マンションを購入したり、借りたりする際、2階以上の部屋を選ぶならエレベーターはあった方が便利です。では、そもそもどのようなエレベーターが何台あれば快適に暮らせるのでしょうか。エレベーターの設置基準やエレベーター有無のそれぞれのメリット、待ち時間の目安や最適な台数などを一級建築士の鈴木哲夫さんにうかがいました。
マンション探しをしていると、5階建てや6階建てでもエレベーターがない物件や、3階建ての低層マンションでもエレベーターがついている物件などさまざまです。では、エレベーターの設置には基準や決まりがあるのでしょうか。
建物でエレベーターを設置しなければならない基準は、実は階数ではなく高さ。建築基準法(第34条)で、高さ31m超の建物に「非常用の昇降機」、つまり「エレベーター」の設置が義務付けられています。
エレベーターを設置しなければならない「高さ31m超」の建物は、何階建てに相当するのでしょう。建物の階数は建物の高さではなく、それぞれのフロアがどれくらいの高さの空間になっているかで違います。各住戸の天井が高いほど、階数は少なくなりますが、高さ31mのビルやマンションは一般的には7~10階に相当します。
つまり、6階建て以下程度のビルやマンションにはエレベーターの設置義務はありません。でも、4階や5階の住戸でもエレベーターなしの生活は大変。設置義務はないとしても、その建物を利用する人や、暮らす人の利便性考えて設置されているケースが多いのです。
サービス付き高齢者向け住宅などの高齢者向けの共同住宅では上とは別の基準が設けられており、3階建て以上の場合にエレベーターの設置義務が設けられています。これは国土交通省の「高齢者の居住の安定確保に関する法律」に定められているもので、居間から食堂、浴室など、階をまたぐ移動をより安全にするためです。
あると便利なエレベーターですが、エレベーターのないマンションにもメリットはあります。エレベーターのあるマンション、ないマンションそれぞれの良さを比較してみましょう。
エレベーター付きマンションの最大のメリットは、利便性の高さです。負担の大きな階段の上り下りが不要になるため、とりわけ高齢者や障がいのある人、小さな子どもがいるファミリーにはメリットが大きいでしょう。このほか、体調の悪いときやケガをしたとき、たくさんの買い物をしたときなどにもエレベーターがあると楽に自室にたどり着けます。
エレベーターがないマンションの場合、「上層階に住むと毎日の上り下りが大変そう」などのデメリットが頭に浮かぶでしょう。でも、1階や2階など、荷物を持って上り下りするのが苦にならない低層階を選べばエレベーターの有無は日常生活にあまり影響ありません。
「若いうちは運動にもなるし苦にならないはず!」と思ってエレベーターがない物件を選ぶ人もいるでしょう。エレベーターがある物件に比べて、購入時の価格や、賃貸なら家賃などが安く抑えられる点も大きなメリットです。そのほか、管理費や修繕積立金が安い、エレベーターのモーター音やエレベーターホールに人が集まったときの騒音がないなどのメリットもあります。
一方で、リセールバリューに影響する点には注意が必要です。
「売却しようとしても、エレベーター付きのマンションと比べると買い手がなかなか決まらない可能性もあります。今の暮らしやコストだけでなく、将来のことも考えて選ぶことが重要です。若いうちは気にならなくても、年をとってきたときには階段が辛くなります」(鈴木さん、以下同)
エレベーター付きマンション | エレベーターがないマンション |
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毎日の生活利便性や将来的な体力の衰え、売却する際のことなどを考えた場合、3~4階以上に長く住むならエレベーター付きの物件を選ぶのがオススメです。ではエレベーター付きのマンションを借りる、または購入する際に、どんなところをチェックすればよいのでしょうか。
一口にエレベーターといっても、その大きさや種類などはさまざま。画像を見ながら確認してみましょう。
エレベーターで、人や荷物をのせて昇降する箱状の搬器は「かご」と呼ばれています。この「かご」の形は大きく分けて「P型」と「R型」の2タイプ。
「P型は正方形に近い横長のタイプ。R型は奥に長い縦長のタイプで、パネルで仕切られたトランク付きのものがあります。マンションでは急病人を運ぶためのストレッチャーや棺の搬入・搬出があるため、パネルを外すことで奥行きが広がるトランク付きR型のエレベーターが望ましいでしょう。今は、P型よりもR型を設置しているマンションの方が多くなっています」
エレベーターの「かご」の大きさも重要です。小規模なマンションのエレベーターには3人乗りなどコンパクトなものもありますが、大型家電や家具、ピアノなどの搬出入を考えると、9人乗り以上がいいでしょう。
特に、マンションのエレベーターのサイズが小さいと、引越しで大きな荷物を搬入する際に困ることになります。せっかく購入した家具や家電がエレベーターに入らなければ、クレーンで引き上げるなど別の方法で住戸に入れる必要があり思わぬコストがかかります。
高さ31m超のマンション(31mは10階建て前後)には、建築基準法(第34条)でエレベーターの設置が義務付けられており、さらに高さ31m超の建物に設置されるエレベーターは下記の寸法以上でなければならないとされています。
かごの内包寸法 間口1.8m以上、奥行1.5m以上、高さ2.3m以上
有効出入り口 幅1m以上、高さ2.1m以上
定員 17名以上
積載 1150kg以上
このサイズであれば、車椅子なら2台、標準的な大きさのベビーカーなら3台は入りますし、冷蔵庫などの大型家電も入ります。大型家具でも最近は分離させて運べるようになっていることが多いので、心配はないでしょう。
ただし、高さ31m以下の建物のエレベーターには上記のようなサイズ規定はありません。定員が6名や9名程度の小さなエレベーターが設置されていることもありますから、物件探しの際や家具購入前にエレベーターのサイズをチェックしておくことは大切です。
エレベーターのあるマンションでも、住戸数に対して設置台数が少な過ぎるとすぐに満員になってしまってなかなか乗れない心配が。反対に、設置台数が多過ぎるとメンテナンスの費用や毎月の管理費・修繕積立金、賃貸なら共益費が負担になります。どれくらいの設置台数が適切なのでしょうか。
一般的に50戸のマンションなら1台、80戸なら2台程度がストレスの少ない台数の目安といわれています。ただし、同じ100戸でも各階10戸ずつの10階建てのマンションと、各階4戸で25階建てのマンションでは、エレベーターを利用する住人の人数は違ってきます。階段を利用する人が多い1~2階の住戸数が多いマンションよりも、3階以上の住戸数が多い高層マンションの方が適切な台数は多くなります。
エレベーターの設置台数は「輸送能力」と「待ち時間」によって決められるのが一般的。輸送能力とは定格速度のことで、エレベーターの定格速度は一般に45~105m/分で数字(1分当たりの昇降距離)が大きいほど輸送能力が高いといえます。
「待ち時間は混雑時の平均待ち時間のことで、エレベーターが1台のマンションでは90秒以下、2台では60秒以下になるように設置することが好ましいというのが、エレベーターのメーカーが設定する基準です」
下に、高層マンションの場合のエレベーターの輸送能力と3階以上の居住人口から算出した、エレベーターの設置台数の目安をまとめましたので、参考にしてください。
マンションの階床数 | 3階以上の居住者数 | エレベーター設置台数の目安 |
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10階建て | 100人 | 1台(90m/分) |
200人 | 1台(90m/分) | |
400人 | 2台(60m/分) | |
600人 | 3台(60m/分) | |
15階建て | 100人 | 1台(105m/分) |
200人 | 1台(105m/分) | |
400人 | 2台(90m/分) | |
600人 | 3台(90m/分) | |
20階建て | 100人 | 2台(105m/分) |
200人 | 2台(105m/分) | |
400人 | 2台(105m/分) | |
600人 | 3台(105m/分) |
エレベーターと住戸の位置や距離が近い方が生活には便利。しかし、注意したいポイントもいくつかあります。
自分が音を気にするタイプなら、物件見学の際にはエレベーターが昇降するときのモーター音や扉の開閉音が住戸内まで聞こえないかを確認しましょう。特にエレベーターと住戸が壁一枚隔てているだけ、という位置の場合は注意が必要です。
「エレベーターに隣接していると、モーター音や扉の開閉音が気になる場合があります。新しい物件でも、モーター音は完全には防ぐことはできません」
エレベーターと住戸の距離は、暮らし心地に影響します。エレベーターが住戸から近いと外出や帰宅のたびに歩く距離が短い点がメリットです。しかし、エレベーターホール付近は人が集まります。中には大声で話したり、長時間話したりする住民がいることも。また、エレベーターホールはその階の人たちみんなが利用するため、エレベーターホールに近い住戸ほど住戸前の廊下を通る人が多くなり、話し声や足音が気になるもの。寝室の窓が廊下に面している間取りの場合は、人が通る気配だけでも気になって眠れないということもあるでしょう。
内見時には、エレベーターホールと住戸までの廊下を歩く靴音が部屋の中でどう聞こえるかを確認するといいでしょう。中古マンションの場合は、これまでにエレベーターホールからの騒音などが問題になったことはないかを、不動産仲介会社を通して管理組合に尋ねておくのがオススメです。
エレベーターホールからの距離が遠い場合は、エレベーターの音や靴音、人通りなどが少ない静かな環境が得られやすいですが、エレベーターまでの遠さを面倒と感じる場合もあります。
エレベーター内が清潔に保たれているか、ゴミが落ちていないか、タバコや生ごみなどの臭いがしないかも大切なチェックポイントです。マンションの清掃は管理会社が依頼する清掃会社や清掃スタッフが行いますが、契約内容によって清掃の頻度が違ったり、清掃会社やスタッフによってていねいさに差が出たりします。
「管理組合があまり機能していなかったりすると、エレベーター内の壁等にいたずら書きや汚れがありがち。エレベーターの内部やエレベーターホールがきれいに保たれているかもチェックしましょう」
エレベーターのメンテナンスができていないマンションは、ゴミ置き場や駐車場など他の共用スペースのメンテナンスも不十分な可能性があります。マンションの管理状態を知る上でもぜひチェックしたいポイントです。
密室になるエレベーターは防犯や安全面も重要です。
「自分の後ろから乗ってくる人の様子がわかるように、かご内に鏡が設置されていることが重要です。また、防犯カメラが設置されているかもチェックしましょう。最近の防犯カメラは、かご内の様子がエレベーターホールにあるモニターで確認できるものがあります。自分が乗ろうとしているエレベーターに、誰が乗っているかがわかるだけでなく、乗っている人も外から見守られている安心感があります」
そのほか、ペット可マンションでは、ペットが乗っていることをエレベーターホールのパネルに表示させるボタンが設置されているケースも。動物が苦手な人がそのかごに乗ることを避けたり、複数のペットが乗ることで動物同士のケンカが起きたりすることを防ぐ効果があります。
「最近多くなってきているのは、LEDライトや水、ビニール袋などが収納されているスツール型のボックス。停電などで閉じ込められるなどの非常時に明かりや水があると安心です。普段は、椅子として使うことができます」
防犯カメラや非常時用の収納ボックスは後からでも導入できるものです。このような防犯や安全性をアップする対策がとられているマンションは、管理組合や物件オーナーが良好な住環境づくりに力を入れているといえるでしょう。
また、エレベーターは建築基準法で年に1度の定期検査が義務付けられています。きちんと検査を受けているかは、かご内、またはエレベーターホールに掲示されている、写真のような「建築基準法検査済証」で確認することができます。
大規模なマンションの場合、複数のエレベーターが設置されているだけではなく、高層階用と低層階用でエレベーターを分けて効率的に利用できるよう工夫されています。
また、セキュリティの高いマンションでは、来訪者は訪問先の住戸のある階でしかエレベーターを降りられない、居住者も自宅のある階以外では乗り降りができないなど、居住者または居住者が許可した人以外がそのフロアに立ち入ることができないシステムになっている物件も多いです。
日々、進化を遂げているエレベーター。最後に、マンションのエレベーターの最新機能と技術をご紹介します。
エレベーター内外にAI機能を搭載した「スマートエレベーター」も進化しています。メーカーによって、以下のような機能があります。
こうした技術は年々進化しており、今後も快適性や安全性を高める機能の導入が進んでいくでしょう。
環境への配慮も重視される昨今、エレベーターの省エネルギー化も進んでいます。一例として消費電力抑制のために回生電力の活用やLED照明の採用、照明・換気装置自動休止機能の採用、エレベーターシステムの効率化などが挙げられます。
一部のメーカーで、ギヤレス巻上機や機械室レス構造(※)が採用されているのもトピックのひとつ。変速機やガイドレールで必要だったオイルを減少させることは省資源化、ひいては環境保全につながります。
※ギヤレス巻上機:直流を交流に変換するインバータ制御を用いることで、ギヤードタイプ(ギアあり)の巻上機よりもスムーズな加速・減速を実現。機械室機器の小型化、省電力化、快適性の向上に貢献する。
※機械室レス構造:巻上機や制御装置をコンパクト化し、屋上機械室を不要にした構造。高い走行性能や省エネ性が期待できる。
昨今の地震リスクの高まりを受けて、非常時対応機能も強化されています。地震発生時の自動停止機能のほか、大きな揺れが生じる前の初期微動を感知して最寄り階で乗客を降ろす機能やいち早い脱出につながる遠隔診断による仮復旧機能なども。脱レール防止対策や各部位の補強、ロープ外れ対策など、ハード面の耐震性も強化されています。
毎日使うエレベーターが使いにくいと、小さなストレスが積み重なってしまいます。快適な暮らしができるよう、物件探しの際には広さや台数、安全性などをしっかりチェックするようにしましょう。
エレベーターがない物件のコストは安いが長く住むには負担が生じがち
設置台数は50住戸に1台といわれるが、建物の形状によって適切な台数は違ってくる
待ち時間は1台なら90秒以下、2台ある物件なら60秒以下だとストレスが少ない
エレベーターホールに近い方が便利だが音の問題に注意
防犯や安全対策も忘れずに確認しよう
最近はAI活用エレベーターや非常時対応に優れたエレベーターも