60歳を過ぎてから住宅を購入したり、建て替えたいと思う人も少なくないだろう。退職間近だったりすでに年金生活に入っていたりしても、住宅ローンを借りることはできるのか? できる場合はどんな種類があるのか? ローンを利用する際の注意点も含めてファイナンシャルプランナーの鈴木さや子さんに伺った。
結論からいうと、60歳以上でも住宅ローンを借りることはできる。返済中の死亡時に保険金でローンが完済される団体信用生命保険(団信)の保障を受けられるのが一般的には80歳までなので、多くの銀行では80歳までに返済が終われば借りられるとしているのだ。
そのため、借り入れ時の年齢は80歳よりも低く、70歳程度としている銀行が多い。例えば【フラット35】では「申込時の年齢が満70歳未満」を条件としている。
60歳以上で住宅ローンを借りる場合、銀行による審査は厳しくなる。一般的には65歳で定年を迎えるので、その後も返済を続けられるかどうかをチェックされるからだ。
「就労収入や年金受給額が十分にあるかどうか、また健康状態なども確認されます。銀行は貸し倒れリスクに備えて物件の担保価値も重視するので、駅に近い立地などできるだけ資産価値の高い物件を選ぶと審査が通りやすいでしょう」(鈴木さや子さん)
住宅ローンは団信の加入制限である80歳までに完済することが条件になるため、高齢になるほど返済期間が短くなる。60歳で借りたとすると、返済期間は最長で20年までだ。例えば2000万円を2.0%の金利で借りた場合、毎月返済額は35年返済だと6万6252円だが、20年返済では10万1176円となり、3万5000円近く多くなる。
60歳以上になると、病気や介護状態になるなどして住宅ローンの返済が難しくなるリスクが高まる。近年は団信に疾病保障の特約を付けられるケースが増えているが、60歳以上は対象外となる場合がほとんどだ。いざというときには住宅を売却してローンを完済できるよう、資産価値が下がりにくい物件を選ぶようにしたい。
高齢になると、当初は想定していなかった住み替えが必要になるリスクにも備えが必要になるという。「高齢者施設に入居したり、子どもたちの近くへ引越したりといった可能性が高くなります。そうした場合には自宅を売却することも考慮して、購入する物件や借入額を決めるようにしましょう」(鈴木さん)
60歳以上に特有な住宅ローンのリスクを軽減するには、まず「いくらまでなら借りても大丈夫か」を検討することが重要だ。現実的な借入額の算出方法について、鈴木さんは次のようにアドバイスしてくれた。
「就労収入を得られる年齢のうちに、余裕をもって完済できる金額を計算する必要があります。住宅ローン控除を考慮すると13年間以上借りたいところですが、年金収入のみになってからだと控除を受けるメリットが小さくなる点も注意が必要です。例えば70歳まで毎月10万円返済できる人が返済期間10年間で借りる場合、0.5%の変動金利で計算すると1170万円、1.5%の固定金利だと1113万円の借り入れが可能です」
リスクの軽減には、借入額を減らすことも有効だ。貯蓄などからなるべく多くの頭金を支払う方法もあるだろう。「ただし、病気や介護のリスクが高まるため、頭金を払った後の残りの預貯金は最低でも『半年分の生活費+500万円』は確保したいところです。また、住宅ローンの返済以外にも固定資産税や管理費などの経費がかかることも忘れないようにしましょう」(鈴木さん)
また、親が存命である場合には、住宅取得資金贈与の特例や相続時精算課税制度を活用することも考えよう。
住宅取得資金贈与の特例とは、住宅を買うときに直系尊属(親、祖父母)から資金援助を受けると、一定額まで贈与税が非課税になる特例だ。一定の省エネ基準などを満たしている住宅は1000万円、その他の住宅は500万円が非課税の上限額となる。
相続時精算課税制度とは、親や祖父母からの贈与について合計2500万円まで贈与税が非課税となる制度で、住宅取得資金贈与の特例と併用も可能だ。(2500万円を超える部分については一律20%の贈与税が課される)。
ただし、親が死亡した時点(相続が発生した時点)で、贈与分のうち年間110万円を差し引いた額がすべて相続財産に加算される。住宅取得のためであるならば、住宅取得資金贈与の特例をまずは検討するのが良いだろう。
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60歳以上の人が住宅を買う場合、資産価値が下がりにくい物件を特に慎重に選びたい。資産価値の高さは銀行の担保評価の高さにつながり、住宅ローンの審査でも有利に働くからだ。また将来、その住宅を売却することになったときも、高めの売却価格が期待でき、手元に残る資金を確保しやすくなるだろう。
資産価値の高い物件とは、具体的には駅から近い立地の住宅や、耐震や断熱など高い性能を満たす住宅のことだ。そうした住宅は車がなくても電車で気軽に外出でき、冷暖房が効きやすいので室内が快適で光熱費が節約できるなど、シニア世代にとっても暮らしやすい条件を備えているといえる。
住宅ローンの審査基準は金融機関によって異なる。一つの銀行で住宅ローンが借りられなかったとしても、別の銀行なら融資が受けられるケースも。預金口座のある銀行や、地元に密着した信用金庫など、複数の金融機関に相談して幅広く比較検討することが大切だ。
60歳以上で利用できる住宅ローン関連商品として「リバースモーゲージ」がある。これは住宅を担保に資金を借り入れ、借入人の死亡時に担保となっていた住宅を処分することで借入金を返済するというもの。借入金を年金のように定期的に受け取るタイプもあり、その場合は通常の住宅ローンとは逆に借入残高が徐々に増えていくので「リバース(逆の)」「モーゲージ(住宅ローン)」という名称が付いている。
リバースモーゲージは住宅のリフォームや建て替え、生活資金などさまざまな用途に利用できるが、担保となる土地や建物をすでに所有していることが前提だ。60歳以上で新たに住宅を買う人向けには、リバースモーゲージの類似商品である「リバースモーゲージ型住宅ローン」がある。
リバースモーゲージ型住宅ローンは、持ち家を担保に資金を借り入れ、死亡時に一括返済するという仕組みはリバースモーゲージと同じだが、資金の使い道が住宅購入やリフォームなどに限られ、生活資金には利用できないというもの。また、住宅を所有していない人でも、新たに購入する住宅を担保に資金を借り入れることができる。
代表的なリバースモーゲージ型住宅ローンとして、住宅金融支援機構と民間の金融機関が提携して扱う【リ・バース60】がある。銀行が扱うリバースモーゲージ型住宅ローンの多くは【リ・バース60】を利用したものなので、ここではこの商品について取り上げよう。
【リ・バース60】のメリットは、団信への加入がなく、60歳以上の人が利用できることだ。融資限度額は住宅(建物と土地)の担保評価額の50%または60%で、上限が8000万円。住宅が長期優良住宅の場合は担保評価額の55%または65%まで借りられる。なお、満50歳以上満60歳未満の人も利用できるが、その場合は担保評価額の30%までだ。
ローンの支払いは利息だけなので、通常の住宅ローンに比べて月々の負担を大幅に減らせる点もメリットだ。例えば2000万円を3.0%の金利で借りた場合、通常の住宅ローンを20年返済で組むと毎月返済額は11万円強だが、【リ・バース60】では月々5万円と半額以下で済む。
【リ・バース60】は団信に加入しないが、死亡時に住宅を売却するなどして借入金を一括返済するので、子どもに負担が残らない。なお、借入金の返済には「ノンリコース型」と「リコース型」があり、住宅の売却代金で返済した後に借入金が残った場合、ノンリコース型は相続人が残った借入金を返済する必要はないが、リコース型は相続人が返済義務を負う。ノンリコース型とリコース型は借り入れ時に選択できるが、ほとんどのケースではノンリコース型が選ばれている。
鈴木さんによると、【リ・バース60】を利用するときに注意すべき点の一つは金利だという。「みずほ銀行では固定金利選択方式も扱っていますが、それ以外は変動金利がほとんどなので、金利が上がって支払いが増えるリスクがあります。また、通常の住宅ローンのような優遇金利がないので、金利水準が3%前後と高めな点も要注意です」(鈴木さん)
「借りた人が死亡した場合、自宅を売却しなければならないので、遺族が住み続けられなくなる点も注意が必要です」と、鈴木さんは指摘する。なお、リコース型を選択して相続人が自己資金などで借入金を一括返済すれば、相続人が自宅を引き継ぐことは可能だ。また、夫婦の連帯債務とした場合、片方が亡くなっても配偶者が返済を続けることができれば自宅を売却せず住み続けることができる。
「一般的なリバースモーゲージでは利用できるのが大都市に限られていたり、土地や建物の担保評価額が下落して借入額が融資限度額を上回った場合に差額分の返済を求められたりする可能性がありますが、【リ・バース60】ではそうした心配はありません」(鈴木さん)
60歳以上で住宅ローンを借りる場合、前述のとおり返済期間は最長20年までとなるので、毎月返済額が重くなってしまう。そこで検討できる選択肢が「親子リレーローン(親子リレー返済)」の利用だ。
親子リレーローンとは、その名のとおり親が借りた住宅ローンを子が引き継ぐというもの。親が60歳以上でも20年を超える返済期間で借りることができる。「最初は親が返済し、親が定年退職したタイミングなどで子に返済を引き継ぐといった活用が可能です」(鈴木さん)
親子リレーローンのメリットは、なんといっても返済期間を長く設定することで、毎月返済額を軽くできることだ。例えば3000万円を2.0%の金利で借りる場合、毎月返済額は20年返済だと15万1765円だが、35年返済では9万9378円となり、5万円以上軽くなる。
また、親子で連帯債務になる点もメリットだという。「親子の収入を合算して借りることができるので、単独で借りるよりも借入額を増やすことができます。住宅ローン控除を親子とも1年目から受けられる点もメリットです」(鈴木さん)
メリットの多い親子リレーローンだが、注意すべき点もある。特に気をつけたいのが、子が若いうちにローンを借りるケースだという。「借りた後で子が結婚したり、仕事が変わったりしたときにローンが重荷になり、自分で好きな家を買えないなどライフステージの変化に対応できない可能性があります。また、親と子が同居するか、将来同居の予定であることが条件となることが多く、子の配偶者とトラブルになることもあるでしょう」(鈴木さん)
また将来、親が死亡したときにも注意が必要だ。「団信に加入できるのは子のみが一般的なので、親が早く亡くなった場合などは子に多くのローンが残るリスクもあります。また、相続が発生したときに住宅の持ち分について他の兄弟姉妹などから異議を唱えられる可能性も。だからといって最初から住宅を子の名義だけにすると、親から子への贈与とみなされて贈与税が課せられることもあるので注意が必要です」(鈴木さん)
60歳以上でも住宅ローンを借りることはできるが、返済期間の短さや審査の厳しさといったハードルがあることもたしか。リバースモーゲージ型住宅ローンや親子リレー返済の活用なども検討し、無理のない資金計画で理想のマイホームを実現しよう。