銀座の風吹く月島【銀座に住むのはまだ早い 第23回 中央区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

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 足かけ3年にわたる近場での長旅も、おかげさまでいよいよ最終回。銀座に近づいて参りました。

 今回は、そのもの銀座がある中央区。

 といっても、タイトルで思いっきり、銀座に住むのはまだ早い、と言ってしまっているので、銀座ではありません。

 ならどこか。ここ。月島。

 最後は中央区にしようと決めていた。

 第1回の千代田区もそうだが、中央区も、住む場所感、は強くない。だからこそ住んでみたいと昔から思ってきた。適度に乾いたそこの空気が好きなのだ。極端なことを言ってしまえば、中央区ならどこでもいい。新富町でも茅場町でも。人形町でも浜町でも。

 そのなかで、あぁ、月島があるわ、と思い、すんなり決定。

 これで最後かぁ、と感傷に浸りつつ、いやいや、検索ぐらいはこれからもするでしょ、とすぐに浸り終えつつ、SUUMOで検索。

 まあね、初めからわかってはいますよ。家賃5万円では無理。そこで5千円ずつ上げていき、7万5千円のところでようやくヒット。

 駅から徒歩3分。築55年。8.6畳。家賃7万5千円。2万5千円オーバーだが、もうしかたない。中央区だし最終回だしで、ちょっと贅沢。

 ちなみに。月島、ではなく、中央区、で検索しても家賃5万円で条件に合うものはありませんでした。この企画で勝手に特別区と指定した千代田区と港区と中央区はやはり甘くないようです。

 月島はその名のとおり、島。となれば、そこは当然、町の島好きとしてひとまわりせざるを得ない。ただし、月島限定。地つづきの佃のほうへは行かない。まずはそんなプランを立てた。

 月島では二つの再開発事業が進められている。月島三丁目北地区第一種市街地再開発事業と月島三丁目南地区第一種市街地再開発事業。ともに建物などは2026年竣工の予定らしい。これまでも変わってきたが、これからもなお変わる町なのだ。

 ここは銀座同様、区画整理がなされ、まっすぐな道が整然と並んでいる。だから銀座を歩くとき同様、これ。通りをかえて行ったり来たり作戦、を敢行する。前半は1丁目と3丁目、後半は2丁目と4丁目、だ。

 スタート地点は1丁目。隅田川の縁。そこに立つだけでもう、これはいいな、と思う。ゴー!

 遊歩道を3丁目方面へ歩く。川の流れと同じ向きに。

 隅田川は、この中央区の辺りが好きだ。何というか、町となじんでいる感じがする。溶けこんでいる、のではない。なじんでいる。言い換えれば、共存している。

 階段を上り、わたし児童遊園の代替公園へ。

 行くつもりでいたわたし児童遊園は、まさに再開発に伴い、閉鎖されてしまったのだ。もとの場所にできる建物の2階でまた公園として整備される予定ではあるらしいが、前のあの素朴な感じはなくなってしまうかもしれない。

 わたしは、私、でなく、渡し。月島と現在の築地を結ぶ月島の渡しがそこから出ていたという。今は佃大橋と勝鬨橋があるが、なかったらと考えると大変。この幅の川はさすがに渡れない。ここにも歴史ありだ。

 西河岸通りを1丁目のほうへ戻る。そんなふうに、通りを一本ずつずらしていき、町を、というか島を隈なく歩く。

 行って戻っての西仲通り。

  月島もんじゃストリートとして有名な通りだ。通りを挟んで左右にもんじゃ屋さん。何度見てもすごい。ここで一日に何人がもんじゃ焼きを食べるのか。一年では何人が食べるのか。

 途中途中で路地にも入ってみる。まさに路地。もちろん、車は入れない。自転車が精一杯。

 築何十年にもなるであろう一戸建てにアパートがいくつか交ざる。建物はどれも低いが、道が狭いから、空も狭い。そのただでさえ狭い空を電線が縦横断している。

 でもこうなると逆に気持ちいい。潔さを感じる。うるせえな、ここは東京だぞ、と言われた気になる。初めからこういう場所なのだから文句は言わない。というか、文句などない。この時点で言ってしまうが。住みたいです。

 言いながら、でも買物はどうすれば? と思ったらその瞬間、ダイエー月島店、が目に飛びこんでくる。この西仲通りにあるのだ。しかも24時間営業だという。素晴らしい。

 次いで、物件をチェック。

 月島で交通量が多いのは、月島と佃を分ける新富晴海線と、月島1丁目3丁目と2丁目4丁目を分ける清澄通りぐらいだから、まったくもって余裕。静か。問題なし。

 その後、また通りを一本ずらして3丁目のほうへ戻ってから、清澄通りに出る。前半はこれで終了。ランチ。

 さあ、もんじゃ、といきたいところだが。ここで一考。

 たぶん、いざこの町に住んだら、もんじゃをそんなには食べない。今住まれているかたがたもそうだろう。名より実。探索を優先。

 ということで、めし屋さんに入る。そういう名前のお店だ。干物などの魚をメインとした定食屋さん。夜は定食も出す居酒屋さんになるらしい。

 魚を食べられるのはありがたい。恒例の、あれ食いたいこれも食いたい、を経て、注文。本日のおまかせ定食のA、寒サバ、を頂いた。

 いやぁ。いいですね。魚。肉とちがうこの食感は何なのでしょう。お魚くわえたドラ猫を、サザエさんは追っかけないでほしいものです。そりゃドラ猫もくわえますよ。だって、おいしいですもん。

 今日はたまたまなのかもしれないが、みそ汁が赤みそというのもいい。不意に出くわしたときの赤みそ。これがまたいい仕事をするのだ。赤みそに、出合ったときの、喜びよ。七五調。

 ごちそうさまでした。住んだらまた来ます。

 さて。後半は、2丁目と4丁目。

 清澄通りを渡ってすぐのところにある中央区立月島図書館へ。

 僕の本は、アンソロジーものを含め、20冊以上置いてくれていた。単行本のところに並べられていたのは12冊。あとは借りられていたということなのか。

 これは本当にどの町でもどの図書館でもそうなのだが、この島にも自分の本があると思うとうれしい。月島のかたがたに、たまには読んでほしい。おすすめは何? 全部です。

 こちら2丁目4丁目ゾーンでも、行って戻ってをくり返す。

 西仲通りと対をなす東仲通り。もんじゃ屋さんはないが、路地はある。

 結構広い中央区立月島第一児童公園もある。

 そこには、何と、キャッチボール場が備えられている。左右どころか、上にも緑のネットが張られているのだ。内側にはバスケットゴールもある。

 キャッチボール。今はここまで整えられた場所でないとさせてもらえないらしい。まあ、そうだよな、と理解はしつつ、もの悲しさも覚える。暴投はしないよう常に気をつけるから技術は進歩するのに。だから相手の胸を目がけて投げるようになるのに。

 東仲通りから、西河岸通りと対をなす東河岸通りへ。

 その向こうは朝潮運河だ。

 そこにかかる晴月橋に立つ。せいげつはし。晴海と月島をつなぐからその名になったらしい。

 釣り人の皆さんへ、で始まる注意書きが欄干に張られている。

 ここで釣りをする人がいるのか、とちょっと和む。この橋はいい。高いビルを眺められ、水も感じられる。釣りはしないまでも、立ち止まりたくなる。実際、立ち止まって水面を眺めるおじさんもいる。わかりますよ、とうなずいてしまう。

 運河に高いビル。東京だなぁ、とあらためて思う。でも時を経てこうなったのだよなぁ、とも。

 かつて僕は、歴史などどうでもいいと思っていた。大事なのは現在であって、歴史など関係ない、と。

 今はこう思っている。大事なのは現在。そこは変わらない。昔はこうだった、を重視しすぎてはいけない。ただ、それとは別に。歴史はなくならない。歴史自体をというよりは、その歴史はなくならないこと自体を、人は知っておかなきゃいけない。

 何だろう。僕も歳をとったのか。

 とったのだ。現に、この企画を始めたときから2つも歳をとっている。50を過ぎているから大して変わった感じはないが、考えてみれば2歳はデカい。小6なら中2、中2なら高1になっているのだ。そりゃ変化もあるだろう。

 そこから2丁目の端まで行き、清澄通りを渡る。3丁目に戻って、コーヒータイム。

 この企画で最後に入るお店が、奇しくも自作『ライフ』と同じ名前のライフさん。これも縁。

 いらっしゃいませ、のあとに、こんにちは、とも店員さんが言ってくださったので、こんにちは、と返す。すんなり返せたことが何故かうれしい。

 近くにお住まいのかたがたがよく利用されるのであろうこのお店で最後のコーヒーを頂く。壁のメニュー表に、ホットコーヒー、と書かれているのがかわいらしい。

 そのホットコーヒーを飲みながら、魚もおいしいけどコーヒーもおいしいよなぁ、と思う。毎回ストレートコーヒーがどうのと言ってきた自分がちょっと恥ずかしくなる。

 温かいコーヒーのことはホットコーヒーと言えばいいじゃないの。そのお店が出してくれるブレンドの味を楽しめばいいじゃないの。そんな気もする。と言いつつ、やはりストレートコーヒーも楽しんでいきますけど。

 月島には、『その愛の程度』の大場銀市が住んでいる。銀座にある架空の店、喫茶『銀』のマスターだ。

 あと、『ひと』の野村杏奈がハンバーガー店でアルバイトをしていた。

 さらには、『太郎とさくら』の丸山太郎が入っている、というか無理やり入れられた会社の草野球チームホワイトペッパーズが試合後の打ち上げをもんじゃストリートの居酒屋でやる。

 そんなわけで、月島の名は何度も作品に出している。

 そして今、僕は月島の小説を書くことを考えている。

 一夜の出来事で、舞台そのものが月島。主人公はその一夜、月島から一歩も出ない。そんな話だ。実現するかはわからないが、させるつもりではいる。乞うご期待。

 もうすでに言ってしまったが。

 月島には住んでみたい。住んで中央区をウロウロしたい。

 そう。自宅から銀座まで歩きたい。自宅で銀座からの風に吹かれたい。


過去の記事

suumo.jp

著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平