下図参照)

信託を行った場合、対象となる財産は依頼者A(委託者)から信頼のおけるB(受託者)にすでに移っているため、相続時には相続財産とはならない。また相続が発生しても受託者はBのままであり続けられることになる。そのため、信託の対象である財産は遺産分割の必要もなければ、所有者の変更もなく、受益者Cは信託された財産からの利益を受け取り続けることができる。この点が相続対策に用いられる理由である。
受託者(依頼を受けた者)が信託会社のように、専業の法人が信託を受ける場合を商事信託といい、受託者(依頼を受けた者)が家族となるような非営利的な場合に民事信託と呼ぶ。なお、民事信託は家族信託と呼ばれることもある。
相続が発生すると、遺産分割が完了するまでの一定期間、相続財産を処分することができなくなる。一般的に遺言か遺族の話し合いで分け方や所有の仕方を決めることになる。話し合いがまとまらないと財産を処分できなかったり、適切な管理ができないことがある。
一方で財産を信託することで、信託財産は受託者(信託を受ける者)に所有権が移転することになるので、受託者(信託を受ける者)が継続して管理することとなる。この結果、委託者(被相続人)が亡くなった場合でも、財産は委託者の相続財産とはならない。
また、信託自体は委託者が亡くなった後も、信託期間が終わるまで継続されることになり、委託者が亡くなることで受益者(利益を受ける者)が不利益を被ることはない。委託者が亡くなったからといって、財産が受益者以外の相続人のものになってしまうこともない。つまり、財産を相続から切り離して考えることができるのである。他の信託のメリットも以下で紹介する。
成年後見制度とは、精神的な障がいや認知症などにより判断力が不十分な人のために、財産管理や生活の支援を行うための制度である。成年後見制度の場合、被後見人の意思状態が悪化するまで後見人が資産を管理することはできないが、信託であれば本人の判断能力にかかわらず、財産の管理を受託者に任せることができる。 また、成年後見制度の場合、財産の処分は裁判所の許可が必要だが、信託であれば必要に応じて財産の一部を処分することが可能となる。
遺言は被相続人が自らの死後の財産の分け方を指示するのが一般的だが、信託の場合は、生きている間から財産の管理・処分を委託することができる。
成年後見制度は生前にのみ効力を発し、遺言は相続後に初めて効力を発揮する。信託は生前、相続後を問わず定めた期間中は効力を発するため、長期間にわたり継続的に委託者の意思を反映することが可能となる。
信託が特に有効なケースが下記のようにいくつかある。
・子どもがいない
・前妻との間に子どもがいる
・障がいのある子どもがいる
・内縁の妻(配偶者)がいる
・認知症の恐れがある
・中小企業を経営しており自社株式を所有している
・地主で所有する物件の管理が必要である
このあたりは、次回以降に具体的に解説する。
「争族」を予防したいのか、遺言だけでは上手に財産を分けられないのか、成年後見制度では財産の管理上心もとないのか、など相続まで待っていられないような場合や、他の対策ではカバーできない内容には信託の活用を視野に入れることになる。ただし、信託を使って何をしたいのかが明確でないと信託の契約書がつくれないため、委託者が信託の目的をはっきりさせることが必要となる。
しつこいようだが、信託を利用するには学習と理解、管理の手間がかかるので、信託以外の行為で事足りる場合には、わざわざ信託にする必要はない。
1.自分自身が仕組みを理解する
信託に限らないが、他人任せはいけない。しっかりと自分で仕組みを理解することが重要となる。
2.専門家が少ない
実際に信託を活用している人も少なく、 相談できる専門家も少ないのが実態である。
3.家族間の感情的ないさかいは回避できない
遺言でも、成年後見制度でも、トラブルが起こる可能性はある。信託でも家族間の感情的ないさかいを避けることはできないが、 信託を活用することで、家族間のトラブルが発生しても、委託者(被相続人)の意図した財産の承継が可能である。
4.節税のための仕組みではない
相続対策というと節税対策を思い浮かべる人がいるが、そもそも信託は節税のための仕組みではない。
5.家族の理解が必要
特に、民事信託で家族が受託者となる場合には、 受託者責任が発生する。受託者に万が一のことが起こった場合など、 さまざまな想定をして、受託者自身も仕組みと責任を理解しておく必要がある。
信託は非常に優れた仕組みである半面、実際の手続きは難しい場合もある。特に法律の解釈は専門家の間でも意見が分かれることもあるため、信託を考えたときや実際に活用を考えたい場合は、専門家へも相談することをお勧めする。
信託会社を利用した場合、信託会社が万一倒産した場合も、信託した財産には影響がない。基本的には、信託会社の財産と信託財産は分けて管理される(分別管理)。
信託会社の選択には、専門家へ相談することを勧めるが、まずは信託会社が免許をもっているか、金融庁のホームページに登録されている信託会社の記載があるので、 一度自分でも確認すること(2018年3月31日現在22社)
費用を抑えたい場合や、すでに家族が財産の管理を任されている場合などは信託会社に依頼せず、家族で財産を受託する民事信託でも対応できる。信託会社を使用すると報酬を支払う必要があるため、財産の額によっては信託会社に信託することが適さない場合もある。
信託会社を使用しない場合は、家族が受託者(依頼を受けた者)になることができるが、契約書を自分でつくることは難しいため、弁護士など法律の専門家に書類作成を依頼することとなる。その際は、専門家が信託関係の書類の作成経験があるか、どのような信託契約にかかわったことがあるかを確認することが望ましい。
信託会社と同様に、分別管理する必要があり、適切に管理されていれば破産による影響はない。
相続対策を考えるときに信託も視野に入れることで、プランの幅が広がることは確実である。一般的な相続対策とは、生前の話し合い、生前贈与、養子縁組、遺言作成、生命保険契約、任意後見契約、資産の組み換えでなどあるが、それぞれ一長一短があるため、特定の希望はかなえられるものの、どこか不足する点が出てくる。
この点で信託は、懸念事項に対する対応策を盛り込めるため、理論的にはさまざまな対策が可能となる。その代わり、複雑すぎると家族が理解できないこともありうるので、“仏つくって魂入れず”ではないが、思いの入った内容にまとめつつ、シンプルにすることをお勧めする。
今回は、相続に使える信託について総論的な内容としてまとめることとした。次回は遺言信託についてお伝えする。
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