Uターンで戻ってきた街をいつか自慢できるように。「人とまちを繋ぐカフエ」をつくった建築設計士/新潟県燕市・吉田いちび通り商店街「Toko Toko」蓮沼知大さん【商店街の住人たち】

インタビューと文章: 小野洋平(やじろべえ) 写真:小野 奈那子 

長年、そこに住む人々の暮らしを支えてきた商店街。そんな商店街に店を構える人たちにもまた、それぞれの暮らしや人生がある。
街の移り変わりを眺めてきた商店街の長老。さびれてしまった商店街に活気を呼び戻すべく奮闘する若手。違う土地からやってきて、商店街に新しい風を吹かせる夫婦。
商店街で生きる一人ひとりに、それぞれのドラマがあるはず。本連載では、“商店街の住人”の暮らしや人生に密着するとともに、街への想いを紐解いていく。

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■今回の商店街:吉田いちび通り商店街(新潟県燕市)
新潟県県央の燕市吉田地区。かつて商人の街として栄え、街なかには長岡藩御用商人だった今井家の洋館や料亭街などが今なお残る。そんな吉田地区の暮らしを古くから支えてきたのが「吉田いちび通り」だ。JR吉田駅から徒歩5分ほどに位置する、吉田いちび通り沿いには「吉田旭町一丁目商店街」と「上町商店街」が続いており、2つを合わせた総称として「吉田いちび通り商店街」と呼ばれている。


5年前、40代で新潟市から生まれ故郷の燕市吉田地区にUターンした建築設計士の蓮沼知大さん。20代のころから古い建物に興味があり、「商店街で何かをしたい」との思いを抱いていた。そして、2019年に「ヨシダリノベーションプロジェクト」をスタート。吉田いちび通り商店街の空き店舗をリノベーションし、クリエーターや地域の人が交流できるカフェ「Toko Toko(トコトコ)」をオープンさせた。ここを皮切りに、商店街全体の活性化に取り組む蓮沼さん。空き店舗のリノベーションを軸に商店街再生を目指す、その思いに触れた。

「蓮沼さんの子どもだよね?」が心地よかった

―― 蓮沼さんは40代で新潟市から地元の吉田に戻ってきたそうですね。Uターンのきっかけは?

蓮沼知大さん(以下、蓮沼):燕市吉田で生まれ育ち、20代、30代は新潟市内の設計事務所で働いたり、建築の講師などをしていました。転機は40代で独立し、デザインをメインにした設計事務所を構えたことですね。せっかく独立したんだし、これからはやりたいことをやろうと。それが商店街でお店を出店することだったんです。

「TokoToko」オーナーの蓮沼知大さん

―― それで、地元の商店街に戻って、出店しようと思ったわけですね。

蓮沼:当初は吉田に戻ろうと決めていたわけではないのですが、独立と同時期にたまたま子どもを連れて地元に帰ったときに、改めて良さを感じたんですよね。近所を歩いていたら「蓮沼さんの子だよね?」と声をかけてくれる。両親の代から地域とのつながりがあるため、僕や僕の子どもも可愛がってくれるような温かさを感じました。新潟市内のアパート暮らしはご近所付き合いもなく、少し息苦しかったので余計にそう思いましたね。その後、さまざまなご縁もあり、地元の商店街を盛り上げていこうと決めました。

―― 蓮沼さんが子どものころの吉田いちび通り商店街には、どんな印象をお持ちでしたか?

蓮沼:30年くらい前ですよね。当時は全ての商店が営業していて、とにかく活気がありました。同級生も商店街にいっぱい住んでいましたよ。薬屋の〇〇くんとか、八百屋の〇〇くんとか。

―― しかし、今は数店舗しか開いていなくて、少し寂しい雰囲気ですね……。

蓮沼:あのころは商店街だけでなく、街自体にパワーがありましたからね。かつては街にたくさんの映画館、劇場やボーリング場、料亭街などがあり、周囲の人々はみんな吉田に遊びに来ていました。だからこそ、僕らの祖父母世代は青春時代の思い出が詰まった吉田の衰退が寂しいみたいですね。よく「このまま寂れていくのは悲しいから、なんとかしてくれ」と言われます。

そんななか、当時から続いているのが1日と6日に行われる朝市。主に地元の野菜を販売している

―― なるほど。だからこそ余計に、当時の活気を取り戻したいと。

蓮沼:はい。かつての活気は失われたかもしれませんが、地元に受け継がれた文化は今も変わらず根付いていると感じます。吉田は古くからの商人の街で、外からのお客さんを迎えてきた歴史があります。そのため、排他的じゃないんですよ。現に、僕のように商店街にはまるで接点がなかった人間も受け入れてくれ、仲良くしていただいています。そんな人の良さがあるから、余計にここをなんとかしたいと思うんでしょうね。

「自分のため」が「街のため」に

―― 吉田に戻り、まずは何から始めたのでしょうか?

蓮沼:漠然と、使われていない古い建物をリノベーションして、お店をやりたいと考えていました。そんな折、たまたま「リノベーションまちづくり」という公民連携のイベントを見つけ、参加してみたんです。その後も燕市と新潟大学が行っていた、「まちなか資源再発掘事業」に混ぜてもらったりして、いろんなことを学びました。

ただ、実際に街の課題を探して解決していくことはとても貴重な経験になったものの、非常にスピードが遅かったんですよね。行政、大学、商店街のいずれも潤沢な資金があるわけじゃないので、なかなか前に進まなかった。だったら自分でやった方が早いかなと思い、吉田いちび通り商店街の空き店舗を探すことにしたんです。

蓮沼:やると決めてからは早かったですよ。商店街で空き店舗を聞いたら、たまたまここの物件が空いていて、初見で「ここでやります」って言っていましたから。別にここが気に入ったからではなく、ここしか空いてなかったんですけどね(笑)。

―― そこから「ヨシダリノベーションプロジェクト」が動き出したと。

蓮沼:2017年にUターンして2018年の夏にはプロジェクトが発足していました。商店街の方々にも「1年後にお店を出します」と宣言しましたからね。すぐさま、一緒に手伝ってくれる人を募集したり、身近な建築士に声をかけました。

―― ちなみに、この物件はもともと何に使われていたんですか?

蓮沼:最終的には呉服店の倉庫でした。もちろん、倉庫は店舗後の活用だったので、閉めっぱなしです。そしたら、オーナーさんから「若い人が使って街を盛り上げてくれるなら、ぜひ」と言っていただけたんですよ。しかも、最初のころは無料で貸してくれていました。

―― オーナーさんの心意気がすごいですね。

蓮沼:吉田という街には、そういう方が多いんだと思います。正直、当初は自分のやりたいことのために、カフェを始めようと思っていました。でも、オーナーさんの思いや、商店街で困っている方の姿を見ているうちに、少しずつ街のためにやろうというマインドに変わっていったんですよね。

商店街の人の心に火をつけた

街づくりや交流の拠点としてオープンしたカフェ「TokoToko」

―― リノベーションはどうやって進めましたか?

蓮沼:はじめは毎週水曜日の週1回、協力してくれる設計士と集まって作業していました。主に解体作業や塗装作業などをしていたのですが、当時は意識的に街ゆく人たちに向けて「なにかやっている感」をアピールしていました。

協力してくれる設計士と解体していく様子

―― それは何故?

蓮沼:商店街の方々にアピールするためです。まずは「商店街で若い人たちが、何かやってるよ」と認知してもらいたかったんですよ。だから、ミーティングもあえて外でやり、声をかけてもらうのを待っていましたから。

―― 商店街の人の反応はいかがでしたか?

蓮沼:否定はされなかったですね。商店会の会長さんも最初から味方でいてくれて「若い人が頑張っているんだから、うちらも考え方を変えていかないといけない」って言ってくれていたんです。もしかしたら苦情なんかもあったのかもしれないですけど、僕の耳には入らないようにしてくれたのかもしれないですね。商店街のみなさんには本当に感謝しています。

それから、地域の人も関心を示してくれました。当時の新潟ではまだリノベーション自体が珍しく、手伝いたいという人がめっちゃ来てくれて。県外からも視察に来たり、行政や新潟大学とのつながりからメディアにも少しずつ取り上げられ、思った以上に注目されていきました。

―― クラウドファンディングもやられていましたね?

蓮沼:お金を集める目的だけでなく、宣伝効果も狙っていました。タイミング的には、もっと認知されてからの方がお金は集まったと思いますが、目標金額を達成できなくても活動を知ってもらうきっかけになればいいと思っていたので。ただ、結果的には、50万円ほどの支援をいただき、本当に助かりました。

―― そして、2019年4月にいよいよオープン。当初の客足はいかがでしたか?

蓮沼:2階は使わず、1階のみでカフェと雑貨屋を始めました。オープン前から地元の作家さんを呼んで店舗営業をしたり、壁面にライブペインティングをしたりとイベントをたくさん行っていたこともあって、最初からお客さんは来てくれましたね。

TokoTokoでは、コーヒーや焼き菓子のほか、地元ハンドメイド作家のアクセサリー等が販売されている

―― コンセプトは「人と町をつなぐカフェ」ということですが、どんな思いが込められていますか?

蓮沼:もともとの構想は、このTokoTokoをきっかけに吉田の面白さを感じてもらい、商店街にお店を出したい方を増やす、というものでした。特に、若いオーナーさんをサポートしたい。この場所が、これから街を盛り上げたい人と商店街をつなぐ架け橋になればという思いを、コンセプトに込めました。

―― いきなり新しい土地でお店をやるのは不安も大きいですからね。

蓮沼:そうですね。ですから、まずはTokoTokoのスペースを間借りする形で、プレ営業や社会実験ができるサービスやアドバイスも行っています。まずはこの場所でファンと自信をつけてもらい、いずれ商店街内でお店を出してくれたら最高ですね。もし、本気でお店をやりたいなら、店舗の大家さんも紹介します。「蓮沼さんの知り合いなら、お店を貸してもいいよ」というくらいの土壌は、この5年間でつくってきましたので。そんなふうに地域や商店街とつながるためのハブとして、僕とTokoTokoを利用してもらいたいですね。

ノマドスペースとしての利用や、ハンドメイドやヨガ、お花のワークショップの場として使われることも多い

―― TokoTokoをハブとして新たなお店を呼び込むこと以外に、商店街を盛り上げるための施策はありますか?

蓮沼:イベントは定期的に仕掛けています。定期露店市が行われる毎月「1」と「6」のつく日に「トコマルシェ」を開設し、キッチンカーの出店、雑貨やハンドメイドの展示販売を行っています。地元以外の人にも足を運んでいただき、吉田に興味を持っていただくきっかけになれば嬉しいですね。

2021年11月21日に開催された「トコマルシェ」

このときのテーマは「音楽×アート」。DJブースから音楽を流しながら、雑貨やコーヒー、写真や絵画を楽しめた

―― イベントの反響はいかがですか?

蓮沼:やる前は「こんなところでやっても人は来ないからやめな」と、めちゃくちゃ言われました。でも、実際は何百人もの人が集まり、その光景を見て商店街の人たちも喜んでくれましたね。それからは一緒にイベントをやろうという話にもなりました。

―― 昔からそこで商売をしている人たちは、なんとなく新しいことに対して慎重なイメージもあるのですが、商店街のみなさんは積極的なんですかね?

蓮沼:ここはもともと商人の街だから、誰かが火をつければ一気に盛り上がるんだと思います。お店だけでなく、商店街のみなさんの心の中もリノベーションしたいと思っていたので、ご協力いただけたときはとても嬉しかったですよ。

散策スポットが多いのも吉田の魅力

―― 蓮沼さんがこの商店街でよく行くお店はありますか?

蓮沼:TokoTokoの目の前にある「嘉平豆腐店」で、よく豆腐を買いますね。地元の大豆を使っており、大豆の風味がしっかりと感じられる豆腐です。

明治初期創業の嘉平豆腐店。現在で6代目

「肴豆のおぼろ豆腐」(5〜10月)や「船越豆の豆腐」(12〜4月)が人気

蓮沼:また、TokoTokoの裏には、蔵をリノベーションしたカフェ「Watanabe Garden 蔵」があります。手づくりのハーブガーデンで採れたハーブ、バラ、野菜、果樹などを使ってジャムやお酢、アロマなどをつくっているんです。日によっては、ポシャギ教室やリース教室などのワークショップも開講しています。

Watanabe Garden 蔵のハーブガーデン

ハーブガーデンで採れた葉でリースづくり

蓮沼:婦人服屋の「ぺぺ」も好きなお店です。店内に「お茶飲み場」があるんですよ。ここ以外にも、吉田のお店にはお客さんと雑談できるスペースがあって、それぞれのコミュニティが形成されているのが面白いですね。

婦人服屋「ぺぺ」のお茶飲み場。蓮沼さんもよく世間話をしにくるそう

―― では、商店街以外でオススメのスポットはありますか?

蓮沼:「吉田のドン・キホーテ」と呼ばれる「竹福」。なんでも売っていますし、パワフルな店主さんがいて面白いですよ。

蓮沼:意外と吉田には、散策できるスポットも多く残っているんですよね。例えば、「吉田諏訪神社」や「吉田天満宮」といった神社仏閣。「今彦」や「米納津屋」といった歴史ある名店。それから、なんといっても「今井邸(※)」は街のシンボルですね。めちゃくちゃオシャレな建物で、その存在感にほれぼれします。

※今井邸…越後の豪農のひとつ、今井家の住宅。戦後、製薬(香林堂)や味噌醤油の醸造で成功を収めた。敷地内には「越後の鹿鳴館」ともいわれる、3階建の洋館が現存。

国の登録有形文化財に指定。外観のみ見学可能

―― ちなみに、オススメの飲食店はありますか?

蓮沼:吉田はなぜか洋食が有名なんですよ。僕が好きなのは「BISTRO NAOMI」、「K.STYLE」、「カンパーニュ」ですね。あと、燕市といえば、新潟五大ラーメンの一角「燕三条背脂ラーメン」。魚介類の出汁が効いた醤油スープに極太麺、そして大量の背油を使っているのが特徴です。

「磨きの町のラーメン屋 味我駆」の背脂中華 味玉入り(780円)

―― 市内でいろんなことが完結する環境で、住みやすそうですね。

蓮沼:そうですね。日常生活には全く不自由しません。とはいえ、外食や洋服などのショッピングはやはり新潟市内のほうが充実しています。仕事帰りの徒歩圏内に居酒屋や娯楽施設が少なかったりするので、かつての賑わいにはまだまだ遠いですね。

息子が大人になったとき、地元を誇ってほしい

―― 商店街の復興はまだ始まったばかりかと思いますが、今後の展望を教えてください。吉田いちび通り商店街や吉田の街をどんなふうにしていきたいですか?

蓮沼:まずはお店を継続していくこと。同時にイベントを仕掛けながら、吉田を一緒に盛り上げてくれる人を見つけていきたいですね。差し当たっての目標は、1年に1軒ずつお店を出していくこと。そのために現時点で、数軒の空き家も預かっています。いつかこれを全て埋めて、地域に根差すプレイヤーを育てていきたいです。

知り合いの不動産オーナーの物件。今年、ここにお店をオープンさせたいそう

蓮沼:それから、大きな夢もあります。今5歳の息子が大学を卒業するまでに、吉田を誇れる街にしておきたいんです。いったんは街を出るかもしれないですけど、いつかは吉田に帰って来たいと思えるような場所になっていたらいいなって。

最近、息子が「大人になったらパパの仕事を手伝いたい」って言ってくれるんです。僕の世代で土壌をつくり、息子がその思いをつないでさらに発展させてくれたら最高ですよね。

Toko Toko

www.h-d-f-171001.com

著者: 小野洋平(やじろべえ)

 小野洋平(やじろべえ)

1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服がつくれず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。Twitter:@onoberkon 50歳までにしたい100のコト

編集:榎並 紀行(やじろべえ)