【大阪府豊中市】ここがどこかへなっていく街

著: 岡野大嗣 

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 幼稚園から二十代の前半まで住んでいたマンションは角部屋で、リビングの北側に開いた窓から、飛行機が飛んでいるのを空高くに眺めることができた。出張から帰ってくる父が乗っているかもしれない飛行機に手を振っている、幼いころの記憶。淀川の花火大会の日、花火が上がる時間に合わせて帰りの便を押さえていた父。父は遠く飛行機の窓から、父以外はリビングの窓から。違う場所から同じ花火を見ていることが、同じ場所で一緒に見るよりもうれしいような、さびしいのにあたたかい気分になって不思議だった。

 二十歳を前にして家に引き籠っていたころ、真昼間のリビングのソファに一人寝転びながら、窓の向こうに飛行機の数をかぞえていた。大阪を旅先にやってくる人、家があって帰ってくる人、どこかへの通過点として立ち寄る人。その誰もが、こことは違うどこかで見聞きした記憶を連れてやってくる。空の高いところを飛ぶ小さな飛行機にそんな記憶がいくつも乗っていることを想像すると、人間の営みの果てしなさを感じて落ち着かない気分になったが、なぜか孤独感が和らいだ。爪を噛むような気分で飛行機の数をかぞえているうちに、空が夕焼けに染まっていることに気づく。そんな時間を安心毛布のように感じて日々を過ごしていた。

飛行機と仲がいい空

 あれから二十年以上が経って、今の自分にとっての安心毛布は何かといえば、それは短歌だと思う。豊中で暮らし始めたのは二十代の後半からで、三十代に入ってまもなく短歌をつくり始めた。この場所で見聞きしていることが、僕に短歌をつくらせる動機になっている。豊中は、短歌の「たね」がたくさん落ちている街なのだ。

 移動手段に車が加わってから暮らし始めた場所だから、豊中については、市境という物理的な輪郭はつかめている。市の南端のほうから北上しつつ、ときどき東や西にも寄り道しながら、僕の短歌の源泉になっている光景を道案内していきたい。

 あらためて。僕は大阪の豊中という市にかれこれ十五年以上暮らしている。今住んでいる家の窓からも、飛行機が飛んでいる姿を眺めることができる。昔住んでいたマンションから見た飛行機よりずっと低いところを飛んでいる姿。豊中市は、案外そのイメージを持たれていない印象があるけれど、空港(大阪国際空港)がある街なのだ。大阪国際空港は、伊丹空港の通称で知られることからもわかるように、敷地のほとんどは兵庫県伊丹市におさまっているのだが、ターミナルビルの事務所が豊中にあるため所在地は豊中市ということになっている。

 豊中へ越してしばらく慣れなかったのは飛行機の近さ。出くわすたびに驚いていた。日常に非日常が一瞬現れては消える。ロールプレイングゲームの穏やかな平原で敵に遭遇するような感覚。あの中に人がいる、ということをリアルに感じられる距離感。真下から間近に眺める飛行機は、卵の詰まったししゃものお腹のように見えた。そのお腹がよく見えるビューポイントはいくつかあるのだが、僕のお気に入りはバスケットゴールのある公園「豊中市ふれあい緑地遊戯広場」だ。真夏の雲がぶあつい日にリング越しに眺める青空は、見たことはないけれどアメリカの空みたいだと思えて、行ったことはないけれどアメリカにいる気分になってくる。アメリカの空を見上げながら豊中の自販機で買ったコーラを飲む。そのとき、今この同じ瞬間にアメリカで空を見上げて「あ、日本の空っぽい」と思っている誰か、がいる可能性に思いを遊ばせたりする。

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太陽から生まれるように現れた飛行機。あと一分もすれば着陸しているだろう

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飛行機の種類には限りがあるが、空の表情に限りはない。何度見ても飽きないし撮りたくなる

 バスケットゴールのある公園からしばらく歩いた辺りに高速道路のインター「豊中インターチェンジ」がある。インターチェンジ沿いに流れている細い川を南へ下れば大阪市との境を流れる神崎川と合流し、インターチェンジを西へ進めば兵庫県尼崎市との境に猪名川が流れている。どちらも淀川水系の支流で、この二つの川からさらに分かれる支流は、地図で見ると毛細血管のように豊中市内を流れている。目の前を頼りなく流れている川も辿っていけば大阪湾。想像しようによっては海辺の街だな、と思うことが、想像もなにも、実際に古代の豊中は半分くらいが海だったそうだ。大昔に海の底だった場所に立って眺める空。離着陸する飛行機が、海を回遊する魚のように見えてくる。


アメリカの空っぽい晴れ 高速をみながら息を吐く息を吸う


今日なんか気分いいよな 見上げればああ飛行機と仲がいい空


 豊中インター周辺を車で移動していると、「豊中市に入りました」「大阪市に入りました」「尼崎市に入りました」とナビが忙しなく喋る。市が変わったからといって見える景色が一変するわけじゃない。眺める人によってはどれも豊中、どれも大阪、どれも尼崎の景色に見えるだろう。でも、市境が入り組んでいるところはなぜか高揚する。そんな市境入り組みマニアの僕にとってたまらないのは伊丹空港の敷地内だ。伊丹空港は、空港のターミナルビル近辺で兵庫県伊丹市と大阪府豊中市、池田市の市境が複雑に入り組んでいる。詳しい地図で見ると、豊中市と伊丹市に囲まれた池田市の飛び地が六カ所あり、この中に豊中市の「二重飛び地」も存在する。さらに、伊丹市の飛び地が府県境を越え、豊中市にある。どれもアフリカの国境線を思わせるような、直線から成る多角形の境界で囲まれている。これらの飛び地は江戸時代からあったそうだ。境界が直線なのは奈良の条里制(水路などで直線的に土地を区画するのが特徴)の名残と推察されている。こうした歴史にも思いを馳せながら、離着陸する飛行機をときおり眺めて空港内を歩いていると、どこかへ発つわけでなくても旅をしている気分になれる。
※ここでの飛び地の情報は「大阪・伊丹空港、飛び地また飛び地の謎」を参考にしました。

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徐々に高度を下げていく飛行機を長く見ていられるお気に入りの場所

 いつもは見上げる飛行機に乗って豊中の街を見下ろすことがある。伊丹空港への到着便は大阪市内の上空を横切るから、着陸前には宝石を散りばめたような夜景が広がる。滑走路のある辺りへ視線をやるにつれて街の光の数は減り、幹線道路や高架を走る車の光跡が際立っていく。その様子を、市と市の境を縫い付けていた糸がほつれていくようだと思いながら見ている。


抜糸みたいな高架の光 傷口のあたりにはあなたが暮らしてる


海岸線の記憶を歩く

 さて、そろそろバスケットゴールの公園から少し北へ移動して、阪急電車の曽根駅から岡町駅にかけて散策してみることにしよう。この辺りは徒歩や自転車での僕の移動圏内になる。曽根駅周辺は高低差の大きいところが多い。この高低差は、陸地の端が波で削られてできたもので、かつてここから南側が海だったときの名残だそうだ。約六千年前、縄文時代の前期には海岸線だった場所を歩く。曽根駅の西側には中世の時代にあったお城、原田城の城跡があり、敷地内に土塁の一部が残っている。海だったところが陸地となってからも、遠くに海岸線を見渡せるような見晴らしがよい場所だったようだ。そうした地形の情報を頭に入れて歩くと、遠い昔の見知らぬ誰かの記憶がオーバーラップして追ってくるような感覚が起こる。

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阪急電車「曽根駅」の東側に建つビルの壁面に描かれたバイキング。かつて海だったほうを向いて睨みを利かせている

生活のにおい、祈りの気配

 曽根駅から北へ一つ進んで岡町駅周辺を歩いてみる。岡町駅の東側にある原田神社は、創建が奈良時代以前にさかのぼるとも言われる、古い歴史を持つ神社。敷地の一部が商店街に面していて、買い物ついでに手を合わせに来る人が後を絶たない。早朝や深夜に通りすがっても、誰かの祈る姿を見ることがある。コンビニと神様は二十四時間営業だなと思う。そういえば岡町は手塚治虫の生誕地。彼も一度はここへ祈りに来たことがあるだろうか。商店街で買ったコロッケを片手に境内を歩いて鳩に後をつけられている彼の姿を想像してみる。

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原田神社の北側入り口。木々の間から飛行機が見えることも

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江戸時代から続くうどん屋さん「土手嘉」

 古墳が点在するのも岡町の特徴である。Wikipediaで「桜塚古墳群」を検索すれば古墳の分布図が出てくるので見てほしい。原田神社は、その点在する古墳の中央部にある。この辺りは神聖なエリアだったことがわかる。

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コンパクトな森のようになっている大塚古墳

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大塚古墳の頂上からの眺め。ここからもときどき飛行機が見える

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小ぶりな前方後円墳、御獅子塚古墳は小学校の敷地内にあって入れない。小ぶりといっても全長は55m

耳がよろこぶ散歩道

 ちょっと東のほうへ寄り道をしてみよう。岡町駅を東へ2~30分歩くと、「服部緑地公園」が広がる。広さは甲子園球場33個分、東京ドームなら27個分。球場の例えがピンとこない人はGoogleマップを開いて見るほうが早い。緑に塗られた場所が豊中市の結構大きな割合を占めていることがわかるだろう。ちなみに、服部緑地公園の最寄駅は北大阪急行の「緑地公園駅」で、ここからだと駅から歩いて5分とかからない。近隣住民が庭のように親しむこの緑地に、僕も日ごろからよくお世話になっている。森の散歩道のようなところがいくつもあって、普段聞き落としているさまざまな音に耳をそばだてると気分がほぐれていく。特に秋の散歩は格別。足元からいろいろな音が聞こえてきて楽しい。枯れ葉の割れる音、枝の折れる音、どんぐりが落ちてはじける音。まるで人力エレクトロニカ。緑地の敷地内には野外音楽堂があって、なかなか通好みなラインナップのフェスが開催されたりもする。現地で聴くこともあれば、家のベランダに届くおこぼれをぼんやり楽しむこともある。「聴く」と「聞こえる」の違いに敏感になれる環境に暮らしている。

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見るところから見れば完全に森

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短歌の展示やイベントでいつもお世話になっているblackbird booksさん。緑地公園から徒歩5分ほど。ここでみつくろった本を緑地の芝生に寝転んで読むのは贅沢なひととき

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北大阪急行線「緑地公園駅」を降りると緑地公園まで続く木の道

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緑地公園のほうへ向かう道

あたたかなさびしさがある街

 そろそろ日が暮れてきそうだ。緑地公園から北へ、「千里中央」のほうへ向かって移動しよう。越して間もないころ、豊中市内を自転車で移動していて思ったのは、団地群が多いなということ。団地のある風景は夕暮れ時と相性がいい。夕焼け空に映える団地の佇まいを逐一撮ろうとしていつもは自転車がなかなか進まないのだが、今日は少し急ごう。千里中央から大阪空港へ向かうモノレールの車窓に、日が沈む前にぜひ見てもらいたい景色があるから。

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なんでもない夕方や雨の日にも映える団地の佇まい

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「夕日丘」と名付けられた場所の近くでは、ときどきミラクルな夕焼け空に出会えることも

 さて、千里中央までやってきた。名残惜しいけれど今日の道案内はこの場所でおしまい。千里中央の周辺は、どこかあたたかなさびしさがある。高度経済成長期に「千里ニュータウン」として計画された当時の、夢と希望に満ち溢れた人々の記憶が息づいているような気がするのだ。完成と同時期の 1970 年には、隣接地で日本万国博覧会(EXPO’70)が開催され、交通も環境も美しく整えられた場所である。千里中央から豊中の各所へ至る路線バスに乗っていると、当初によく練られたであろう交通や植栽の計画を意識させられるような、街の眺めが美しくひらいていく瞬間がある。ここでもまた、違う時代の見知らぬ誰かの記憶がオーバーラップする。もうここにはいないかもしれない誰かの記憶の一端を垣間見ていると、幼いあの日、父のいないマンションの窓から淀川の花火を見たときと同じあたたかさが胸に去来する。


坂道に眺めが深くひらいてくバスから街が生まれるように


 モノレールがやってきた。空はだんだんとオレンジを帯び始めている。今が絶好だ。大阪モノレールの「千里中央」駅から「少路」駅へ向かうとき、進行方向に向かって左手、南のほうを見ていてほしい。大阪の平野がダイナミックにひらかれていく時間がやってくる。今日一日かけて辿ってきた場所を一望できる。古代には海だった眺めだ。かつての水平線には梅田のビル群が蜃気楼のように浮かんで見える。この景色を眺めるたびに思い出す詩がある。

「ここ」
どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて
ここがどこかへなっていく

(谷川俊太郎『女に』所収)


 目に映っている景色のどこまでが豊中でどこからが違う市なのかはわからない。そのわからなさを丸ごと愛したくなる。この眺めの中に暮らしていた/いる人々が、今いっせいに同じ夕焼け空を見ているように思えてくる。ここはどこにでもなれる場所。その実感が、何者でもない自分を安心毛布のようにくるんでくれる。


夕焼けがブランケットをかけていくさびしい川にビルにあなたに


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大阪モノレール「千里中央」駅から「小路」駅への途中、遠く梅田まで一望できる。かつては海だったと思うと感慨深い

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著者:岡野大嗣(おかの・だいじ)

岡野大嗣(おかの・だいじ)

歌人。単著に『サイレンと犀』『たやすみなさい』(いずれも書肆侃侃房)、共著に『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』『今日は誰にも愛されたかった』(いずれもナナロク社)がある。 監修として『黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える』(左右社)に関わる。

 

編集:ツドイ