せっかく注文住宅を建てたのに、「猫に爪とぎをされて壁がボロボロに……」、「猫のためにもっとこんな工夫や対策をしておけばよかった……」という声を耳にします。そんな後悔をしないために、猫の習性と知っておきたい猫の暮らしやすい間取り、困り行動の対策について、獣医師と建築家に伺った。
猫にとって暮らしやすい家づくりをするために、まずは猫の習性について知る必要がある。そこで、獣医師である入交眞巳さん(以下、入交さん)に伺った。
「『気分屋な動物』というイメージを持たれがちな猫ですが、実は社交的な動物なので、人間とのコミュニケーションも好みます。猫同士の相性はありますが、多頭飼いもしやすいですね。
猫の一番の特性は空間を立体的に使うこと。ちょっと不安なことがあると上に上がって身の安全を確保する習性があり、高い所を好む傾向にあります。今は室内で飼われることが多いですが、いろいろな刺激のある外を窓から眺めるのが好きな猫は多いです。窓辺や玄関近くなど空間が切り替わる場所にマーキングをすることも。また、猫はコミュニケーションの一環として爪とぎをします。飼い主に構ってほしいときやイライラしてストレスを発散したいときなどに爪とぎをすることが多いですね」(入交さん)
では、猫が快適に暮らせる家づくりをするためには、どうしたらよいのだろうか? 猫と暮らす家づくりを手掛ける建築家の中村裕実子さん(以下、中村さん)に伺った。
「猫にもそれぞれ個性があるので、きちんと性格を知った上でいろんな居場所をつくってあげることが大切です。室内飼いをされるケースが多いと思いますが、いかに家の中で刺激を与えて好奇心を満たしてあげるかが重要になります。いろいろな素材の感触やニオイなどで猫が楽しめるようにする仕掛けが家のあちこちにあると良いですね。オープンな場所で過ごしたいときと、ひとりにしてほしいときなど、それぞれの気分に合った場所というのを用意してあげましょう。猫は暖かいところを好む傾向にありますが、気分に合わせて家の涼しい所にもアクセスできるなど、猫が家の中で居心地のいい場所を適宜選べる環境をつくると◎」(中村さん)
では、具体的に猫の暮らしやすい間取りアイデアについて紹介していこう。
「まず、猫は高いところを好むので、キャットステップやキャットタワーなど猫が登り降りできる場所を設けると良いですね。キャットタワーほど高くなくても、少し目線が高くなる程度のキャットステップでも十分猫にとっては居心地がいい場所になります。
飾り棚など家具をつないでキャットステップのようにしたり、スキップフロアにしてキャットタワーのように登れるようにするなど、人間が使うものと猫が使うものを共有できると無駄な空間にならないのでおすすめです。最初から猫仕様にこだわり過ぎず、まずは人間にとって快適な動線や空間構成を考え、その中に少しずつ猫も楽しめる要素を落とし込んでいく、ということを意識しましょう」(中村さん)
猫がリビングの吹き抜けをぐるりと回遊できるようなキャットステップにする場合は、上を通って水飲み場に行けたり、別の空間との動線の工夫を。一度は下に降りないといけないようにしておかないと、動物病院に行かなければならないときなどに猫を捕まえられなくなってしまうので注意が必要だ。
「途中休憩できるようなトンネル状のスペースをつくってあげると良いですね。不安になって高いところに登ったときにも隠れられます」(入交さん)
猫は室内飼いが多いことから、家の中から景色を楽しめるようにする仕掛けをつくるなど、外空間とのつながりも大切だ。
「窓はなるべく家の全方角に設けて、いろんな角度からの景色が見られるようにしてあげると良いですね。同じ面でも地窓、腰窓、高窓など高さによって景色の見え方は変わってきます。方向だけでなく、いろんな高さに設けて猫がアクセスできるように工夫しましょう。
また、窓から景色を眺めているだけでなく、外で猫を安全に遊ばせたいという場合は中庭をつくってあげるのもおすすめです」
猫のトイレ置き場をどこに設けるかについて頭を悩ませている人も多いはず。ついついトイレは見えないところに隠したいという気持ちが出てしまうが、なるべく猫が普段過ごす場所の一角にあるほうが猫もリラックスして排泄ができるのだという。
「猫の健康管理の観点でも、見える場所というのはとても大事。隠してしまうと排泄の回数や血尿などの異変にも気づきにくくなってしまいます。動物病院に行ってもトイレの回数など答えられないと病気の発見が遅れてしまうことも。目の届く範囲で猫が落ち着いて排泄できるような場所にトイレを置きましょう」(入交さん)
「ニオイが気になる場合は、猫のトイレの近くに換気扇をつけたり、空気清浄機を置くスペースを確保するのも良いでしょう。また、珪藻土(けいそうど)、漆喰(しっくい)などの脱臭効果のある素材を使った内装にするのもおすすめです。
また、リビングにトイレを置くときは、造作家具やリビング収納の下部分をくり抜いてスペースを確保するとスッキリと収まります。また、一段床を下げておくとトイレの砂がリビングに入りづらくなります」(中村さん)
猫が食事するスペースもプランニングの段階で決めておくと良い。多頭飼いの場合、猫同士が喧嘩になってしまうこともあるので、食事の時間や場所を分けてあげる必要があることも。それぞれの猫の食事の仕方や食事内容に合わせて、スペースを確保しよう。
「水飲み場は1階だけではなく2階にも設けてあげると、猫がアクセスしやすくなります」(入交さん)
粗相や爪とぎなど「猫の困り行動」について、プランニング面でどのように工夫すれば良いのだろうか。
「まず、粗相については、マーキングの意味合い以外で粗相をしてしまう場合、猫がトイレを気に入っていないということが考えられます。
猫も開放的なところで排泄をしたいので、オープンな場所で砂を掘って埋められるような広さが必要です。トイレのサイズも猫の体長の1.5倍以上あるのがベター。できれば屋根付きよりもオープンな空間にしたほうが、猫の様子がわかりやすいですね。
ファッション性を求めたデザインのトイレもありますが、猫にとっては使いづらくてストレスに感じてトイレじゃない場所で粗相をしてしまう原因にも。猫にとって快適な空間にしてあげることが重要になります」(入交さん)
先述したように、猫にとって爪とぎはコミュニケーションとしての役割がある。内装材や家具をツルツルした素材ばかりにして爪とぎをされないように対策し過ぎると、かえって猫のストレスが溜まってしまうので注意が必要だ。
「人間が困らないところに誘導して、あえて猫が引っかきやすい素材を使って爪とぎをする場所をつくってあげると良いですね。行動を抑制するのではなく、いかに猫の習性を理解して共存するかが大事。なるべくいろんな場所に爪とぎをする場所をつくってあげれば、引っかかれたくない場所をきれいな状態にキープすることができます」(入交さん)
「猫の爪とぎには、水平派、垂直派と好みが分かれます。飼い猫の爪とぎの仕方に合わせて爪とぎスペースをつくりましょう。また、猫の好きな素材はそれぞれ違うので、好みに合わせて選んであげると良いですね」(中村さん)
そのほかの猫の困り行動としては、家の中で猫を入れたくない場所への侵入や外への脱走などがあるが、猫を入れたくない空間の室内ドアのレバーハンドルを上に上げるように取り付けたり、握り玉タイプのドアノブにするなど工夫しよう。
「玄関からの脱走を防ぐために、猫が暮らすLDKなどの空間と玄関との間には「関所」としての間仕切りを設けておくと安心です」(中村さん)
猫にとって暮らしやすい間取りを考えるあまり、飼い主である人間の快適さを疎かにしてしまうこともありがち。まずは、人間にとって快適な家づくりをすることが重要だ。
「猫にとって快適な空間を考える前に、まずは飼い主にとっての快適さが大前提。飼い主が快適に暮らしているほうが猫も居心地いいはずですからね。できるだけ人間主体の空間づくりをした上で、そこにどう猫と共存するかを考えてプランニングをすると、双方にとって快適な住まいになると思います」(中村さん)
また、猫の安全面にも配慮を。床材などはツルツル滑りやすい素材にしてしまうと股関節を傷めてしまうこともあるので、むく材やタイルカーペットなどを選ぶと良い。
「むく材はおすすめですが、反りによる隙間ができると吐瀉物が入りやすくなるので注意が必要です。
また、やわらかい樹種は猫の爪で傷んでしまうので、樹種選びは慎重に。表面材の薄いシート張りや突板も避けたほうがベターです。タイルカーペットは防ダニ加工になっているものをセレクトして。一部分を剥がして洗えたり、爪とぎする場所にもなるので使い勝手がいいですよ」(中村さん)
「猫は高い所を好みますが、キャットタワーなどに登れても降りられないということもあるので、その子の性格はきちんと考慮してプランニングをしてもらいたいですね。また、将来年齢を重ねてきたときに高い所に登れなくなってくるので、ライフステージに合わせて空間を使えるようにしておくと良いでしょう。
また、もし多頭飼育の場合の工夫として、例えば隠れる箱のような空間をつくって行き止まりにしてしまうと、猫同士で喧嘩になったときに追い詰められて逃げようがなくなってしまうので、なるべくトンネルのように通り抜けができるような場所にしておくと安心です」(入交さん)
「猫の毛がお出かけ着につくのが嫌だから、クローゼットには入らせたくない」など、猫に立ち入られたくない空間には間仕切りを設けて対策を。
「例えば、玄関から入ってそのままファミリークローゼットで着替えてから洗面所を通ってLDKに行く動線にすると、お出かけ着には猫の毛がつかずに済みます。脱走防止の観点からも、猫は玄関ホールに入れない動線にしておくのが良いですね」(中村さん)
忘れがちなのが、猫用の収納の確保だ。ケージやキャリー、猫砂、フードのストック、災害時の猫用避難袋などを収納しておくための収納スペースをつくろう。
「アイテムの大きさや量に合わせてどのくらいのスペースが必要かを考慮して、使う場所の近くに収納スペースを設けましょう」(中村さん)
猫の個性に合わせて家の中で刺激を与えて好奇心を満たせるよう、家中にいろんな居場所をつくってあげる
高さのある場所や素材などの感触やニオイなどで猫が楽しめる仕掛けを家のあちこちにつくると良い
トイレは猫が普段過ごす場所の一角にあるほうが猫もリラックスして排泄ができる。換気扇などの機器や珪藻土、漆喰などのニオイを脱臭効果のある素材を使った内装でニオイ対策を
猫にとってストレスを感じると粗相や爪とぎの原因に。あえて爪とぎの場所をつくってあげるなど猫とうまく共存するために工夫しよう