敷金償却(敷引、保証金償却)とは、どのようなものなのでしょうか。敷金、礼金や原状回復費との違い、金額の目安、二重請求など敷金償却の特約を結ぶときに気をつけるべきことをご紹介します。明海大学不動産学部教授の中村喜久夫先生にお話をうかがいました。
敷金償却を説明する前に、敷金との違いについて紹介します。
敷金とは「債務がない限り、全額返金される」ものです。敷金償却はそれを前提に、「敷金の一部を返さない」という特約です。
そもそも敷金とは、どのような費用なのでしょうか。まずは賃貸物件の入居・退去に関わる礼金、原状回復費と合わせてその違いをみていきましょう。
契約期間中の家賃滞納や、借主の故意・過失で部屋を損傷させた場合の修理費の担保として、先に預けておくお金。敷金の額から「家賃の滞納分や借主に責任のある損傷の修理費など」を差し引いた金額は、借主に返却する。
借主が貸主に対してお礼の意味で支払うお金。退去時に返却しない。
借主の故意・過失で部屋を損傷させた場合の修理費など。
物件の退去時に敷金から差し引かれるが、敷金よりも原状回復費が多い場合は追加で借主が支払うことになる。
敷金より原状回復費の方が少ない場合は、差額が借主に返却される。普通に生活をしていて避けられないような傷や汚れは、通常損耗(つうじょうそんもう)または経年劣化などと呼ばれ、原状回復費には含まれない。(民法621条)
上記の通り、敷金とは、経年劣化や通常使用の損耗以外で故意に部屋を損傷させた場合の修理費(原状回復費)や家賃滞納の担保として、借主が貸主に預けるお金のことです。借主が物件から退去するときは、原状回復費や家賃滞納分を差し引いた額が戻ってきます。
しかし、敷金償却の場合、償却すると決められた分の金額は借主に戻りません。
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また、敷金償却について調べていると、敷引、敷引特約、保証金償却といった言葉を目にすることがあります。それぞれ、どのような違いがあるのでしょうか。
敷金は法律用語(民法622条の2で定義)ですが、敷金償却、敷引、敷引特約、保証金償却は法律で定義されていないため、人によって使い方が異なることがあるようです。この記事では、同じ意味として説明をしていきます。
「ちなみに、国家資格である「賃貸不動産経営管理士試験」のテキスト「賃貸不動産管理の知識と実務」には以下のような記述があります。
“●敷金の償却(敷引)
敷金については、そのうちの一部を返還しないものとする特約が設けられることがある。この取扱いが、敷引といわれる。
敷引特約については、次のとおり、最高裁がその効力を認めている。
(以下 略)“
このように、敷金の償却、敷引、敷引特約という言葉が同じ意味で使われています」(中村先生)
具体的に、退去時に返還される金額の違いについて見ていきましょう。敷金10万円(うち4万円が敷金償却/A)と敷金10万円の物件(B)がある場合、どのような違いがあるのか図で解説します。
敷金償却分は法律でその使い道が決められているわけではありません。契約書に敷金償却分が原状回復費に充てられると明記がなければ、原状回復費は敷金償却とは別に必要になることがあるため契約書の確認が重要になってきます。
例えば、Aは敷金償却あり物件で、敷金は10万円でそのうち4万円が敷金償却、契約書に「敷金償却は原状回復費用に充てる」と明記されていないとします。
退去時の原状回復費が2万円だとした場合、借主に戻るのは償却されていない6万円から原状回復費2万円を引いた4万円になります。
Bの敷金10万円の物件(敷金償却なし)の場合は原状回復費2万円が差し引かれ、借主に8万円が返還されます。
敷金償却は、「敷金」とつきますが、敷金償却で設定された額は借主に返却しないという意味で使われることが一般的です。そう考えると、退去時に返却しない礼金に近いものだと考えるとわかりやすいでしょう。
上の図のように、借主の故意・過失により、原状回復費を支払わなければならないとき、通常であれば敷金から原状回復にかかった費用が引かれます。
では、敷金償却とは別に原状回復費を請求されるケースはあるのでしょうか。それは二重請求にならないのでしょうか。
例えば、10万円の敷金が全額償却されるという契約を結んだ場合でみていきましょう。
退去時に、借主の過失による原状回復費が12万円だとしたら、「最初に敷金を10万円支払っているのだから、差額の2万円を支払えば良いのでは?」と思うかもしれませんが、償却された10万円とは別に原状回復費を支払う必要があります。
これは二重請求ではなく、もともと「返還しないもの」として契約している敷金償却分は原状回復費には充てられず、原状回復費は敷金償却分以外から捻出するため、上記のような支払いが発生するのですが、契約内容が理解できていないと二重請求のように見えてしまうかもしれません。
・「敷金○円」という賃貸借契約を結んだのなら、原状回復費は敷金から引かれる(超過分は請求される)
・契約書に「○円敷金償却分を原状回復費に充てる」という旨の記載がある賃貸借契約を結んだ場合、原状回復費が敷金償却の範囲内であれば原状回復費は請求されないことも。契約書に記載がない場合は、原状回復費を敷金償却とは別途支払う必要があります。契約時に契約書の内容についてきちんと確認しましょう。
敷金償却で敷金が戻って来なかったからと言って、原状回復費の請求が二重請求になるわけではありません。
ただし、原状回復費の内訳はよく確認しておきましょう。普通に生活していてついてしまう傷や汚れであれば、借主が回復費用を負担する義務はないからです。
これから賃貸物件を退去しようとしている方(借主)が、敷金がいくら戻るか確認しようと思ったら、管理会社や大家さんに「敷金償却の契約になっているので、敷金は戻りませんよ」と言われてしまった。「敷金は必ずいくらか返ってくると思っていた」「敷金が戻ってこない契約なんて合法なの?」と混乱してしまう方もいらっしゃるかもしれません。
敷金償却はどのような条件で有効なのでしょうか。
「敷金償却物件は、契約書に敷金のうちいくらが敷金償却(敷引)になるのかが明記され、重要事項説明を受けているはずです。そうでなければ敷金の返還を請求できます」(以下、「」内は中村先生)
敷金が返って来ないと言われて驚いてしまった方は、賃貸借契約書を確認してみてください。敷金償却についての記載があるはずです。契約書のどこにも敷金償却について書かれていない場合は、管理会社や大家さんに敷金償却の取り決めがどこにあるのか問い合わせてみましょう。
敷金償却について契約書に明記されていても、それだけでは十分ではありません。敷金償却の請求条件には“高額すぎないこと”があります。
それでは、どのくらいの金額であれば、高額すぎないと言えるのでしょうか。こちらは、物件契約の内容によるので、何円以下ならOKと提示することはできません。
ですが、敷金償却の効力について最高裁判所で争った例があるので、ご紹介します。
論点は、敷引の金額が、社会通念上の常識に反するほど高額かどうかでした。
【事案の概要】
賃貸借契約に基づき、借主が貸主に保証金(敷金)40万円を支払ったが、退去時に敷引特約(敷金償却)※に基づき21万円が控除された。賃貸借契約書では、入居期間の敷引償却(敷引)の金額は21万円となっていた。ちなみに1カ月の家賃は9.6万円だった。
しかし、この敷引特約※が消費者契約法第10条により無効であるとして、控除分の21万円と遅延損害金を貸主に対し求めた。
(判例の詳細はこちら)
※判決文では、争われた事案の契約書に使用された「敷引き」になっていますが、敷金償却、敷引、敷引特約、保証金償却は「敷金の一部が返還されない」ため同じ意味で使われています
【最高裁判所の判断】
このケースにおいて、最高裁は「敷引特約は有効である」と判断しました。
その基準は
・敷金償却(敷引金額)について賃貸借契約時に明示と説明がされていたこと
・敷金償却(敷引金額)は「家賃の2倍弱ないし3.5倍強」と示しており、通常の想定額から乖離しておらず、また、近隣にある同程度の敷引金の相場と比べても大幅に高額であるわけではないこと
・上告人はこの契約を更新する場合、借主は家賃1カ月分相当の更新料を支払う以外に礼金などの一時金を支払う義務を背負っていない。本件敷引金の額が高額過ぎると評価することはできず、本件特約 が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
敷金償却の賃貸物件を契約するとなると、戻って来ない償却金の金額が気になってしまうもの。ここからは、SUUMOに掲載されていた実際の物件の償却金の金額を比較して紹介します。
※調査概要は文末参照。SUUMO掲載物件(2021年の1~3月)のデータを使用。小数点3位以下を四捨五入
・償却金平均月数(家賃の何カ月分が償却されるか)は、全国平均で0.88カ月
・物件全体に対して敷金償却の物件が多い県ベスト5
三重県(12%、0.31カ月)
岐阜県(10%、0.75カ月)
愛知県(9%、0.69カ月)
長崎県(8%、1.83カ月)
神奈川県(3%、1.00カ月)
※()内は、([物件全体における償却金設定ありの物件の割合]%、[平均償却金月数]カ月)
・関西は、償却金を設定している物件の数は少ないものの、償却金平均月数が高い傾向にある
兵庫県2.79カ月
奈良県2.71カ月
大阪府2.32カ月
和歌山県2.07カ月
償却金の金額は、法律などで決められているものではありません。全国平均を見ると家賃の0.88カ月分が平均でしたが、最も平均月数が高い兵庫県では2.79カ月分と差があります。
償却金が高額すぎて割に合わないと感じる場合は、管理会社や大家さんに、償却金の設定の根拠を聞いてみましょう。
敷金償却は、条件付きで設定されることもあります。その条件のひとつとしてペットが挙げられます。ペットがいる場合の敷金償却についてSIREの木津雄二さんに教えてもらいました。
「ペットを飼うということは、その分部屋が傷みやすいということ。そのため、ペットを飼っている人のみ敷金償却という条件つきの賃貸物件があります。
ただし、『ペット可・敷金償却10万円』という物件があるとして、ペットを飼わなければ敷金償却はなしなのかというと、そうとは限りません。
ペットを飼っている人のみ敷金償却という条件の物件もあれば、ペットの有無にかかわらず敷金償却が発生する物件もあります。物件ごとの条件を確認しましょう」(木津さん)
ちなみに、全国のペット可、かつ敷引・敷金償却を採用している物件は、どのくらいあるのでしょうか。また、平均の償却金額はいくらくらいなのでしょうか。こちらも実際にSUUMOに掲載されていた物件で比較してみます。
※調査概要は文末参照。SUUMO掲載のペット可物件で「敷引・敷金償却」を採用(2021年の1~3月)のデータを使用。小数点3位以下を四捨五入
・ペット可かつ敷引・敷金償却の物件の償却金額は、全国平均で7.84万円
・ペット可かつ敷引・敷金償却の物件が多い都道府県ベスト5
東京都(4,882件、11.21万円)
愛知県(4,135件、5.35万円)
神奈川県(1,260件、8.37万円)
三重県(962件、2.02万円)
静岡県(589件、4.37万円)
※()内は、([ペット可かつ敷引・敷金償却の物件数]件、[償却金の平均金額]円)
・6位は岐阜県(494件、5.01万円)、7位は千葉県(432件、8.07万円)と、償却金額では全国平均との大きな差はない。
※ペットを飼っていることが敷引・敷金償却の条件である物件に限定したものではない。
敷金償却の有無に関わらず、借主の故意・過失で発生させた傷や汚れの原状回復費は借主負担です。ペットを飼っている場合、部屋を損傷させてしまう確率はどうしても上がってしまうでしょう。ペットが汚しやすい場所や、部屋づくりの工夫などの知識を事前につけることをオススメします。
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敷金償却に関する特約などは、契約時の重要事項説明の際に説明される場合がほとんどです。とはいえ、内容を細かく覚えることは難しいですよね。今回は重要事項説明以外に確認する方法を2つご紹介します。
敷金償却がある物件は、「賃貸借契約書」に必ず敷金の説明項目に記述されていますが、契約書の記述がわかりにくかったり、内容に不安を感じたら、必ず“契約をする前に”不動産屋さんに確認しましょう。
契約後は申し込みとは異なり、キャンセルすることは基本できません。万が一キャンセルした場合解約扱いになってしまいますので、違約金などが発生する可能性があります。そうならないためにも、確認するタイミングに気を付けましょう。
重要事項説明を聞いたり、賃貸借契約書を確認しても不明な場合は、直接不動産屋さんに確認するようにしましょう。確認する際は、後々のトラブルなどを防ぐため、確認したことが証拠として残るよう、メールなどで質問することも重要です。
最後に、敷金償却の特約物件の注意点について中村先生に伺いました。「償却物件の契約時に設定された償却金は、借主に戻ってきません。このことを理解していたとしても、解約のタイミングによっては、『償却金を戻して欲しい!』と感じてトラブルになってしまうかもしれません。
例えば、契約を結んだあと、何らかの事情で物件に住むことなく解約する場合。また、2年間の賃貸借契約のところ、1年で退去する場合などが挙げられます。
『敷金償却の金額の一部が戻ってくるのでは?』と思うかもしれません。しかし、この場合でも償却金は返還されません。
物件によっては、広告に『契約時償却』などと明記してあり、契約した時点で償却金が戻らなくなるとはっきり伝えているものもあります。トラブルを避けるために、どの時点で償却が行われるのか、具体的に確認しておくと良いでしょう」
長く住むつもりで賃貸契約をしたとしても、思わぬ予定変更は起こってしまうもの。
契約書をよく読むことはもちろん、重要事項説明もしっかり聞き、不明点は確認・理解してから合意のサインをすることが大切です。
敷金償却と敷金の違い、敷金償却の特約が有効になる条件、敷金償却の金額などについて説明してきました。敷金償却は、「敷金」や「礼金」ほど一般に浸透した言葉ではありません。敷金償却の特約を結ぶときには、敷金償却の性質や条件をよく調べ、償却のタイミングについて管理会社や大家さんにしっかり確認しましょう。
敷金償却とは、敷金の一部を借主に返却しない特約
敷金償却、敷引、敷引特約、保証金償却は同じ意味で使われ、それぞれに明確な違いはない
敷金償却の特約が有効になる条件は、契約書に明記・説明を受けるなど借主が契約段階で把握していること
※調査概要
・敷引・敷金償却を採用している物件の平均月数推移
・ペット可物件かつ敷引・敷金償却を採用している物件の敷引・敷金償却の金額平均
【データの条件】
期間:2019~2021の1~3月(ペット可物件かつ敷引・敷金償却を採用している物件のデータは2021年1~3月のみ)
物件:各年指定期間のSUUMO掲載物件
建物種別:マンション、アパート
除外:定期借家の物件。敷引、敷金償却において、月数100カ月を超える物件
●取材協力
中村喜久夫さん
明海大学不動産学部教授。不動産鑑定士。(公財)日本賃貸住宅管理協会監事
ペットがいる場合の敷金償却について
株式会社SIRE
木津雄二さん