家を建てるときの外観を決める要素の一つに「軒」があります。近年は軒を出さない軒ゼロの家も見られるようになり「軒って必要なの? どんな役目があるの?」と疑問に思っている人もいるのではないでしょうか。そこでこの記事では、そもそも軒とは何なのか、軒先、軒下、軒天(軒裏)は家のどの部分を指すのか、庇(ひさし)とはどう違うのかなどを、軒あり、軒なしにする際の注意点などを一級建築士のナイトウタカシさんに伺いました。
軒先や軒下、軒天など、「軒」が付く言葉は複数あります。また軒と庇(ひさし)の違いが分からない人も多いようです。まずは、それぞれどこを指すのかをナイトウさんに教えていただきました。
「『軒(のき)』とは屋根が外壁から飛び出した部分を指し、その先端を『軒先(のきさき)』と呼びます。『軒下(のきした)』は、軒の下側にできる空間のことです。『軒天(のきてん)』は軒の裏側、つまり軒下から軒を見上げたときに見える『軒の天井部分』を指し、『軒裏」とも言います」(ナイトウさん/以下同)
「庇(ひさし)とは、窓や玄関などの開口部の上に設けられる、外壁から突き出た部分を指します。軒が屋根の一部であるのに対し、庇は屋根とは別に設けられる点が異なります」
近年、軒が短い家や、あるいは軒がない軒ゼロの家が多く見られるようになったため、「軒って必要なの? どんな役割があるの?」と疑問に思う人もいるようです。ここでは軒が果たす役割を紹介します。
軒があると陰をつくり、外壁に直接紫外線が当たるのを防げるようになります。また雨についても同様で、台風時などの横殴りの雨でない限り、外壁に雨が当たるのを防ぐことが可能です。紫外線や雨は外壁を劣化させる要因となるので、軒を設けることは結果的に外壁を長持ちさせることにもつながります。
「紫外線や雨から外壁を守ることは、軒のもっとも大切な役割だと思います。ただし、軒が守れるのは軒のすぐ下にあるごく一部の外壁に限られます。例えば2階建ての家なら、2階の外壁に紫外線や雨が当たるのを防げても、必ずしも1階の外壁まで守れるとは限らない点は理解しておきましょう」
「軒は外壁に被せる形で設置するので、軒と外壁の接合部分から雨が入るのを防ぐ役割があります。それは『軒ゼロ』であっても同様です。軒ゼロといっても軒がまったく出ていないわけではなく、雨が入り込むのを防げるように、ごく短くですが必ず軒は出ています」
「軒は日差しの入り具合をコントロールする役割もあります。軒があれば、夏に窓から強い日差しが差し込み家の中が暑くなるのを防ぎやすくなります。それなら冬には寒くなるのでは、と思ってしまいますが、冬は日が傾き日差しが部屋まで入り込むので問題はありません。
ただし『できるだけ日差しを防ぎたい』と軒を長く出し過ぎると家の中が暗くなってしまうので、どの程度出すか、バランスを考えることが大切です」
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「結局軒はどれくらい出せばいいの?」「平均ってどれくらいなの?」と思った人もいるのではないでしょうか? 軒の長さは「軒の出(のきので)」と呼ばれ、外壁を支える柱の中心から軒先までの水平距離で測ります。
軒の出の長さに決まりはなく、自由に決めて構いません。住宅金融支援機構の「フラット35住宅仕様実態調査報告(平成29年度)」によると、軒の出の長さでもっとも多いのは60cm以上80cm未満となっています。
ただしこれは地域差が大きく、例えば軒の出の長さ60cm以上80cm未満の家の割合は全体では32.8%であるのに対し、首都圏では18.8%にすぎません。対して「軒の出がない」も含めた40cm未満の軒の出の割合は、全体では32.2%ですが首都圏では47%にも及びます。
軒は季節の移り変わりを楽しむ日本家屋では、日差しをコントロールし室内温度を調整する大切な役目がありました。しかし建築技術が向上し、断熱性や気密性が高い住宅を建てられるようになった今、軒がなくても室内空間を快適に保てるようになったことが影響しているようです。
「特に都市部で軒が短い家や軒ゼロの家が増えている理由が2つ考えられます。
1つ目の理由は、首都圏をはじめとする都市部には、『狭小地(きょうしょうち)』と呼ばれる狭い土地に家を建てるケースが多いことです。軒を出すということは、逆に考えると外壁を内側に向けて配置する、つまり室内空間が狭くなることを意味します。狭い土地で、民法で定められた50cmという隣地からの距離を確保しつつ、できるだけ広い家に住みたいと考えると、軒は短くせざるを得ません」
「2つ目の理由は、シンプルでモダンな箱形のデザインを好む人が近年増えていることです。スッキリしたモダンな外観にするときには、できるだけ凹凸がなくなるようデザインします。その結果、軒をほとんど出さない軒ゼロの家が増えているのです」
軒ゼロの家にするときには、どのような点に注意が必要なのでしょうか?
「軒ゼロの家にするときには、汚れにくい外壁材を選ぶことがとても重要です。軒には外壁を紫外線や雨から守る役割があるので、軒ゼロにすると外壁が劣化したり、汚れたりしやすくなるためです。
具体的には紫外線に強く、雨で汚れが流れやすい塗料が塗装されたタイプや、表面に凹凸が少ないデザインで、汚れが付着しにくい外壁材を選ぶとよいでしょう」
「軒ゼロの家の汚れが心配なときには、外壁材の張り方を工夫することもあります。例えば金属系サイディングであれば、横張りにするよりは縦張りにしたほうが、雨が降ったときに汚れが流れ落ちやすくなります」
「軒があると、日差しをコントロールしたり窓から雨が入るのを防いだりできますが、軒ゼロにするとその役目を果たせません。その場合、窓には庇を付けると効果的です。庇は30cm程度の長さでも、窓に近いぶん一定の効果があります。
ただ、庇を付けると外観に凹凸ができてしまうので、シンプルでモダンな外観デザインにしたい場合は希望と異なるかもしれません。庇を設置するかしないかは、日差しや雨を防ぐことと外観デザインのどちらを重視するかによって決めるとよいでしょう」
軒ゼロの家は軒先から外壁までの距離が近いので、軒がある家と比較すると雨仕舞い(あまじまい=家の内部に雨水が入らないようにすること)が難しくなってしまいます。
軒と外壁の接合部から雨水が入り込む、つまり雨漏りが発生すると、家の寿命に影響します。そのため軒ゼロの家を建てるときには、軒ゼロの家の建築経験が多く、雨仕舞いについて豊富なノウハウがある建築会社に依頼することが重要です。
「建築会社を探すときには、ホームページなどで施工事例を確認し、軒ゼロの家が多く掲載されているかどうかで判断するとよいでしょう。直近の数年だけではなく、長年軒ゼロの家に取り組んでいるような会社であれば、多くの経験から十分なノウハウが蓄積されていると考えてよいと思います」
最後にあらためてナイトウさんに、注文住宅を建てるときの軒の考え方について伺いました。
「軒を出すか出さないか、どのくらい出すかなどは、家の外観デザインとあわせて検討しましょう。そして軒ゼロにすると決めたときには、汚れにくい、あるいは汚れが落ちやすい外壁を選ぶことがもっとも重要なポイントです。
家はこの先何十年も住むものなので、建てたそのとき一瞬だけの輝きではなく、長期的に美観を維持できることが大切だからです。デザイン的な美しさだけでなく、将来的なメンテナンス性も考慮したうえで、軒の有無を考えたり、外壁の素材を選んだりしていただきたいと思います」
軒とは屋根が外壁から飛び出した部分を指し、紫外線や雨から外壁を守るなどの役割がある
都市部では狭小地が多いこと、モダンなデザインの外観の人気が高いことから、軒ゼロの家が増えている
軒ゼロの家にするときには、汚れにくくメンテナンスが容易な外壁を選ぶことが大切