オルタナティブ古民家と、ちょっと南の楽園【横須賀】

著者: 高良真剣

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これっきりこれっきり もうこれっきりですか

山口百恵「横須賀ストーリー」の電車接近メロディが、これでもかと駅構内に鳴り響く京急線の横須賀中央駅から快特に乗る。新幹線みたいなふかふかの座席が長距離移動のダルさを緩和してくれる。

こんな贅沢でいいのか。もっと疲れてる人が座ったほうがよくないか。トンネルを抜けて山、またトンネル……繰り返すうちに心地よい眠りにつく。

 

在宅勤務型フリーランスデザイナーの私の生活は現在、横須賀で(ほぼ)完結している。

いや、完全に完結してくれればいいのだが、仕事の都合で(仕方なく)都内に出ることも少なくない。大体1時間くらいで東京にも渋谷にも着くが、この距離を遠いととるか近いととるかは人それぞれだ。

出不精の私にとっては30分も2時間も、そこまで変わりなく思える。横須賀以外の全ての街が、等しくとても遠くに感じる。あれ、おかしいな。横浜に住んでいたときは都内に出て遊ぶのが楽しみだったのに。

横須賀以外の全ての街が、なんかとても遠い存在に感じる……本当におかしくなってきた。そろそろ出かけなくちゃ。

 


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横須賀中央の街並み

 


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無人島・猿島と、海の向こうに見える千葉

ちょっと南の楽園、横須賀。

不思議な引力のある、この街と出会ったきっかけは当時築90年の古民家「飯島商店」だった。

 

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オルタナティブ古民家、飯島商店

5年前、とにかく広くて安い賃貸を探して人頼みに訊いて回る中、運良く紹介してもらったのがこの店舗兼住居だった。何年かほったらかしにされていたその家は、駅から近いにもかかわらず、時が止まっていた。

一歩踏み入れるごとに眠りから覚めたホコリたちに歓迎される。出入り口はシャッターで、見た目はタバコ屋、青いビニールの屋根看板に「飯島商店」と書かれている。飯島さんが住んでいた。タバコ屋の前は牛乳屋で、その前は炭屋だったという。

 


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飯島商店の2階。作品制作や発表の場として使うことができる。寝転がるためだけにくる人もいる

 

もともとただ住む予定だったが、90年間ものあいだ地元の人々が利用していた老舗のたたずまいは、家というよりは屋根がついた公園のように他者に開かれた空間という印象を強く感じた。

今までとは違う形になるが、誰かに使ってもらいながらこの家を存続していきたいと思うようになり、一部を作品制作や発表の場として利用できるようにした。屋号は「飯島商店」。

営業を開始するにあたって、今っぽい名前をいくつか考えてみたものの、この街を静かに見つめてきたであろう看板を眺めていたら気が変わり、店名をそのまま、リスペクトを込めて拝借させていただいた。

世の中には無理に新しくしないほうがいいこともある。

 


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私が考案した飯島商店の新しい表札。ボロボロだ

 

 今っぽい名前に改めなかった代わりに、私は飯島商店の頭に「オルタナティブ古民家」というキャッチをつけることにした。(ボツになった他の案は「歌って踊る古民家」だった。ハッピー感がすごい)

オルタナティブとは「既存・主流のものに代わる(なにか)」という意味。芸術領域においては、オルタナティブロック(通称オルタナ)など、既存の手法をあえて崩すことで本質の再認識や新たな発展を促すために使われる言葉である。

雑に言えば、いろいろやってる家だ。ここは私が住んでいるただの家であるが、さまざまな目的をもった利用者たちが訪れ、この古民家の次の可能性を生み続けていくための実験場でもあるのだ。なにやら難しい。実験場なので、成果をみていただこう。

 


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怪しい古民家、飯島商店。新たな表現への実験に明け暮れた日々

 

まず手始めにやったのは「開放日」という毎月のイベントで、訪れた人がくつろいだりご飯を食べたりして自由に過ごす。誰がくるか分からない欧米ドラマのホームパーティーのようにカオスな様相だった。

寝る人や写真をとる人、ご飯を手伝ってくれる人、散歩に行って謎の物体を拾ってくる人もいれば、音楽家が集まって投げ銭ライブが始まることもあり、たまたま集まった人たちがそれぞれの方法で見事に空間がカスタマイズしていくのを目の当たりにして、私はオルタナティブ古民家としての素質を確信した。

その後の活動は次から次へと、もうなんでもありだ。タバコ屋の前は牛乳屋でその前は炭屋だったこの古民家の歴史には、音楽ライブや練習会をはじめ、ギャラリー、写真や映画のロケ地、ダンスや演劇、映画上映、古着屋、暗室の喫茶店、物産展、呉服屋etc…が新しく追加されることになった。

 

こうして飯島商店は自分の食い扶持(家賃)をまかないながら転職を繰り返す、可能性大量生産マシーンに変貌した。これがオルタナティブ古民家の実験結果である。

 


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横須賀の地元バンド「Fallsheeps」

 

ここで活動の例をひとつ。「Fallsheeps」は、横須賀出身のメンバー3人で結成された地元のオルタナティブロックバンドだ。彼らは飯島商店を起点に横須賀に芸術を根付かせるためのライブイベント「Culture Club Yokosuka(以下CCY)」を開催している。

通常ライブハウスでは機材が常備されているが、飯島商店はライブハウスとして最適化されていないため、このCCYではイベント参加者たちが必要な機材集めから照明・音響・防音・展示装飾などの準備を数日に渡って行う。

火事かと見紛う大げさなスモークが焚かれ、気持ち良い轟音が畳の床を丸ごと振動させるとき、古民家がそのまま音楽フェスティバルにスケールアップしたかのような、唯一無二の音楽体験を生み出す。


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陶芸家・植田佳奈の「新しい肌理」展示風景。床や押入れなど、居住空間への積極的なアプローチを実践している

 

さて、これだけ精力的に活動していながらも、飯島商店と横須賀との地元住民の交流はほとんどない。訪れるのは東京など市外の人と数少ない横須賀の友人ばかりだ。過去何度となくイベントを開催したが、地元住民はちょっと振り向くくらいで誰一人としてかかわらない。

いつも世間話をする仲のお隣さんでさえ「今日何かやってんだね」という反応。街に人はいる。大学もあるのに学生は来ない。市の広報紙にインタビューが掲載されても反応なし。たまにシャッターを開けたときとかに、通りすがりの人に「ここ前タバコ屋だったよね」と言われる。認知はされているらしい。元タバコ屋として。

これでは、クレイジーケンバンド「タイガー&ドラゴン」の歌詞(横須賀の三笠公園が登場する。虎と龍はスカジャンの柄)、「俺の 俺の 俺の話を聞け!」状態である。2分だけでもいいから誰か来てくれ。

 


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ダンサー・坂藤加菜の主催するライブイベント「となりあう身」

 

しかし、この横須賀市民の圧倒的無干渉さは、飯島商店のオルタナ活動に必要不可欠だったと思う。何をやっても自由だったからだ。地域と密接にかかわっていれば業務内容に文句を言われたりもするだろうが、それも一切なかった。

干渉の無さは、極端にクールな理解の証、他者への寛容さの表れかもしれない。これは、日ごろ好奇の目を向けられたり時には非難の的となってしまう表現者たちにとってはむしろ清々しい、風通しの良いことなのだ……欲を言えば、もうちょっと興味をもってくれてもいいのだが。

 

かつてペリーの黒船が来航した地でもある横須賀は、目新しいものや異国の人が生活に根付いた街だ。米軍基地から入ってくるアメリカ文化や異文化の存在を身近に感じてきた。

このような「外の人」とのかかわりの中で、他のコミュニティを過度に拒絶することもなければ干渉することもないクールな寛容さ、いわゆるサバサバした感じの気質が生まれたのかもしれない。

私が出会った横須賀で活動する人々にも、流行をガン無視して独自路線を突き進むようなオルタナティブな美意識と少しの泥臭さ、お互い好きにやっていこうぜバイブスを感じる。

住めば都とはよくいうものだが、横須賀に限っては、住めばオルタナである。

 

ここからは、横須賀のオルタナティブスポットを紹介しよう。 

 

■たかが坂、されど坂。高低差の街。

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坂、階段、坂、階段、家……。

駅前の坂を登るとそこら中の脇道に階段が現れ、その先は細い迷路のようになった住宅地が現れる。横須賀は坂だらけの街だ。軽い気持ちで登り始めると引き返さない限り元の道に戻ってこられないが、なかなか趣深い異空間が広がっている。

 

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坂の上に密集した住宅街と張り巡らされた階段の連続は、人為の結界ともいうべき独特の気品を携える。いうなればそう、マチュピチュだ。

なぜここまでして坂の上に住むのだろう。実は横須賀の海に近い平地の大半は埋立地であるため、昔は坂の上しかなかったのだ。

 

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写真を撮っていると、犬を連れた老夫婦が登ってきた。

「この階段は大変ですか?」と聞くと、「いやになっちゃうけど、健康にはいいと思うよ」と老婦人。何十年もここに暮らしているであろう彼らにとって、この階段は生活の一部であり、彼らの一部でもあるのだろうと思う。

二人で手を繋いで一歩ずつゆっくりと登っていく姿は微笑ましい。足腰が悪くなってしまったら、平地のタワーマンションに引越すのだろうか。この坂の上の住人たちが健康であることを祈る。階段をゆっくり登る犬は、少し退屈そうだった。

 

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パワーコンクリートホール お穴さま

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病院の真裏にある坂の途中、コンクリートで固められた崖面に「お穴さま」はある。この奇怪な見た目をした小さな洞窟は、荒波に揉まれて横須賀に漂着した日蓮(日蓮宗の宗祖)が籠って祈願を行ったとされる場所である。

もとは土の崖であったところ、10年ほど前にコンクリの法面工事がなされたようだ。崖崩れを防ぐためといえど格子状のコンクリの壁は見事なまでの強引さと迫力で立ちはだかり、その重みに静かに抵抗するお穴さまの慎ましさとのコントラストがなんとも味わい深い。散歩をするとなんとなく来てしまうパワースポット。

 

秘密の喫茶店

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大滝名店ビル入り口にある「月印」は、とても静かな喫茶店だ。小さな扉を恐る恐る開けると「写真撮影はお断りです」という前置きがあり、和やかな時間への配慮が満ちている。この店の雰囲気は読書をするのにとてもちょうど良い。

店主さんが全て一人でまかなう気まぐれなメニューもこの店の魅力。地元三浦の野菜をふんだんに使った料理や、手づくりのパンやお菓子。たっぷりと注いでくれる飲み物。うっかり長居してしまう……あ、やっぱり語り過ぎてしまった。できればあまり人に紹介したくないのに。

 

土曜日の休憩室

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坂の上の商店街・上町に、もともと精肉店だった跡地を改装してつくられた不思議なスペースがある。その名は上町休憩室」。芸術関連や小説などさまざまな本と椅子が置かれているが本屋でもカフェでもなく、上町商盛会が運営する「読書の出来る休憩室」とのことである。売り物はない代わりに、誰でも自由に読書を楽しめる。念の為だが、土曜日だけしか開いていない。

 

以上、観光ガイドには載っていない、横須賀のオルタナスポットを紹介させていただいた。ここまで読んでくれたあなたはきっと、この街で楽しい時間を過ごすことができるだろう。

 

最後に横須賀に住んだ感想を一言で言うのであれば、風通しがいい

少し歩いて海でボーっとしたり、リサイクルショップや古道具屋に行ってガラクタをあさるのがいい暇つぶしになる。空が広い。日々の買い物は商店街でほとんど済んでしまうが、海岸沿いのでかいスーパーもちょっとした運動になりそうだ。都内勤めの人が意外と多いのも、この住みやすさ、風通しのよさからかもしれない。

 

ちょっと南の楽園、横須賀へようこそ。

飯島商店に立ち寄ることもお忘れなく。

 

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著者:タカラマハヤ

タカラマハヤ

1992年生まれ。デザイナー、音楽家。音楽ユニットの東京塩麹、galajapolymo、波灯に在籍中。2015年より横須賀でオルタナティブ古民家「飯島商店」を運営。ホームセンターがあれば大体のものは作れる。
Twitter:@mahayap

編集:Huuuu inc.